彼のプロポーズを断ってスカッとした話
4年付き合った彼に海外転勤の辞令が出て「結婚しよう」と言われたとき、私はひどくとまどった。
彼の海外赴任は長期に渡ることが予想された上に、彼が勤める古い体質の会社では駐在員の妻の就業を一切認めていない。
「妻が仕事をすると多忙で夫へのサポートが行き届かなくなり、夫のパフォーマンスが下がる」がその理由らしい。(なにそれ?)
そんな状況で彼と結婚すれば、自らのキャリアとともに自ら収入を得る道を捨てる必要が生じる。その後は経済力を奪われたまま、無償で彼のサポート役に徹するしかなくなる。それは絶対避けたかった。
転勤族だった専業主婦の母が、横暴な父のもとで苦労する姿をずっと見てきたから、専業主婦になって母と同じ苦労をするのは絶対避けたかった。
また、今の仕事にようやく慣れ、やりがいを感じ始めてずっとこの仕事を続けたいと思っていた。
そのことは何度も彼にも話してきたし、彼も私の気持ちを理解してくれていると思っていた。
しかし、突然彼から告げられたのは結婚して専業主婦になり、いつ終わるかわからない彼の海外赴任についてきてほしいとの「依頼」だった。
その「依頼」に私がイエスと答えると信じて疑わない彼の様子に、私はめまいを覚えた。
……この人は私の事情などなんにも考えていない。
そう思うと怒りがこみ上げてきたが、それをかろうじて抑えながら私は彼に尋ねた。
「海外赴任の辞令が出る前に内々に打診があったんじゃない?」
すると彼は能天気な笑顔を浮かべながらこう答えた。
「うん。打診されたとき二つ返事でOKした」
その答えに私はめまいを覚えながらさらに尋ねた。
「どうして打診があった時に私に相談してくれなかったの?」
その質問に対する彼の返答にさらにめまいがした。
「だってビッグチャンスだよ?なんで君に相談するの?当然君は喜んで僕についてきてくれると思っていたから、相談する必要なんてないと思っていたよ」
はああああ!?何言ってんのコイツ?
私はめまいでクラクラしながらかろうじて言葉を発した。
「勝手に海外赴任を決められても困るよ。私にだって仕事があるし、結婚して海外に行くとなればいろいろ準備が必要だし……」
「うん。それはわかってる。だから君が仕事を辞めていろいろ準備が整ってから来てくれればいいよ。僕は先に現地に行って新居などの準備をしているから」
さらに彼は言葉を続ける。
「結婚式は籍を入れてからだって挙げられるし、僕が日本にいる間に両家の顔合わせくらいはできる」
「君が仕事を辞めるのには多少時間がかかるかもしれないけど、数か月もあれば引っ越し込みで全部終わるでしょ?」
「引っ越し業者はこちらで手配するし、向こうでの生活で必要なものはほとんど揃っているから引っ越し荷物は少ない。君の引っ越しは一人でやってもらうしかないけど、そんなに大変じゃないよね?」
うわぁ……こいつ最悪……
彼の言葉を聞けば聞くほど、私の中にあった彼への愛情が急激に覚めていく。もはや彼のプロポーズに戸惑うどころか「こんな男とは結婚したくない」という気持ちが心の大半を占めている。
ペラペラと好き勝手なことを話し続ける彼がようやく口を閉じたタイミングで、私は満を持して彼に一撃を加えた。
「ごめん。あなたとは結婚できない。一人で海外に行って。ビッグチャンスなんだから絶対行かないとね」
え?と驚いた顔で私の顔を見る彼。その間抜け面を見て「なんで私はこんな男がずっと好きだったのだろう?」と思いながら、私はさらに言葉を重ねる。
「仕事を辞めるつもりはないって前に何度も言ったよね。その言葉を無視して勝手に海外赴任を決めて、私の都合も聞かずに突然プロポーズする男なんかについていく気はサラサラないよ」
「私の気持ちを無視して勝手に自分で物事を進めるような男と結婚しても幸せにはなれないからね。婚約前にそれがわかってよかったよ」
おっと……思わず下町のおばちゃんみたいな言葉遣いになってしまった。ま、これが私の本来の姿だけど。
でもまあ、そんなこと気にする必要はない。この男とはもうすっぱり縁を切るって決めたんだから、彼にどう思われてもかまわない。
それよりも早くコイツから離れたい。二度と顔も見たくない。
そう思った私は、茫然としながら立ちすくむ彼に背を向けて「バイバイ」とと手を振ってその場を立ち去った。
その数日後まで彼から恨みつらみや泣き言を並べた怒涛のラインが来ていたが、うっとうしいのでブロックした。
また、会社や実家に彼がアポなしで突撃する可能性も考え、会社の人や親兄弟には事の顛末を伝えて注意を促した。
父は「そんなことぐらいで別れるなんて……」と絶句していたが、長年父に虐げられてたくましくなった母は「それが正解」と力強く言った。
私も30代に入ったから、結婚するなら早い方がいいのかもしれない。でも、結婚を焦るあまり自分が望まない未来に進む必要はない。
それに、今後私の気持ちを尊重してくれる人が見つかる可能性だってある。それを期待して、今は仕事やプライベートを充実させよう♪
ン十年前の私自身の実体験をベースとした小説です。
私は主人公の「私」と真逆の選択をしましたが、そのことをずっと後悔してきました。その悔しさを「私」に託してスカッとするラストにしました。