91話 突然の試練
――神獣・九首竜。
古代神話によれば『悪神王』の血を引くという怪物。
名前は同じでも『神話の個体』ではないと思いたいが、先日の『冥府の番犬』は神話の怪物そのものだった。
かつての神界戦争において聖神様の神軍に敗北し、『奈落の底』に封印されている……らしい。
だから、きっと九首竜といっても種族が同じとかそういう意味のはず……。
(天頂の塔の召喚システムは、奈落の底にも及んでいるわ。これから現れるのは神話にでてくるヒュドラちゃんよ。がんばってねー、ユージン☆)
(……まじか)
魔王が気楽な声で告げてきた。
期待は敢え無く打ち砕かれた。
「……私が九首竜を討伐します」
落ち着きを取り戻した第一騎士クレア様が宣言した。
しかし、先ほどよりも声が固い。
「俺たちも協力しよう」
「全員で力を合わせるしかないか」
「組合からの報酬はでるよな? さすがに」
申し出たのはS級の探索者たちと。
「クレアさんだけに負担をかけるわけにはいけませんね」
「十二騎士全員でかからないと」
「とはいえ、すでに十二騎士の半数は広域戦術結界魔法の維持にでてますけどね」
残る十二騎士の面々だ。
彼らが迷宮都市の最高戦力であり最終戦力。
つまり負けは許されない。
第一騎士様は、彼らを見回し小さく頷いた。
「ユーサー王、作戦に変更はありません。我々で九首竜を討伐しつつ、魔物召喚の魔法陣を破壊します。出陣の許可を」
「………………」
ユーサー学園長は何かを考え込むように、黙りこくっている。
「ユーサー王?」
「いくつか作戦開始前に補足しておくことがある」
「どのような内容でしょうか?」
ユーサー学園長の言葉に、十二騎士の誰かが尋ねる。
「今回の神獣の出現場所は、天頂の塔の1階層。つまり『復活の雫』が使えるわけだが、神獣九首竜の毒は神々をも殺せる不治の猛毒。『復活の雫』が効かない可能性もあるし、仮に復活できても後遺症は確実に残る。可能な限りヒュドラの毒は避けるように」
「「「「「……」」」」」」
学園長の言葉にS級探索者と十二騎士たちの表情がこわばる。
『復活の雫』は、天頂の塔の100階層以下のみで使える24時間以内なら『蘇生』魔法と同等の効果がある魔法道具だ。
しかし、ヒュドラ相手ではその効果が薄い可能性がある、と。
「そして天頂の塔の1階層では現在も魔物は増え続けている。それを考えると、
1)ヒュドラを討伐
2)魔法陣を破壊
3)広域平和兵器を発動
ではなく、
1)魔法陣を破壊
2)広域平和兵器を発動
3)ヒュドラ及び、残る魔物の群れを討伐
の順番が良いだろう。広域平和兵器でヒュドラを無力化はできないであろうが、弱体化させることは期待できる」
「うまくいくでしょうか? 伝説の通りなら神獣ヒュドラの知能は高く、みすみす魔法陣の破壊を見逃してくれるとは思えませんが」
「そうだな。だから『囮』が要る。魔法陣から神獣を遠ざけるために」
「おとり……ですか?」
「そうだ。神界戦争で敗北したヒュドラは天界の神々を恨んでいる。女神の加護を強く受けている高位聖職者、もしくは奈落の底で長年封印されて空腹な神獣の腹を見たすほどの魔力を持った魔法使いなら、囮役に最適だろう」
「誰か候補はいるか?」
「信仰深く魔力量の多い聖騎士でもある第二騎士ロイド殿が適役に思えるが……」
「すでに広域戦術結界の維持にでておられるから」
「なら私が行こう」
「第一騎士様は攻撃の要です」
「よし! ここは切り札である私が……」
「「「「「「「ユーサー王は大人しくしていてください!!」」」」」」
「………………うむ」
ユーサー王がしょんぼりしている。
が、俺は『ある人物』の表情が気になった。
さっきから議論されている条件にぴったりな人間。
「……あの、私が囮になります」
「君が?」
「いくらなんで生徒に囮をやらせるわけにはいかん!」
「ですが、聖女候補として女神様の加護を受け、魔力量が多いという条件を最も満たしているのは私です」
予想通りサラが名乗り出た。
「いけません! サラ会長!」
「何を言ってるんですか、サラ会長!」
生徒会のメンバーをサラを引き止める声を聞きながら、俺は隣のスミレとアイリに声をかけた。
「悪い、スミレ。アイリ。ちょっと行ってくる」
「えっ!? ユージンくん?」
「ちょっと、ユウ!!」
戸惑うスミレとアイリの声を後ろに、俺はユーサー学園長たちのいる演台へ向かう。
弐天円鳴流の『空歩』を使い、探索者たちの頭上を飛び越えていく。
数秒後に、俺は演台上に立った。
「サラ」
「ユージン! 何をしているの。貴方は怪我人だから大人しく避難して……」
「俺も一緒に囮役になるよ。一緒に行こう」
「っ!」
サラの目が丸くなり、一瞬表情が緩んだ気がしたがすぐに真剣な顔に戻る。
「ダメに決まってるでしょ!」
「ユージンくん。私も先ほどの試合を見ていた。怪我は治ったようだが、いくらなんでも神獣の囮は無茶だ」
俺が囮役を申し出るとサラには当然、壇上にいた第七騎士のイゾルデさんからも反対された。
が、俺の提案を通すのは簡単だ。
この場にいるもっとも発言力のある人物を口説けばいい。
「ユーサー学園長。俺が囮には最適ですよね?」
「む?」
俺が確信を持って尋ねた。
一瞬、怪訝な顔をした学園長がぱっと何かを思い出したような表情になる。
返事を待っていると後ろから走る足音が響いてきた。
スミレとアイリだろう。
「何言ってるのよ、ユウ! あんた信仰心なんて全然ないじゃない! 神学の授業や礼拝の時間をサボって、剣の修業ばっかりしてたくせに!」
「ユージンくんの魔力って別に多くないでしょ! 炎の神人族が魔力を貸さないとすぐ空っぽになるくせに!」
「…………」
なんでだろう?
相棒と幼馴染からの言葉がチクチクするんだが。
気がつくとサラやイゾルデさんからも白い目を向けられた。
俺はその視線に気づかないふりをしながら、ユーサー学園長へ言葉を続ける。
「俺の結界魔法は九首竜の毒を完全に防げます。そうですよね? 学園長」
「「「「「「「はぁっ!?」」」」」」」
その場にいる全員が驚きの声を上げた。
「待て待て待て! 何を根拠に!?」
「君は九首竜と戦ったことはないだろう! いい加減なことを言っては……」
「俺の学園入学試験は『白魔力しか持たない人間専用』試験でした。試験の一つが『ヒュドラの毒を浴びて無事でいられるか?』という実技問題でした。俺はそれを突破しています」
「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」
今度はこの場にいる全員が、ユーサー学園長の方を見た。
学園長は若干、気まずそうな顔をしている。
「ユーサー様……。本当に学園の入試問題にそんなイカれた課題を出したのですか? そもそもどうやって神獣ヒュドラの毒を用意したのですか?」
第一騎士様の口調がやや崩れている。
「違うんだ、クレアくん。ユージンを一目見て、これは逸材だ! と確信してね。ちょうど『封印の第七牢』の世話係の人手が足りないから、ついでに試験してしまおうと……。ちなみにヒュドラの毒は、ロザリーくんが300階層を突破した時に持ち帰った素材を買い取ったよ。百年ものだったが、神獣素材は経年劣化しないのが良いところ……」
「やっていいことと悪いことの区別がつかないんですか!? ……ユージンくん、本当に君は神獣九首竜の『不治の猛毒』を防げるのか?」
クレア様の質問に、俺は試験時の記憶を掘り起こす。
「えっと……結界魔法の試験は『九首竜の猛毒』『厄災の魔女の呪い』『不死の王の瘴気』を防ぐ、というものでしたが全部クリアしました」
「…………」
俺が胸を張って答えると、第一騎士様および他の面々の視線が珍獣を見るようなものになった。
正直に言ったのに。
「わかった……、この中にユージンくん以外で九首竜の毒を食らっても平気という者は……いるはずがなかったな。仕方がない、不本意ではあるがユージンくんとサラくんに囮を頼もう。その間に我々は魔物召喚の魔法陣を壊す」
第一騎士様が作戦をまとめる。
が、それに待ったをかける人物がいた。
「わ、私も行きます! 魔力の多さなら誰にも負けないから!」
スミレまで囮役に立候補してきた。
「いや、それは危な……」
「ユージンくんに言われたくないよ! そもそも今の天頂の塔の1階層は神獣だけじゃなくて、5万体の魔物がいるんだよ! そいつらの相手はどうするの!? ユージンくんは105階層の魔物の巣窟で100体の魔物を倒すのも苦労してたよね!?」
痛いところをつかれた。
確かに俺は一対一が専門の剣士だ。
サラの聖剣なら複数体の魔物を屠れるが、それでも多くて十数体。
数百を超える魔物を一気に倒すには魔法使いの力が必要になる。
そしてスミレの魔法は、広域戦術攻撃魔法級だ。
「現在はすでに6万体に増えている」
ユーサー学園長がぽつりと言った。
スミレも連れて行けってことか。
(サラとスミレ……二人を守ることが……いや、違うか)
別に彼女たちは、俺に守られるばかりじゃない。
むしろ助けてもらっていることだって多い。
「よし、いこう! サラ、スミレ!」
「ちょっと……スミレちゃん。あとで怖くて泣いてもしらないわよ」
「そんなこと言って、サラちゃんも震えてるくせに」
「ふ、震えてないわよ! ほらー、スミレちゃんこそ足ががくがくしてるー」
「変な所さわらないでよ、サラちゃん!」
一気に緊張感がなくなった。
「ちょっと、待ってください。彼らが囮役になるとして、どうやってヒュドラの前まで移動するんですか?」
十二騎士の一人が尋ねた。
「空間転移でいいだろう?」
「そしたら、三人を放置して戻ることになりますよ!」
「いくらなんでもそれは無責任だろう」
「そうだな。いくら囮とはいえ、退避手段は残すべきだ」
「では、空間転移の運び手も一緒に囮として行動するか……」
「じゃあ、私が運び手をやります!」
手を上げてくれたのはレベッカ委員長だった。
確かに彼女は、多人数をまとめて空間転移できる優秀な使い手。
人選として間違ってない気がするが。
「レベッカ委員長。それは無理です」
俺が告げた。
「な、なぜだい!? ユージンくん、僕じゃ不服なのかい!?」
レベッカ委員長がショックを受けた顔をするが、俺は首を横に振った。
「俺たちはスミレと一緒に魔物の群れに突入して、まずはスミレに魔物を焼き払ってもらうんですが……」
「スミレちゃんは魔法の制御が苦手なので、多分私たちも一緒に焼かれます」
「「「「「「…………え?」」」」」」」」
レベッカ委員長だけでなく、十二騎士さんたちや探索者たちも目を丸くした。
「スミレの火魔法の威力は人類最高位の『聖級』です。俺は結界魔法で防ぎます」
「私は女神様の加護と聖剣の能力と、自身の結界魔法でギリギリ防げます」
「ご、ごめんなさい……魔法が下手っぴで……」
俺たちの探索隊に入る最低条件が『スミレの火魔法を防げる』である。
「……僕には無理だね」
レベッカ委員長が、がっくりと肩を落とした。
「じゃあ、誰が運び手をやる?」
「空間転移が使えて、聖級魔法を防げる者など……」
ちらっと学園長を見ると、名乗り出たそうにウズウズしていた。
いや、あなたは絶対に前線に出ちゃいけないんだから大人しくしてください。
「ふーん、じゃあ私がユウたちを運びましょうか?」
「え?」
以外な声が上がった。
「アイリ?」
「いけません!何を言ってるのですか!」
お付きのカミッラが当然それを止める。
俺も同意見だ。
「アイリは空間転移なんて使えないだろ?」
「ええ、でも私はこの子を連れてきたわ。……『幻獣召喚』、おいで私の可愛い愛馬」
アイリが空中に簡単な魔法陣を描く。
するとそれが金色に輝き、大きな光となって巨大な一頭の馬の形になった。
ただの馬ではなく、金色の翼を持つ白馬。
(天馬……しかもこれは)
ペガサス自体は、決して珍しい幻獣ではないが明らかに纏う魔力が違う。
竜種すら凌ぐほどの魔力。
こんな天馬がいるとすれば。
「神王ユピテル様が愛馬として使っていた神獣ペガサス……、その血を引く幻獣。初代グレンフレア皇帝から代々引き継がれている『不老の天馬』。まさか連れてきているとは」
ユーサー学園長が感嘆の声を漏らすとは、相当なことだ。
確かにこの幻獣ならば、運び手として問題ないだろう。
「この子なら四人を乗せて神獣のもとまで運べるわ。空中の魔物たちだって避けられるし、そもそもこの子の魔力を恐れて普通の魔物は近づいてすらこないでしょう」
「あ、アイリ様! なりません! 貴女様は迷宮都市の客分なのですよ! 迷宮都市の問題に帝国の皇女が関わるべきではありません!!」
カミッラが必死で説得する。
しかし、アイリの表情は変わらない。
「カミィ、貴女は知ってるでしょう? 先の大魔獣討伐で、帝国はユーサー王に借りがあるの。父上は借りを作りっぱなしにすることを望まない」
「で、ですが、何もアイリ様が直接危険な場所へ向かう必要は……」
「別に危険じゃないわ。ユウたちを送り届けて、あとは適当に魔物をやり過ごしながら待つだけ。スミレの魔法に当たらないように少し離れた位置で見守っておくわ。それでいいかしら、ユウ?」
こともなげに幼馴染は言った。
帝国の皇位継承第一位でありながら。
そして、一度言い出したら絶対に意見を曲げないことを俺は知っている。
たとえ俺が断っても、勝手についてくるだろう。
だったら……。
「アイリ、無理はするなよ? やばそうならすぐ逃げろ」
「わかってるわよ。そもそも数万の魔物の群れにつっこんで、神獣の囮になるって人に言われたくないんですけど?」
至極まっとうなツッコミをされた。
俺がスミレとサラを見ると、「いつものユージンくんだ……」「帝国の皇女殿下との共同作戦なんて、聖女様が何というか……」それぞれ小さくつぶやく声が聞こえた。
けど反対はされなかった。
「ユーサー学園長、第一騎士様。俺たちはいつでも行けます」
と言うと。
「ユージン。死ぬのは許さんからな」
「ユージンくん。この件が片付いたら、一度ゆっくり話をしよう」
ユーサー学園長と第一騎士様から了承をもらえた。
あとは現地へ向かうだけ。
「では、皆さん。作戦開始です」
「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」
「「「「「「おうっ!」」」」」」」」
十二騎士たちの統一された返事に対して、探索者たちの野太い声が響く。
――こうして緊急クエスト『天頂の塔の魔物暴走と神獣から迷宮都市を守れ』は任務開始した。












