89話 学園祭 最終日 その3
「特別試合の勝者はユージン・サンタフィールド選手です!!!」
実況者さんの声と、円形闘技場内の歓声。
そのどちらも俺の耳には遠い他人事のように聞こえた。
回復魔法で止血はしたが、血を流しすぎた。
眼の前が暗い。
身体に力が入らない。
「ユージンくん!!」
「ユージン!」
見学席にいたスミレとサラがこっちに走ってくるのが横目に見えた。
レオナとテレシアも一緒だ。
しかし、それよりも早く。
「ユウ!!!!」
タン! という軽やかな着地音と同時に俺の側にやってきたのは金髪碧眼の女性。
「アイリ……貴賓席から飛び降りたのか。危ないぞ」
「バカ!!! 言ってる場合なの! は、早く腕の治療をしなきゃ……」
「そうだな、ユージン。どれ私が回復魔法を……」
泣きそうな顔をしているアイリと俺を心配してくれるユーサー学園長に対して俺は。
「ユーサー学園長。俺のことはいいのでクロードを見てください。竜神の槍の呪いが身体を侵食しています。アイリ、俺の腕を拾ってきてくれないか?」
「う、うむ……わかった。確かにクロードも重傷だ」
そう言うやユーサー学園長は、クロードに見たことのない魔法をかけ始めた。
淡い緑の光がクロードの身体を包む。
おそらく呪い解除の魔法だろう。
「ゆ、ユウ! う、腕ってこれでいいの!?」
アイリが闘技場に転がっていた俺の片腕を持ってきてくれた。
「ユージンくん! 早くお医者さんのところに行かなきゃ!」
「ユージン、何をぼんやり突っ立ってるの! 大怪我してるのよ!」
スミレとサラも俺の所にやってきた。
「…………俺の腕を支えておいてくれないか?」
「え、ええっ! そ、そんなことよりスミレの言う通り医者に見せたほうが……」
アイリが俺の腕を持ったままオロオロと立ちすくんでいる。
「それを貸しなさい! ユージン、私が回復魔法を使うから……ああ! もう! 集中できない」
サラがアイリから腕をひったくり腕が切断した部分に、くっつけてくれた。
俺は腕の傷に手をかざして魔法を発動させる。
「回復魔法・蘇生」
自分の身体に回復魔法をかけた。
白い暖かな光が俺の腕を包む。
腕の傷がみるみる癒えて、切断された腕がもとに戻った。
「「「ええええええええええええええっ!!」」」
スミレとサラとアイリが、揃って素っ頓狂な声を上げた。
俺は先程まで切断されていた腕をゆっくり伸ばし、指を「ぐーぱーぐーぱー」と閉じたり開いたりした。
まだ少し痺れるが、問題はなさそうだ。
「よし」
「ヨシ! じゃないよ、ユージンくん!」
「ユウ……えっと、本当に治ってるの……?」
スミレとアイリが俺のくっついた腕を見て奇妙なものを見る顔をしている。
「なんで聖国でも使い手が数人しかいない『蘇生』魔法をあっさり使ってるの……この男は」
サラが若干、不機嫌そうに腕組みしている。
俺が回復魔法使うと、いつもこんな感じだ。
サラは聖女候補だけど、回復魔法が苦手だから。
「ユージンは、いま『超級』回復魔法の授業に出てるんだったか?」
「はい、そうですね」
クロードの治療が終わったらしいユーサー学園長が聞いてきた。
「来期から『聖級』の授業にでるように」
「王級ではなく、ですか?」
魔法の階級は、『聖級>王級>超級>上級>中級>初級』の順に難易度が高い。
その上に『神級』というのがあるが、これは人では扱えない魔法だ。
「そうだ。無詠唱で蘇生を使うやつがなんで今更『超級』の授業に出てるんだ」
「試験が難しいですよね……、『超級』より上は」
「理論も大事だぞ、魔法は奥深い」
「まぁ、ぼちぼち勉強しますよ」
「うーむ、志が低いのはいかんな。よし、今度は私がユージンの選択科目を選んでやろう」
「勘弁してください。それにユーサー学園長は忙しいでしょう」
「はっはっは。私のことは気にするな」
勝手に俺の来期の試験難易度が上がろうとしている。
困る。
俺は学問じゃなくて、剣術の実戦を極めたいんだ。
どうやって学園長の提案を逃れようか考えていると。
「クロード! 大丈夫!?」
「ねぇ! 返事はできる!?」
「……くっ」
ちょうどクロードが目を覚ましたようだ。
レオナとテレシアが側で声をかけている。
「起きたか、クロード」
「俺は……負けたのか。まじかぁ~」
クロードは気だるそうにゆっくりと立ち上がった。
「危なかったよ、クロード」
「嘘つけ。腕を切られてなんで反撃できるんだよ」
「修行の成果かな」
「ふざけろ。しかも、最後は俺の首を狙ってこなかったか?」
「ああ、癖でついな。ギリギリで止めるつもりだったからさ」
「おまえ頭おかしいぞ、ユージン」
「はは。褒めるなよ、クロード」
「褒めてねーよ!」
「ユージンにクロード。無駄口を叩く前に、心配をかけた人たちに一言ないの?」
歓談していた俺たちを代表して、サラが冷たい声で言った。
見るとスミレ、アイリ、レオナ、テレシアが半眼でこっちを睨んでいる。
「し、心配かけました」
「悪い、みんな」
俺とクロードは素直に謝った。
ちなみに竜神の槍は地面に転がったままだ。
それをユーサー学園長が拾い上げた。
「酷い瘴気と呪いだ。よくこんなものを使っているな、竜の国は」
「これでもうちの国にある唯一の聖槍なんです……、ぐっ……」
クロードはまだ調子が悪そうだ。
レオナとテレシアが心配そうにしている。
「ユージンとクロードは保健室に行って検査をうけるように。まったく世話のやける……」
ユーサー学園長が苦笑いしながら話をしていた、その時。
――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
不穏な警報が、迷宮都市中に鳴り響いた。
「な、なにこれ? ユウ」
「ユージンくん、この音って……」
「迷宮組合からの緊急警報音だな。何かあったのか?」
警報は音の大きさと長さで緊急度合いがわかる。
だが、これほどの大きな音は初めて聞いた。
「これはまずいな……。私は組合に戻る。アイリ皇女殿下は速やかに避難をしてください。生徒諸君は、教師の指示に従うこと。負傷したユージンとクロードも避難するように。サラくんは生徒会執行部と合流しておいたほうがいいだろう」
「ユーサー学園長、どういうことですか!?」
「すまない、詳しい説明は組合のアナウンスで確認してほしい」
サラの問いに答える間もなく、ユーサー学園長は空間転移で姿を消した。
「ねぇ、ユウ。いまのどういう意味……」
「しっ、アイリ。これから説明されるから」
組合からのアナウンスが迷宮都市中に響いた。
――ただいま『天頂の塔』1階層にて大規模な魔物暴走が発生しました。都市外からいらっしゃったお客様と一般市民の皆様は、迷宮職員の案内に従って速やかに避難をお願いします。全ての探索者及び魔物との戦闘が可能な者は、リュケイオン魔法学園の第一訓練場に集合してください。
「魔物暴走!?」
「に、逃げなきゃっ……」
「みなさん、落ち着いて行動してください!」
「おい、押すなよ!」
「そっちがぶつかってきたんだろう!」
「おい、喧嘩している場合か!」
さっきまでの歓声から一変、闘技場内が殺伐としたざわめきに変わる。
「クロードは私が運ぶわ!」
「お願いね、レオナ。サラ会長、生徒会棟に戻りましょう」
「えぇ、そうね……ユージンは」
「サラちゃん! ユージンくんは私が面倒見るから!」
「そうね、お願いするわ。じゃあ、行きましょう。テレシアさん」
「歩ける? クロード」
「あぁ……大丈夫。悪いなレオナ」
サラとテレシアは足早に。
クロードはレオナに肩を借りながら、移動していった。
その場にいるのは、俺とスミレとアイリの三人になった。
「アイリ様! はやく避難を!」
護衛の一人であるカミッラが走ってやってきた。
貴賓席から飛び出してきたアイリを追いかけてきたのだろう。
焦った様子のカミッラと対象的に、アイリは冷静そうに見えた。
「落ち着きなさい、カミィ。迷宮都市には多くの帝国民がいるわ。率先して皇族が逃げるわけにいかないでしょう」
「し、しかし!」
「心配しなくても一応、私は帝国最高戦力の『天騎士』のなのよ。魔物ごときに遅れはとらないわ。それより……ユウとスミレはこれからどうするの?」
アイリがこちらを振り向き問うてきた。
「ユージンくんは私が避難場所に連れていくよ、アイリちゃん! ね、ユージンくん?」
「あぁ、うん。そうだな」
知らないうちにえらくスミレとアイリの距離が近くなっている。
俺は曖昧に返事をした。
「ふーん、ユウ。本当に避難するの?」
「あ、アイリ?」
幼馴染の大きな蒼い瞳がまっすぐ俺を見つめる。
「そりゃそうだよ、アイリちゃん。ユージンくんは大怪我をしてたんだし……」
「わかってないわね、スミレ。ユウは避難する気なんて無いわよ」
「「え?」」
スミレとカミッラが驚いた声を上げる。
「何言ってるんだよ、アイリ。さっきユーサー学園長が俺には避難するように指示してただろ? 俺はそれに従うつもり……」
俺が言葉を言い切る前に。
「ユウのうそつき」
断定された。
「ユージンくん……まさか第一訓練場に行くつもりなの?」
スミレにまで疑われ始めた。
……まぁ、実際のところ行くつもりだったのだが。
「全ての探索者は集まるようにアナウンスされてたろ?」
「負傷者は別でしょ!? ユージンくん、バカなの!」
「アイリ様~、あなたの幼馴染さんちょっと頭おかしいですよー」
スミレだけじゃなく、カミッラにまでおかしいやつ扱いされた。
ただ、アイリは別に驚く様子はなく。
「じゃあ、私もユウと一緒に行動しようかしら」
「アイリ様!? 何を言ってるんですか!!」
変なことを言い始めた。
カミッラが当然焦る。
「アイリは探索者じゃないだろ」
「探索者じゃなくても魔物と戦闘が可能な者も集まるようにアナウンスされてたわ」
「あれは迷宮都市内にいる魔法使いや、引退した探索者向けの声かけだと思うけど」
「細かいことはいいから。さっさと案内しなさい」
アイリが俺とスミレの腕を引いて歩き始める。
「ユージンくん! アイリちゃん!?」
「本気ですか!? アイリ様!」
カミッラがそれに続いた。
仕方ないので俺は第一訓練場へ向かう。
「アイリ、無茶はするなよ? 危なくなったらすぐに避難する約束な」
「ユウが無茶しないって言うなら、約束してあげる」
「まぁ、努力目標ということで……」
俺の性格をわかり切っているアイリの言葉に、俺は約束を諦めた。
「ユージンくん、さっきの試合みたいな無茶は絶対にだめだよ~? そろそろ本気で怒るよ~?」
「す、スミレ! 髪が赤くなってる。落ち着け」
「あーあれが第一訓練場ですかねー。探索者がたくさんいますねー」
カミッラが指差す方へ視線を向けると、たしかに迷宮都市にいる数千人の探索者が集まっていた。
さらに続々と集合している。
俺たちもそこに合流しようと向かっている途中。
拡声魔法で学園内に声が響いた。
――諸君、よく集まってくれた。
雄々しくも透き通るような女性の声。
声の主は、学園演台の上に並ぶ迷宮都市の守護者たち。
その中央にいる長い髪の女騎士だろう。
その顔を知らぬ者は、迷宮都市にはいない。
『第一騎士』クレア・ランスロット。
別名、『王の剣』と呼ばれる十二騎士最強の剣士。
彼女はさらに語る。
――我らが迷宮都市にかつてない危機が迫っている。君たち全員の助力が必要だ。
探索者たちは、その声を黙って聞いている。
流石に闘技場の観客のようにパニックになっている者はいない。
が、それは次の言葉までだった。
――ユーサー王の予知によれば……。これから百万を超える魔物の群れに迷宮都市は飲み込まれる。
第一騎士の口から、絶望の言葉が発せられた。












