86話 ユージンは、修行する
◇サラの視点◇
「リュケイオン魔法学園はいかがでしょうか? 聖女マトローナ様」
「そうですね……本国と比べると自由が過ぎる気はしますが、生徒たちは皆優秀ですね。有意義な訪問でした」
そう聖女マトローナが言うと、私は内心ほっとしました。
マトローナ様は『八人の聖女』の中でもとりわけ厳格な性格で知られており、教会時代に私もずいぶんしごかれた記憶が蘇る。
今回もお小言を覚悟してましたが、リュケイオン魔法学園の生徒の質の高さ、その代表である生徒会長の役職につけたことを評価してくれたみたいです。
「ところで次期聖女サラ」
「は、はい!」
私は背筋をぴんと伸ばして返事をする。
「あなたの恋人だというユージンとかいう生徒。いつ別れるのですか?」
「………………え?」
一瞬、言われた意味がわからず固まる。
もちろん、別れる予定などない。
「あの……それはどういう意味で」
「そのままです。恋人と言っても学生の間だけのことでしょう? まさか次期聖女が帝国民と婚姻を考えてなどいないでしょうね?」
「結婚しては……いけませんか?」
「当たり前でしょう。よりにもよって、帝の剣の息子などと……」
「……」
むっとした表情がわずかに顔に出てしまったかもしれない。
同時に眼前の聖女様の経歴を思い出す。
(マトローナ様はご家族を帝国との戦争で亡くされた御方……)
先々代のヨハン・グレンフレア皇帝。
強烈な覇権主義の人物で、在任期間のほとんどを戦争で費やし『流血皇帝』や『鋼鉄皇帝』とも呼ばれた。
マトローナ様の年代の方は、皆ヨハン皇帝による侵略戦争を経験している。
そのためか反帝国思想が非常に根強い。
私ごときの言葉で考えを改めるとは思えない。
かと言って素直に受け入れるわけにもいかない。
私は、一瞬だけ悩み。
「何か言いたげですね? サラ」
「オリアンヌ様からは次期聖女と帝の剣の子息が結ばれることで、両国の関係強化に繋がるとおっしゃっていますが……」
私たちを後押ししてくれている運命の巫女様の名前を出した。
「……戦争も経験していない小娘に何がわかるのです」
マトローナ様はオリアンヌ様のお言葉を、歯牙にもかけなかった。
(八人の聖女様の中でも、反帝国思想と共栄思想で2つの派閥に分かれていると聞いていましたが……)
マトローナ様は、間違いなく前者だろう。
オリアンヌ様は後者だ。
私が黙ってしまったのを見て、マトローナ様はふっと表情を緩める。
「まあ、良いでしょう。聖女として見聞を深めることは重要です」
「私とユージンの仲をお認めくださるということですか?」
突然の態度の軟化に戸惑う。
「私も全ての帝国民が憎いわけではありません。サラの相手を見もせずに断じるには狭量でしたね。一度、直接話してみたいので連れてきてもらえますか?」
「は、はい! わかりました」
「では、待っていますよ」
話は終わりらしい。
私は聖女様と運命の女神様への感謝を述べ、部屋を退室した。
そのまま学園祭で賑わう中を横切る。
訓練場にいるかと思ったけど、それらしい人影はなかった。
(ユージンはどこかしら?)
闇雲に探すより、生徒会室に行って中継装置で探す方が早そうですね。
そう思った私は、生徒会棟へ向かいました。
その時、見知った顔の女子生徒が近づいてきました。
「サラ会長。聖女マトローナ様のご案内、お疲れ様でした」
「ありがとう、テレシアさん。ちょうどよかった」
女子生徒は生徒会庶務のテレシアさんでした。
「何か急ぎの用事ですか?」
「そうなの。マトローナ様がユージンと話がしたいって。どこにいるか知りませんか? ユージンのことだからきっとどこかで剣の訓練をしているのでしょうけど」
「あー、ユージンくんの居場所は……わかりますけど」
「どこですか?」
すぐに呼びに行きましょう。
ユージンは聖女様との面談を受けてくれるかしら?
きっと大丈夫よね?
だって、私のことを大切にしてくれる、って言ってくれたし……。
なんて考えつつ、テレシアさんの言葉を待った。
「サラ会長。あちらを見てください」
テレシアさんが指さしたのは、天頂の塔の中継装置だった。
学園祭中のため、探索者は少ない。
学生はもちろん、一般探索者も学園祭という祭りに参加しているから。
中継装置に映る探索者の数はまばらだ。
ましてや100階層以上なら、なおさら。
100階層を超えると『復活の雫』が使えないため、入念な事前準備が必須だから。
探索メンバーをきっちり揃えて挑むのが常識だ。
――ろくな探索装備もせずに、武器を片手に一人で挑む馬鹿な探索者なんているはずない。
「…………は?」
私の目に映ったのは、学生服のまま単独で魔物に囲まれている恋人の姿だった。
「何やってるの!? ユージン!!」
聖女様の前では決して上げられない大声で私は叫んだ。
◇スミレの視点◇
「うぅ……お客さんの行列が減らないねー」
「思った以上に連日盛況ねー」
今日も体術部の出し物をレオナちゃんと一緒に手伝っている。
学園祭の後半になっても、体術部のところは大賑わいだった。
理由は子供のリピーターが多いから。
力自慢の体術部員たちが人力で動かす観覧車や回転木馬は大好評。
「いい修行になるな!」と体術部の男の子たちは、元気いっぱいだけど。
(もっとユージンくんと一緒に学園祭回りたかったよー)
お客さんを案内しつつ、そんなことを心の中で呟いた。
その時。
「ね、スミレちゃん。あっち見て」
「え?」
レオナちゃんに言われて気づく。
体術部のメンバーや、お客さんたちがざわついている。
(誰か有名人が来たのかな?)
ユーサー学園長とか。
でも、あの人神出鬼没で意外にふらっと街中とか学園を散歩してるし。
実はそこまで珍しくなかったりする。
ざわつきの答えはすぐにわかった。
「見ろよ、帝国のお姫様だぞ」
「グレンフレアのアイリ皇女殿下……か」
「綺麗だなー」
「見とれてる場合か。次期皇帝様だぞ」
「あれ? 皇太子殿下って男じゃなかったか?」
「最近になって皇位継承順位が変わったんだよ」
「うへ……、無礼を働くと首が飛ぶな」
「……お前は接客に出るなよ」
そんな会話が聞こえてくる。
みんなの視線の先にいるのは、アイリ・グレンフレア皇女様――ユージンくんの幼馴染だった。
キラキラ光る金髪をなびかせながら、姿勢良くキョロキョロと見回っている皇女様は、こっちに視線を向けた。
「あら?」
(わっ! こっちにくる)
アイリ皇女様が、早足で私の目の前にやってきた。
「貴女……指扇スミレさんね。ここは貴女が所属しているのね」
「は、はい! いらっしゃいませー」
「ここはなんの店なのかしら?」
「人力遊園地ですよー。乗っていかれます?」
「そうね。案内を頼もうかしら」
「では、まずはチケットのご購入から案内……」
「アイリ様。チケットを手配しました。どうぞ」
さっとどこからともなく、同い年くらいの女の子が現れアイリ皇女様にチケットを渡す。
うわ、先回りが凄い。
そして、女の子はさっといなくなった。
忍者みたい。
「これのチケットを貴女に渡せばいいの?」
「は、はい! 一名様、ご案内ですー」
乗り物の説明係の人のところへ案内する。
私の仕事は終わりだ。
……ふぅ、緊張した。
と安心していると。
「一人で乗ってもつまらないから、貴女も一緒にアレに乗りましょう。チケット2枚渡せばいいんでしょ?」
「わ、私も!?」
突然の提案にびっくりする。
アイリ皇女様が指さしているのは、『人力観覧車』。
こ、個室じゃん!
皇女様と個室で二人きりって何を話せばいいの!?
「えっと、私はスタッフなので~……」
それとなくご遠慮しようと思っていると。
「わかりました! アイリ皇女殿下! では、スミレさん、案内を頼んだ!」
「ええ! 副部長!?」
お調子者の副部長が、勝手に了承してしまう。
(すまん!!)
とこっそり両手で拝まれた。
もうー!!
「ほら、行くわよ。スミレ」
気がつけば私の名前が呼ばれて、手を引っ張られた。
ご、強引だー、この子!
「お二人様、ご案内ー」
そのまま観覧車の中に押し込まれた。
◇
ゆっくりと観覧室が上昇する。
「…………」
「…………」
私とアイリ皇女様は狭い個室の中で向かい合う。
少しだけ無言が続いたあと、アイリ皇女様が口を開いた。
「今日は、ユウが一緒じゃないのね」
「は、はい! ユージンくんは別の場所です、アイリ皇女様……」
「アイリでいいわ。あと敬語も不要よ」
「え? えぇ……」
そう言われましても。
一応、学園で南の大陸の歴史を学んできた私としては、目の前の美人な女の子の身分がとてつもなく高いことは理解している。
「リュケイオン魔法学園では、身分の差は無視するって学則があるのでしょう? それなら私もそれに習わないと」
「はぁ……」
その学則は、そこまで徹底されているわけではない。
偉そうにしている貴族の人も多いし。
でも、どうやらアイリ皇女様はフランクに接して欲しいらしい。
じゃあ、いいかな。
「よろしくね! アイリちゃん!」
「……よ、よろしくスミレ」
元気よく、できるだけフレンドリーに話しかけてみたのだけど思いのほかびっくりした顔された。
あれ?
私、間違えた?
――スミレってたまに、距離感狂ってるよな
そういえばユージンくんに昔、言われた気がする。
初めての探索の時に、同じテントで寝泊まりした時。
むぅ、あとでユージンくんに相談してみよう。
「ねぇ、スミレ。この学園のことを教えてほしいわ」
「私も学園に来て一年も経ってないんだけど、それでよければ」
狭い観覧車の個室内で、アイリちゃんから学園のことを色々聞かれた。
私が説明すると、興味深そうに頷きながら次の質問をされる。
「ふぅん、聞いてた通り帝国の学校とは全然違うのね」
「ユージンくんが昔通ってた軍人さんの学校?」
「ええ、朝早くに叩き起こされて、夜まで訓練と座学で。あれはあれで楽しいのだけどこっちは」
「うーん、私には厳しすぎて無理そう」
ユージンくんにも聞いたことがあるけど、いかにも軍隊の学校って感じだった。
やっぱりユージンくんもアイリちゃんと一緒で、前の学校も楽しかったよって言ってたけど。
体育会系だなー、二人とも。
「ところで」
世間話のように。
ただの雑談ですよ、という風にアイリちゃんが聞いてきた。
「ユウとはうまくいってる?」
と聞かれた。
「…………」
元カノさんにどう答えろと!?
えーと、えーと。
無難な回答。
当たり障りない言い方は……。
「ら、ラブラブですよー☆」
失敗した気がする。
私ってこんなコミュ障だっけ?
「そう、羨ましいわね」
思いの外、アイリちゃんは冷静だった。
「あ。あのー、アイリちゃんは今でもユージンくんのことが……」
「好きよ」
はっきりと言われた。
「そ、それは……」
なんと言えばいいのか。
「どうやってスミレから奪い返すかを考えているわ」
「……へ?」
「冗談よ」
「…………」
全然、冗談の目じゃなかったんですけど!
怖い!
怖いよー、ユージンくんの幼馴染ちゃん!
まっすぐこちらを見つめる蒼い瞳から逃れるように、外へ視線を向けて。
天頂の塔にたくさんある中継装置の映像器。
画面の一つに、見知った顔が映っていた。
ちょうど、話題に上がっていた人物。
私の恋人であり、アイリちゃんの想い人。
(あー、ユージンくんってば、また天頂の塔で修行してるんだ)
本当に修行が好きだなーと、思いつつ画面に映る『階層表示』を確認して私は固まった。
「…………え?」
「どうしたの? スミレ。あら、ユウが映ってるわね」
目を見開いた私に、アイリちゃんが尋ねる。
その声は耳に届いたが、私は反応できなかった。
そりゃ、そうだろう。
100階層以上は危険だから、勝手に探索しない言ってたじゃん!!
単独の探索なんてもってのほかだって、サラちゃんも注意してたし。
画面の中のユージンくんは、『天頂の塔・105階層』で百匹以上の強そうな魔物たちに囲まれていた。
学園の教科書で教わったやつ。
通称『魔物の巣窟』
助けに行くにも、今からじゃ間に合いそうにない。
「なにやってんのー!!!! 馬鹿ユージンくん!!」
私は観覧車内で立ち上がり、画面に向かって怒鳴った。
◇ユージンの視点◇
――天頂の塔・105階層。
「……はぁ、……はぁ、……はぁ、…………ふー」
荒くなった息を整える。
足元には、百匹以上の魔物の死骸が転がっている。
時間はかかったが、なんとか倒し切ることができた。
106階層へ続く階段の手前。
そこが魔物の巣窟になっていた。
魔物転送の魔法陣を通して大小様々な魔物たちが、一斉に襲いかかってくる最終迷宮の罠。
最初は驚いたが、どうやら統率は取れていないようで俺に襲いかかってくるだけでなく魔物同士でも争っていたためそれを利用した。
八方からの魔物の攻撃を避けきることはできなかったが、回復魔法と結界魔法を駆使。
自分一人だったこともあり、なんとか対処できた。
(スミレとサラが居たら危なかったかもな……)
と思ったが、よく考えるとスミレの火魔法やサラの聖剣があれば、魔物を一掃できたかもしれない。
なんにせよ、よい修行になった。
なったのだが……。
(俺の剣はロベール部長に通じるだろうか?)
これが問題だ。
このまま106階層に進んでもいいけど、何かが掴めた気はしない。
無駄ではないにしても、遠回りしているような……。
――ふふ、迷ってるみたいね、少年。
頭の中で美しい声が響く。
魔力を使った念話だ。
「エリー?」
大地下牢にいる魔王エリーニュスだった。
久しぶりに少年呼ばわりされた。
――天頂の塔で修行もいいけど、私が力の使い方を教えてあげるわよ
魅惑的な声で語りかけてくる魔王。
けど。
「武術大会で魔王の力を借りるつもりはないぞ。自分の剣術の腕を確かめたいから」
神獣ケルベロス相手や、大魔獣ハーゲンティの時とは違う。
100階層達成の『恩恵の神器』で、独力で魔法剣が使える白刀も手に入れた。
自分だけの力で試合をしたい。
――あのね。あなたにはライラ先輩の天使の血が流れていて、天使の武器である『天剣』まで持ってるのに、ちっとも上手く扱えてないじゃない。そんな修行方法じゃ、500階層なんて夢のまた夢よ?
「……俺の修行方法が間違ってるってことか?」
――んー? 間違ってるってことはないけど、効率が悪いってところかしら。ユージンがやってるのは人間用の修行だもの。
「人間用?」
その言い方だと俺が人間じゃないみたいな。
――半分は人間じゃないでしょ。いいから、さっさと私の所にきなさい。試合が明日だから時間はあまりないけど鍛えてあげる。
「エリーのところか……」
『禁忌』の封印、第七牢。
魔王だけじゃなく、神話生物、悪霊、死霊、呪霊の蠱毒のような場所。
結界魔法を常時発動してないと、人族なら数秒で命を落とす死の空間。
(疲れるんだよなぁー)
大事な試合前日に行きたい場所ではない。
――待ってるわよー☆ ユージン♡
もう俺が行くことが決定しているかのような口ぶりで、魔王の念話は途切れた。
多分これで行かないと、魔王の機嫌がめちゃくちゃ悪くなる。
過去の経験で痛感している。
(それに天使用の修行ってのも気になる)
今まで意識していなかった。
できることがあるなら、悔いなくやって試合に挑みたい。
「しゃーない、行くか」
俺は白刀を仕舞い、最終迷宮の地下牢に封印されている魔王の元へ向かった。












