83話 スタンピード
天頂の塔における魔物暴走の発生。
聞いたことはあるが、実際に起こったのを目の当たりにしたことはない。
(しかしよりによって学園祭の真っ最中に……)
ずいぶんと時機が悪い。
「みなさんー、お忙しいところお集まりいただきありがとうございますー」
迷宮職員さんの声が響く。
天頂の塔の入り口前広場前には、そこそこの人数の探索者たちが集まっている。
服装から察するに学園生徒はほとんどおらず、大人の探索者たちだろう。
その時。
ドン!!!
と魔法が弾ける音が響いた。
見ると飛行系の魔物が、火魔法に焼かれて落ちている。
最終迷宮の魔物が外に抜け出して、それを探索者の誰かが撃墜したようだ。
「探索者のみなさん、見ての通り最終迷宮の魔物が抜け出しています。そして、もうすぐ天頂の塔前の広場へ魔物の群れが押し寄せます。ご存知のとおり、現在はリュケイオン魔法学園の学園祭期間です。学園生徒たちや他国からの来客が困らないようにここで魔物暴走を抑えてくださいー」
「「「「「うーい」」」」」
探索者たちの気の抜けた返事が響く。
突然呼び出されたら、そんな声にもなるだろう。
「緊急依頼のため報酬は通常の1.1倍増しとなります」
「「「「「おー」」」」」
さっきよりはやる気に満ちた声になった。
それにしてもこの様子だと、魔物暴走の規模は大きくなさそうだ。
その証拠に。
「カルロ先輩、ここに呼ばれているのは生徒以外の探索者っぽいですよ? 俺たちは来る必要なかったのでは?」
さっきから響いている迷宮職員の説明では、依頼先は生徒以外の探索者だけだった。
生徒たちには学園祭を楽しんでもらおうという配慮らしい。
つまりは魔物暴走といっても、その程度ということだろう。
「うん、魔物暴走の対応は他の探索者さんたちに任せちゃおう。僕らの仕事は別だね」
「別の仕事?」
俺は疑問に思いつつ、カルロ先輩と天頂の塔の入り口に向かう。
もうすぐ魔物の群れが押し寄せるという場所へ。
「ちょっと! そこの生徒二人! 危険ですよ。説明を聞いてなかったんですか!? これから天頂の塔の下階には魔物が押し寄せて……」
そこへ迷宮職員の一人が慌ててこちらへやってきた。
「大丈夫ですよー、僕ら学園長に依頼をされてきていますから」
カルロ先輩は明るい口調で、探索者バッジを見せながら迷宮職員へ答えた。
「ユーサー王に!? それにそのバッジ……お二人は100階層を突破した『A級』探索者様でしたか。わかりました、お気をつけて」
迷宮職員さんはあっさりと納得して帰っていった。
そして俺はカルロ先輩の言葉で、これからやることの目星がついた。
「魔物暴走の原因を探ろうってわけですか」
「そうだね。事後調査よりも、最中のほうがいいだろ」
「魔物暴走に少人数で突入するのは、探索の基本に反してますよ」
死ぬ可能性の低い最終迷宮の低層階であるが、魔物の群れは気をつけるよう指導されている。
魔物に殺されたあと、『復活の雫』を使う前に『喰われる』可能性があるからだ。
だから、魔物暴走の発生時は『大人数で迎え撃つ』のが基本となる。
今のように。
「ユージンちゃんなら単独でも平気でしょ」
「いや、カルロ先輩が……」
この人の蟲使いとしてのスキルは高いが、本人の戦闘力はそこまで高くないはず。
「僕の心配かい? 大丈夫、この子たちがいるから」
……ワサ……ワサ……ワサ……ワサ……ワサ……ワサ
気がつくとカルロ先輩のうしろに、四対の脚をもつ大きな蟲の魔物が立っていた。
固い鎧のような外殻の上に上半身裸の美しい女性が生えている。
「蜘蛛女……ですか」
「その女王種だね。最近仲良くなったんだ。あと50人は呼び出せるよ」
「蜘蛛女王の中隊ですか」
上級魔法使い以上の魔力を持っている魔物。
それを集団で使役できるなら心配はいらないだろう。
「ご主人。失礼します」
カルロ先輩が使役する金髪の蜘蛛女王は流暢な人語を操り、カルロ先輩をお姫様だっこした。
そのまま天頂の塔の外壁を登っていく。
「僕は天頂の塔の外から異常を探るよ。さっき魔物が逃げ出していたから、どこかに『穴』が開いてると思うんだ」
「じゃあ、俺は中から探しますが……あてもなく探すのは厳しいですね」
「それなら大丈夫。天頂の塔の内部は、僕の『眼』を放っているから。まずは八階層あたりを探ってみてくれない? どうも普段と様子が違うっぽいんだよねー」
「わかりました。いってみます」
「なにかわかったら、連絡を取り合おう。この子を一体、ユージンちゃんに預けるよ」
小柄な蜘蛛女が、俺の隣にぴたりとくっついてきた。
「よろしくおねがいします、マスターのご友人」
「ああ。よろしく。ユージン・サンタフィールドだ」
外見的には10歳くらいだろうか。
黒髪をぱつんと切り揃えた可愛らしい女の子。
そして下半身は、不気味な蜘蛛の身体がなんともアンバランスだった。
「じゃーねー、ユージンちゃん。気をつけて~~~~」
カルロ先輩がアラクネ女王に抱えられたまま天頂の塔の外壁を登っていった。
ぱっと見では、先輩が魔物にさらわれているようにしか見えない。
「じゃあ、俺たちも」
「はい、マスターのご友人」
名前は呼んでくれないらしい。
「ところで君の名前は?」
そういえば教えてもらっていない。
一緒に行動するなら名前を聞いておいたほうがいい、と思っての質問だった。
「七七◯五三号です」
「……え?」
「マスターからは『七七◯五三号ちゃん』と呼ばれています。良き名前です!」
むん! とその小柄な蜘蛛女ちゃんは胸を張った。
当人は気に入ってるらしい。
「…………」
「どうかされましたか? マスターのご友人」
「いや、なんでもない。先を急ごう」
もう少し名前を考えてつけてくれ、と思いつつ七万体以上の魔物を調教できる魔物使いの腕に驚愕する。
こうして俺と小柄な蜘蛛女ちゃんは、迷宮昇降機へと向かった。
◇八階層◇
「これは……」
「魔物の姿がありませんね」
八階層にやってきた俺たちは、周囲を見渡した。
そこには普段居るはずの魔物の姿がなかった。
「…………」
「…………」
俺と七七(以下略)ちゃんは、しばらく歩き回ってみたが魔物の姿はなかった。
「うーん、どうしたもんかな」
俺は立ち止まって腕組みをした。
「お悩みですか? マスターのご友人」
「異常事態なのは確かなんだけど、なんでこんなことになったんだろう」
「そうですね。この階層にいたはずの魔物はどこに行ってしまったのか……」
小柄な小柄な蜘蛛女ちゃんも、俺と同じように腕組みをして眉間にしわをよせている。
その時。
(おーい、そっちは何かわかったかいー?)
念話が聞こえた。
カルロ先輩の声だ。
どうやら使い魔の蜘蛛女ちゃんを通して、念話をしているようだ。
(カルロ先輩、8階層にやってきましたが魔物が一匹もいません)
(うん、8階層の魔物は現在、天頂の塔の外で暴れてるよ。要は魔物暴走が起きてる)
(!? じゃあ、8階層のどこかに魔物が外へ出る『抜け穴』があるってことですか!?)
(そう思って外壁から探しているんだけど、見つからないんだよねー。変だなー)
(マスター、……妙な気配が私の糸にひっかかりました)
(本当かい? 七七◯五三号ちゃん)
俺とカルロ先輩の会話に、蜘蛛女ちゃんが割り込んできた。
というか、本当に番号で呼んでるんだ。
(姿隠しの魔法を使っている者たちがいます。魔物ではなく、探索者でもはないようです)
(怪しいね)
(調べてみます)
(行きましょう)
俺と蜘蛛女ちゃんは、小さくうなずく。
ちなみに蜘蛛女ちゃんの能力で、魔法糸を8階層中に張っておきそれに引っかかったものを
探知することができるらしい。
本来は狩りようの能力で、獲物を探し出して集団で襲うための力だとか。
俺たちは気配を殺しながら、8階層を静かに進んだ。
蜘蛛女ちゃんの魔法糸が行き先を教えてくれる。
しばらく進んだところで。
(あれは……)
(っ!?)
小さな人影があった。
それを見た隣の蜘蛛女ちゃんがガタガタと震えはじめる。
(大丈夫?)
(だ、ダメです! あちらには……あの御方に近づいてはいけません!!!)
蜘蛛女ちゃんが俺の探索服を掴んでくる。
怯えている。
だけど、それは仕方ない。
あの遠くにいる小さな人影は……蜘蛛女ちゃんにとって神様に等しい相手。
天頂の塔の主。
魔物たちの創造主。
血のような赤いローブを着た天頂の塔の迷宮主――アネモイ・バベルだった。
■感想返し:
>アイリはヘタr…奥手、ヨシ!
→アイリは箱入りのお嬢様で、剣術バカなので。
■作者コメント
今回は多忙につきちょっと短くて申し訳ないです。












