81話 学園祭 三日目
「ねぇ、ねぇ! ユウ、あの人たちってなにしてるの?」
「曲芸部の人たちだよ。魔導具は自作だって」
「へぇ! あっちの食べ物屋は何かしら?」
「最終迷宮産の食材を使ったファーストフード屋かな」
「そう、あとで食べてみたいわ。あの可愛い服は?」
「あれは探索服の専門ショップだよ。学生は学園指定のものがあるからあまり使わないけどね」
「へぇ~!!」
俺は幼馴染のアイリへ学園祭の案内をしている。
スミレは体術部の出し物が忙しくなって、助っ人に呼び出されたため俺一人だ。
もっとも腑に落ちないのは。
(通常はもっと沢山の護衛がつくんじゃないのか?)
現在のアイリは、グレンフレア帝国の第一皇位継承者。
一人でほっぽり出されるなど考えられない。
勿論、姿は見えずともこっちを見つめる視線を多く感じるので、見えないように護衛はいるのだろう。
だが、アイリの近くにいるのは俺一人である。
「ユウ、退屈?」
「そんなことないよ」
考え事をしていた俺の顔をアイリが覗き込む。
「でも今日は静かじゃない?」
「いつもこんなもんだよ」
昔から会話の大半はアイリが一方的に話してくることが多いので口数が少ないのは昔からだ。
とはいえ、気になることがあったので俺は質問した。
「アイリは帝国を離れて大丈夫なのか?」
第一皇位継承者になったばかりで、立場も大きく変わっただろう。
それに次期皇帝の座は確定したわけではない。
第七皇女であるアイリには、上に兄姉が多くいる。
帝都を離れて足元を掬われないか、心配したのだが。
「なんだか最近ね……、周りの変化が凄いのよ。私に取り入ってくるというか……。貴族たちだけじゃなく、大兄様や大姉様までよ?」
「第二皇子と第二皇女様もか?」
お二人とも相当な野心家だったと記憶している。
皇太子殿下を引きずり落とそうと様々な策を講じていた話は有名だ。
「大魔獣討伐を超える功績を上げるのは、みんな諦めちゃったみたい」
「へぇ~」
じゃあ、アイリを陥れようとする者はいないらしい。
ならいいか。
「何を他人事みたいに言ってるのよ。誰が大魔獣を倒したと思ってるの」
「アイリだろ」
公式にはそう発表されている。
「違うでしょ! ユウのおかげよ」
「みんなで力を合わせてだよ」
俺は軽く返事をして、次はどこを案内しようかとあたりを見回すと。
「……ねぇ、ユウ」
アイリが俺の手をぎゅっと掴んできた。
次の言葉は言わなくても、わかった。
「帝国に戻ってこない?」
「……探索が終わったらな」
「500階層なんて、何十年かかるか……。そもそも本当にできると思ってるの? 500年でたった一人しか到達できないのよ!」
「じゃあ、できなくはないんだろ」
「ねぇ、帝国なら私が皇帝になれば好きな地位をあげられるわ。恋人のスミレさんも一緒だっていいし。別に今すぐじゃなくてもいいの。いつまでも天頂の塔にこだわらずに、帝都に帰ってこない、ユウ……」
アイリが学園にきたのはこのためか。
俺を引き戻すために。
「……今は約束できない」
「そう、よね。ユウは義理堅いもの」
アイリは予想していたように目を伏せた。
しばらく無言が続く。
アイリはゆっくりと俺の手を離した。
「ねぇ、ユウ。あの人がたくさん集まっているのは何かしら? 見に行きましょう!」
アイリは重い空気を振り払うように、遠くの人集りを指さした。
「あれは……」
「行ってみましょ!」
俺が説明するより前に、アイリは俺の手を引っ張ってぐいぐい歩いていく。
強引なところは昔から変わっていない。
人集りの中央には、闘技場がみえる。
そして、拡声魔法によるアナウンスが聞こえてきた。
「みなさまー!! 本日は本戦前の模擬戦となりますー!! そして対戦をするのはなんと前年度の覇者、ロベール・クラウン氏! 今回の優勝候補筆頭です!」
歓声が上がる。
そりゃ、そうだろう。
ただ、気になったのは。
(ロベール部長自らがわざわざ模擬戦を行うのか?)
前年度の優勝者なら、シード枠で本戦の出場が決まっている。
こんなところで戦う意味はないはずだが……。
「そして相対するのは、残念ながら各予選ブロックで惜しくも二位となってしまった強者たち! 合計10名との勝ち抜き戦を行っていただきます! いよいよ明日からは本戦の開始です! 増設席のチケットは少々割高ですが、買って損はありません! 購入の際はこちらまでおこしください!!」
そのアナウンスを聞いて腑に落ちる。
なるほど。
つまりは本戦チケットを売り切るための見世物ということか。
おそらく仕掛け人は、赤毛のエルフの学園祭実行委員長なんだろうなー、と予想した。
「ねぇ、ユウ。面白そうじゃない、見てみましょうよ!」
「ああ、見学させてもらおう」
ロベール部長の剣技を中継装置で見たことは何度があるが、直接は初めてだ。
学園最強と呼ばれる剣士の戦う姿は見てみたい。
闘技場の中央には、腕組みをしたロベール部長が長髪をたなびかせている。
ただ立っているだけのように見えて隙がない。
ちらっと、一瞬こちらを見たような気がした。
「ねぇ、ユウ。あの剣士って……かなり強くない?」
アイリは気づいたようだ。
「学園最大派閥『剣術部』の部長。次期、神聖騎士団長と目されてる学園最強の剣士だよ」
「学園最強って……それはユウじゃないの?」
「俺は魔法剣士になったのは最近だし、新人に毛が生えたくらいだって」
「でも魔王を倒したのはユウなんだし!」
「あの時は魔王の登場が突然で、強い人たちが出払ってたし、あとは相性の問題かな」
「……納得いかないわ」
アイリが首をかしげていると、アナウンスが響いた。
「おおっーと! ここでロベール氏が勝ち抜き戦でなく、『まとめて』相手にすると言っています! いくらなんでも無茶ではないでしょうか! しかし、審判はこれを認めたようです! リング上で両者が構えます」
ロベール部長と、十数名の魔法剣士や魔法使いたちが剣や杖を構える。
観客たちは、それを固唾をのんで見守る。
「はじめ!!」
審判の声とともに、挑戦者たちが一斉にロベール部長に仕掛けた。
数十の光の矢と。
巨大な火の弾。
魔法の斬撃。
さらに逃げ場をなくそうと、近接の戦士たちが連携してロベール部長に迫る。
「おおっと!! これは、ロベール氏のピンチです!」
アナウンスの言う通り、これだけ一斉にタイミングを合わされては反撃どころか逃げることも難しい。
(さすがにこれは無傷とはいかないか……?)
そう俺は判断した。
その時。
「北神一刀流……霞斬」
ロベール部長の口の動きで、そう言ったのがわかった。
「さぁ、このピンチをどうしのぐ…………のか……え?」
アナウンスの者が戸惑った声をあげる。
それは観客も同じだった。
さっきまでロベール部長が立っていた場所には誰もおらず。
そして、ロベール部長に仕掛けた者たちが全員倒れていた。
「け、決着ー!! お見事! ロベール部長の勝利です!!」
戸惑いながらもアナウンスの声が響く。
「ねぇ……ユウ。さっきの攻撃、見えた?」
「いや、見えなかった」
「ユウでもっ!?」
「抜刀術だな。弐天円鳴流とは違う東の大陸の剣技らしい」
「リュケイオン魔法学園……とんでもない剣士がいるわね」
アイリが小さくため息を吐くのが聞こえた。
「お見事でした、ロベール・クラウン氏!! それでは勝利者からコメントをいただきましょう!」
アナウンサーが、ロベール部長に拡声用の魔導具を渡しているのが見えた。
「アイリ、そろそろ行こうか」
「そうね。ところで学園祭の武術大会のトーナメント表を見たのだけど、ユウは出場してないのね」
「迷ったんだけどね」
「そう、ユウが勝利するところを見たかったけど……残念ね。ところで飛び入り枠とかはないの?」
「大会スケジュールの関係で、イレギュラーな参加枠はないよ」
「そっか……出てみたかったけど」
アイリに言葉に不穏なものを感じる。
「帝国の第一皇位継承者が出るなよ。暗殺されるぞ」
「平気でしょ。ユウがいるんだし」
「あのなぁ……」
お気楽すぎる。
護衛はされているようだけどもう少し次期皇帝の自覚を……と思っていた時。
「ロベール氏は、武術大会で注目する戦士は誰でしょう?」
「そうだな……出場者ではないが、ユージン・サンタフィールドだろう。優勝し、やつへの挑戦権を手に入れよう」
「おおー! やはり例の魔王殺しですね! 今大会の目玉ですからね! 多くの観客が期待していることでしょう!」
(殺してないぞ)
(死んでないですけどー!!)
俺の心のツッコミと、魔王からのツッコミが被る。
「ちょっと、ユウ! 今の話はいったい何!?」
「気がついたら、優勝商品にされてたんだよ。武術大会の優勝者と戦わないといけないんだってさ」
「てことはユウがさっきのあの男と勝負するの!?」
アイリがキラキラした目で見つめてくる。
「誰が優勝するかわからないよ」
「楽しみー♪ たしか大会の優勝が決まるのは最終日の七日目でしょ? じゃあ、その日まで私は残るわ!」
いいのかそれで。
と思うよりも、幼馴染も観戦するのか……という
それから再び、学園祭をアイリと回った。
食事は、屋台ですませた。
簡単な料理ばかりだったが、帝国で普段かしこまった料理ばかり食べていたアイリには新鮮で楽しいらしい。
見たところでは喜んでいた。
結局、暗くなるまで学園祭を案内した。
「そろそろ今日の学園祭は終わりだな。このあとはどうするんだ?」
「えっとね、迷宮都市の一番街にある宿泊施設を予約してるって聞いてるわ」
「一番街……貴族街か。なら、そこまで送るよ」
「もう帰るの……?」
アイリは不満そうだ。
「まだしばらく滞在するんだろ?」
「そうだけど……、明日からは面談の予定がびっしりだから。自由時間は今日くらいだもの」
「そっか」
確かに今日はいっぱい遊んだが、遊びにきただけではないだろう。
あくまで皇族として、学園の視察にきた目的なのだから。
だったら、もう少し付き合ってもいいかと思ったのだが、この時間ではほとんどの出し物が店じまいをしている。
「ぶらぶら歩くか」
「ええ、散歩しましょう」
俺とアイリは連れ立って、祭りの片付けをしている様子を眺めながら歩いた。
やはり入れるような店はなさそうだ。
このままゆっくり宿屋のほうに戻ればいいか……などと考えていると。
「そこのお二人! 店を探しているのかい?」
話しかけれた。
知らない顔だ。
「ええ、そうよ」
アイリが答える。
「だったら、こちらへ。お二人にぴったりのお店ですよ!」
「へぇ~、ねぇ。ユウ、行ってみましょうよ」
「う、うーん」
ちょっと怪しい。
もしここが、迷宮都市の裏道ならついていかない。
が、ここは学園祭内だ。
(ま、大丈夫だろ)
俺は軽い気持ちでついていった。
そして連れて行かれた場所は――やけにピンクの光で照らされている建物だった。
看板には『迷宮の隠れ宿』と書かれてある。
「隠れ宿? これってなにかしら?」
よくわかっていないアイリが首を傾げている。
(こ、恋人宿のことだよ)
しまったな。
この前は、いっぱいだったから違うと思っていた。
「な、なぁアイリ。ここはやめてお……」
「面白そうだから行ってみましょ!」
アイリはさっさと前金を支払い、俺の手を引っ張った。
「ちょ、待っ……アイリ」
「ほら、とろとろしない!」
昔から強引な幼馴染は、昔と同じように俺を引っ張って宿の扉へと連れ込んだ。
■感想返し:
>エカテリーナさんはアイリがユージンにかまけることを見越して政治的なお話のために派遣されたんだろうな
→その通りです。
■作者コメント
8/25にコミックガルドにて、信者ゼロの漫画版が更新されています。
 












