80話 学園祭 二日目~三日目
「えっ!? クロード・パーシヴァルに婚約者がいる!?」
サラが目を丸くした。
「そうなんだよー、サラちゃん! 知ってた?」
「初耳よ。あの男……よくも私の親友のテレシアさんを弄んでくれたわね。聖剣のサビにしなきゃ」
「……クロードくん。レオナちゃんとは遊びだったんだ……。やっぱり燃やさなきゃ」
ここは生徒会長室。
レオナとテレシアを探したのだが、生憎二人の姿は見つからなかった。
俺とスミレはさっきの話をサラに伝えたところ、物騒な会話に発展している。
クロードは、婚約者のティファーニアさんを学園祭を案内しにいった。
――ティファーニア・クリスタル。
俺はティファーニアさんとは初対面だったが、彼女の家名は有名だから知っている。
蒼海連邦における金庫番――『黄金の国』を統べるクリスタル王家。
そこの長女が、ティファーニア王女らしい。
「落ち着けって二人とも」
俺はスミレとサラをなだめる。
「どうして落ち着けるのよ! ユージン!」
「許せないよ、ユージンくん!」
「気持ちはわかるけど……」
二人の言葉はもっともだが、クロードから聞いた事情もある。
「婚約者に会うのは、そもそも今日が初めてらしいし、婚約の話は最近になって本国が勝手に決めたって言ってただろ。クロードはどうにもできなかったんだから、仕方ないじゃないか」
これはさっきクロード本人に教えてもらった話だ。
知らない間に決まった会ったこともない婚約者。
それが予告なく突然、学園へ来訪してきたと。
武術大会への強制参加もそのためらしい。
蒼海連邦の戦士として、ティファーニア王女の婚約者として何かしらの実績を示せというお達しだとか。
クロードにも同情を禁じ得ない。
「うーん、それはそうだけど……」
「結局、クロードくんはどうするんだろ?」
「さあなぁ……、蒼海連邦のほとんどの所属国は『黄金の国』に金を借りてて逆らえないって聞くから」
帝国民の俺は詳しくないが、連邦所属の国家関係は複雑らしい。
簡単に割り切れないんだろう。
その場をなんとも言えない空気が包む。
それを払拭するようにサラが口を開いた。
「ねーえ、ところでユージン。このあとは暇よね?」
サラの声色が変わり、俺の腕に絡みついてくる。
「あぁ、時間はあるよ」
「じゃあ私と一緒に学園祭を回りましょう。ね? 二人きりで♡ 行ってみたいお店があるの」
「ちょっと、サラちゃん! 私もいるんですけど!?」
「スミレちゃんは午前中にユージンと一緒に居たでしょ。知ってるんだから。午後は私に頂戴」
「そ、それは……ちょっとの間だけだし。ね! ユージンくん。午後も私も一緒に回るから!」
「スミレちゃんのうそつき。ちょっとじゃなかったくせに」
「うそじゃないよ! どうしてそんなことがわかるの!」
「ふん、こっちを見て。生徒会室にある中継装置。これでユージンとスミレちゃんが一緒に回ってるのをずっと見張ってたんだから!」
その言葉に俺とスミレが顔を見合わせる。
「え? ずっと見られてたのか?」
「サラちゃん……つきまといじゃん」
「ち、違っ! たまたまよ。学園祭の様子を監視するついでにユージンのことが目についただけ!」
サラが目をそらす。
ずっと見てたっぽい。
「ちなみにサラが行きたい店って?」
俺は尋ねた。
スミレと昼食を一緒に食べたし、だったら夕食はサラと行こうかと思っていたら。
「えっとね~」
少しもじもじしてサラが口ごもった。
「?」
「学園祭の外れのOBたちが運営しているお店で……恋人同士で『休憩』する場所なんだけど……。あ、あくまで視察よ? ただちょっと風紀が乱れている場所だからユージンが一緒なら心強いなーって」
てっきり食事をする場所かな? と思っていたら違った。
「休憩?」
「そうそう! ただの休憩! ほんの二時間くらいだから」
「ふーん、別にいいけ……」
「ダメー!!!!!」
俺の言葉をスミレに最後まで言わせて貰えなかった。
「ちょっと! スミレちゃんは邪魔しないで!」
「恋人宿じゃん! なんで学園祭にラブホがあるの!? 大問題じゃないの!?」
「仕方ないでしょ。学園祭で付き合い始めた恋人が、そこかしこで盛り始めるんだからどこか一箇所にまとめておいたほうが風紀が守られるの。リュケイオン魔法学園じゃ、昔からの常識よ」
(知らなかった……)
「ず、ずるい。じゃあ、私も一緒に行く!!」
「え? さ、三人で?」
「ダメ?」
「えー……、二人きりがよかったけど。うーん、まぁ仕方ないかー」
「よーし! じゃあ、今からねー」
(え? あれ? )
なんか知らない間に話が進んでいる。
こんな真っ昼間から?
「あの……俺の意見は?」
「「……」」
じぃっと、スミレとサラのぱっちりとした瞳がこちらを見る。
「いやなの? ユージン」
「ダメかな? ユージンくん」
「な、なんでもない、です」
俺は異論を諦めた。
ここでうだうだいう男には甲斐性がない。
その時、生徒会長室のドアがノックされ、誰かが入ってきた。
「あら、サラ会長お出かけですか?」
生徒会庶務のテレシアが現れた。
「ちょうど良いところに! テレシアさん、落ち着いて聞いてください。クロードくんのことで伝えておかないといけないことが……」
「大丈夫ですよ、サラ会長。ちょうど、今からレオナと一緒にクロードとティファーニア王女へご挨拶に行く予定なので」
にっこりと。
いつも通り微笑むテレシア。
「「「…………」」」
俺とサラとスミレは押し黙った。
「へ、へぇ~。レオナちゃんも一緒なんだ~?」
少し震える声でスミレが言うと。
「ええ、レオナから教えてもらいましたからね。ふふふ、クロードったら婚約者がいるなら私に教えてくれたらいいのに。そう思いません? サラ会長」
「そ、そうね……」
穏やかな口調のテレシアにサラが気圧されている。
「では、ごきげんよう。サラ会長、スミレさん、ユージンくん」
テレシアは優雅な足取りで。
しかし、しっかりと殺意を振りまいて去っていった。
(クロード。生き残れよ)
俺は心の中で親友にエールを送った。
◇リュケイオン魔法学園の外れ・歓楽街エリア◇
「「…………」」
「ざ、残念だったな、満室で」
俺は気落ちしているスミレとサラに声をかけた。
「五時間待ちって何!?」
「あんなに混雑してるとは私も知らなかった……」
学園祭の恋人宿は非常に繁盛していて、行列ができていた。
待ち時間が長すぎて、我慢ができなくなった恋人たちが溢れかえっていて、そこら中で絡み合う男女がいてお世辞にも風紀が良いとは言えなかった。
「もっと部屋数を増やしたほうがいいんじゃないか?」
「そうね……、次回の検討事項に入れておくわ……」
サラが疲れた声で答える。
「ねぇ、サラちゃん。これからどうするの?」
「午後は休みを取っちゃったから……、適当に学園祭を回りましょうか」
「お腹へってない? 屋台巡りしようよ」
「そうね、朝に軽食をつまんだだけだからそうしようかしら」
「ユージンくん、午前中とは別の屋台エリアに行ってみようよ☆」
「そうするか。午前は東エリアに行ったから、反対側に行ってみよう」
俺たち三人は、歓楽街エリアから屋台エリアへと移動した。
屋台エリアは、いつの時間帯でも繁盛している。
スミレが屋台でかった綿飴をサラと一緒につまんでいる。
俺もそれを一口もらったが、甘すぎて二口目は食べなかった。
サラが南国の果物に細い管が刺さっているものを買っている。
初めて見る果物だった。
「わー、ヤシの実だ!」
「やしのみ? これはココの実っていうのよ、スミレちゃん」
「へぇ、飲ませてー」
「はい、ユージンもいる?」
「一口もらうよ」
初めて飲む果汁は思ったよりあっさりしてい美味しかった。
その後、スミレとサラと一緒に学園祭の出し物を見て回った。
少し疲れたのでどこかでお茶でもしようかと話していた時、沢山の人が集まっている場所が目に止まった。
音楽や見世物をやっているわけでもない。
なんだろうと思ってみていると。
(……あれ?)
突然、目の前に幻想的な光景が広がった。
キラキラとした光が視界から消えない。
時折、ひらひらと光輝く蝶々が視界の端々に映った。
(これは……幻覚魔法にかかってる!?)
それも気づかないほど巧妙に。
「っ! 精神回復!」
俺は慌てて自分に回復魔法をかけた。
徐々に視界がはっきりしてくる。
気を落ち着けてあたりを見回すと、集まっている人たちはみんな目が虚ろだった。
目は虚ろで何か『楽しい夢』を見ているかのように、一様に笑顔になっている。
「ははは……」「ふふふ……」中には笑っている者もいる異様な光景だった。
「……わぁ、キラキラする」
「……身体がふわふわするわ」
スミレとサラも同じだった。
「精神回復」
俺は自分と同じように、二人に精神回復の魔法をかけた。
「はっ! あれ?」
「あら? どうしたのかしら……」
二人の目に光が戻った。
「大丈夫か? スミレ、サラ」
「う、うん。なんだか楽しい夢を見ていたような」
「変ね……急に夢を見たような……。でも嫌な気分じゃなかった」
スミレとサラが首を傾げている。
その時。
目の前を光の蝶々がひらひらと横切った。
よくみるとそこかしこに、光の蝶が飛び回っている。
ざっと百匹以上。
(あれは……月光蝶か?)
天頂の塔にいる希少魔物。
探索者への害意へ無いが、強力な幻覚魔法を用いて探索者を混乱に陥れるやっかいな魔物。
俺は実物を見たことは一、二回しかない。
少なくとも学園内で偶然出会うような魔物ではない。
つまりこれは人為的な現象で……
「あれ? ユージンちゃん? 見回りかい。ごくろうさまー」
聞き慣れた声で話しかけられた。
ひょろりとした長身に猫背。
ボサボサの髪に、真っ白なローブを着ている。
「カルロ先輩? これはカルロ先輩の仕業ですか?」
生物部の先輩だった。
というか、間違いなく月光蝶は蟲使いであるカルロ先輩の使い魔だろう。
希少魔物の月光蝶が、これほどの数が集まるはずがない。
「そうそう、レベッカちゃんからお願いされてさー。危険がなくて珍しい魔物を展示して学園祭のお客さんを楽しませろって」
「いや……でも。月光蝶はまずいんじゃないですか?」
「大丈夫だよー、幻覚魔法は控えめにしているし、後遺症の心配もいらないし、楽しい夢が見れるし」
「レベッカ委員長が楽しませろって言ったのはそういう意味じゃないと思うんですけど……」
俺が世間ずれした先輩にどう説明しようか悩んでいると。
「おい! カルロ! 集団幻覚が起きてるって聞いたから確認しにきたら、お前の仕業か!!」
シュイン、と空間転移で誰かがやってきた。
赤い長い髪を輝かせる小柄なエルフの美少女――学園祭実行委員長のレベッカさんだ。
「やあ、レベッカちゃん。いい案だろう? みんな楽しそうだよ☆」
「あほかー!!!」
満面の笑顔のカルロ先輩を、レベッカ委員長が引っ叩いた。
「なんだよ、乱暴だなー」
「今すぐこの月光蝶の群れを仕舞え! 幻覚魔法を解け!!」
「えー、みんな楽しそうなのに」
ぶつくさ言いつつも、カルロ先輩がぱちんと指を鳴らすと、百匹以上の光の蝶が綺麗な螺旋の列を成しながらカルロ先輩の白衣のポケットに入っていった。
いつ見ても惚れ惚れする凄腕の魔物使いだ。
幻覚魔法がおさまり、集まっていた人々が正気に戻ったようで、ふらふらと散っていった。
「なあ、カルロ。月光蝶以外で無害で珍しい魔物っていないのか?」
「勿論、いるよ。これなんてどう? 霊鈴蟲って言って人々に楽しい幻聴を聞かせる」
「だからやめろっていってるだろ!!」
レベッカ委員長がカルロ先輩に回し蹴りを放った。
「ねぇ、ユージン。あの人って生物部の人よね?」
「そうだよ。カルロ先輩。多分、学園一番の蟲使い」
「生徒会長としても集団幻覚を引き起こした張本人は聴取したいんだけど……ここはレベッカ委員長に任せようかしら」
「いいのか?」
「生物部の人たちって変人ばっかりだもの。話が通じないというか……」
「そうなの? ユージンくん」
「失礼な……まぁ、事実だけど」
カルロ先輩、悪気はないんだよなー。
思考回路が常人と違うだけで。
ちなみに、レベッカ先輩とカルロ先輩は『英雄科』のクラスメイトらしい。
サラの先輩だ。
この場を任せて去ろうとした時。
「おーい、ユージンちゃん」
声をかけられた。
「どうしました?」
「学園長に言われて、天頂の塔の調査をしてたよね?」
「はい、目立った異常はなかったですけど」
「僕も先生に似たような依頼をされてね。少しだけ調査をしたんだけど」
カルロ先輩がここで言葉を切った。
「……まだ予兆かな。弱い蟲の魔物たちが大移動を開始してる。大きな魔物暴走の前触れだ」
「「「「!?」」」」
俺だけでなく、レベッカさん、サラ、スミレもびくりと反応した。
「本当ですか? カルロ先輩」
「うーん……どうだろうねー。僕の勘はよく外れるから」
「外れるのかよ!」
レベッカ委員長が突っ込む。
が、表情は固い。
「ま、しばらくは大丈夫だと思うよ。学園祭の間には起きないんじゃないかな」
「カルロ先輩の勘って外れるんですよね」
「あははー!」
笑ってごまかされた。
どうなのだろうか。
(また時間がある時に、最終迷宮の調査をしておくか)
密かに心に留めておく。
それからスミレとサラと一緒に学園祭を巡り。
学園祭用に作られた大きな屋外酒場で夕食を取った。
夜はスミレが俺の寮の部屋に泊まろうとして、サラも一緒に泊まると言い出して。
三人も寝る場所はないので、どうしようか迷った末スミレの案で体術部のメンバーがキャンプをしている場所に混ぜてもらった。
寝る場所は、探索者用のテント。
が、体術部のメンバーは夜通し宴会をやっているようで結局、男子部員に誘われ明るくなるまで宴会に付き合うことになった。
このままほとんど寝ずに、三日目の出し物も行うらしい。
タフな人たちだ。
◇学園祭・三日目◇
「来たわ」
サラの声に俺は空を見上げる。
ここは迷宮都市の飛空船発着場。
俺は用事があるわけではないのだが、サラの付き合いで俺とスミレも一緒に来ていた。
空に浮かぶ飛空船には雲のように白い船底に緑の弓の紋章が描かれている。
神聖同盟の飛空船だ。
ひときわ立派な飛空船には、運命の女神様の彫像が見える。
あそこに聖女様が乗船されているのだろう。
「カルディア聖国より聖女様、ご到着です!」
大きな声が響く。
「それじゃあ、私は聖女様に挨拶に行ってくるわ。もしかしたらユージンを紹介するように言われるかもしれないからその時はお願いね」
そう言ってサラは神聖同盟の飛空船へ歩いていった。
ちなみに今回やってきたのは聖女オリアンヌ様ではないらしい。
あの人はちょっとだけ苦手だから違う人なら助かる。
いや、聖女様は皆ひとクセあるらしいから同じなのかもしれない。
「ねぇ、ユージンくん。あれって帝国の飛空船じゃない?」
スミレの指差すほうに、赤い飛空船の一団が見えた。
先頭にはグレンフレア皇家の紋章が威圧感を放っている。
そう言えば、誰が来たのだろう?
興味を引かれた俺は、飛空船から降りてくる人を見学した。
着陸した飛空船へ渡り階段が設置され、そこから豪華な服装に見を包んだ身分の高そうな女性が降りてくる。
その女性は、あたりを見回し俺の顔を見つけると微笑みながらこちらへやってきた。
俺は慌てて跪いて、挨拶をする。
「エカテリーナ宰相閣下。ようこそリュケイオン魔法学園へお越しくださいました」
「ユージン・サンタフィールドくん。先日ぶりですね」
エカテリーナ様がにっこりと微笑む。
どうやら帝国からの貴賓は宰相閣下だったらしい。
蒼海連邦からは王女様。
神聖同盟から聖女様。
帝国から宰相閣下。
まぁ、バランスはとれているのだろうか?
政治に疎い俺ではよくわからなかった。
ふと、宰相閣下の顔を見るとなにやら複雑な表情をしていた。
「私は本来は来る予定ではなかったのですが……」
「そうなんですか?」
「ええ、アシュトン第一皇子が来るはずだったのです」
予定が変わったらしい。
何かあったのだろうか?
という疑問はすぐに氷解した。
ダダダダッ! という足音がこちらに近づく。
太陽の光を受けて輝く金髪。
夏の海ような青い瞳。
紅い軍服に黒いジャケットは、帝国軍の正装だ。
胸に輝くは、グレンフレア皇家の紋章。
つまりは皇族の証。
つまりは帝国の姫君なのだが、上品さとは無縁の全速力でこちらへ駆けてくるのは。
「ユウっ!!」
「あ、アイリ?」
俺の胸に飛び込んできたのは、グレンフレア帝国の第一位皇位継承者――幼馴染のアイリだった。
■感想返し:
>クロード、お前さんここまでのようだな
>骨は多分ユージンが拾ってくれるよ
→クロードくんは無事に三日目を迎えられたのだろうか。












