79話 学園祭 二日目
「いつもより魔物の数がやや多い……か?」
俺は黒鬼の群れに囲まれならが独りごちた。
ここは、天頂の塔の塔の29階層。
学園祭で学生探索者の数は少ない。
とはいえ、迷宮昇降機から出てすぐに魔物の群れに襲われるのは珍しい。
昨日から俺は単独で、天頂の塔の階層を無作為に探索している。
理由は学園長からの依頼のためだ。
俺は昨日の会話を思い出した。
◇
「天頂の塔での魔物暴走……ですか?」
学園の授業で習った。
いわゆる一般的な魔物暴走と同様、縄張りに対して魔物が増えすぎた時に起きる自然現象。
迷宮災害といわれるやつだ。
「うむ、天頂の塔は探索者が多い迷宮だから、他の迷宮と比較すると起きづらくはあるのだが」
「確か前回の発生は十年以上前でしたよね?」
「その通りだ。それに規模も大したことはなかった。せいぜい二千匹ほどの魔物が最終迷宮から逃げ出してきた程度だ」
「二千匹の魔物の群れって、多くないですか?」
「この迷宮都市には数千人の探索者がいる。それくらいの数なら何も問題ない」
「確かにそうですね」
なら別にいいかと思ったが、ユーサー学園長の表情は優れない。
「何か心配ごとが?」
「……千年周期の世界改変」
「え?」
学園長の言葉に俺は聞き返した。
「天界に住まう神々は、地上の民に定期的な試練を与える。そのタイミングが千年周期だと言われている」
「女神教会における『運命の女神様の教え』は知っていますが……、それと関係あるんですか?」
「北の大陸では千年前に世界を支配していた大魔王が復活しようとしていて、南極大陸では数百年動きの無かった世界最古の大魔獣『暗黒竜』グラシャ・ラボラスの動きが活発になった。北極大陸にある最終迷宮『奈落』では、小規模な魔物暴走が頻発しているらしい。なら同じ最終迷宮の一つである『天頂の塔』でも異常が発生してもおかしくない」
「…………確かに」
それだけ世界各地で色々と起きているなら、天頂の塔だけ今まで通りなほうがおかしい。
「本来なら学園長が調査に出向きたいのだが、今の迷宮主に私は嫌われているから難しくてな」
「今の迷宮主ってアネモイさんですよね?」
俺は先日会った赤いローブの幼女の姿を思い出した。
「……どうして名前を知っている?」
「会いましたよ、この前」
「なにっ!?」
珍しくユーサー学園長が驚いた表情になった。
「無事だったのか?」
「普通に会話しただけですよ」
「そうか。……私が天頂の塔に入ると問答無用で殺しにかかってくるのだが」
ずいぶん、物騒な話だ。
「なにか迷宮主の気に障ることをしたんですか?」
「私が先代の迷宮主と仲良くしていたことが気に食わないらしい」
「それだけで?」
「先代の迷宮主は、酒に目がなかったから『賄賂』を送って迷宮の難易度を調整してもらったりしてた」
「そ、それってアリなんですか?」
「あとは天頂の塔を外壁から攻略してみたり」
「迷宮組合の規則で禁止されてるやつですよね?」
「天界から『天雷』を落とされた。あれは死ぬかと思ったな」
「よく無事でしたね……」
「あとは天頂の塔の天井に穴を空けて攻略して……」
「普通に迷宮破壊じゃないですかっ!?」
このひと、自分で作ったルールを全部破ってる!?
いやむしろ、自分がやってみて天界から怒られたからルール化したのか……。
「というわけで過去の私の攻略について天使から『警告』がきていてな。ちなみに『次はない』そうだ」
「…………うわぁ」
「というわけで、私は天界と迷宮主から目をつけられている。大っぴらには動けない」
理由は理解した。
「では俺が調査に行きますね」
「すまぬな」
「どうせ暇してたので」
借りは返せる時に返しておこう。
「で、何を調査すればいいんでしょう?」
「そうだな……異常があればなんでも、だが。『魔物の数』と『凶暴性』。あとは可能なら『階層主』にも変わったところがないかを見てもらって報告してもらえると嬉しい。私は基本的には学園長室にいるが、もしも留守にしていた場合は、学園の教師か迷宮組合の組員に報告をしてもらえば、私のところまで上長報告されることになっている」
「了解です、学園長」
「任せた。私は外から調査を続けよう」
結局、調査はするらしい。
俺は学園長と別れ天頂の塔の探索の準備を始めた。
◇
「ここも異常なしと」
俺は99階層まで、適当に階層を飛ばしながら単独で探索をした。
一番焦ったのはコカトリスとバジリスクに挟まれた時だ。
竜ですら恐れるといわれる猛毒を持った怪物たちだったが……。
(魔王との契約のおかげで毒耐性があがっていて助かった)
毒の息吹を食らって、少し肌がヒリヒリするくらいで済んだ。
(私に感謝しなさいよねー)
(エリー見てたのか)
(というか、なんで今さらそんな低層階を探索してるのよ)
(学園長に頼まれてさ。天頂の塔で魔物暴走が起きそうって)
(あー、そろそろそんな時期かー)
エリーの言葉に引っかかる。
(エリー、何か知ってるのか?)
(ん? ふふふー、秘密☆ 会いに来たら教えてあげる)
(お、おい!)
(じゃーねー)
念話を切られた。
仕方ない。
あとで封印牢に会いに行こう。
俺はため息を吐いた。
「結局、大きな異常はなかったな……」
張り切って調査をしたが、大きな成果は得られなかった。
むしろ魔王に聞きに行った方が手っ取り早かったかもしれない。
俺が迷宮昇降機へ戻ろうとした時。
「?」
視線を感じた。
敵意はない。
こちらを観察するような目。
視線の主を探すと、すぐに見つかった。
白髪に赤いローブ。
小柄な幼女がこちらを見ている。
「君は……」
迷宮主――アネモイ・バベル。
なぜこんなところに?
彼女は何も言わず、姿を消した。
一瞬だけ見せた表情は、悪戯っ子のように見えた。
◇
「おーい、ユージンくんー! やっと見つけたー」
天頂の塔を出て、学園に戻ると名前を呼ばれた。
ぱたぱたと駆け寄ってくるのは、茶色い髪と白い探索服を揺らす可愛らしい女の子。
もちろん、見覚えはある。
相棒だ。
「スミレ。体術部の仕事はいいのか?」
「今日は午後からお休み! それよりどうして一人で探索してたの! 危ないよ!」
「学園長に頼まれたんだ。天頂の塔を調査するようにって」
「そうなんだ? なにかあったの?」
「ああ、それは……」
俺は学園長の話をかいつまんで説明した。
「探索してみて、異常は見つかった?」
「うーん、結局よくわからなかったな」
俺は正直に答えた。
「ふぅん。じゃあ、今日は忙しいのかな? 時間があれば一緒に学園祭を回りたいなーと思ってたんだけど……」
「いいよ、調査結果を先生に報告したら一緒に回ろう」
「うん! やったぁ☆」
笑顔のスミレが俺の腕にしがみついてきた。
俺は学園祭の様子を見回りしていた先生に、学園長への報告をお願いした。
それから俺とスミレは、学園祭を一緒に回った。
やっぱり一人で回るより、誰かと回る方が楽しいな。
しばらくぶらぶらと歩いていると、人集りを発見した。
中央には闘技場が見える。
大きな看板があり『武術大会・第五予選会場』と書いてあった。
「ユージンくん、見てみる?」
「スミレは興味あったっけ?」
「体術部の知り合いも何人か出てるんだー」
「なるほどね。じゃあ、見に行ってみるか」
俺とスミレは、予選会場に近づいた。
が、あいにく予選はすでに終わっているようで順番に戦績が発表されているところだった。
結果だけでも見ようか、ということで俺とスミレはその場にとどまった。
その時。
「クロード選手!! 予選通過おめでとうございますー」
よく通る拡声魔法の声が響いた。
俺とスミレは顔を見合わせる。
共通の知り合いの名前だ。
俺たちが、予選会場のリングに目を向けた時。
「よっ! お二人さん」
しゅたっ! と俺たちの目の前に、長身の槍使いが現れた。
どうやらリングからここまで一飛びしたらしい。
空色の鎧と、白銀の槍が輝く竜騎士の男。
英雄科の勇者見習い――クロードだった。
「予選通過おめでとー、クロードくん」
「ありがとう、スミレちゃん」
相変わらずキザな男は、白い歯を光らせて笑う。
「クロード。結局、武術大会にでることにしたんだな」
「本国の命令だよ。なんとしても結果を残せとさ」
「本国ってことは……『竜騎士の国』からの命令か」
クロードの出身国。
絶壁に囲まれた小さな島に、人と飛竜が共存している小国。
規模は小さいが蒼海連邦で屈指の軍事的な強国だ。
「大変だな、軍事国家の勇者見習いは」
帝国も似たようなものだし、国の期待を背負っているクロードの境遇を思うと同情した。
「まったくだよ、本当に面倒でさ。おかげで学園祭でせっかく出会った可愛い子とのデートの約束が……おっとスミレちゃん、その手の火魔法はなにかな?」
「おまえ……」
同情心が吹き飛んだ。
「クロードくんが浮気してたら、火弾をぶつけていいってレオナちゃんとテレシアさんに言われてるんだよねー☆」
「待った待った! どう考えてもその大きさは火弾じゃないって! ユージン、なんとか言ってくれ!」
「スミレ、もう少し手加減してやってくれ」
「仕方ないなー」
「おい、ユージン! 止めてくれよ!」
「心配するな。火傷したら俺が回復するから」
「おい! ユージン!」
「じゃあ、燃やすねー」
「落ち着くんだ! スミレちゃん!」
まぁ、なんだかんだスミレは手加減するだろうし、クロードは避けるだろうと思って見ていると。
「あら、クロード様。こんなところにいらっしゃったのですか」
騒いでいる俺たちに声をかける人物がいた。
声のほうを見ると豪奢なドレスに身を包んだ女性が立っている。
その後ろにはずらりと護衛の騎士の姿があった。
騎士の鎧は青。
胸には黄色の盾の紋章。
蒼海連邦の騎士たちだ。
それを従えるのは、おそらくかなり身分の高い女性と思われる。
彼女の姿を見て、クロードの顔が少しだけ引きつった。
名前を呼んでいたし、知り合いなのだろう。
ひとまず挨拶をしたほうがいいか? と迷っていると。
「はじめまして、皆様。わたくしティファーニア・クリスタルと申します。そちらにいるクロード・パーシヴァル様の婚約者です。どうかお見知りおきを」
その高貴な女性は、笑顔でそんな自己紹介をしたのだった。
■感想返し:
>さてユージンは無事にヒロインたちと学園祭を回ることができるのか
→ヒロインと一緒に回るのはできるだけ描写したい……と思いつつ、今回はあっさり目です
■作者コメント
続・書籍化作業で、しばらく集中します
コミケ、行きたかった……。












