70話 三章のエピローグ
「あ、あの~、ユージンくん? えっとぉ……」
アイリの友人がもじもじとこちらを見つめてくる。
暗い茶色の髪を後ろで束ね、紫がかった瞳がこちらを見つめる。
名前と姓は――カミッラ・ヴェーナ。
帝国の下級貴族の次女、だったと記憶している。
「何か用か?」
我ながら冷たい声が出た。
士官学校時代はそれなりに会話をしたことはあるが、正直最後の印象が悪すぎて忘れてしまいたい相手だった。
「いや~、ほら。前に会った時にちょっと酷いこと言っちゃったかなーって。あの時はゴメンね」
「…………」
へらへらと謝られ、俺は無言で立ち上がった。
そして会場を出ようと外へ向かう。
「ちょ、ちょっと、待って! まだ怒ってるの!?」
言わなくてもわかるだろう、と思ったが彼女はわからなかったらしい。
そういえば昔からあまり空気を読まない女だった。
早歩きで去る俺をアイリの友人のカミッラが追ってくる。
しばらく無視すると諦めるかと思ったが、どこまでもついてくるようだ。
廊下をしばらく歩いたところで、俺は仕方なく立ち止まった。
周りにひと気はない。
「あ、あの~、どうしたら許してくるかな?」
まだそんなことを言ってきた。
――ねぇ、ユージンくん。察してよ。皇女のアイリはこれから大事な時期なの。才無しのキミと一緒に居て変な噂を立てられちゃこまるでしょ?
――ぷっ……、欠陥の白しか無いくせに、帝の剣って
(この女……)
二年前の忌々しい言葉が蘇った。
俺の剣呑な目つきに、流石のカミッラも悟ったらしい。
「もしかして……まさかそんなはずないと思うんだけど……ユージンくんが士官学校を辞めたのって私のせい?」
「おまえのせいだよ!!」
あまりの察しの悪さに思わず怒鳴った。
「うそでしょ!?」
「なんで嘘だと思うんだよ! あれを言われた翌日に退学したんだぞ!」
「えええええっ! だってー、ユージンくんが居なくなったあと帝の剣様が士官学校に来て、『息子はリュケイオン魔法学園に修行の旅にでた。しばらくはそっとしておいてやってくれ』って言いに来たから、私たちは『あー、そうなんだー』って納得したし」
「親父が……?」
初めて知った。
けど、選別試験の結果が出た一年くらいはずっと腐っていたから士官学校の知り合いに尋ねられても顔も見たくなかった気がする。
だから親父の配慮は正しかった。
「でもねー、アイリや士官学校のみんなから『おまえの言葉はありえないから、あとで謝っとけ』って言われて……謝りにきました……てへ☆ 許して♡」
あざとく謝る仕草に再びイラっときた。
「そ、そんな怖い目をしないでよー。ほ、ほら。許してくれるなら、何でもするから!」
「何でも?」
そんなこと言われてもな。
特にしてほしいことなんて……。
この時、ふと気付いた。
カミッラの着ている軍服。
グレンフレア帝国の国章はついておらず、非常に地味なものだった。
一見すると庶民のように見えるそれは……
「諜報部に入ったのか」
「そ、そうそう! 私って戦闘技能低くて、頭も悪いんだけど誰にでも誰とでも仲良くなれるからスパイに向いてるんじゃないかって、先生に言われて。だから結構情報通だよ! 知りたいことがあったら何でも聞いて」
「…………そうか」
俺はその言葉を聞いて、閃いたことがあった。
「カミッラ、こっちに来てくれ」
「え?」
「何でも聞くんだろ?」
「う、うん」
俺は入り組んだ廊下を迷いなく進んだ。
エインヘリヤル宮殿内で、どこが人が通らない場所は把握している。
子供のころに散々、アイリと一緒に探索し尽くしたからだ。
やがて誰も使用していない空き部屋が並ぶ場所へたどり着いた。
そのドアノブの一つを回し……、記憶通りそこは鍵が壊れており空き部屋に入ることができた。
俺は先に部屋に入り、カミッラも中に入るように促す。
「ゆ、ユージンくん。ここって……?」
「昔は帝国の捕虜を囚えておく部屋として使っていたらしいけど、今は使われていない」
そう言いながら俺は鍵が壊れたドアに、結界魔法をかける。
ガチャン! という音と共にドアノブが固定された。
これでこの部屋には誰も入れず、出られなくなった。
カミッラもそれを悟ったのか、俺から後ずさる。
「ユージンくん、もしかして……」
「人には聞かれたくない話だからな」
と俺が言うと、カミッラが驚いたような顔をして自分の身体を両手で抱きしめた。
「そういうことなのね……。わかった」
「……? まだ何も言ってないんだけど」
俺が訝しんでいると、カミッラは少しだけ頬を染めて自分の上着のボタンに手をかけて、それを一つづつ外しはじめた。
(……え?)
俺があっけにとられていると、彼女の上着は前がはだけて肌の色と控えめな下着があらわになる。
さらにスカートのファスナーに手をかけたところで、慌てて止めた。
「ま、待って! なんで服を脱ぐんだ!?」
「え? 許してほしければ裸になれってことで、ひとけのない所に連れてきたんじゃないの?」
「ちがう! 服を着ろ!」
「別にいいよー、減るもんじゃないし」
カミッラは前をはだけたまま、後ろに手を組んでこちらを上目遣いで見つめる。
「ぐ……」
ペースを乱された。
わざとやっているのだとしたら、大したものだ。
(ま、関係ないけどな)
俺はカミッラに気づかれないように、こっそりと地面に魔法陣を張った。
魔法陣の種別は『契約』。
リュケイオン魔法学園で習い、魔王に使い方を教わった。
出番があるとは思っていなかったが。
何事も真面目に授業を受けておくものだな。
「じゃあ、改めて。カミッラに頼みたいことがある。『何でも言うことを聞く』といったよな?」
「うん、何でもするよー☆」
カミッラは安易にそう言った。
(魔法使いとの会話としてはゼロ点だな)
リュケイオン魔法学園なら赤点で、再試験間違いなしだ。
士官学校で習う魔法は、直接的な攻撃魔法やその傷を癒やす回復魔法が多い。
だから魔法使いと会話する時の『言葉』の重要さをあまり把握していない。
「じゃあ、右手を前に出してくれ」
「? うん」
特に疑う様子もなく、彼女は手を差し出す。
俺はその手を掴んだ。
「ど、どうしたの、ユージンくん」
「カミッラ・ヴェーナ」
「は、はい」
俺の真剣な口調に、カミッラが緊張した表情にかわる。
「諜報部として知り得た情報をユージン・サンタフィールドに全て報告しろ。そして、その事実を誰からも隠せ」
「な、何を言ってるのよ。そんなことできるわけ……」
そう。できるわけがない。
諜報部で得た情報は外部へ漏らせない。
だから俺は魔王から借りた藍色の魔力を使い魔法を発動した。
「ユージン・サンタフィールドはカミッラ・ヴェーナと契約する」
「はうっ!」
びくん! とカミッラの身体が大きくのけぞる。
見るとカミッラの左胸に黒い羽の入れ墨のような模様が浮かんでいる。
(結果的には服を脱いでもらって確認の手間が省けたな)
契約は成功した。
「ゆ、ユージンくん!? 一体、私に何をしたの!?」
「言葉の契約だよ。何でも言うことを聞くって言っただろ?」
「もしも約束を破ったり、呪いを解こうとしたら……?」
「試してみたらいいんじゃないか」
俺がそう言うとカミッラの顔がひきつった。
確か彼女は魔法の成績はよくなかったはずだ。
自力て解くのは無理だろう。
「あの……、でも何をユージンくんに伝えたらいいの? 私は諜報部だと新人だしそんなに深い情報には関わっていないし……」
「それなら大丈夫。俺が知りたいのはアイリのことと、アイリの敵になりそうなやつの情報だけだから」
「アイリの?」
カミッラが首をかしげる。
「でも、さっきアイリがよりを戻そうって言ってたのをユージンくんは了承しなかったって諜報部に情報が出回ってるよ?」
「早すぎないか!?」
「今やアイリは、次期皇帝なんだからそれくらい当たり前」
「当たり前かー」
皇帝になるって大変なんだな。
「ふうん、で。ユージンくんにアイリの情報を伝えればいいんだね?」
「ああ、何かあったら教えてくれ。その時は帝国に戻るから」
俺は天頂の塔の探索をやめるわけにはいかない。
スミレとの約束がある。
けど、もしアイリが困って助けを求めていたら駆けつけたい。
ただ、おそらくアイリは自分から助けを求めない。
だから情報を伝えてくれる人が必要だった。
親父でもいいのだが、帝の剣で忙しいだろうし。
諜報部に所属して、俺に借りがあり『何でもする』とまで言ってきたカミッラが適任だ。
「じゃあ、会場に戻るか」
「ちょ、ちょっと。待って待って」
俺はドアにかけた結界を解き、廊下へ出るとカミッラが慌ててついてくる。
もちろん、脱いだ服は戻してから。
廊下を歩く時、カミッラが話しかけてくる。
「ねーねー、ユージンくんって結局アイリのことはどう思ってるの?」
「関係ないだろ」
「あるよー、次期皇帝の想い人なんだから」
「というかよく普通に話せるな。俺はさっきおまえに魔法をかけたのに」
「んー、正直もっと酷いことされると思ったんだよねー。まったく手を出されないからびっくりしちゃった」
「もし手を出していたら?」
「ユージンくんを骨抜きにする自信があるんだけどなー♡」
上目遣いで見つめてくるその目は本気にみえた。
「…………」
絶対にこの女には手を出すまいと誓った。
ろくなことにならない予感がする。
しばらくとりとめのない会話をして、会場の近くまで戻ってきた。
「じゃーねー! あとで連絡するねー☆」
呪いをかけた相手に、笑顔を向けてカミッラはタタタッ!と走り去っていった。
あの図太さは見習いたい。
(帝国に戻ってきてよかったな)
二年前、選別試験での苦い記憶。
それを吹っ切ることができた。
◇
「あっ! ユウ! ここにいた!」
名前を呼ばれた。
誰なのかは振り返るまでもなかったが、もちろん振り返る。
俺をじぃっと睨む幼馴染だった。
「アイリ、あのさ……」
「……ふん。いいわよ。よく考えたら恋人なんだからそういうことだってすることくらい予想できたんだし。それよりちょっとこっちに来て」
幼馴染に手を引っ張られる。
エインヘリヤル宮殿でも厳重な警備の場所。
常に幾人もの見張りが巡回するため、子供の頃の俺でも来たことがなかった場所。
「アイリ、ここって……」
「宝物庫よ。昔一緒に忍び込もうとして怒られたの忘れた?」
「覚えてるよ」
思わず苦笑する。
確か侵入者を即死させるようなトラップが仕掛けられていて、危うく死にかけた。
その後、たくさんの大人にめちゃめちゃ説教された。
「なんでここに?」
「さっきちちうえから言われたのよ。大魔獣を倒した英雄を手ぶらで帰すのは悪いって。だから、宝物庫にある三級以下の宝具から褒美を選ばせろって」
「別にいいのに。神刀をもらったんだから」
「あれは事前に与えたものでしょ。もらえるものはもらっておきなさいよ」
そう言いながらアイリは先に進む。
やがて分厚い鉄の扉の前にやってきた。
扉には複雑な魔法陣が描かれている。
リュケイオン魔法学園の『禁忌』の――第七の封印牢にも劣らない高位な封印だ。
「入るわよ」
「はっ! アイリ様!」
そういうや衛兵が時間をかけて門を開いた。
俺とアイリは、分厚い扉をくぐる。
中は黄金の光で溢れていた。
「これは……」
「凄いわね……」
俺とアイリは言葉を失った。
部屋の中は広く、リュケイオン魔法学園の大講堂室くらいあった。
その中に所狭しと、黄金や宝石、そして数々の魔法具で溢れかえっている。
ぽかんとしているアイリに、俺は聞いた。
「初めて入ったのか?」
「そ、そうよ! 皇位継承権一位になったなら、いずれここにあるものは自分のものになるから先に見ておけってちちうえが……」
「へぇ……」
俺は改めて宝具が所狭しと並んでいる宝物庫内を見回す。
確かにこれはとんでもないな。
というか俺のような皇族ですらない部外者を入れてもいいのだろうか……?
皇帝陛下がいいと言うならよいのだろうが。
「ほら、好きに見て」
「好きにって言われてもな」
貴重なものが多すぎる。
一日中使っても全ては見れないだろう。
どうしたものかな、と思いながら俺はゆったりと部屋内を歩く。
アイリは指輪やネックレスなどの装飾用の魔法具が興味あるようで、真剣に見ている。
(あれは……?)
部屋の奥に忘れ去られているかのように、目立つ宝具があった。
大きな鏡だ。
最初は壁かと思った。
高さは俺の身長のゆうに倍以上。
巨人でも映すのかという大きさだ。
「なぁ、アイリあの大きな鏡って何?」
「それは持って帰ったら駄目よ。第一級の宝具なんだから」
「持って帰らないって」
どうやって運ぶんだ。
あんな巨大な鏡。
「あれは『アカーシャの鏡』って言って、未来を映すとか真実を映すとか色々言われているけど、100年以上は全然動かなくって……。でも、かつて帝国の危機を何度も救ったとも言われているから宝具としてしまわれているの」
「ふーん」
初めて聞く話だ。
俺はなんとなくその魔法の鏡に近づいた。
鏡と言う割にその表面は光すら反射しない漆黒だ。
近づいてみるが、自分の顔すら映らない。
「なにやってるの、ユウ」
「いや、何か映るかなー? と思って」
「100年以上、何も映らないって言ってるでしょ」
呆れたように言われた。
その時。
…………………………………………ワー! ワー! ワー! ワー!
…………………………ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
………………ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
小さな音が聞こえた。
鏡の中からだ。
「ん?」
ふと目を凝らすと、うっすらと何かが映っている。
「お、おい。アイリ! 鏡に何か映ってる!」
「えっ! 本当?」
アイリが驚いたようにかけつけ、怪訝な顔をした。
「何も映ってないわよ」
「あれ?」
どうやら俺にしか視えないらしい。
「何が視えるの?」
「それは……………………え?」
次第にはっきりしてくる映像。
それを見て、俺の口から間の抜けた声が出た。
未来を映す宝具『アカーシャの鏡』。
そこには『グランフレア帝国』『神聖同盟』『蒼海連邦』の大軍が激突し、殺し合う――戦争の様子が映っていた。
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■感想返し:
>ユージンが帝国出る時にアイリがいきなりきて
>キスして、私諦めないからってシーンまで見えるわ
3章はそこまでいきませんでした。
■作者コメント
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