7話 スミレは、異世界を学ぶ
◇スミレの視点◇
「じゃあ、まずはリュケイオン学園の中を案内するね」
「はい! ユージンさん、よろしくお願いします!」
私は緊張しながら、ユージンさんについて行った。
昨日は、大きな病院の個室で一夜を過ごした。
それから七日間は入院をして、経過観察ということだった。
別に身体のどこにも不調は感じないのだけど。
異世界での生活について色々注意事項を伝えるためなんだそうだ。
――異世界。
そう、私――『指扇スミレ』は異世界に転生したんだって!
……名字は思い出しました。
でも、名前以外の私の記憶は曖昧で。
前世の私は日本人で、東京で生まれ育ったことは覚えている。
家は東京都の品川区にあって、運河が近くを通っている公園で妹と遊んでいた記憶がある。
家族の顔はうっすら覚えているが、友人の顔は……ほとんど思い出せない。
そして前世の記憶は、だんだんと夢であったかのように薄れている。
(……実は前世の記憶なんてただの幻なんじゃないかな……?)
なんてことすら思ってしまう。
でも、のんびり前世を思い出している暇なんてなかった。
異世界生活はとっても大変だった。
言葉だけは、王様から貰った魔法の腕輪でなんとかなってるけど、それ以外は全て異文化だから。
食事、衣類、生活ツール。
全てをゼロから覚えないといけない。
でも身寄りのない私を好待遇で迎えてくれるのは、幸いだった。
それは私が『異世界人』だからだ。
この世界の神様は、『異世界人』を大切にするように、という教えを課しているらしい。
神様にマジ感謝!
「スミレさん。こっちだよ」
「は、はい!」
ぼんやりしていた私は、ユージンさんの言葉で我に返り慌てて意識を引き戻した。
私はユージンさんから魔法学園の施設の説明を受けている。
「ここがスミレさんの教室。『特別教室』って言って、しばらくの間はマンツーマンで教師が付くことになってるんだ。たしか、担任はリン先生だったかな。あとで紹介するよ」
「ここが食堂。朝8時から20時まで開いてるから、いつでも使えるよ。スミレさんって確か、異世界人だから学校から幾らかの生活費手当てが貰えるんだよね?」
「こっちが訓練場。戦士や魔法使いの人たちが使ってる。俺? ……結界士にはあんまり縁が無いかな」
ユージンさんが丁寧に説明してくれる。
私はそれを聞き逃さないように、しっかりとメモをとった。
「ここが教員室。あ、リン先生がいるみたいだ。呼びに行くよ」
そう言ってユージンさんが、狐耳の美人な先生の所に歩いて行った。
あの狐耳……本物なんだよね?
この世界には、獣人族という人たちがいて猫耳や犬耳の人たちがいる。
どうやら私の担任は、狐の獣人の先生らしい。
先生が、私のところまでやってきた。
「君が噂の異世界人か。私はリンだ。君の担任を受け持つことになった。わからないことがあれば、何でも聞いてくれ。たしか、しばらくは病院で生活すると聞いたが……」
「はい、指扇スミレです! よろしくお願いします! 一週間、病院で生活したあとは学園寮に入るように言われています」
「よろしい、すでに知っていると思うが君の保護者としてはユージンが学園長から任命されている。私はその補佐と言ったところだ。男性には言いづらいような相談があれば、遠慮なく言って欲しい」
「は、はい……よろしくおねがいします」
「うん、よろしく」
リン先生は女性の先生だけど、口調は男っぽい。
かっこいい先生だ。
何かあったら相談しよう。
でも、私の保護者はあくまでユージンさん。
それが、王様からの命令だから。
学生のユージンさんが保護者というのは、私にとっては違和感がある。
けど、こちらの世界では十五歳になると一人前扱いだそうで。
十七歳の彼は、成人なのだ。
リン先生は忙しいのか、すぐに自分の席に戻っていった。
再び私を案内してくれるのは、ユージンさんだ。
「ユージンさん、ご面倒おかけします」
私が恐縮して言うと、彼は苦笑した。
「国王兼学園長様から直々に指名された仕事だからね。光栄なことだよ。それに手当も良いからね」
だそうだ。
仕事……仕事かぁ。
その言葉に、少しだけ心がうにゅ、ってなった。
なんとも言えないような気持ち。
仕事じゃなくなったら、私とは無関係になっちゃうのかな……?
いやいや!
暗い気持ちになっちゃ駄目!
私は変な考えを頭の隅に追いやった。
小一時間で、主要な学園の施設を一通り教えてもらった。
「これで主要な施設の案内は終わったけど、他に見たいところはある? 学園は広いから一度に全部覚えるのは無理だと思うけど、気になるところはあった?」
ユージンさんが振り返り、質問してきた。
「えっと、まず道に迷わないように、もう一度ゆっくり回りたいです」
「わかった、じゃあ、地図を見ながらもう一度、学園全体を見て回ろうか」
ユージンさんは嫌な顔一つせず、私のお願いを聞いてくれる。
紳士だ。
落ち着いた声色で、学園の説明をしてくれるユージンさんの背中を見ながら、私は彼と出会った時のことを思い出した。
――地獄のような炎の中。
優しく微笑みながら、私に手を伸ばしてくれた。
そして、私の手を取ってくれて……。
思い出して、カァーと顔が熱くなった。
(あの時はカッコよかったなぁ……ユージンさん)
モテるんだろうなぁ。
「ああ、そういえば。さっきリン先生に聞いたんだけどスミレさんの『学生証』と『生徒手帳』が出来上がったらしいから、学務課に取りに行こうか」
「はーい」
私は素直に頷く。
「あと、学務課の近くに生徒会室もあるから、そっちもついでに案内するよ」
「確か魔法学園の生徒会室って、すごく大きな組織なんですよね?」
そんな話を先生から聞いた。
異世界にも生徒会ってあるんだ。
面白いなー! って思った。
「ああ、生徒会は部活扱いなんだけど学園で最大派閥の一つだね。もう一つの巨大派閥が『剣術部』」
「へぇ~」
その二つが双璧なんだとか。
剣術部はいかにも異世界って感じ。
「魔法使いの部活って無いんですか?」
「勿論あるよ。ただ、魔法って属性によって全然違うから」
何でも属性別に細かく団体が分かれているらしい。
しかも、それぞれの属性であまり仲が良くないとか……。
「難しいですね」
「まぁ、そのうち慣れるよ」
他にも色々教えてもらったけど、数が多くて一度に全部は覚えきれなかった。
「ところでユージンさんって何の部活に入ってるんですか?」
「……生物部だよ」
「生物部!」
へぇ、なんだかユージンさんのイメージと違って可愛らしい。
ここは異世界だし、妖精とかユニコーンとか居るのかな?
「あとで見に行ってもいいですか?」
「まあ、いいけど……」
「?」
あまり歯切れが良くない。
見られたくないのかな?
私がそんなことを考えている間に、ユージンさんが学務課の建物に入っていった。
私もそれに続く。
学務課で、窓口のおばさんから私の『学生証』と『生徒手帳』を受け取った。
受け取ったのだけど……。
「ユージンさん。『生徒手帳』って大きいんですね」
手帳っていうから小さめのサイズを想像していたら、ハードカバーの書籍くらいの重量があった。
両手でないと持てないくらいの重さだ。
これを持ち歩きたくないなー。
「スミレさん、生徒手帳を手に持って『クローズブック』って言ってみて」
「えっと、く、クローズブック……?」
次の瞬間、ぱっと、音もなく生徒手帳が無くなってしまった。
「えええええっ! ユージンさん、生徒手帳が消えちゃった!?」
「次は『オープンブック』って言ってみて」
「オープンブック……?」
今度は、ぱっと生徒手帳が手の上に現れた!
「わわわっ!」
「そんな感じで、いつでも取り出しができるんだ」
す、凄い!
これなら持ち歩きも簡単だ。
「魔法学園の学生証と生徒手帳は、スミレさんの身分証明書であり、ステータスやスキルなど様々な個人情報が記載されてる重要な書類なんだ。出しっぱなしにせず、必ず『クローズブック』で保管すること」
「わ、わかりました! ……クローズブック!」
「じゃあ、あとは生徒会棟に寄って行こうか」
ユージンさんがそう言って、隣の三階建ての大きな建物に向かって歩いた。
この建物に生徒会室があるのかな?
「ユージンさん、この建物は?」
「ここが生徒会室だよ」
「……へ?」
こ、これ?
部室っていうか、一つの建物なんですけど……。
「うちの学園で『部活動』は重要だから実績がある部活には建物が与えられるんだ。生徒会は、学園でも有数の大組織だから、部室も大きいんだ」
「へぇ~」
確かに前の世界でも、人数が多い部活の部室は大きかったと思うけど……建物一個って凄いなぁ。
異世界はスケールが大きいや。
「生徒会室の一階は、生徒が出入り自由だよ。部活や授業で悩みがある人の相談窓口なんかもある。スミレさんは、リン先生がいるから必要無いと思うけど」
「あとユージンさんも居ますもんね?」
「あ、うん。そーだな」
私が言うと、ユージンさんは少し照れたように微笑んだ。
悩みがあったら私は、ユージンさんに相談しようと思っている。
だって、すごく話しやすいし。
でも……。
(ユージンさんって彼女とか居ないのかな?)
もし居たら、私がずっと独占しちゃって怒られてるのかも。
でもユージンさんの会話からは、女性の影はなかった。
居ないといいなぁ。
い、いや! 深い意味は無いんだけど!
「あら、ユージンくんじゃないですか。珍しいですね」
生徒会棟の一階で、女子生徒に声をかけられた。
腕についている腕章から、その子が生徒会の関係者のようだ。
「こんにちは。お邪魔だった?」
「まさか、いつでも歓迎ですよ。ところでそちらの女の子は?」
「指扇スミレさん。転入生だよ」
「あの噂の異世界から来た!? わー、お会いできて光栄です。私は生徒会・庶務のテレシアです。よろしくお願いしますね!」
「は、はい……指扇スミレです。よろしくお願いします」
この人の反応を見る限り、私のことは学園内で結構広まっているらしい。
ちょっと恥ずかしい。
「テレシアは、さっき言った相談窓口の担当をしてるんだ。困ったことがあれば、相談に乗ってくれるよ」
「ふふふー、いつでも来てくださいね。美味しい紅茶とお菓子を出しますよ」
「はい、わかりました」
それはちょっと、心が揺れるかも。
テレシアさんは、とても話しやすそうな空気を纏っている。
「じゃあ、そろそろ出ようか、スミレさん」
「はい、テレシアさん。お邪魔しました」
ユージンさんと私は、お辞儀をして退散しようとした。
が、テレシアさんの表情は何か言いたげだった。
「ユージンくん。会長には会っていかないのですか?」
「俺が会っても迷惑ですから」
「そんなことは……無いと思いますけど」
「よろしく伝えておいてください」
何やら事情がありそうな雰囲気だ。
ちょっと気になるけど、ここでは質問しづらい。
あとで聞いてみようかな。
その時、入り口から数人の男子生徒が入ってきた。
みな体格がよく、腰には武器を下げている。
武闘派っぽい人たちだ。
わー、何か異世界っぽい!
普通に武器とか持ってるんだ!
彼らは談笑していたが、こちらに気付くと表情が変わった。
鋭い目つきになり、こちらへ近づいてきた。
な、何?
「おい、ユージン。生物部の雑用係が生徒会に何のようだぁ?」
「まさか、まだ会長に付きまとってるのか?」
「おまえは会長とは関係ないはずだろ、ユージン!」
「ちょっと、やめなさいよ」
男子生徒たちが絡んでくるのを、テレシアさんが止めた。
「スミレさん、行こう」
「う、うん……」
ユージンさんは彼らの言葉を無視した。
が、男たちは私たちの前に回り込む。
「おい。無視すんなよ、ユージン」
「お、可愛い子連れてんじゃん?」
「ねぇ、君。こんなやつと一緒じゃなくて、俺たちと遊ぼうぜ」
男の一人が、私の肩に手を置こうとしてきた。
(えっ!?)
私は何もできず、身を縮こませる。
――ガシッ!
とその男の腕をユージンさんが掴んだ。
「嫌がってるだろ、やめろ」
「あぁ! なにカッコつけてんだ! 離せよてめぇ!」
その男が腕を引き剥がそうとするが、ユージンさんが掴んだままピクリとも動かない。
「くっ、くそ、動かねぇ!」
そして、ユージンさんが手を離すとやっと男が私から離れた。
「てめぇ、喧嘩売ってるのか!?」
何でそーなるのよ!
喧嘩をふっかけてきたのは、あんたたちでしょ!
しかし、男子生徒たちは私たちを取り囲んでしまった。
「ゆ、ユージンさん……どうしよう」
「困ったね」
そう言った彼の顔は――
(あれ……? あんまり困ってない……?)
私は『直感的』に気付いた。
ユージンさんはとても落ち着いてる。
ちっとも慌てていない。
じゃあ、私も慌てなくていいのかな?
むしろ目の前の男子生徒たちのほうが、冷静じゃない様子だった。
「おい、怪我したらどうするんだ!?」
腕を掴まれた男の隣にいるやつが、因縁をつけてくる。
「回復魔法かけようか?」
「そうじゃねぇよ!」
……ユージンさんって、もしかして天然なのかな?
「随分と騒がしいですね。何かありましたか?」
その時、一人のすらりとした美しい女子生徒が階段を下りてきた。
「会長!」
テレシアさんの声が聞こえた。
同時に、こちらに臨戦態勢だった男たちが、ぱっと距離を取る。
その人を例えるなら、一本の白く美しい可憐な花のようだと思った。
艷やかな長い黒髪に、瑠璃色の瞳。
歩き方、立ち姿、話し方全てに気品があった。
彼女が、この魔法学園の生徒会長らしい。
「どうして、騒いでいるのかしら?」
その女の人の言葉で、さっきまでユージンさんに威勢よく絡んでいた人たちが黙ってしまった。
気まずそうに視線を逸している。
なによ、その態度!
さっきまでと全然違う!
生徒会長さんが私たちのほうに視線を向けた。
そして、ぱっと表情が変わる。
生徒会長さんが一瞬だけ驚いた顔になり、そして満面の笑みになった。
「ユージン!? 私に会いに来てくれたのね!」
そして、ユージンさんの胸に飛び込んだ。
え、ええっ~~~~~~!!!