63話 大魔獣の討伐作戦
「皇帝陛下、私に大魔獣を『討伐』する案がございます」
俺がそう発言すると、広間にいる人々が一斉に反応した。
驚き、怒り、猜疑。
さまざまな目を向けられた。
特に怒りをあらわにしているのは、最終作戦の立案をしていた帝国軍の参謀本部と宮廷魔道士の面々だ。
「我らの作戦が失敗するだと!」
「根拠を示せ! いい加減な情報では許されぬぞ!」
「いくら帝の剣様の子息とはいえ無礼であろう!」
彼らの発言はもっともだ。
突然乱入してきた小童に、「おまえたちの作戦は失敗する」と皇帝陛下の前で言われたら激高するに決まっている。
(けど、この作戦が失敗すれば帝都の人間が大勢死ぬ。そして最初に死ぬのは……幼馴染だ)
ちらっと見た幼馴染の顔は戸惑っていた。
「ふむ……、そうだな。俺はユージンの持ってきた『討伐』案に興味があるが、今回の『封印』作戦が失敗するという論拠は聞く必要があるだろうな」
皇帝陛下の言葉に、再び広間が静かになる。
(失敗するという予想は、天界にいる天使さんから教えてもらった情報だ。が、それをこの場で言うわけにはいかない)
親父と母さんからは口止めをされている。
だから、俺は『それっぽい』嘘を用意した。
それは大陸随一の魔法使いである『ユーサー学園長』の情報であるという作り話。
ここに来る前に、通信魔法によってユーサー王に名前を借りる許可は得ている。
「はははっ! 面白そうなことになっているな。私の名前でよければ好きに使えばいい。あとで土産話を聞かせてくれ」
と快諾してくれた。
さすがは学園長だ。
話がわかる。
「それは……」
俺がその話をしようとした時。
「皇帝陛下! 会議中に失礼いたします! 聖国カルディアより『緊急通信魔法』が入っております!!」
バン! と扉が開き息を切らせた衛兵が駆け込んできた。
緊急通信魔法は、『グレンフレア帝国』『聖国カルディア』『蒼海連邦』の指導者のみが使用できる特別な通信魔法だ。
基本的に使用されるのは『国家規模の危機』に対してのみと言われている。
「繋げ」
皇帝陛下は、慌てることなく命じた。
ブン……、と音が鳴り、空中に映像が表示される。
現れたのは、長い金髪の若く美しい女性だった。
広間がざわつく。
「っ!? オリアンヌ様!」
後ろにいたサラが息を呑むのが聞こえた。
――オリアンヌ・イリア・カルディア
その名前は、南の大陸の民なら誰でも知っている。
神聖同盟の盟主『聖国カルディア』の最高指導者『八人の聖女』の一人。
通常、聖女様へと至るには、修道女から枢機卿まで上り詰める必要がある。
そして、最終的には選挙で選ばれるため聖女様は壮年の女性が多い。
しかし、唯一の例外。
民から選ばれるのでなく、運命の女神様から選出される存在。
それが運命の巫女様であり、今代の巫女の名前がオリアンヌ様である。
「突然のご連絡、失礼致します、グレンフレア皇帝陛下」
「わざわざ緊急通信魔法を使うとは、どんなご要件かな?」
「ふふふ、興味深い話を聞いたものですから。何でも大魔獣の再封印の計画を予定されているとか。でも、現在の計画は恐らく失敗いたしますよ?」
「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」
謁見の間に衝撃が走る。
そして、視線が俺へと集まった。
……あれ? まずくないか。
これだとまるで、俺が聖国と通じているような誤解を受けそうな。
「ユージン! 貴様は神聖同盟の手先だったのか!」
「そういえば後ろの女は聖国の聖女候補ではないか!?」
「なんということだ! 我らの国家機密が漏れているとは」
なにか言わなければ、と思っていると。
「ちなみにわたくしが『大魔獣の討伐計画』を知ったのは運命の女神様から教えていただいたからです」
運命の巫女様の言葉に、再び広間が静まり返る。
巫女様は、女神様の御声を聞くことができる唯一の存在。
だからこそ特別であり、その発言は重い。
「……運命の女神様が我らの作戦が失敗すると言ったということか?」
皇帝陛下がやや不機嫌な声で尋ねた。
「今のままでは、可能性が高いとおっしゃられました。ですが、帝国の若き剣士が新たな道を示すだろうともおっしゃられました」
ばっ! っと再び視線が俺に集まる。
(これは……多分天使さんの仕業だ……)
昨晩、一緒に作戦を考えた時もっとも難しいのは既に動いている計画の軌道修正をいかにするか、という点だった。
どうやら母さんが、女神様に直談判をしてくれたらしい。
「なるほど……わかった。どうやら計画を見直す必要があるらしい」
皇帝陛下が重々しく言った。
「お待ち下さい、皇帝陛下! ならばなぜここにいるユージンは、計画の失敗を黙っていたのです! ぎりぎりになって言ってくるなど信用できません!」
というもっともな指摘が入った。
よく見ると、発言者はアイリの婚約者のベルなんとか将軍だった。
「そうだな。ユージン、改めて問おう。お前はどうやって我らの計画が失敗することを知った?」
皇帝陛下の声に、じっとりとした視線が集まる。
俺は堂々と胸を張って『嘘を』答えた。
「昨晩、リュケイオン魔法学園のユーサー学園長より通信魔法にて連絡がありました。ユーサー学園長の予知魔法によると、帝国に危機が迫っており、それを防ぐ方法を教えてもらいました」
用意していた答えを淀みなく告げる。
「大陸随一の魔法使い……迷宮都市のユーサー王の予知魔法ですか。なるほどなるほど」
運命の巫女様は、意味有りげな笑みを俺に向けた。
この人は全てわかっているはずだが、この場では味方をしてくれるらしい。
「皇帝陛下。ユーサー王が魔法学園にてユージン・サンタフィールドと親しい間柄であることは裏がとれております。かの王が秘蔵とする太古の神話生物を保管する重要な檻に唯一入る許可を得ているのが、ユージンだということもわかっています」
広間の人々にも聞こえるように発言をしているのは、確か帝国諜報部の腕章をつけている男だ。
確かに彼らなら、迷宮都市での俺の行動も把握しているだろう。
もっともその檻に入れる人間が、俺くらいしかないから、が本当の答えなのだが。
「わかった。随分と様々なところに借りを作ってしまったが、気遣い感謝しよう。宰相、あとで迷宮都市へ皇帝の名前で礼の言葉を送っておいてくれ」
「かしこまりました」
宰相閣下が慇懃に頷いた。
「では、聞こうか。ユージンのもってきた『討伐案』を」
皇帝陛下の言葉に、俺は頷き口を開いた。
「はい!! では、述べさせていただきます!」
昨晩、天使さんたちと共に徹夜で考えた計画を披露した。
◇昨晩の夜◇
「母さん、なにか大魔獣を封印するいい方法はないかな?」
「いい方法って言ってもねー。一応、私も気になって調べてみたんだけど二百年も瘴気を溜め込んだ『星の獣』でしょ~……。被害を出さずに封印するのは厳しいんじゃないかしら」
母さんの声は困り果てたように感じた。
「やっぱり無理かな……?」
「うーん、ユージンの気持ちもわかるんだけど」
「けどこのままじゃアイリが……」
俺が暗澹とした気持ちを抱えていた時。
「ねぇ、ライラ先輩~。方法ならあるでしょ? 教えてあげたらいいのに☆」
聞き慣れた、やけに明るい声が響いた。
どうやら親子の会話を聞いていたらしい。
しかし、俺には聴き逃がせない言葉があった。
「エリー。方法があるっていうのは?」
「ちょっと、エリーニュス! 適当なこと言うんじゃないの! ここまで育った『星の獣』に対抗する方法なんて……」
「ユージンが囮になればいいのよ。それなら誰も死なないわよ」
あっさりとエリーが告げた。
「お、俺が……?」
「バカ言うんじゃないの! そんな危ないことをユージンにさせられるわけないでしょ!!」
戸惑う俺の言葉を、天使さんの大きな声がかき消した。
「ちょっとー、声が大きいですよー、ライラ先輩」
「あんたがバカなこと言うからでしょ! ユージン、聞いちゃ駄目よ。こんなバカのいうこと」
母さんは取り合わないようだったが、俺は話を聞きたかった。
「エリー、教えてくれないか?」
「ちょ、ちょっと、ユージン!」
「ふふふ、いいわよ☆」
俺の言葉にエリーがいつものように悪戯っぽく笑った。
「と言っても簡単な理屈よ? 『星の獣』を構成するのは大部分が『星脈』のマイナスエネルギーたる『黒魔力』。だから『白魔力』に特化したユージンなら、耐えられるってわけ。中途半端なのは駄目よ。純粋な『白魔力』だけのユージンだからこそできることなの」
ね? 簡単でしょ、と言ってくるエリー。
「じゃあ、俺なら大魔獣の攻撃に耐えられる……っ!?」
そうなのか。
15歳の選抜試験で絶望した俺の『白魔力』だけの体質がここで役立てられるのか。
俺が興奮していると
「あのね……『星の獣』は、黒魔力だけじゃないでしょ。毒や呪いの特性を持つ『藍魔力』や死の属性である『紫魔力』だって持ってる。ユージンはそれらに耐性がないから死んじゃうに決まってるんだから。適当なことを言うのは止めなさい」
ライラ母さんが呆れたような声で指摘した。
けど、俺はその言葉でピンときた。
『藍魔力』と『紫魔力』。
この二つの魔力を持っているのは……。
「あぁ、それなら私とユージンが契約しているから問題ないわ」
「……………………は?」
「げ」
バラしちゃうのか、それ。
でも、言わないと母さんに心配かけるし……しかたないのかな。
「ど、ど、ど、ど、どーいうことよ! 説明しなさい、エリーニュス!」
かなり動揺した様子の母さんの声が響く。
「い、いやそれは、母さん落ち着いて」
「ふふふ、私とユージンが『躰の契約』を結んでるってだけよ。だからユージンは、私の『黒魔力』と『藍魔力』と『紫魔力』に対して耐性を持ってるから星の獣ちゃん相手でも大丈夫ってワケ。むしろ相手の魔力を消費させて、倒すことだって可能なんじゃないかしら?」
「か、躰の契約……!? あんた私の息子に手を出したの!?」
「ごちそうさまでした☆ ライラ先輩」
「コロス! あんた天界に戻ったら締め上げてやるから覚悟なさいよ!」
「ライラ先輩こわーい。当分、天界には戻れないなー☆」
「……ユージン、あんた何でこんな女に引っかかってるの」
「ち、違うよ、母さん。俺が白魔力しかなくて魔法剣士の道を諦めていた絶望してたのをエリーに助けられたんだよ。だから、エリーは俺にとって恩人なんだ」
「ユージン……」
「そうそう、ユージンってばかっこいいくせに自己評価が低いし、ここはお姉さんが一肌脱ごうかなって思ったってわけ。まさかライラ先輩の息子だとは思わなかったけど☆ 今度からライラママって呼んでいい?」
「呼ぶな!!! アホ!!!!」
母さんの甲高い怒鳴り声で、耳がキーンとなった。
その後も、ぐちぐちと文句を言われつつも俺が大魔獣の囮になることについては母さんからも賛同を得られた。
「はぁ……、じゃあユージンが囮役に最適なことはわかったわ。でも、長い封印で空腹になっている星の魔獣には、『餌』になる大量の魔力と、敵意を向けさせるために星の獣が嫌いな『天界』もしくは『女神様』に親しい魔力がある必要がある。ユージンにはそれが欠けてるんじゃないかしら」
母さんが次の問題点を指摘する。
確かに、俺自身の魔力量は平凡なものだし、女神様の敬虔な信者というわけではないからその二つの条件は満たせていない。
現在の計画では、膨大な魔力は死刑囚の生贄術によって確保。
『勝利の女神様』の信者であるアイリや天騎士団が囮になることで、作戦は組まれていた。
皇族は代々、アルテナ様の敬虔な信者だ。
「あー、本当は私がユージンの近くにいれば魔力を分けられたんだけど……、でもアテはあるわ。わかるでしょ? ユージン」
エリーに言われて、すぐに俺は思い至った。
「炎の神人族のスミレと聖女候補のサラか」
「ピンポーン☆ 無限の魔力を持つ、炎の神人族ちゃんと運命の女神の敬虔な信者である聖女候補ちゃん。この二人から魔力連結しておけば、二つの条件もクリアね」
「………………はぁ」
母さんが大きなため息を吐いた。
「母さん?」
「どう、ライラ先輩?」
俺とエリーが尋ねた。
「……その方法しかないわね」
しぶしぶといった感じで、母さんが答えた。
「じゃあ、これからスミレとサラに相談にいくよ」
「あーぁ、私が近くにいたらなー」
「ありがとう、エリー。助かったよ」
ぼやく魔王に、俺はお礼を言った。
本当に心からの感謝だった。
「御礼は身体で払ってくれたらいいから♡」
「ど、努力するよ」
「……あんたら、母親の前で何を言ってるのかわかってんの?」
キレ気味な母さんの声で、慌てて口を閉じる。
ここでこの会話は危険だ。
「母さんありがとう」
「あー、念のため運命の女神様にこれから報告にいくから。あと、どうせだからエリーの言う通り徹底的に『星の獣』を弱らせなさい。確かにユージンならそれが唯一可能だわ。だけど、油断は駄目だし、危なくなったらすぐに逃げなさい。本来は地上の民が一人で対抗するようなモノじゃないんだから。あと、この話をいきなりもっていっても信じてもらえるかわからないわよ。言っておくけど、天使の話は地上でしてはいけないから。これは絶対よ?」
「わかったよ、母さん」
母さんに強く念押しされた。
俺はしっかりと頷いた。
こうして、大魔獣の討伐作戦は、天使と魔王の知恵により立てられた。
◇
俺は天使さんと魔王と話し合い、炎の神人族と聖女候補へ相談した作戦を皇帝陛下の謁見の間で述べた。
もちろん、いくつかの事情は隠してあるが。
母さんとエリーのことは話せないため、作戦の概要はユーサー学園長の立案ということになっている。
最初は疑いの目を向けていた、帝国軍参謀本部と宮廷魔道士の人たちも俺の話に興味を持ってくれたようだった。
皇帝陛下の冷徹な目は、俺の話を聞いてもその感情は読み取れなかった。
「ユウ……、そんな……」
幼馴染は、大げさなほど動揺している。
「ユージン殿の作戦のほうが被害が少なくすむのか……」
「しかし個人の力に頼り過ぎでは……?」
「最悪、一人の犠牲で済むということだ」
「だが、本当に大魔獣ハーゲンティを倒せるのか?」
「倒せなくともよい! 最小の被害で再封印ができれば、作戦は成功なのだ」
「その通りだ。この計画は素晴らしい!」
「うむ、さすがは帝の剣様のご子息だ!」
広間がざわつく。
最初は、俺に敵意を向けていた人たちも今や賛成に近い言葉を発している。
「良い作戦ですね。運命の女神様から聞いていた通りです」
「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」」
運命の巫女様の言葉が決定的だった。
「決まりだな。ユージンの作戦を採用する。仔細は参謀本部と宮廷魔道士で詰めよ」
皇帝陛下が、了承をしてくれた。
「ユウ!!! なんでっ!!?」
黙って聞いていたアイリが飛び出してきた。
「悪いな、アイリの手柄を奪うようなことをして」
「違うわよ!! 一人で囮になるなんて、どうかしてる!?」
「言っただろ。俺の白魔力しかない体質が、大魔獣の相手をするのにぴったりなんだよ」
「でも、だからって……わ、私もいく! 一人よりも二人のほうが……」
「アイリだと無駄死にするだけだ。一人くらい増えたって何も変わらないよ」
「で、でも。……なんで、……なんでなの……どうして……」
「そりゃ、アイリを死なせたくないから」
「でも……私は……ユウを……見捨てたのに……」
まったく理解できないようにうなだれる幼馴染。
なんでだろうな。
昔は何も言わなくても、気持ちが伝わったのに。
幼馴染が死ぬ所なんて、見たいわけないだろ?
俺がどう説明しようかと、悩んでいると。
「待て! ユージン・サンタフィールド!! その作戦を実行するなら、この場で自身の強さを証明しろ!! 私は貴様に決闘を申し込む!!」
突然、俺に決闘を宣言をしてきたのは幼馴染の婚約者――ベルトルド将軍だった。
■感想返し:
>というより、荒れるとわかっているなら
>感想閉じればいいだけの話だと思うんですが?
→ツイッターにも書いたのですが、コメントでいろんな意見が出るのは私は嬉しいんです。
肯定も否定も、感想は全て楽しく読ませていただいてます。
※罵倒系やガチの荒らしは別です。ひどいものは消しますし、場合によってはブロックします。
なので、みなさんご自由に感想を述べてください。
最近は感想がたくさんもらえて、私は幸せです。
感想欄は絶対に閉じません。
 












