29話 ユージンは、生徒会長に迫られる
「ユージン!!! どうして私に会いに来てくれないの!?」
かつての探索者仲間のサラが、俺に抱きついてきた。
生徒会長であり聖国カルディアの要人でもあるサラは、他の生徒たちにはいつも余裕ある態度で接している。
が、俺に対してはひたすら距離が近い。
リュケイオン魔法学園のエリートである『英雄科』の所属でもあるサラに対して、「俺のことは忘れてくれ」と言っているのだが「どうしてそんな冷たいこと言うの!」とあまりわかってくれない。
普段なら落ち着くまで待てばいいのだが、今日はこれからスミレと探索だ。
ずっとサラの相手をするわけにはいかない。
なんて声をかけようかと考えていたら。
「あのぉ~、生徒会長のサラさん? でしたっけ?」
先にスミレがサラに話しかけていた。
「…………」
サラが一瞬スミレのほうに目を向け、そして視線を戻した。
あれ?
無視した?
スミレが少しムッとした顔になる。
「ねぇ、ユージン? 聞いてる?」
「あ、あぁ。聞いてるよ。それよりスミレが声を……」
「私ずっと待ってたのよ? ね、これから時間ある? 私は今90階層まで到達しているんだけど、ちょっと手詰まりを感じてるの。ユージンは神獣と戦ったでしょ? だから情報交換しましょ? きっとユージンに役立つ情報を提供出来ると思うの!」
凄い勢いでまくし立ててくる。
「いや、サラ。今は別件で……」
「サラさん! 私たち今から『天頂の塔』の31階層に向かうんです。今度にしてもらえますか!!」
はっきりと大きな声で、スミレがサラに言い放った。
流石に今度はサラもスミレの言葉を無視しなかった。
すっ、と表情をクールなものにして視線を向ける。
「…………」
「…………」
数秒、二人が見つめ合う。
そして、サラが口を開いた。
「ごめんなさい、スミレさん。今私たちは大事な話をしているの。待っていてもらえないかしら」
「お、おい。サラ」
いきなり話しかけてきておいて、その言い分は駄目だろう。
むっとした表情から、スミレが無表情になる。
あ……、怒ってる。
(これはサラに注意しないと)
俺がそう決意した時。
「ねぇ、ユージンくん。そんな元相棒の子は放っておいて、探索に行こう~☆」
スミレが俺の腕をつかんで、ぐいっと引っ張る。
サラの身体が離れた。
さらに、ぐいぐいと迷宮昇降機のほうへ俺を引っ張っていく。
「ま、待って! 待ちなさいよ!」
サラが慌ててスミレが掴んでいる反対側の腕を引っ張る。
「離してもらえますー? 私たち忙しいんで」
「スミレさん! 私とユージンは固い絆で結ばれてるの! ぽっとでの人は入ってこないで!」
「へぇ~、でも『英雄科』に転籍したらユージンくんとは疎遠になったんですよね? なのに神獣を倒したからって戻ってきたんですよね? うわー、嫌な感じー」
「お、おい……スミレ」
スミレの言葉に、サラの顔色が変わる。
「ち、違うわ! 『英雄科』の私と『普通科』のユージンが一緒にいるとユージンがいろんな人に絡まれるから少し距離を置いたほうがいいって……、友達から言われたから気をつけてたの。でも例え距離は離れてもユージンと私の心は繋がってるの! あなたこそユージンが保護者をしてくれてるだけの分際で! 偉そうな顔しないで!」
「……なっ!?」
サラの言葉に、スミレの表情が変わった。
「…………」
「…………」
サラとスミレが顔を突き合わせ睨み合う。
まるで二匹の猫が、至近距離で威嚇しているような。
これは良くない。
「二人とも落ち着……」
「私は落ち着いてるよ、ユージンくん」
「ユージンは黙ってて」
二人に手で制された。
スミレとサラは睨み合ったまま。
口火を切ったのは、スミレからだった。
「サラさん、ユージンくんは私の相棒なの。用があるなら私を通してもらえます?」
「相棒と言ってもつい最近の話でしょう? 私なんてユージンと一緒に入学当初からパーティーを組んでたんだから。あなたとは年季が違うのよ」
「半年も満たないくらいで解散したのに?」
「っ! ……だからもう一回やり直そうって話に来たの。邪魔しないで、スミレさん」
「ごめんねー、ユージンくんの仲間はもう私に決まってるの」
「ユージンは帝国の最高戦力、帝の剣の息子よ。だったらその仲間にふさわしいのは聖女候補の私なの!」
「私、異世界人だからそんなのよくわからないし」
「いいから! ユージンと二人きりのパーティーなんて絶対に許さない!」
「別にサラさんに許されなくたっていいし!」
「私のユージンにベタベタしないで、スミレさん!」
「べ、べたべたなんてしてない!」
「うそよ! 天頂の塔に入るまでだってずっと無駄に腕を組んでたくせに!」
「それだったら、サラさんこそ毎回ユージンくんに抱きつくのは何なの!」
「そ、それは……私の勝手でしょ!」
「……っ!」
「……っ!!」
スミレとサラの口論が止まらない。
その様子を俺は、やや呆然と見ていた。
サラとは入学当初からの知り合いだが、こんなに感情を露わにしているのを初めて見た。
スミレが感情豊かなのは知っていたが、こんなに誰かに怒りの感情をぶつけているのは初めて見る。
(あらあら、ユージンを巡る女の争いねー。モテる男は辛いわね)
呆然としていると、突如誰かの声が頭の中で響く。
考えるまでもなく魔王の声だ。
(なぁ、エリー。こういう時どうすればいい?)
(……え? よりによって私に聞く?)
(タスケテクダサイ)
(……んー、そうねー)
俺は女性の気持ちを察するのが苦手だ。
年長者で、経験豊富そうなエリーにお伺いしてみた。
(二人とも抱いてあげたら?)
(……やっぱ自分で考えるわ)
そういえばエリーは、堕落した天使だった。
この意見は参考にしちゃ駄目だ。
サラとスミレの口論はまだ続いている。
ふと、俺は奇妙な視線を感じた。
ぎゃーぎゃーと騒いでいる俺たちを近くにいる探索者が、興味深げに見ているのは気づいていたがそれとは別の視線。
(……あ)
空中に浮かぶ球状の魔導機。
天頂の塔の中継装置へ映像を送る最終迷宮の眼だ。
そいつが、俺とスミレとサラの様子をじーっと見つめていた。
これ学園の生徒たちに見られてるのかなぁー。
「だいたいね、私はユージンとキスしたことだってあるの! スミレさんはあるのかしら?」
「……………………え?」
「え」
サラとスミレの口論を聞き流していたが、聞き流せないような会話が耳に届いた。
「ユージンくん……サラさんと……そーいう? 恋人関係じゃなかったって言ってたのに……」
裏切られた、という表情で俺を見つめるスミレ。
冷や汗が背中をつたった。
「ち、ちがうぞ、スミレ! あれはサラとパーティーを組む時に、聖女候補とパーティーを組むときの習わしだって言うから……。それに一回だけの話で……」
「えぇ……、そうよ。あの熱いキスは今でも忘れられないわ……」
うっとりと頬を染めるサラ。
それを微妙な表情で見るスミレ。
「どうやら私の勝ちみたいですね」
「……うぐぐ」
謎の勝利宣言をするサラ。
か、勝ち?
その時、スミレが一瞬俺のほうを見て、そしてサラに向かって言った。
「わ、私はユージンくんと一緒のテントで一晩過ごしたんですけど!」
「……………………………………え?」
スミレが言うと、サラの目が大きく開かれる。
「ゆ、ユージン……、そんな。まさか……その子と一晩……?」
「ふふん、ユージンくんの寝顔もばっちり見たもんねー。あれー、サラさんは見たこと無いのかな~?」
「…………わ、私見たこと無い……」
え、寝顔見られてたの?
起きたのは俺が先だったはずだけど、寝たのはスミレが遅かったのだろうか。
「…………」
「…………」
スミレとサラが、じとっと湿度の高い目で見つめ合う。
二人とも、頬を汗が伝っている。
……いや、それは俺も同じだ。
次は何を言うつもりだ?
先に口を開いたのは、サラだった。
「お、覚えてなさいよー!!」
と言いながらサラは凄いスピードで走り去っていった。
「勝った……」
スミレが拳を振り上げたポーズを決めている。
勝ち負け……だったのか?
(ふふ……、魔王とユージンが普段していることを二人に伝えたらどうなるかしらね?)
(……勘弁してくれよ)
想像するだけで恐ろしい。
「ねぇ、ユージンくん」
ぽつりとスミレが俺の名前を呼んだ。
「どうした? スミレ」
「……本当はサラさんとパーティーを組みたかったりする?」
「いや、そんなことは……」
実は少しだけ、考えていた。
俺とスミレだけでは、いずれ限界がくる。
もしサラが仲間に加わってくれたら心強いな、と思っていた。
でも、無理だろう。
さっきのスミレとサラの会話を聞く限り、二人の相性は最悪だ。
「ごめんな、スミレ。サラのせいで変な感じになって」
「ううん! じゃあ、探索頑張ろうね!」
空元気のような笑顔を見せるスミレ。
俺もそれに合わせて、笑顔を返した。
それでも、やはり。
31階層からの探索は、今までよりも足取りが重かった。
◇リュケイオン魔法学園・体育の授業◇
「よーし、お前ら。二人組作れー」
体育の教師が俺たちに指示を出す。
俺が参加しているのは、普通科だけでなく上級科や特殊科の生徒も参加している合同授業だ。
男女合同ではないため、スミレの姿はない。
ちなみに、俺はこの二人組みを作るやつが苦手だ。
理由は言うまでもなく……、友達が少ないから。
毎度、二人組を作るときには時間がかかる。
まぁ、適当に余ったやつに声かけるか。
そんなことを考えていると。
「よ! 組もうぜユージン」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
「クロード?」
珍しいやつがいた。
『英雄科』の生徒は、基本的に授業の参加は自由だ。
試験さえクリアすれば、単位をもらえる。
そのため普段クロードが体育の授業に参加することは殆どない。
だが、親しいやつが居たことはありがたい。
俺は素直にクロードと組むことにした。
そこでふと気づく。
クロードの頬に大きな湿布が貼ってある。
「どうしたんだ? その顔」
「ん? ……あー、これか。……猫に引っ搔かれてな」
「猫?」
「ああ、猫だ」
勇者のクロードが猫に引っ搔かれた程度で、傷を負うわけがないが。
ま、言いたくないことなんだろう。
それはそれ以上の追求をやめた。
「組手はじめ!」
体育教師が号令をかける。
ちなみに武器は、全て木製だ。
「よっ!」
クロードが死角から、槍の突きを放ってくる。
なかなか鋭い。
俺はそれを、身体を半身ずらして受け流す。
そのままクロードの首元に剣を突きつける。
「一本だな」
ニヤリとすると、クロードの顔が引きつった。
「手加減しろよ」
「別に弐天円鳴流は使ってないぞ」
「お前の剣術、おかしいんだよ」
「別におかしくはないだろ」
雑談しながら、剣と槍で組手を続ける。
「なぁ、ユージン」
「なんだ?」
「英雄科の転籍試験受けないのか?」
「え?」
「お、隙あり!」
「させるか!」
クロードの槍による二段突きを、ギリギリで躱す。
あぶね。
俺は一旦、距離を取った。
「で、転籍って一体なんだよ? クロード」
「英雄科じゃ噂になってるぜ。神獣を単独撃破した剣士が普通科でいいわけないだろ?」
「別に転籍する予定はないぞ」
「なんでだよ、ユージン」
クロードが不思議そうな顔をしている。
「知ってるだろ。俺はスミレの魔力が無いと攻撃力ゼロの剣士なんだ。試験に合格できるわけないだろ」
「スミレちゃんと一緒に転籍すればいいだろ。あの子は炎の神人族なんだから、試験もクリアできるだろ」
「……うーん」
スミレと一緒にか。
それは考えてなかったな。
少しだけ検討してみて、俺は首を横に振った。
「無理だろうな。スミレは自分の魔力を制御できてない。試験で魔法を暴走させるのがオチだ」
「……そっか」
俺の言葉にクロードも納得したようだった。
そんな会話をしていると。
「ユージン・サンタフィールド。今少し話せるか」
俺とクロードの近くに、数人の生徒がやってきていた。
腰に下げる武器は『剣』。
そして、俺は彼らに見覚えがあった。
「あんたは……、剣術部の…オルヴォだったか?」
「ああ、剣術部三位オルヴォ・デ・バッケルだ」
リュケイオン魔法学園の最大派閥。
剣術部には全員に強さ順のナンバリングがされている。
それによって競い合っているらしい。
確か、彼は同学年では一番の剣術の使い手だったと記憶している。
「剣術部の部長からの伝言を伝える。『剣術部に入らないか? 一番隊に席を用意しよう。500階層を目指すならそれが一番の近道だ』とのことだ」
「いや、それは……」
「ふん! 俺は反対したのだがな! 貴様が入ったところで、一番隊のレベルについて来られるとは思えん!」
「…………」
なんだこいつ。
どうやら嫌々伝言を伝えているらしい。
剣術部の部長の顔は勿論知っているが、直接話したことはない。
伝言役の人選をミスってますよ、部長。
「ありがたい話だけど、自分たちのペースで探索をするから剣術部への入部は、遠慮するよ」
「はっ! 怖気づいたか! 近々200階層をクリアする俺たちのレベルに」
こいついちいち挑発的だな。
少々イラつく。
「怖気づいたかどうかは、リュケイオン魔法学園『統一大会』ではっきりさせよう。俺は魔法剣士として出場する。そこで白黒つけようか」
「…………なんだと」
俺の言葉に、剣術部三位オルヴォの目が剣呑に光る。
「まさか、逃げないよな?」
「叩き潰す!!」
そう宣言し、オルヴォは取り巻きを引き連れ去っていった。
こっちには挑発的な割に、挑発されるのは慣れてなかったらしい。
「ユージンって、色んなところで目をつけられてるよな」
クロードが呆れたように言った。
「そうか?」
あまり自覚はないのだが。
何より、さっきの剣術部の連中とも普段はほぼ接点がないのだが。
「生徒会執行部の連中もユージンを目の敵にしてたぞ?」
「それは……サラが俺に親しいから」
言葉を口にして思い出す。
先日のサラとスミレの口論。
同じことを思い浮かべたのか、クロードがにやりとする。
「中継装置から見たぜ、ユージン。スミレちゃんとサラちゃん、凄い剣幕だったな」
「……見てたのか」
「で、どっちを選ぶんだ?」
「そういう問題じゃない」
あれからまだサラは姿を見せていない。
が、きっとまたやってくる気がする。
それともこっちから会いに行ったほうがいいかな。
ただ、生徒会室に行くとまた絡まれるんだよなー。
「あんな美人二人に迫られれて、ユージンはどっちにも手を出してないんだろ? もったいねー」
「俺はスミレの保護者で、サラは聖国カルディアの聖女候補だぞ。遊びで手を出せるわけないだろ」
「いやいや、ここはリュケイオン魔法学園だぞ。生徒の立場は建前上は平等だ。それにユージンだって帝国である程度の地位なんだから、別に手を出してもいいと思うけどな」
「生憎、うちの家訓だと女性に対しては責任を取らないといけないんだ。軽薄な真似はしないんだよ」
「真面目すぎるな、ユージン。もっと楽しく生きようぜ。色んな女の子を知ったほうがいいぞ」
「ほっとけ」
そんな下らない会話をしながら、体育の授業は終わった。
……少しだけクロードのような生き方が羨ましかったのは、口にしなかった。
◇数日後◇
今日は、36階層からの探索の再開だ。
ここから5日かけて、40階層の階層主までたどり着きたい。
俺は天頂の塔の入り口で、スミレを待った。
探索者は大勢いて、同じように探索隊のメンバーとの待ち合わせをしている。
ついでに、その探索者たちに魔道具や武器、防具を買ってもらおうと商人たちもうろついている。
すでに何人かの商人から声をかけられた。
それを適当に断りつつ、スミレを待つ。
約束の時間ちょうどに、スミレがこっちに走ってくるのが見えた。
手を振って位置を知らせる。
やってきたスミレの表情は、冷静でなかった。
「ユージンくん!! 大変!!」
「どうした? スミレ」
俺は尋ねた。
「あのね……、えっと。なんて言えばいいか。ユージンくんの友人だから、あまり悪く言いたくないんだけど……。あ、別にダジャレじゃないよ? そうじゃなくて、えっと……」
「落ち着けスミレ」
何やら混乱している様子のスミレをなだめる。
「ありがと、落ち着いた」
ふー、とスミレが大きく息を吸う。
俺は黙って、スミレの言葉を待った。
「ユージンくん!!」
「どうした?」
「あのね…………クロードくんのことなんだけど」
「クロードがどうかしたか?」
もともと生物部でクロードの騎竜を世話しているため親しいが、最近はさらに絡みが多い。
俺とスミレの探索隊に助っ人として参加してくれるとも言っている。
助っ人の話はスミレにまだしてなかったが、いずれ相談したいと思ってた。
とはいえ、現時点でスミレとクロードに接点はほとんどないはずだが……。
「クロードくんが、レオナちゃんとテレシアさんを二股してるんだよ!!!!!」
「…………は?」
想像の斜め下の、ろくでもない情報だった。












