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攻撃力ゼロから始める剣聖譚 ~幼馴染の皇女に捨てられ魔法学園に入学したら、魔王と契約することになった~  作者: 大崎 アイル
第一章 『攻撃力ゼロの剣士』編

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22話 ユージンは、魔王と契約する

 名状しがたいナニカが、俺の身体を這いまわっている。

 まるで生きているかのように。


(これが……魔王エリーニュスの魔力(マナ)……?)


 それとも魔力(マナ)よりも格上の霊気(エーテル)だろうか?


 だが、炎の神人族(イフリート)であるスミレから譲り受けた霊気に近い魔力とはまた異なる。

 まったく別のおぞましい魔力。


 それでいて、奇妙な()()()



(これが……かつて南の大陸を支配したという魔王の力……)



 ついさっきの神獣に感じていた時の恐怖は、すっかり霧散している。


 相手を叩き潰したくて、身体が震えている。



 俺は空中で軽く剣を振るった。

 

 ゴオオオオオオオ! という風切音と共に巨大な斬撃が目の前を切り裂いた。


 密林の木々が、大きな鎌で切り取られたかのように綺麗な断面を見せていた。


 軽く振っただけでこの威力。


 全力で剣を振るえばどうなってしまうのか……。

 その時。


(……ぐっ)

 がくりと身体の力が抜けた。


 いや……、力ではなく生命力そのものが削られていように感じる。

 ずっと使い続けられはしない。


 おそらく、長くは意識が持たない。

 幸い冥府の番犬(ケルベロス)は、俺を警戒をするように距離を取っている。


 俺は刀身に視線を向けた。


 ……ジ……チ……チチ……


 既に『魔法剣・炎刃』の魔力は尽きかけ、赤の輝きは鈍くなっている。


(はやく……次の魔法剣を……使わない……と)


 魔王である堕天の王(エリーニュス)の力は四つ。


 暴力の『黒』

 毒の『藍』

 死の『紫』


 そして、最後の………………。


(駄目だ……)

 意識が途切れそうになる。

 考えがまとまらない。


 自分ではない何者かが、俺の身体を支配するような錯覚に襲われた。


(ユージン! ちょっと、何をやってるの!?)

 エリーの声?

 まずい、ついに幻覚まで……。


(誰が幻覚よ! 本物だから、本物~!)

(……エリー?)


(そうよ! さっきユージンは契約に合意したんでしょ? だからこうやって念話ができるってわけ)

(そ、そうか……)


(それより早く精神を護る結界魔法を使いなさい。今のユージンじゃ、精神は『魔王(わたし)』の瘴気に耐えられないわ)

(……わかった)


 俺はエリーの忠言に大人しく従う。



 ――結界魔法・心鋼



 普段、余り使うことのない精神系の結界魔法。

 発動すると徐々に、意識がはっきりしてきた。


(助かったよ、エリー)

(そうそう、これから魔王(わたし)の魔力を扱う時は常に精神に気を配りなさい。廃人になるわよ)

 

 ごくりと、つばを飲み込む。

 エリーの忠告がなければ危なかった。


(ありがとう。あとでお礼に行くよ)

(ふふふ、いいのよ。これでユージンは()()()()だもの、ふふ……)


(今……何て言った?)

(ほらほら、よそ見しないの。目の前にケルベロスちゃんがいるでしょ?)


 何やら恐ろしい台詞が聞こえる。

 あとで問い詰めないと。


 だが、エリーの言う通り今は神獣の相手が先だ。

 小さく息を吸う。 




 ――魔法剣・闇刃(ダークブレイド)




 俺は魔王(エリー)から借り受けた黒魔力(マナ)を使って魔法剣を発動した。


 刀身が真っ黒に染まる。


 『黒』の魔力が司るのは、単純な『暴力』。


 ぶっつけ本番である魔王(エリー)の魔力を使って複雑な魔法はできそうにない。


 ならば、最も威力が高いと思われる攻撃で一気に仕留める。

 

「……グルルルルルルルル」


 冥府の番犬(ケルベロス)が、こちらを警戒するように低く唸る。

 いや、その目は……。


(笑ってる……?)

 何故か、俺にはケルベロスが喜んでいるように見えた。


(ふふ、どうやら歯ごたえのある相手と出会えてケルベロスちゃんは嬉しいみたいね。普段は辛気臭い冥府で、陰気な死の神(プルートー)のおっさんの番犬だもの。そりゃ、地上でくらい思いっきり暴れたいわよね)

 エリーの声も楽しそうだ。


(エリーは、ケルベロスと面識あるのか?)

(当たり前でしょ? ベテランの天使なら冥府なんてしょっちゅう行くし、ケルベロスちゃんにはよく地上のご飯を持っていってあげたら喜んでたわ。冥府の食べ物って、全然美味しそうじゃないもの)

(……エリーって結構凄いんだな)

(今頃わかった?)

 

 魔王としての有名さは知ってたつもりだったが。

 天使時代の話はあまり聞いたことがなかった。

 

 もし、無事に生き延びられたなら。

 色々聞かせてもらおう。



(じゃあ頑張りなさい、私の可愛いユージン)

(…………ああ)


 ツッコミたいが、今は目の前に集中しよう。


 伝説の魔王から借り受けた力。


 負けられない。



「「「…………オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!」」」


 

 その時、冥府の番犬の三つの頭が大きく遠吠えをした。

 

「ぐっ……!」

 暴風が荒れ狂う。

 密林領域の木々が吹き飛んでいく。


 俺とケルベロスの間に、ぽっかりと小さな広場ができた。


 まるで決闘場のように。


(……スミレは?)

 ちらっと、後ろのようにあるスミレが隠れている巨木を見る。


 大丈夫だ。

 あっちは無事だ。


 それに、スミレの周囲にも結界を張ってある。

 問題ない。

 

「…………グルルル」

 ケルベロスが重心を低くし、獲物を狙うようにこちらを睨む。


 俺も相手に集中する。

 雑念の一切を排除する。



(……いざ、尋常に)



 俺は親父の口癖を、心の中で真似た。

 東の大陸で、決闘の時に使われる合図らしい。

 



 ――弐天円鳴流『雷の型』




 黒い刀身を鞘に納める。

 そして、腰を落とし抜刀の構えをとる。


 俺のできる最速の剣。


 

 …………!!!!


 冥府の番犬(ケルベロス)の姿が消える。

 それは上空高く飛び上がり、一足で俺のもとに達しようとしているのだと感覚で悟った。

 

 俺はそれを避けず、迎え撃つ。



(……勝負)



 ドン!!!! と爆発するような音を立て踏み込む。




 ――奥義・麒麟の太刀




 音速で迫るケルベロスを、置き去りにする。


 自身の速度のせいで、周りの時間がゆっくりと流れる。

  

 ザン!!!!


 俺は、冥府の番犬の真ん中の頭を切り落とした。



 ギャアアアアアアアアアアアアアアア!

 


 ケルベロスの絶叫が上がる。


 しばらく、苦しみ悶えたあと、二つ首となったケルベロスは()()()()()()

 

「っ……!」

 たったの一振りだけで身体への負担が凄まじい。


 もう一回、魔法剣を使えるだろうか?


 しかし、ケルベロスの頭はあと二つある。 

 倒れるわけにはいかない。


(備えろユージン……、まだ……終わっていない……)


 神の獣は不死の存在だ。


 たとえ首を落としても、死んだりはしない。

 俺は倒れそうな身体を奮い立たせ、剣を構える。


 が、ケルベロスは戦意を喪失したように動くことはなかった。

 重苦しい時間が過ぎる。 


 その時、ケルベロスの足元に巨大な魔法陣が現れた。

 あれは……召喚術式?


 残った二つの頭が、俺の方を向いた。

 そして、ニィ……、と牙をむき出しにして笑った。


(な、なんだ……?)

 剣を構える手が震える。

 が、ケルベロスは襲ってくることはなかった。



 ……見事ダ、若キ剣士



 そんな声が聞こえた気がした。


 ケルベロスの姿が光の中に消えていく。


 え……?


 ぽつんと取り残される。


 これは……一体?


 ズキズキと頭が痛む。

 頭が混乱する。

  



 ――おめでとうございます。挑戦者の勝利です。




 20階層内に、無機質な『天使の声(アナウンス)』が響いた。


 その言葉に、すぐに反応できなかった。 


(しょうり……?)


 え……? 


 終わった……のか?


 全身の力が抜ける。

 その場に膝をついた。


 俺は魔法剣の発動を止めた。


 次の瞬間、蒼海連邦の探索者に貰った剣は、音もなく崩れ落ちた。

 

 もう、武器はない。


 しかし、敵もいない。


(そう……か)


 理解した。



 俺は――理不尽な『神の試練』冥府の番犬(ケルベロス)に勝利した。



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あくまで試練は逃げて次の階層に行く事が条件だと思われてたけど、強すぎて他の方法が試せなかっただけか
「ユージンくん、あの怪物が殺せないって言うのはどういう意味……?」 「神獣は魔物とは違う。あいつらには『無限の命』がある。だから『神の獣』を倒すのではなく、いかに知恵と勇気で乗り越えて、次の階層に進…
[良い点] 前は寿命だったけれど、今回は正気度を支払って使う系なんですね 普段の休養が大事!
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