195話 迷宮主
――ちょ、挑戦者の勝利です! 300階層『神の試練』の突破、おめでとうございます!
やや戸惑ったような天使の声が響く。
目の前の黄金の魔法陣から巨大な神獣が帰還していく。
試練の相手は『砂漠の門番』。
巨大な獅子の身体に人の顔をもつ、知的な神獣だった。
(300階層に加減した力で戦ってくれてよかった……)
俺はボロボロになった探索服や身体と、黄金の粒になって消えてゆく魔法陣を眺めた。
俺は膝をついて、もう立ち上がれないという風を装っている。
そして視線を向けないように上空に浮かぶ丸い球体――迷宮の眼を観察する。
迷宮の眼を通して、俺が300階層を突破したことは他の探索者たちに伝わったはずだ。
(地上に降りたら騒ぎになるだろうな)
100年以上ぶりの記録更新だ。
が、どうせ明日にはそれ以上の事件が起きる。
迷宮都市が崩壊するのだから。
……ずずずず
と周囲の景色が変わっていく。
黄金の草原と周囲に光の花びらが舞う幻想的な光景だ。
その景色よりも神秘的な雰囲気を纏った美しい赤毛の天使がゆっくりと降りてきた。
300階層を管理している天使様だ。
迷宮の眼が離れていくのを確認する。
中継装置は天使様の姿を映さない仕組みになっている、というのはリータさんに確認済みだ。
つまり……今なら、俺の行動は地上には
――それでは300階層の『恩恵の神器』を……
天使様の言葉が終わる前に
パチ!パチ!パチ!パチ!
と手を叩く音が響いた。
「やるわねー、ユージン・サンタフィールド」
(やはり……きたか)
現れたのは血のように真っ赤なローブを着た、白髪の少女。
周囲に纏う魔力は清らかな天使様のものと違いどす黒い。
俺の方をニヤニヤと見つめ、
「ふふふ、ついに300階層を突破した者が現れたわ! やっぱり私のやり方は間違ってな……」
タン!
俺は地面を蹴り、迷宮主に斬り掛かった。
「っ!?」
――なっ!?
迷宮主と天使様の目が驚愕に見開かれる。
俺の白剣は迷宮主の赤いローブを切り裂いた。
――探求者さん!? 一体なにを!
「あんた……どういうつもり……?」
ゴゴゴゴゴゴ、と地面が揺れる。
迷宮主の目つきが鋭くなり、剣呑な殺気を放つ。
「アネモイ・バベル。俺と勝負をしろ!」
俺は白剣を構えて言った。
さっきの不意打ちは、相手を怒らせるためのものだ。
だからローブだけを斬った。
普通に勝負を挑んでも流されるだけだからだ。
(さて、乗ってくるか……)
迷宮主アネモイ・バベルは『短気』だ。
本人から聞いているし、身近でいた俺はよく知っている。
「300階層を突破したくらいで調子に乗っているようね」
アネモイの周囲には剣や斧、槍や鎌、様々な刃物が飛び回っている。
そしてなぜか刃物にはべっとりと血が付着している。
(迷宮魔法……鉄の処刑)
アネモイがキレている時によく発動する魔法だ。
――迷宮の眼止めて! ストップ! ストップ!
天使さんがバタバタしている。
ちょっと、申し訳ないな……。
「ユージン・サンタフィールド。あんたには目をかけていたわ…………今なら謝れば許してあげるわよ」
表情はブチ切れているが、一応寛大な所を見せている。
とはいえ……
(冷静になられちゃ困るんだよな)
ここで迷宮主との勝負に勝って、仲間に引き入れないと明日の決戦に間に合わない。
だからここで俺が言うべき言葉は。
「なんだ、ビビってるのか? この程度の迷宮主ならこれ以上探索する必要もないな」
と俺は告げた。
この言葉が一番、迷宮主には気に触るはずだ。
――ま、まずいですよー! 探索者さん! 謝って! アヤマッテ!
天使さんは焦って拡声魔法を切り忘れている。
……これ、中継装置に流れてないよな?
心配になりつつも、俺は迷宮主から目を離さない。
「お仕置きが必要なようね! 迷宮魔法・鉄の処刑!!!」
次の瞬間、100近い魔法の刃物が俺に向かって飛んでくる。
タン!
俺はそれを空歩で、余裕を持って躱した。
「それで躱したつもり! 迷宮魔法・血棘の鎖!」
空中や地面から赤い鎖が俺を捉えようと伸びてくる。
360度、逃げ場はないように思える魔法。
初見なら捕まっていたかも知れない。
が、俺はもう何百回とこの魔法を見ている。
(アネモイは……左斜後ろの囲いが甘い癖がある)
俺はその僅かな隙間から、さっと鎖の檻を抜ける。
「な、なかなかやるわね」
アネモイが少し戸惑った声を上げた。
「なんだ、こんなもんか?」
軽い挑発を挟んでおく。
アネモイの顔が怒りに歪む。
(ごめん)
心の中で詫びた。
本当は、こんなことは言いたくなかった。
アネモイも、探索者に記録を伸ばしてもらいたくて必死だったのだ。
が、その心情は顔に出してはいけない。
「腕の一本くらい、覚悟しなさい! 迷宮魔法・嵐の千刃!!」
空から千本の剣が降ってくる。
――ひえええ!
天使さんが慌てて避難していた。
俺はそれを冷静に眺めながら、白剣を構えた。
◇
「う、うそよ……」
アネモイの目が驚愕に見開いている。
俺の手にもつ黒刀が、アネモイの首に添えられている。
少し力を入れたら、その細い首が落ちるだろう。
――そ、そんな……すごい
天使さんの声が聞こた。
あの……拡声魔法をそろそろ切ってください。
「俺の勝ちだな」
なるべく冷静な声で告げた。
アネモイの表情が悔しさで歪む。
目に涙が浮かんでいる。
負けず嫌いなこいつにとっては、屈辱だろう。
死にたくなるほどに。
「……殺しなさいよ」
俺から目を逸らし、自暴自棄になったようにアネモイは言った。
その姿に俺は自己嫌悪に陥ったが、表情には出さないよう努めた。
「殺しはしない。ただ、やってほしいことがある」
俺が言うと、アネモイは「カッ!」と目を見開いた。
「私に探索者の奴隷になれって言うの! ふざけるんじゃないわよ!」
もちろん、そんなつもりはない。
「迷宮主、話を聞いて欲し……」
「もういいわよ! どうせ! 私は迷宮主、失格よ! 探索記録を更新することもできず、こんなところで探索者に無様に負けて! 運命の女神様には見捨てられるわ! 近日中に次の迷宮主が送り込まれてくるでしょうね! 私は廃棄されるのよ! だったら、もう! ここでひと思いに殺しなさいよ!!」
泣き叫びながら、暴れるせいで俺の黒刀がアネモイの肌に食い込む。
刃が肌を切り、流血するのもお構い無しでアネモイは叫び続けた。
(やっぱりこうなったか……)
俺は未来でのアネモイとの会話を思い出す。
◇
「ユージン。多分、三年前の私はあんたに勝負を挑まれて負けたら、癇癪を起こして会話にならないと思うわ」
「そうか? きちんと説明すれば……」
「無理よ。今の私は三年前の赤い竜の誤召喚、そして三年間のあんたとの天頂の塔内での生活があったから、自分を振り返ることができたの。当時の私では話をするなんて無理でしょうね」
「でも、アネモイの力なしじゃ、赤い竜には……」
俺が悩んでいると、アネモイは俺の手を掴み何かを握らせた。
「これを使いなさい。あんた、契約魔法は使えるでしょ?」
そう言って渡されたものは……。
◇
「アネモイ」
俺はこっちの世界に戻ってきて、初めて迷宮主の名前を呼びながら彼女の右手を掴んだ。
そして、手の空いているほうでポケットから赤い長い針のようなものを取り出す。
「なっ、なにを!」
アネモイが慌てて身を捩る、その前に
俺は自分の手ごと、アネモイの手を赤い針で貫いた。
「ユージン・サンタフィールドはアネモイ・バベルと『命の契約』をする。契約期間は二日間! 期間中は互いを命がけで助け合う!!」
大声で叫ぶ。
次の瞬間、まばゆい光が俺たちを包んだ。
……どくん、と心臓が掴まれたような錯覚を感じる。
目の前のアネモイが、急に愛おしくなった。
俺は黒刀を引き、鞘に治める。
ゆっくりとアネモイが立ち上がった。
手に刺した赤い針は消えてなくなっている。
「あ、あんた……」
アネモイの声が震えている。
「これで俺とあんたは、明日までは一心異体だ。二日間だけ我慢してくれ」
そう言って俺はアネモイに背を向けた。
「ま、待って!」
アネモイが俺の身体を掴む。
さっきまで殺し合ってたのが嘘かのように。
アネモイは俺に一切の攻撃をしないし、俺はアネモイを一切警戒しない。
心の底から信じ合っていた。
(凄いな……これが『命の契約』か……)
この方法は未来のアネモイからの提案だった。
曰く「多分、どんな説得も三年前の私には無駄だから、無理やり契約しなさい。私の血で創った魔針を媒介にすれば『命の契約』が結べるはずよ。予め『同意』の術式も魔針に組み込んでおくから、これを私とユージンにそれぞれ刺して、契約を宣言すれば発動するわ」
「えっと……そんな勝手をしていいのか?」
心配になって尋ねたが。
「は? 私自身が同意してるんだから、いいに決まってるでしょ」
あっけらかんと言われた。
その時の会話思い出していた。
「ユージン・サンタフィールド! 説明して! ど、どういうことなの! なんで私が……あんたと」
「ストップ」
俺はアネモイの口を手で塞いだ。
おそらく俺の持っている未来の記憶が、アネモイと同期したのだろう。
かなり混乱しているようだ。
「な、なにを……」
「明日、説明する。明日まで待ってくれ」
そう俺が言うと、アネモイはあっさりと引き下がった。
「明日……教えてくれるのね?」
「ああ、約束する。全部話すから」
「わかったわ。何か用事があったら呼んで」
そう言って、アネモイは空間転移のような魔法を使って姿を消した。
――あの……探索者さん。このあとは……
ずっと見てくれていたであろう天使さんがおずおずと尋ねてきた。
「すいません、お騒がせしました。俺は帰りますから、天使さんも戻っていただいて大丈夫です」
――は、はい。ではお気をつけて
天使さんの声が聞こえなくなった。
黄金の草原が、緑の草原に変わる。
(これで俺の一番目の仕事は終わったな……)
他のみんなも上手くやってるだろうか。
俺は迷宮昇降機に向かって歩いた。
かなり疲労しているが、まだやることがある。
俺は一階層のボタンを押した。
そして、次の目的を心の中で確認する。
(エリーと話をしないと)
スミレがすでに向かっているはずだ。
が、きっと一筋縄じゃいかないだろう。
なんせ人生経験が違う。
俺やスミレなど、エリーと比べると赤子に等しい。
が、エリ―の助力、もしくは助言は赤い竜に対抗するために欠かせない。
俺は急ぎ足で第七の封印牢へと急いだ。
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次回の更新は、11月30日(日)です。
■感想返し:
>説得(物理)
>ユーサー学園長が出たときちょっとうるっとしました。
→学園長は作者が今作、TOP3で好きなキャラです。
■作者コメント
今回は迷宮主編でした。
私はアネモイ、結構好きです。
■その他
感想は全て読んでおりますが、返信する時が無く申し訳ありません
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