192話 スミレの決断
「スミレ……これでもとの世界に戻れるな」
ゆーくんが優しい表情で私に言った。
「…………」
私はその言葉に咄嗟に返事ができなかった。
――異世界にやってきた日の記憶が蘇る。
炎に囲まれて、何も覚えていない状態で私の異世界生活は始まった。
ゆーくんに助けてもらったけど、言葉も何もわからなかったこと。
ユーサー学園長に魔法道具をもらってなんとか言葉が通じて、異世界人としてリュケイオン魔法学園の生徒になったこと。
天頂の塔に探索に行って、レオナちゃんたちと知り合ったこと。
初めて魔物と戦ったり、恐ろしい神獣と出会って震えていたこと。
そして、ゆーくんとの約束。
「…………俺がスミレを前の世界に帰すよ」
ゆーくんは私に言ってくれた。
そして、その約束は守られた。
眼の前には500階層の神の試練突破の恩典の神器『異界門』が立っている。
ここを潜れば、私は元の世界に帰ることができる……。
「スミレちゃん、帰っちまうのか。淋しくなるな」
そう言ってきたのはクロードくん。
「レオナちゃんとテレシアさんと仲良くね」
「……ああ」
クロードくんが苦笑しながら視線をそらした。
(あ、隣のリータさんが微妙な顔になってる)
言葉選び、まちがっちゃったなー。
何かフォローの言葉を言わなきゃ、と思っていると。
「ねえ! 本当に帰っちゃうの!? ユウはそれでいいの!」
アイリちゃんがゆーくんの腕を掴んで引っ張ってる。
「スミレ! ずっとこっちにいなさいよ! 住むところだって用意してあげるし、貴女ならユウと一緒にいてもいいわよ! 私がずっと養ってあげるから! 皇帝命令で好きなだけ贅沢させてあげる!」
「あはは、ありがとう。アイリちゃん」
私は笑って答えた。
アイリちゃんのストレートな物言いは、ずっと変わらないなー。
英雄科にいた頃から。
「スミレちゃん……」
「サラちゃん」
私のすぐ隣にサラちゃんがやってきた。
「「……」」
何も言わずに抱きしめられた。
私も抱きしめ返す。
最初に会った時は、ゆーくんを巡ってギスギスしてたけど。
今となっては一番仲が良い友だちだった。
「スミレちゃん、帰らないで」
サラちゃんの言葉に私はびっくりした。
てっきりそういうことは言ってこないと思ってたから。
「サラちゃんに引き止められると迷っちゃうなー」
実際、今心は揺れている。
ふざけた感じで言わないと、泣いちゃいそうだった。
「……ごめん、変なこと言って」
「ううん、うれしかったよ」
「元気で」
「うん」
サラちゃんに強く抱きしめられた。
私からも力いっぱい抱きしめ返した。
「ねえ、ユージン。あの子って炎の神人族でしょ? 元の世界に戻って生活できるの?」
サラちゃんと抱き合っていると、そんな会話が聞こえてきた。
質問をしているのは迷宮主さん。
「300階層の恩典の神器の『身変りの泉』の水を持っきてある。それを浴びて望めば人間に戻れるはずだ」
ゆーくんが答えている。
「そっか……。でもあの子のチカラは必要じゃないの? ユージンがよく使う焔の魔法剣は、スミレの魔力を借りてるんでしょ?」
「そこはなんとかするよ。エリーに教わった魔力貯蔵の魔法があるし、アネモイに魔力を借りてもいい」
(そういえばゆーくん、迷宮主さんとも契約しちゃったんだよね……)
今のゆーくんは、アネモイさんからも魔力を借りられるようになっている。
とにかく天使化したエリーさんが強過ぎた。
ありとあらゆる方法を試しての辛勝だった。
私は真っ白な翼が背にある見慣れない天使さんの方を見た。
「スミレ、帰るのね」
エリーさんは普段と表情は変わらない。
アイリちゃんやサラちゃんと違って、いつもの余裕のある態度。
やっぱり年季が違うなー。
年齢について言うと、怒られるんだけど。
「エリーさん、今まで……お世話になりました」
私はサラちゃんから離れ、エリーさんのそばに言って頭を下げた。
最初に会った時は怖かったけど、この三年でエリーさんには魔法やそれ以外のことをいっぱい教わった。
頼りになるお姉さんだった。
ぽん、と頭に手を置かれる。
「元気でね」
「……はい」
エリーさんから言葉は短い。
けど優しかった。
「ゆーくん」
私は改めて好きな人に向き直った。
ゆーくんの顔を見ると、こっちの世界にやってきてからの記憶が脳内に溢れた。
リュケイオン魔法学園での学生生活。
ゆーくんに教わりながら学んでいったこっちの世界の文化や習慣。
天頂の塔での挑戦の日々。
異世界での初めての学園祭とか、ヒュドラが現れて大変だったこととか。
普通科から英雄科にクラス替えがあったこと。
聖国に行って大魔獣と戦うはずが、全然役に立てなかったこと。
蒼海連邦の黒人魚退治だと、私の魔力を使った人間人形の作戦で少しだけ役に立てたっけ。
ようやく異世界生活に慣れてきたところ起きた……『赤い竜』の厄災。
過ごしやすかったリュケイオン魔法学園は無くなってしまった。
保護者だったゆーくんも天頂の塔に封印されていなくなってしまった。
けど、ゆーくんと関係あった人たちのお世話を受けながら、保護者のゆーくんがいなくなってもなんとか異世界で生活が続けられた。
ゆーくんが戻るまで待ち続けた三年間。
そして、ゆーくんとの再会。
その間に南の大陸では戦争が始まって、友だちのサラちゃんやアイリちゃんはとっても偉くなって。
でも、昔みたいにゆーくんを中心に天頂の塔に集まって。
ついに500年間、更新されていなかった天頂の塔の最高記録に並んだ。
(本当に……いろんなことがあったなぁ)
「ゆーくん、500階層に連れてきてくれてありがとう」
「ああ、約束が守れてよかった」
私の言葉に寂しそうに微笑む
「この門から……私はもとの世界に戻れるんだね」
「ああ、間違いなく」
ゆーくんは、サラちゃんやアイリちゃんと違って私を引き止めない。
多分、ゆーくんに帰るなって言われたら断れないもんね。
(流石に、私が居なくてっても何とも思ってないとか……ないよね?)
ちらりとゆーくんの顔を見ると、いつもの冷静な表情に隠れて……辛そうな視線が混じっていた。
私はそれを見てちょっとだけ満足して……ゆーくんに一歩づつ近づいた。
「スミレ?」
ゆーくんの戸惑った声をスルーして、私はゆーくんを抱きしめる。
「ゆーくん。約束通り500階層に連れてきてくれてありがとう。けど、私はもとの世界に帰るんじゃなくて、みんなと一緒に『赤い竜』と戦うよ」
私は自分の決断を伝えた。
「それは……でも。……いいのか?」
「うん。だって私はお世話になった人たちに恩を返せてないから。学園長だって助けなきゃ」
これはゆーくんがいつも言ってること。
恩には恩を。
私は数え切れないくらい、こっちの世界の人たちにお世話になった。
なのに何も返さずに異世界に帰るなんてできない。
「そっか」
ゆーくんの声がうれしそうだった。
「スミレちゃん!」
「スミレ!!」
サラちゃんとアイリちゃんが抱きついてきた。
「スミレちゃん、じゃあ引き続きよろしくな」
すぐ隣にクロードくんが立っていた。
「うん、みんな。これからもよろしくね!」
私はみんなを見回して言った。
「…………」
エリーさんと目が合った。
いつもとまったく変わらない余裕な表情をしていた。
私の言葉にまったく驚いていない。
今の天使化したエリーさんは、全盛期の力を取り戻していて未来のことを何でも見通すらしい。
ということは……。
「エリーさんって、もしかして私がもとの世界に戻らないってわかってた?」
「さあね~♪」
からかうような返事。
絶対に知ってたやつだ。
通りで他の人たちと違って、全然冷静だと思った。
「よし! じゃあ、ここにいる全員で赤い竜に挑むってことよね! これから作戦会議よ!」
迷宮主さんの大きな声が響いた。
私たちはその言葉に頷いた。
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■感想返し:
>・漫画版のゼロ剣3巻買いました!カラーのスミレとレオナが素晴らしかったです!
→漫画版のレオナは出番が多くて、可愛くてよいですよね。
■作者コメント
今回の話は作品で一番書きたかったエピソードの一つでした。
スミレは『もとの世界に戻りたい系の異世界転生人』として描きました。
それがこっちで生活をするうちに、異世界人として生きていくよう心変わりをするのは一章時点で決めていました。
無事にその話がかけてよかった……。
ちなみに、当時のプロットではラスボスは魔王エリーニュスだったりするんですが。
初期ストーリーと違い過ぎる!!
■その他
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