181話 ユージンは、幼馴染と再会する
「ユウ!!!」
アイリの腕が力いっぱい俺を抱きしめてくる。
「アイリ……」
俺がアイリの背中にそっと手を回すと、アイリは顔を俺の胸に埋めて肩を震わせた。
しばらく暗い部屋の中には、微かな幼馴染のすすり泣く声だけが響く。
数分そうしていただろうか。
「ユウ……」
アイリの手が俺の頬に添えられた。
そして、ゆっくりと幼馴染の顔が近づいてきて……
「そろそろ良いのではないか? 宰相殿」
「そうですね。皇帝陛下も落ち着いたようですし」
会話をしながら近づいてくる人たちがいた。
宰相閣下と剣の勇者様だろう。
「……チッ」
小さな舌打ちが聞こえた。
やめなさい。
俺はアイリと抱き合っていた身体を離した。
「元気になったようですね、陛下」
エカテリーナ宰相閣下がにこやかに話しかけてくる。
「別に……もともと元気なんだけど」
アイリが赤い目を逸らし、ちょっと気まずそうに髪を手でとかしながら唇を尖らせた。
「あっはっはっはっ! 謁見を全て中止して、部下とも顔を一切合わせてくれなくなった引きこもり皇帝の言葉とは思えませんな!」
「まぁまぁ、ユージンくんの前で弱っているところを見せたくないんですよ、エドワードさん。格好をつけたいお年頃ですからね」
「あなたたちねぇ!!」
全く遠慮のない二人にアイリが大声で怒鳴った。
(剣の勇者様は……幼い頃からアイリの剣の指導者の一人だったはずだからわかるけど、エカテリーナ様もアイリとかなり親しいんだな)
この二人が皇帝になったアイリを支えてくれたのだと知った。
「さて、ユージンくん。それでこのあとはどうするつもりですか?」
エカテリーナ宰相閣下が世間話をするように話しかけてくる。
「はい、俺からの提案は2つです。一つは戦争を一時停戦していただくこと」
「それを決定できるのは貴方の目の前の御方だけですね」
俺は正面にいるアイリの目を見る。
「アイリ」
「無理よ……今の軍部に休戦を納得させるには私の命令だけじゃ……」
「長期の休戦じゃない。あくまで短期間の停戦だ。一ヶ月、いや3週間だけでもいい」
「そんな短い期間で何の意味があるの……?」
怪訝な顔をする幼馴染に。
「ある。頼む、アイリ」
アイリの目を見て頭を下げる。
「短期間の停戦であれば、なんとかなると思いますよ。下級兵の中には嫌戦の空気感があるようなので、兵に休養を取らせるという名目にしましょうか」
宰相閣下が助け舟を出してくれた。
「……わかったわ。皇帝の名前で停戦を宣言しなさい、エカテリーナ」
「承知しました、陛下」
アイリの言葉に宰相閣下が頷いた。
「ふむ。で、もう一つは?」
剣の勇者様に問われた。
「アイリをお借りしたいです。一緒に迷宮都市に来て欲しい」
「はぁっ!?」
アイリが目を大きく見開いた。
「それは……無理ではないか?」
「うーん……」
剣の勇者様と宰相閣下が難しい表情になった。
「ユウ……何を考えてるの?」
「今の状況を良い方向に変えたい。俺だけじゃなくて、スミレ、サラ、クロードも来てくれてる。アイリの力を貸して欲しい」
「スミレだけじゃなくて、サラとクロードまで来てるの!? どうやったのよ!」
「八人の聖女と、蒼海連邦の最高戦力ですか」
「随分と豪華なメンバーだな!」
三人に驚かれた。
「絶対にアイリにとっても良い結果になる。頼む……!」
「なにをするつもりなの?」
当然、聞かれるよな……。
「それは……ここでは言えない」
「流石に目的を言わずに皇帝を連れていくというのは通らぬであろう……」
剣の勇者様の言い分がもっともだ。
聖国の時のような運命の女神様からの指示もない。
自分が説得をするしかない。
幾つか考えておいた案を口にしようとした時。
「仕方ないですね……、アイリ皇帝にはしばらく体調不良による療養のためという名目で宰相が皇帝代行をしましょう。三週間くらいであれば、軍部も抑えられるでしょう。ユージンくん、それでよろしいですか?」
エカテリーナ宰相閣下が驚きの提案をしてくれた。
「いいんですか!?」
「エカテリーナ! いいの!?」
俺とアイリが同時に声を上げた。
「いくらなんでも不用心ではないか、宰相殿。前皇帝が暗殺をされてたというのに」
「他の者なら別ですが、ユージンくんに預けるなら心配はいらないでしょう。ジュウベエさんの息子ですからね」
「は、はぁ……」
親父補正だった!
そういえば、俺の実家の管理やハナさんの雇用も宰相閣下が面倒をみてくれてるんだった。
お礼を言わないと。
「エカテリーナ様、俺の家の管理もしてくださっているようでありがとうございます」
「ええ、ジュウベエさんのご実家ですからね。せめてそのままで残しておかないと……」
こっちも親父絡みだった。
宰相閣下からの親父への信頼度がやけに高い?
二人はそんなに親しかかったのだろうか?
俺が疑問に思っていると。
(……ユウ、エカテリーナとジュウベエおじさんって……デキてたの、知ってた?)
アイリに耳打ちされた。
(そうなのか!?)
初耳だ。
あの堅物だった親父が……?
ちらっと宰相閣下の方を見る。
落ち着いた雰囲気の穏やかな美女。
年齢はよくわからないが、親父よりはかなり年下のはずだ。
だが、親父の隣に立っている姿には不思議と違和感がなかった。
「ユージンくんには、ジュウベエさんから言ってもらうつもりだったのですが……」
宰相閣下が寂しそうに微笑んだ。
アイリの言葉が、聞こえていたらしい。
「そう……でしたか」
ずっと男で一人で俺を育ててくれた親父。
再婚をしないのかと聞いたこともあったのだけど、相手はいたんだな。
俺が天頂の塔に封印されていて、そんな話を聞くこともできなかった。
できれば親父の口から聞きたかったな……。
(あれ? でも、天界の母さんはそれを知ってたのかな……?)
俺の近況を詳細に把握していたし、おそらく親父のことはそれ以上に見ていたはずだ。
……うーん、気になるけど聞くとやぶ蛇になりそうな。
知らないフリをしておこうか。
密かにそんな決意をしていると。
「ねぇ、ユウ。で、いつ出かけるの?」
幼馴染が俺の服を引っ張る。
最初は同行を拒否していたはずが、いつの間にか乗り気になっている。
自分で言っておいてなんだが、いいのだろうか、こんな気軽に皇帝を連れ出して。
「まぁ、皇帝陛下本人が良いなら止めはしないが……護衛の身としてはいよいよ暇になるな」
剣の勇者様はさっきは使わなかった聖剣を抜き、手入れをしている。
(聖剣コールブランド……さっきの勝負で使われているとどうなっているかわからなかったな)
正直、俺が勝ったという気はしない。
初見殺しの技で薄氷の勝利だった。
「迷宮都市への直通の飛空船は今はないはずですから、臨時の便を出さないと……」
宰相閣下の言葉に。
「いえ、それには及びません。どこかに転送魔法陣を置かせてもらえませんか?」
俺は尋ねた。
「帝都から迷宮都市までの距離を転送できる……のか? いや、最終迷宮の宝物なら可能なのか?」
剣の勇者様が興味深げに呟く。
「天頂の塔の310階層で超長距離転送魔法陣が展開できる魔道具を獲得しました」
「ユウ!? 310階層まで行ったの!! いつの間に!? 誰と!? まさか一人で!?」
アイリが驚きの声を上げる。
「その話もあとでするよ」
天頂の塔での話を始めると長くなる。
「魔法陣を置くなら皇帝陛下の私室がよいですね。宮殿の中央にあり星脈の上にあります。ちなみに『送り出す』だけの転送魔法陣ですよね? こちらが『受け入れる』転送魔法陣は許可できませんよ?」
「復路はないです。戻りは別で作ります」
「わかりました。それならよいでしょう」
宰相閣下の許可も取れた。
こうして俺は最難関である皇帝陛下を連れて行くことに成功した。
◇迷宮都市◇
「久しぶりだわ……迷宮都市にくるのは」
隣のアイリが懐かしそうに周囲を眺めた。
「結局、アイリはどれくらいいたんだっけ?」
「本当はユウが戻るまでずっと待つつもりだった……けど、父上が亡くなったから。結局、一年半くらいだったかしら……」
「それでも随分、長くいたんだな」
「クラスメイトの皆が一緒にいてくれたから……。ところでスミレたちはどこにいるの?」
「天頂の塔の中で待ってるはずだ。俺たちも向かおう」
あまりウロウロしていては皇帝陛下の知り合いに見つかる恐れがある。
面倒事はなるべく避けたい。
俺とアイリは天頂の塔の入口へとやってきた。
封印が解けたばかりというのもあり、門番もいなかった。
「勝手に入っていいのかしら……?」
「ああ、それなら大丈夫。第一騎士さんの許可を取ってある」
「迷宮都市の王の剣クレア・ランスロット第一騎士、今は迷宮都市の最高責任者ね。……随分と親しげじゃない?」
アイリが俺の顔をじっと見つめてくる。
「そんなことないって。先を急ごう」
「誤魔化してない?」
「ない」
俺は幼馴染の勘ぐりを一蹴して、天頂の塔の1階層から迷宮昇降機で100階層を目指した。
さほど長くない上昇時間を経て、俺とアイリは天頂の塔の100階層に到達した。
100階層には緑の草原が広がっていた。
いわゆる神の試練が開始する前の状態だ。
迷宮昇降機を降りてすぐのところに幾つかの人影があった。
スミレとサラとクロード、それに天使さんだ。
ミゲルは……来てないか。
天頂の塔に入ったことがないもんな。
おそらく迷宮都市のどこかにいるはずだ。
あとでお礼を言いに行こう。
俺が「おーい!」と言って、そちらへ駆け寄ろうとして……アイリの足が止まったのに気付いた。
「どうした?」と聞こうとして気づく。
サラがこちらへ足早やにやってきた。
「アイリ!!!」
サラが腰の聖剣に手をかけている。
「サラちゃん! ダメだよ!」
スミレが慌てて止めようとして、クロードもそれに続いている。
「サラ……」
アイリはそれに対して一瞬、反応しかけて……何もしなかった。
サラは直ぐ目の前にやってきて、……聖剣を抜くことはなかった。
「…………」
「…………」
サラとアイリが間近で見つめ合う。
戦争中である帝国と聖国の首脳同士。
両国の死者数は50万人を超えているということがだ、おそらく圧倒的に多いのは聖国側だ。
それは聖都の共同墓地の数を目の当たりにした今ならわかる。
アイリは何も言わない。
サラはアイリを睨んだまま。
スミレとクロード、リータさんもやってきて心配そうに二人を見守る。
俺は念の為アイリの側に控えていたが……サラに殺気がないのは最初からわかっていた。
アイリを睨んでいたサラの目から、涙が溢れる。
「……サラ?」
アイリが怪訝そうに呟いた。
「貴女……なんて顔してるの」
「……え?」
アイリが戸惑っている。
本人は気づいてないようだが……アイリの顔色はかなり悪い。
「アイリはここ一ヶ月くらい満足に寝れてないんだよ。謁見もすべて中止して、部屋で引きこもってたからな」
「ユウ!!!!」
アイリに怒鳴られたが、俺は無視した。
「……聖国を滅ぼそうとするアイリ悪逆皇帝じゃなかったの?」
「そんな図太い神経じゃないよ」
アイリが何か言いたげだった。
「……みたいね、不器用なのは生徒会の時から変わってないわね」
サラは表情を緩め、そっとアイリを抱きしめた。
「サラちゃん……」
スミレがほっとした声をだす。
それ以外の面子、俺も含め似たような表情だった。
「……サラ、貴女も変わってないわ」
そう言ってアイリもサラを抱きしめ返した。
こうしてかつての仲間が天頂の塔に集結した。
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次回の更新は、8月24日(日)です。
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■作者コメント
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