180話 ユージンは、勇者と戦う
「まずは、用件を聞こうか? 大魔獣討伐の英雄殿」
と言って片手剣を構える『剣の勇者』さま。
代名詞である聖剣は、背中に差したままだ。
「アイリ……皇帝陛下に会いに来ました」
「なるほど。ならまずは謁見申請を出すことだ。規則は知っているだろう?」
もちろん謁見までの規則は知っている。
「それで、会えるのはいつになりますか?」
「通常であれば1ヶ月から3ヶ月後だな。ただ、最近は皇帝陛下が謁見を中止している。再開は未定だ」
からかうように言うエドワード様。
「……そうですか」
要するに正規のフローでは会えないということだ。
「さぁ、どうする?」
と言って闘気を隠そうともしない剣の勇者様。
「俺はアイリに会いに行きます。通してください」
俺は白剣を抜き構えた。
「皇帝陛下からは誰も通すなという命令だ」
剣の勇者様は片手剣を構えたまま、全身の闘気をみなぎらせた。
(聖剣は……使わないのか?)
聖剣を相手にするなら黒刀――『地獄の番犬の牙の剣』でなければおそらく受けられない。
が、見たところ剣の勇者様が持っている片手剣は業物ではあるが、普通の魔法剣だ。
(手を抜いてくれている……? いや、聖剣を宮殿内で使えば余波で建物まで壊してしまうからか……?)
一振りで百体の魔物を屠ると言われる聖剣コールブランドの光の斬撃。
広いとはいえ、謁見の間では使えないはず、と結論付けた。
「では、ゆくぞ!」
はやい!!
巨体とは思えない速度。
一歩で弐天円鳴流の『空歩』と遜色ない速さで間合いに踏み込まれ、落雷のような振り下ろしが眼前にせまった。
(『林の型』猫柳!)
身体を捻り剣を交わしながら反撃する。
「ぬん!」
剣の勇者様はそれを避けようともせず、相打ち狙いでカウンターを仕掛けてきた。
(マズイ!)
相打ちでも相手は腕一本、俺は一撃で戦闘不能になる。
――結界魔法・光の盾!
ガシャン!ガシャン!ガシャン!
三重に張った結界魔法が、剣の勇者様の横薙ぎで砕け散る。
そのままこちらへ迫る斬撃をなんとか剣で受けることができたが、勢いは衰えず身体ごとふっとばされた。
3メートルほど吹き飛びながら、空中で受け身を取る。
「はああっ!」
もちろん、その隙を見逃されるはずもなく光の剣先が高速で迫る。
俺の身体はまだ空中にあり、回避はできそうもない――と、相手も思ったことだろう。
(光の翼)
俺は天使魔法を発動させる。
タン! と空中を蹴って、剣の勇者様の突きを逃れた。
そのまま空中を走り、俺は剣の勇者様と距離を取った。
これでなんとか仕切り直せた。
剣の勇者様は攻撃を避けられたというのに、面白そうに笑っている。
「それは飛行魔法ではないな? 翼を持った魔族の特殊能力に似ているが、それよりも小回りが利きそうだ。どんな魔法かな」
「ただの飛行魔法ですよ」
と俺はうそぶいた。
ただ、心の中では冷や汗をかいていた。
(聖剣を使うとか使わないとかじゃないな……この人は)
速さならロベール部長のほうが上。
剣技の多彩さなら、俺の親父のほうが上かもしれない。
ただ、剣の勇者様にはその二人よりも『勢い』と『力強さ』があった。
(これが勇者の剣技か……)
小手技は通じない。
「ふぅー……」
大きく息を吸う。
――弐天円鳴流『奥義』
俺は帝国軍の剣技で基本となっている中段の構えをとる。
一番身体に馴染んだ構えだ。
「いい剣気だ。ジュウベエ殿を思い出す」
剣の勇者様は攻撃的な上段の構えを取った。
(剣の勇者様は俺の親父とよく剣の稽古をしていた。だから弐天円鳴流の対策には詳しい)
俺の親父は剣技を隠さない。
奥義なんかもポンポン訓練で使っていた。
弐天円鳴流の奥義は、『雷の型』神狼か『雷の型』麒麟。
どちらも剣の勇者様にとって初見ではないはず。
だからおれが次に繰り出すべき技は……。
「ゆきます、剣の勇者さま」
「うむ!」
ぐっ……と、腰を落とし……地面を蹴った。
(『雷の型』……冥府の双犬)
「なっ!?」
剣の勇者さまが目を見開いた。
上下、左右から四つの斬撃が同時に襲いかかって見えたはずだ。
まるで双頭の神獣の2つのアギトが迫るように。
剣に『運命魔法』の時間遅延を纏わせることで、1本の剣で複数の斬撃を同時に発生させる俺の『オリジナル』奥義。
天頂の塔で編み出した剣技だ。
「くっ!」
間違いなく初見のはずだが、剣の勇者さまは三つの斬撃を防ぎ、それでも最後の一つは間に合わず斬られた。
「ぐっ……見事」
剣の勇者様が膝をついた。
肩から胸にかけてざっくりと剣傷があり、血が溢れている。
……はぁ……はぁ……はぁ
荒い息は俺の口から漏れでていた。
時間遅延の魔法は魔力消費が多い。
かつ、4回の攻撃を1秒も満たない間隔で放たないといけない『雷の型』地獄の双犬は何度も使える剣技ではない。
(危なかった)
まさか四つの斬撃のうち三つまで防がれるとは思わなかった。
初見殺しに近い技なのに。
二度目はおそらく通じないと思った。
カツン……カツン……
と靴音が響いた。
慌てて振り返るとそこは。
「……エカテリーナ宰相閣下」
「お久しぶりですね、ユージンくん」
帝国における二番目の権力者の姿があった。
「エドワードさん、傷を癒やしてください」
そう言って宰相閣下が何かを剣の勇者様に放り投げる。
「ああ、助かるよ。宰相様」
剣の勇者様が受け取ったのは霊薬だった。
それを振りかけると、さきほどの剣傷が一瞬で治った。
俺は再戦を挑まれるのを警戒したが。
「いやー、負けた負けた! 」
剣の勇者様は笑顔で立ち上がり、片手剣を鞘にしまった。
「…………」
俺はどうすればいいものか迷っていると。
「ユージンくん。貴方がくることは知っていました。運命の巫女様から聞いていましたから」
「…………え?」
ちょっと、待ってオリアンヌ様?
俺は聞いてないんですけど。
「聖国に単騎で侵入して、今代の神聖騎士団長ロベール殿を打ち負かし、剣の聖女様にまで刃を向けたそうですね」
「いや……それは」
確かにそうなのだけど、言葉にすると俺がテロリストのようにしか思えないんだけど。
「なんと! 顔に似合わずやることが過激だな! 流石はジュウベイ殿の息子だ!」
それは褒められているのだろうか。
「運命の巫女様からはすでに何度も休戦の申し出を受けていますが……残念ながらそれを決定できるのは皇帝陛下のみ。帝国軍の上層部は、前皇帝の弔い合戦だと強硬な姿勢を崩さず、前皇帝を慕う帝国民も聖国への報復を望んでいます。せめて前皇帝陛下の暗殺を指示した故・マトラーナ様が健在なら彼女を引き渡すなど交渉の余地があったのでしょうけど……」
剣の勇者様は相変わらず明るいが、宰相閣下は悲しげに告げた。
「アイ……皇帝陛下はここ一ヶ月ほど人前に姿を見せていないとききました」
俺が尋ねると。
「ええ……その通りです」
エカテリーナ宰相閣下の表情が暗い。
「体調が悪いのですか?」
「どちらかというと精神的なものですね……。ずっと不眠症に悩まされていて、睡眠薬なしでは眠れなくなっているそうです」
「そんなことに……?」
皇帝の立場と戦争の勃発。
その心労は俺には想像がつかない。
(そんな時に俺は……アイリのそばにいてやれなかった)
無意識に剣を握る手に力が入った。
「ユージンくん、皇帝陛下と会ってください」
エカテリーナ宰相閣下が謁見の間の奥へと視線を向けた。
「止めないのですか?」
あまりにあっさりと言われて、逆に戸惑った。
「エドワードさんですら負けしてしまう人を止めることはできませんよ。謁見の間から人払いしたものもそのためです」
「そう……でしたか」
この場を整えたてくれたのが、宰相閣下だった。
俺は謁見の間の奥、少し長い廊下を通って大きな扉の前に着いた。
そこは皇帝陛下の私室のはずだ。
扉の前まではきたことがあるが、中に入るのは初めてだ。
俺は扉をノックした。
返事はない。
宰相閣下の話では、この中にアイリがいるはず。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開いた。
部屋の中は暗く、僅かな明りが灯っているだけだった。
一瞬、誰もいないようにも見えたがベッドに人影があった。
(寝ているのか?)
と思ったが。
「…………出ていって」
起きていた。
口調ははっきりとしている。
しかし、どうしようないくらい……声に覇気がなかった。
俺がなんと声をかければいいか迷っていると。
「出て行けと言ってるでしょう!!!」
今度は怒気と共に立ち上がり、幼馴染がこちらを見た。
「……アイリ」
「…………え?」
アイリが俺を見て幽霊にあったような表情をしている。
そして、俺もきっと同じような表情だったと思う。
(やつれたな……アイリ)
暗がりでもはっきりと分かる美しい金髪は手入れが行き届いている。
が、顔や腕は俺の記憶にあるよりもやせ細っているように感じた。
いつも俺を見つめてくる大きな瞳には光がなく、目の下のクマが寝れていないのだということを物語っていた
「……ゆ、ユウ……なの?」
アイリはふらふらと立ち上がりこちらへ近づいてくる。
「あっ!」
転びそうになるアイリを、俺は慌てて支えた。
「ユウ!」
アイリが俺に抱きつく。
抱きしめ返した時、前よりもか細く感じた。
「会いにきたよ」
俺が言うと。
「遅いのよ!!! バカ!!!!」
耳元で大声で叫ぶアイリの声には、少しだけ元気が戻っていた。
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■作者コメント
ユージンが天頂の塔に封印されていたのは三年でしたね。
訂正しました。
■その他
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