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179話 ユージンは、帝都へと帰る

「ユージン、どこで降ろしたらいい?」

「右に見える小さな森の上まで行ってくれたら、自分で飛び降りる。あとはスミレたちと合流してくれ」


 クロードの飛竜は追手を全て撒いてくれた。

 とはいえ、のんびり地面に降ろしてもらっていたらすぐに巡回の部隊に見つかる。


「わかった……迎えは本当にいらないのか?」

「時間が読めないからな。そこまでは迷惑かけられない」


「迷惑なんてことはないんだが……」

「心配ないよ。帝都は俺の庭だって言っただろ」

 俺が言うと、クロードが薄く笑った。


「じゃあ問題ないな。俺も迷宮都市で待ってるよ。必ず戻ってこいよ?」

「ああ、また後で」

 俺とクロードはお互いの拳を軽くぶつけ、小さく頷いた。


 クロードの操る飛竜が、小さな森の上空に到達する。


「行ってくる」

「ああ、気をつけろよ」

 俺は飛竜から飛び降りた。


 あっという間に、飛竜とクロードの姿が小さくなる。


 俺は落下しながら、魔法を詠唱した。

 

(天使魔法・光の翼)

 

 背に小さな光の片翼が現れる。


 物理的な翼ではなく、魔法の翼。


 女神様の使いとして、この世で最も速く飛べる魔法がかかっているのが『天使の翼』だ。

 

 もっとも俺のは片方だけであるから、そこまでの力はないが。


 落下速度を殺し静かに着地する。


 そのまま森の中に身を潜めた。


 しばらくは帝国軍の伏兵を心配したが、近くで魔力感知は反応しない。


 時刻は夕方。


 まだ、ぎりぎり日は沈んでいない。


(夜まで待つか)


 野営をするほどの余裕はなかったので、俺は大きい木の陰に身を寄せ身体を休めながら、太陽が落ちるのを待った。




 ◇




 完全に日が落ちた。


 あたりは真っ暗だ。


 俺は森をでて、帝都の巡回兵を避けながら、帝都の周囲をぐるりと囲む高い壁際まで到達する。


 帝都には北門、南門、西門、東門がある。


 帝国民の俺は身分さえ証明できれば、入ること自体は難しくないはずだ。


 が、三年間の消息不明とリュケイオン魔法学園の生徒の立場を失っている俺が、どこまで信用されるか正直あやしい。


 間違いなく数日はかかるだろう。

 

 元『帝の剣』の息子という強いカードはあるが、それを証明するには親父もしくはそれに近い人にでてきてもらう必要がある。


 多忙な人ばかりなので、俺はそれをあてにするより『忍び込む』ことを選択した。


 どのみち、このあと幼馴染(アイリ)に会いに行くには存在は知られないほうがいい。


 帝都の周囲には高い壁があるだけでなく、外敵の侵入を察知する結界が張ってある。


 一応、俺の結界魔法なら侵入を気づかせないことは可能なはずだが……、俺の知っている時よりも結界が強化されている可能性は高い。


 そのため、もっと確実なやり方を選んだ。


「ここ……だな」


 北門と西門のちょうど間のあるボロボロになった外壁。


 ここは以前嵐があった時に適当な修繕がされて、結界が脆くなっている。


 俺とアイリがそれを見つけ、たまに帝都を抜け出して剣の修行をしている時に使っていた抜け道だ。


 もしかするともう直されているかとも思ったが、俺が帝国軍士官学校に通っていた頃と変わりなかった。


(アイリは修理を命じなかったのか……)


 もしかすると俺が使うようにそのままにしてくれたのかもしれない、というのは自惚れすぎだろうか。


 念の為気配隠しの魔法を張って、壁を飛び越える。


 そこだけ結界が弱くなっている。


 その結界の綻びを使って俺は苦も無く帝都に入ることができた。


 帝都に入ったあとは、特に身を隠すことなく堂々と歩いた。


 ただ、白剣と黒刀だけは目立つので旅人用の大きめのリュックに入れて隠してある。


 夜中にもかかわらず、繁華街はどこも店を開いており人々の往来は活発だ。


 あまり深夜よりも人通りがある時間帯のほうが移動しやすいと考えたが、正解だった。


 俺はなるべく人が多い道を選びつつ、皇帝の住まい――エインヘリヤル宮殿を目指した。


 帝都で一番大きな繁華街であるアレウス通り――初代皇帝アレウスの名から取った繁華街をまっすぐ抜けるとエインヘリヤル宮殿まで繋がっている。


 そのまま宮殿を目指してもよかったのだが、どうしても見ておきたい場所があって俺は寄り道をした。


 エインヘリヤル宮殿の近くは、軍の建物や貴族の巨大な屋敷が多い中、一つだけ1階建てのやけに広い庭がある質素な屋敷がある。


 俺の実家だ。


 主人(おやじ)が居ないため取り壊されていることすら懸念していたが、記憶にあるままに俺の家は残っていた。


 いつも開っぱなしだった門は閉まっている。


 部屋の明かりがついてないし、今住んでいる人はいないのだろう。


 家があったことには安堵したが、同時に悲しい気分にもなった。


 もうこの家に俺を出迎えてくれる人はいないのだ。


(宮殿に向かうか……)


 これ以上ここに居ても仕方がない。


 そう思って振り返ってた時、すぐそばに人が立っていた。


「……っ!?」

 この距離まで気づかなかった!?


 俺は衝撃を受けつつも慌てて警戒ともに素手で構えたがが、その人物はこちらをみて俺の数倍の衝撃を受けているようだった。


「ユージンぼっちゃん……?」


「ハナさん……?」


 俺の家にいつも住み込みで家事をしてくれいたハナさんだった。


「ユージンぼっちゃん!! 無事だったのですね!!」 

 ハナさんに凄い速度で抱きつかれた。

 

(は、はやい!)


 かなりの高齢のはずだが、予測を超えた速度で距離を詰められた。

 ただ、俺に抱きついたまま身体を震わせる細い肩を、俺からも抱きしめた。


「戻るのが遅くなりました、ハナさん」

「いいんです……いいんです、元気でさえあれば。…………貴方のお父上は……」


「……はい、知っています。親父は……」

「…………」

 二人で暗い表情になった。


 それからハナさんに簡単に近況を聞いた。


 ハナさんは帝都の別の場所で、遠縁の親戚と一緒に暮らしているらしい。


 俺の家は、月に一度掃除のためにやってきているそうだ。


「でも、それじゃタダ働きになってしまうんじゃ……」

 今までの雇い主であった親父はいないのだから。


「それがですね……宰相様の使いがきてこの家の管理をしないかと打診がありまして。わたしといてもユージンぼっちゃんが帰ってくるまで家を放置したくなかったのものですから、二つ返事でしたとも」


「エカテリーナ宰相閣下が……?」

 なぜそこまでしてくれるのか。


 まぁ、それはこのあと()()()直接聞いてみよう。


「じゃあ、今日は運が良かった。ハナさんとたまたま会えて」

 というと、ハナさんが可笑しそうに笑った。


「違いますよ、ユージンぼっちゃん。この家に近づく者がいたら私に知らせが行く魔法がかかっていますから。慌ててやってきたんですよ」


「…………そ、そうなんだ」

 まったく気づかなかった。

 俺の後ろに立っている時も気配を感じさせなかったし。


 未だにハナさんの実力の底が見えない。


「それで今日は家に戻られますか? 食べ物などは何もないですが、寝る場所くらいなら用意が……」

 ハナさんの提案を俺は手で制した。


「いえ……俺はこれから行くところがあるので」

「アイリ様のところですね。どうかお気をつけて、ユージンぼっちゃん」


「…………はい」

 行き先は伏せたのだが、隠せるものでもなかった。 

 昔からだ。


 俺はハナさんにお礼を言って、家に背を向けた。


 ここに来てよかった。


 少しだけ、沈んでいた心が軽くなった。




 ◇エインヘリヤル宮殿前◇




 帝都の中央にある巨大な宮殿が、皇帝陛下の住居でありアイリがいる場所だ。


 帝都の外壁などとは違い、宮殿をぐるりと強力な結界魔法が張り巡り、24時間兵士が巡回している。 


 周囲には堀があり、さらに高い外壁まである。


 門は一つだけ。


 それ以外にはない。


 抜け道がないことは、嫌と言うほど知っている。


 昔何度も、アイリと脱走をしては捕まって怒られたからな。


 こっそり侵入は不可能だ。


 確実に騒ぎになる。


 だから……()()()がいる。


 その相手には迷宮都市から、暗号文で手紙を送ってある。


 俺が聖国に寄っている間には、到着しているはずだ。


 それを受け取っていれば、おそらくそろそろ……。




「ユージンくん……?」




 期待の相手から声をかけられた。


「久しぶり、カミッラ」

 話しかけてきたのは、アイリの友人であり帝国軍士官学校では同期だったカミッラだ。


 軍部に所属している服装は一般帝国兵のものになっているが、実際は諜報部の一員のはずだ。


「ユージんくっ!」

「ちょっとまて」

 いきなり名前を呼びながら抱きついてきた、カミッラの口を慌てて塞ぐ。

 

「大声で名前を呼ぶな!」

「あ、あー、うん、ごめんごめん。……でも、よかった。生きてて……三年前のリュケイオン魔法学園崩壊事件で、最終迷宮に閉じ込められたって聞いてたから……」


 涙ぐむカミッラを見て、俺まで少し胸にこみ上げるものがあった。


 でも、俺たちってそんな親しかったっけ?


 感動の再会みたいになってるけど。


 俺は表情を真剣なものに戻す。


「俺が送った手紙の内容は伝わってるよな?」

「うん、任せて。準備はしておいたよ。ついてきて」


 俺はカミッラに連れられて、エインヘリヤル宮殿の()()()と向かった。


 門の前には数名の帝国兵と、門を守る黒鉄騎士団が並んでいる。


「変装はしなくて……いいのか?」

「大丈夫。この時間の警備にユージンくんの顔を知ってる人はいない。それも確認済みだから」


「わかった」

 俺は素直に頷いた。 


 本来、諜報部であるカミッラが俺のような部外者の手引を手伝うはずはない。


 だが、俺はカミッラに対して『言葉(のろい)の契約』をかけている。


 今まで出番がなかった契約だが、ここにきて役に立った。


 カミッラには、宮殿内部へ俺を侵入するのを手伝うように呪い魔法を使って()()()


 他に方法が思いつかなかった。


「いい? この人は宰相閣下からの命令で連れてきた人だから。ここに許可証があるでしょ?」


 カミッラが門番たちに説明している。


 どうやら俺は、エカテリーナ宰相の客人ということになったらしい。


(そんな大物の名前を使って大丈夫か? 皇帝に次ぐ二番目の権力者だぞ?)


 ただ、そのおかげか俺に対してはまったく名前すら聞かれず門を通ることができた。


 エインヘリヤル宮殿の広い庭園の中に入る。


 ここは木々で死角が多い。

 

 俺とカミッラは顔を近づけ、小声で会話した。


(ありがとう、助かったよ)

(どういたしまして。私が手伝えるのはここまで。宮殿内に入るとユージンくんの顔を知ってる人も大勢いるはずだから、気を付けて)

 

(そんなにいるか?)

 帝国軍士官学校の同期ならともかく、宮殿務めの知り合いというのはぱっと思い出せない。


(あのねぇ……、大魔獣ハーゲンティを倒した英雄を知らない人がいると思ってるの? 今の士官学校の教科書にユージンくん載ってるのよ? はっきり言って、大魔獣討伐に参加していた指揮官レベルの人たちは間違いなくユージンくんの顔を認識してるわ)


(わかった。気をつけるよ……)


 知り合いにさえ避ければ問題ないと思っていたが。

 こっちが知らない人でも、むこうが俺を知ってるとなるとやっかいだな。


 俺はカミッラに礼と、最後に一言だけ


(わるかったな。俺がかけた呪い魔法で、無理に手引をさせて。面倒をかけた)


 と謝罪を言うと。


(何言ってるの? ユージンくん、本気で言ってる?)

 ずいっと、真剣な顔でカミッラに詰め寄られた。


(カミッラ?)

(あのね、私はユージンくんが生きてて嬉しいし、アイリ様に会いに来てもらえて本当に感謝してるの。無理も面倒もかけてないの!)


 本気の目だった。


(そうか……わかった)

(お願い……ユージンくん。アイリ様を助けてあげて……。あの子の精神はもう……多分、()()()()()……) 


 俺は小さく頷いた。


 最後の言葉が不穏だ。


 サラやクロードから聞いた話では、若きアイリ皇帝はここ一ヶ月、人前に姿を現していないらしい。

 

 体調が芳しくないのでは、……という噂があった。


 本当はもう少し詳しい話を聞きたがったが、不法侵入している時点でのんびりはできない。 


 カミッラと別れて、俺は人通りの少ない裏口から建物の内部を目指した。


 結界魔法・身隠しを使って移動する。


 ここから先は誰にも姿を見られないよう、細心の注意を払った。


 念の為、隠してあった白剣と黒刀を腰に差しておく。


 もしも見つかったら、おそらく即排除対象になる。


 戦闘は避けられない。


 非戦闘員なら、結界魔法・身隠しによって気づかれる心配はない。


 たまにすれ違う黄金騎士は危険なため、決して近づかないよう注意した。


 建物内の構造はよく把握している。


 アイリと何度も駆け回った場所だ。


 死角や人通りの少ない場所、使われていない部屋など全て頭に入っている。


 目指すは最奥にある皇帝陛下の私室。


 ただし、そこへ通るにはだだっ広い謁見の間を通らないといけない。


 一番の鬼門だ。


 見つかる可能性が最も高い。


 謁見の間の手前までやってきて、俺は中をそっと覗いた。


 常に誰かがいる場所だったので、当然人影があると思っていたが……。


(妙だな……)


 がらんとしていて、人の気配がない。


 通過する千載一遇の好機だ。


 ただ、何かひっかけられているような嫌な予感もする。


(けど、他に道はない)


 アイリに会いに行くには、謁見の間を通るしかない。


 俺は意を決して、中に入り皇帝陛下の私室を目指した。


 その時。



 ――ザン!!!!



 突然、斬撃が襲ってきた。


(はやい!!)


 避けきれず、俺は結界魔法で防いだ。


 その隙を襲撃者がさらに襲ってくる。 


(くっ! 次から次に!)


 ロベール部長ほどではないが、剣筋が全て死角から襲ってくる嫌な剣だ。


 実戦慣れした相手だった。

 

 親父の剣とも少し似ている。


 俺はなんとか、二撃目、三撃目をさけ相手の顔を見た。


「貴方は……」


 大柄な剣士だった。


「久しぶりだな、大魔獣討伐の英雄ユージン・サンタフィールドくん。そっちは皇帝陛下のお部屋だ。この一ヶ月は誰も面談許可が降りないことで皆が困っている。というわけで、許可証を持っているというハッタリは通じないからな。あっはっはっ!」


 親しげに笑う人物の背中には大きな両手剣があり、その銘は『聖剣コールブランド』という。


「剣の勇者エドワード様……」


 帝国最強の剣士が眼の前に立っていた。


■大切なお願い

『面白かった!』『続きが読みたい!』と思った読者様。

 ページ下の「ポイントを入れて作者を応援~」から、評価『★★★★★』をお願いします!


次回の更新は、8月10日(日)です。


■感想返し:

>リリー…イラスト公開されたばかりなのに…

>戦争だから死者が出るのは当然なのだけど、ユージンのパパとかリリーとか良い人達が亡くなっていくのは堪えますね


→悲しい……。


■作者コメント


 今回から帝国編。

 テンポはよく進んでいるはず。

 まだ最終章の三分の一くらい。

 年内、完結できるかな……。


■その他

 感想は全て読んでおりますが、返信する時が無く申し訳ありません


 更新状況やら、たまにネタバレをエックスでつぶやいてます。

 ご興味があれば、フォローしてくださいませ。


 大崎のアカウント: https://x.com/Isle_Osaki

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― 新着の感想 ―
〉いきなり名前を呼びながら抱きついてきた、カミッラの口を慌てて塞ぐ。 どうやって塞いだ!? ベーゼか!?ベーゼなのか!? 嫁さん達、また浮気してるぞー!
・更新ありがとうございます。やはり剣の勇者はアイリのそばにいますよね……厄介だ ・ハナさんにカミッラちゃん久しぶり。ユージンから底が見えないと評価されるハナさん凄い。カミッラちゃんはやっぱりユージン…
これまでのエピソードでは、「レッドドラゴン事件」から3年が経過したと何度も述べられていました。しかし、ここではユージンが2年しか経っていないと言っています。作者さん、一体どちらなのでしょうか? ユー…
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