178話 ユージンは、女神と語る
運命の女神イリア様。
オリアンヌ様の口からでたのは、女神教会で信仰される女神様の御名前だった。
――女神降臨の奇跡
運命の巫女様が女神教会の中でもひときわ特別な存在である理由。
女神様をその身に降ろすことができるから、という話は聞いたことがあったが見るのは初めてだ。
そんなことが可能なのか? という疑いは実物を見て吹き飛んだ。
運命の巫女様の身体を神聖な光が包みこんでいる。
魔王や神獣たちですら霞む存在感。
逆らう気すら失せる絶対者の威圧感。
今、喋っているのは女神様で間違いない。
(そうだ……俺は……話しかけられてるんだ)
何か言わないと。
「お会いできたこと……光栄です」
なんとかそう言葉を紡ぐことができた。
――そんなに固くならなくてもよいですよ
女神様はさきほどより友好的に話しかけてくる。
が、周囲の神聖騎士たちは、頭すら上げない。
俺もまだ女神様の放つ威圧感から、次の言葉が続かなかった。
その代わりに答えたのが、オリアンヌ様のすぐそばにいた彼女だ。
「イリア様、どうか我らにお導きを」
この中ではオリアンヌ様の次に立場が上であろう、サラが皆を代表して話すようだ。
オリアンヌ様――に降臨した女神様がそちらへ視線を向ける。
七色に輝く瞳をうっかり見続けていると、そのまま意識が飛びそうな気がして慌てて目を逸らした。
――聖女サラ、貴女には苦労をかけていますね。
「もったいない……御言葉です」
サラの声が僅かに震えている。
――貴女に神託があります
「なんなりとお申し付けください!」
サラが即座に返事をする。
――ユージン・サンタフィールドに協力をするのです。それが聖国……ひいては南の大陸のためになるでしょう
「「「「「!!」」」」」」
サラだけでなく周囲の神聖騎士たちがざわめく。
ロベール部長ですら驚いているようだった。
何かを言いかける者もいたが、それが言葉として発せられることはなかった。
女神様の言葉に異を唱える者はいない。
つまり決定だ。
「ありがとうございます、イリア様」
先ほどよりは落ち着いてきた俺はお礼を述べた。
これでサラの協力は取り付けられる。
母さんがここまで手配してくれるとは。
あとでお礼を言わないと。
――礼にはおよびませんよ、ユージン・サンタフィールド。貴女の母には日頃から……あっ
「「「「「「「「???」」」」」」」」
運命の女神様の言葉にサラや神聖騎士たちが怪訝な顔をする。
(それ……言っちゃまずいやつでは? イリア様)
母さんからも絶対に秘密だと言われているし。
よく見るとオリアンヌ様、……に降臨したイリア様の頬に一筋の汗が流れている。
失言だったらしい。
――ふふふ、それではみなの幸せを私は常に願っています。
笑って誤魔化しつつ、オリアンヌ様の身体から発せられる光が収まっていく。
「……ふぅ、突然降臨されるので驚きました」
小さくため息を吐くのは、どうやらオリアンヌ様に戻られたようだ。
「オリアンヌ様……」
サラが小さく声をかける。
「聖女サラ。女神様からの御言葉です。ユージンくんと行動を共に」
「はい。お任せください」
聖女二人の言葉に、今度こそ異論を挟むものはいなかった。
こうして綱渡りではあったが、俺は聖国にやってきた目的を果たすことができた。
◇
「……サラ、どこに行くんだ?」
帝都への出発は明日ということになり、俺とスミレ、ミゲル、クロードは聖都の宿に一泊することになった。
滞在許可証はもちろん得ている。
そこで休んでいるとすぐ、サラが「話があるの、ついてきて」と言われ俺はサラに連れてこられた。
普段なら「一緒に行く!」と言ってくるスミレが何も言わなかった。
目的地は聖都の外れにあった。
俺とサラが歩いているのは――無数の墓石が並ぶ墓地だった。
なので、さきほどの質問の「どこ」が墓地のどこかであることはわかっている。
問題は『誰の』かだ。
「……もうすぐ着くわ」
サラの返事はそっけなかった。
嫌な予感がする。
聖国に知り合いは少ない。
にも関わらずサラが連れて来るということは…………。
なるべくその先を考えないようにした。
できれば嫌な予感は外れてほしい。
その願いは……虚しく砕け散った。
「ここよ」
サラが立ち止まった小さな共同墓地。
そこにはずらりと名前が書いてあった。
ただ、剣士柄俺は目が良い。
だから…………すぐに見つけてしまった。
『リリー・ホワイトウィンド』
という名前を。
「リリー……が?」
気がつくとふらふらと、俺はその墓石の前に駆け寄っていた。
最後に会ったのはいつだっただろうか。
赤い竜の騒ぎの時は、話す暇がなかった気がする。
けど、実技の時間だと毎回絡まれていたから、話すことは多かった。
クラスメイトだとスミレ、サラ、アイリ、クロードの次によく会話していたと思う。
「リリーは戦争が始まってすぐの帝国軍と神聖騎士団の大きな戦いの時に、命を落としました。それからジャクリーヌ団長も……そのあとの戦いで……」
「っ…………!」
俺は言葉を失った。
一緒に大魔獣『闇鳥』と戦った仲間が二人とも……?
眼の前が暗くなった気がする。
天頂の塔に封印されたから、二年。
スミレは笑顔で迎えてくれた。
ミゲルやクロードも元気な姿で再会できた。
ロベール部長の強さや、サラの聖剣の腕も健在だったから…………俺はなんとなく戦争を甘く考えていたのかもしれない。
俺の知り合いは死んでないんじゃないか……温いことを考えてしまっていた。
そんなことはなかった。
――次の訓練で剣術勝負するって話だったじゃない! いつまで待たせる気!?
高飛車に告げる小柄な神聖騎士見習いの姿が脳裏に浮かぶ。
英雄科の実技の訓練のたびに、絡まれていたのを思い出す。
ちょっと煩わしくもあり、それでもだんだん強くなる彼女と剣を交えるのは楽しかった。
(もう……あの声は聞けないのか……)
心だけでなく身体まで重くなるのを感じた。
「ジャクリーヌ団長は私に剣を教えてくれた人でした。本当だったら一緒に隣で戦いたかった…………でも、私が八人の聖女になってしまったから前線に立つのを許されなかった……。仲間たちが死んでしまう報告を聖都で聞くことしかできなかった……」
サラが声を震わせて告げた。
「サラ……」
「ユージン、貴方が私を帝都に連れて行かないって聞いて実はほっとしてるの。だって……私は帝国軍の兵士を見たら、間違いなく斬りかかってしまうもの……」
暗い声で告げるサラの声は、紛れもなく本気の殺意を含んだ声だった。
◇翌日◇
「大丈夫か? ユージン」
「……あぁ、問題ない」
俺はクロードの飛竜に乗って、帝都へと向かっている。
スミレとサラはミゲルと一緒に、迷宮都市へと向かっている。
あとで合流をする約束となっている。
クロードの飛竜は、空高くを風を切って進む。
幸い天候は曇り。
視界が悪い中、帝国軍とは見つかることなく帝国領へ入ることができた。
「顔色が悪いぞ。寝てないんじゃないのか?」
「まぁ、そうだな。多少は寝たよ」
否定はしなかった。
「リリーのこと聞いたんだな」
「クロードは知ってたのか」
どうして教えてくれなかったんだ? とは聞かなかった。
今の俺の状態がその答えだ。
一晩たっても、クラスメイトの死を受け入れられていない。
「お前は悪くないさ。知らなかったんだから」
励ますように言う親友の言葉に多少救われる。
「戦争は嫌だな……」
と言った。
それしか言えなかった。
「止めに行くんだろ? アイリちゃんを説得して」
「ああ、そうだ」
天頂の塔を出て以来、全ての人が幼馴染を皇帝と呼んでいる。
リュケイオン魔法学園の時と同じ呼び方をしているのは、スミレとクロードだけだった。
それが懐かしく……悲しかった。
「おっと、マズイな」
突然、飛竜が旋回した。
身体に急激な圧がかかる。
「どうした?」
振り落とされないよう、飛竜の鞍に掴まる。
「帝国軍の魔導兵に見つかった! やっぱり完全に気づかれずには無理だな!」
というや一気に加速する。
俺は魔力検知で後ろの気配を探った。
距離が徐々に離されていく。
「クロード、大丈夫だ。こっちのほうが速い」
「残念だがな! 別働隊もこっちに気づいている」
確かに他にもこちらを補足しているような動きの魔導兵がいる。
「泣いてる場合じゃないぞ! 舌を噛むなよ!」
クロードの飛竜の手綱さばきが荒っぽくなる。
「泣いてない! 帝都まで任せる」
「おう! 任せろ!」
クロードが頼もしく答えるのを聞き、俺はいったん気持ちを切り替え周囲の警戒に集中した。
それから、5回魔導兵に追われ。
2回、飛空船団からの砲撃に合った。
予定では半日かかる距離を、クロードは半分の時間で到着してくれた。
(見えてきた……)
懐かしの帝都。
クロードから聞いた話では、帝都周辺が戦場になったことはない。
だから前と変わりないはずだ。
なのに、俺の目には帝都を包む空気が、暗く沈んでいるような気がした。
帝都グレンフレア。
皇帝陛下のお膝元へとやってきた。
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次回の更新は、8月3日(日)です。
■感想返し:
>ママかと思ったらママの上司か
→ママが手配してくれました。
>さて、こちらの運命の女神様はポンコツなのかそれとも?
→運命の女神様はポンコツではありません。
■作者コメント
リリー…………(´;ω;`)ウッ…
最後まで迷ったけど、プロット通りなので……。
■その他
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