174話 ユージンは、聖都ヘ向かう
(霧が深いな……)
以前は飛空船に乗って移動したため、そこまで気にならなかった。
三日月湖を渡り終えた俺は、山中を移動している。
南の大陸の最高峰、聖母峰は非常に傾斜が急な上にいつも霧が出ており視界が悪い。
しかも凶暴な魔物が数多く生息しており、通常徒歩での移動は禁止されている。
実際、先程から獣の鳴き声や、不気味な唸り声も耳にする。
俺は魔力感知を使いながら周囲にいる魔物たちを確認する。
検知できた魔物は、大小合わせてざっと300体ほど。
(天頂の塔の150階層あたりで魔物の巣に放り込まれたような感じかな……)
注意は必要だが、大きな脅威ではなさそうだ。
こちらに気づいているものもいるようだが、近づいてこない。
まぁ、襲ってくれば斬ればいいだけだ。
問題はない。
一番恐れいていた『帝国軍』もしくは『神聖騎士団』の待ち伏せだったが……居なさそうだった。
こんな場所で野営していれば、あっという間に魔物に襲われるだろう。
あとははぐれた仲間たちとどうやって合流するかだが……。
(ひとまず…………聖都を目指すか)
聖都アルシャームは、山脈に囲まれた高い盆地に築かれている。
やっかいな場所だが、向かうだけなら難しくはない。
問題なのは距離と悪路だ。
(……寝ずに歩いて24時間後ってところか)
どのみち魔物に囲まれたままでは、落ち着いて休憩もできない。
――天使化・99%
自分の身体へ魔法をかける。
これで不眠不休でも問題なくなる。
あまり長時間この状態にしておくと人間に戻れなくなるので危険だが。
24時間くらいなら大丈夫だろう、きっと。
周囲の警戒を解かず、俺は目的地を目指した。
◇
「……やっと着いたか」
途中、何度か空腹の魔物に襲われたがそれ以外は大した障害はなかった。
遠目に七体の巨大な女神様像がそびえたつ、白亜の街並みが広がっている。
南の大陸・女神教会の総本山。
聖都アルシャームにたどり着いた。
街の中央にあるのが聖アンナ大聖堂だ。
おそらくあの建物にサラと運命の巫女様はいるはずだ。
俺は聖都の周囲を囲む森の中に潜んでいる。
この森は聖都の結界によって魔物が近づいてこない。
代わりに神聖騎士団の巡回があるため、人の通りのないかなり奥深い森で野営を行った。
天幕には姿隠しの結界を張ってあるため、かなり近づかないと気づかれることはないはずだ。
既に天使化は解いてある。
おかげで一気に空腹と疲労と眠気に襲われた。
携帯食をかじり、仮眠をとったため、体力は一定回復している。
――スミレ、聞こえるか?
すでに何度かスミレへの念話を試みているが、一度も応答はなかった。
サラやエリーも同じだ。
聖都の結界の影響だろう。
(ここに居ても……合流は厳しいか?)
これからのことを考える。
もしもはぐれた場合、聖都で以前俺やスミレが大魔獣『闇鳥』調査のため泊まった宿の周囲で待ち合わせる手筈になっていた。
聖徒の民に合わせた白装束は用意してある。
過去の記憶にある人混みであれば、問題なく紛れることができると考えていたが……。
(人の往来が少なすぎる……)
戦時中だから、か。
街に入るには検問を通過する必要があるが、随分と時間をかけた応答をしている。
以前は次期聖女と一緒だったこともあり、リュケイオン魔法学園の学生証を見せるだけで検問を通ることができた。
もはや昔の話だ。
リュケイオン魔法学園はないし、帝国出身の人間が検問を通ることはできないだろう。
(仕方ない、夜まで待って忍び込もう)
スミレからの念話の応答はないが、彼女の身に何かあれば契約によって気付けるはずだ。
何より聖国の同盟国でも影響力の強い、竜の国の筆頭騎士クロードが一緒にいる。
ミゲルも兵站係として、何度か聖国の支援に参加したことがあるらしい。
スミレはこの三年間、花冠騎士団で培った実績がある。
(俺が居ないほうが三人は安全だ……きっと)
聖国へ来た理由も天頂の塔の封印が解けたことにより、迷宮産の魔道具が復活したことの連絡と流通の復活。
筋は通っている。
焦る気持ちはあったが、感情のまま行動せず最適な時機を待った。
――半日後。
森の中は真っ暗だ。
野営道具は全て、仕舞ってある。
聖都の周囲には、見張りの神聖騎士団が数多く立っている。
昼間よりも厳重な警備に思えた。
聖都の周囲には高い壁が築かれている。
普通に考えれば、忍び込むのはかなり難易度が高いが……。
(姿隠しの結界魔法)
まずは人目に映らないようにする。
そして……
(天使化・天使の翼)
背中から小さな翼が生える。
この状態であれば、通常の飛空魔法よりも素早くかつ、小回りが効く。
そして一番都合がいいのが……。
タン! と俺は地面を蹴り上空高くへ飛び上がった。
巨大な女神像よりもさらに高い位置までやってきた。
聖都アルシャームでは、七体の女神像を媒介に強力な結界が張られている。
一説には、帝国空軍の飛空船による爆撃でも、一切街に被害がでないほどとか。
そのため通常は、上空からの聖都侵入は結界によって防がれる、もしくは検知されるはずなのだが……。
俺は特に問題なく、聖都の建物の一つの屋根に降り立つことができた。
(聖都の結界は、天使化することで全て無効化できる。母さんの言う通りだったな)
南の大陸でももっとも堅牢な結界で守れている聖都ではあるが、熱心な女神教会信徒の街ゆえ女神様の使いである天使に関わる全ては例外として、通行を許可されている。
あまり褒められた手段ではないと思うが、背に腹は代えられないため今回は有効活用させてもらった。
姿隠しの結界を維持したまま、周囲を見回す。
街は静かだ。
聖都の中には、守護戦士が目を光らせているはずだが……。
(バレていない……のか?)
少なくとも視線は感じない。
俺は周りを警戒しつつ、建物の屋根の上を移動した。
目指す場所は、聖アンナ大聖堂。
そこなら運命の巫女様がいる。
そして、母さんが運命の巫女様に話を通してくれると言ってくれたから……おそらく会ってもらえるはず。
上下関係のない八人の聖女ではあるが、運命の巫女様は実質的な指導者だ。
最初に長を押さえれば、あとはなんとかなるはず。
姿隠しの結界を使いつつ、なるべく建物の陰になるよう慎重に移動をし……聖アンナ大聖堂の大広場前までやってきた。
聖アンナ大聖堂の周囲は、大きな庭園と噴水と広場があり、見通しが非常に良い。
そして当然のことながら、警護の神聖騎士団も大勢いる。
(地上からの侵入は無理だな)
そう判断した。
念の為、スミレとサラに念話で話しかけたが返事はない。
俺の今いる位置は、三階建ての建物の屋上。
地上の神殿騎士たちがこちらに気づく様子はない。
姿隠しの結界魔法と飛空魔法で、聖アンナ大聖堂へとたどり着けるはずだ。
念の為15分ほど、周囲を警戒したがおかしな様子はなかった。
(いくか)
俺は決意し、もう一度上空高く飛んだ。
そして、聖アンナ大聖堂の二階の窓を目指して空中を移動していた時。
――北神一刀流・星流剣
小さな……懐かしいつぶやきが聞こえた。
「くっ!」
だが、懐かしむ暇もなく俺に迫る光の剣撃をなんとか避ける。
避けきれなかった分は、とっさに白剣で防いだ。
はらり、と首元の髪が落ちる。
頬に微かな切り傷ができていた。
あと一秒、気づくのが遅れていたら首が落ちていた。
俺は攻撃の主に向かって声をかけた。
「お久しぶりです、ロベール部長」
「ユージンくん……君だったのか」
剣を構えているのは、かつて共に天頂の塔の『神の試練』に挑んだ、剣術部のロベール・クラウン部長だった。
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次回の更新は、7月6日(日)です。
■感想返し:
>普通に帝国士官学校の機密情報漏洩がされている……
→それを隠して、スミレやミゲルが殺されたら最悪ですからね。
今のユージンは軍所属ではないのですし。
あと帝国士官学校の教え程度なら、聖国の神聖騎士団は情報収集してます。
機密情報ってほどではないです。
>オリアンヌ様が美しい!!
→満足のデザインです。
■作者コメント
今日は外出先からの更新なので、書きづらかった。。
■その他
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