172話 ユージンは、戦友と再会する
「帝国の勇者ユージン・サンタフィールド。竜の国は君たちを歓迎しよう」
国王陛下の言葉に謁見の間が少しざわつく。
が、それだけだった。
「帝国の間者を捕らえよ!」という恐れていた言葉はなかった。
国王陛下が隣を振り向き、隣の竜騎士に声をかける。
「我が国の筆頭騎士クロードよ。この者たちはおまえの知り合いだったな。意見を述べよ」
「国王陛下。私は三年前に彼らに命を救われました。そして、蒼海連邦の多くの民も彼によって故郷を失わずにすみました。その恩義に報いたいです」
「よかろう。クロードにはこの者たちと行動することを許す。客人には部屋を用意しろ。私の客として扱うように。謁見は以上だ」
「「「「「「はっ!」」」」」」
竜の国の人たちが一斉に頭を下げる。
俺たちもそれに倣った。
◇
「ユージン! おまえ、いつ戻ったんだよ!! スミレちゃんも突然来る前に手紙でも寄越してくれたらよかったのに!」
部屋に案内され親しい面子だけになった瞬間、クロードに笑顔で強く肩を叩かれた。
客室へはクロードが案内してくれ、この場にいるのは俺とスミレとミゲル、そしてクロードの四人だ。
「天頂の塔から戻ったのは数日前だよ。手紙を送っても、検閲が入って俺たちが来る方が早かったんじゃないかな」
俺が言うとクロードの表情が微妙なものになった。
「おまえ……三年間くらい天頂の塔に閉じ込められてたんだろ? もう少し休んでなくていいのか……? スミレちゃんも止めなくてよかったのか?」
「まぁ、ゆーくんだから……」
「僕も驚きました……」
スミレとミゲルが揃って苦笑いしている。
「天頂の塔に封印されている間に修行もできたから問題ない。それよりもクロードに頼みが……」
俺が口を開きかけた時。
……コンコン
とドアがノックされた。
「人を呼んだ覚えはないんだが……」
クロードが首を傾げながら、ドアに近づき開く。
「邪魔をするぞ」
――入ってきたのは、さきほど謁見の間で会ったばかりの竜の国の国王陛下だった。
「「「「!?」」」」
俺たち全員に緊張感が走る。
「そう構えずともよい。ここは私的な場であるからな」
そう言いながら、ずかずかと部屋に入ってくる。
(護衛もつけずに……?)
随分と不用心だが、この場には竜の国の筆頭騎士らしいクロードがいるし、なにより国王自身が身に纏う闘気からかなりの武人だとわかった。
「楽にしてくれてよい」
ドカっと部屋の中央にあったソファーに腰掛ける竜の国の国王。
「「…………」」
スミレとミゲルがこっちを見てくる。
俺の名前もバレているわけだし、対応したほうがよいか……。
俺は姿勢を正しながら国王陛下の前のソファーに座った。
「ご用件は何でしょうか? 陛下」
俺が尋ねると。
「はっはっは! かしこまらずともよい。私は息子の命の恩人に礼を言いにきただけだ。先ほどは人が多くて言えなかったからな」
「息子……ですか?」
竜の国の王子に知り合いはいない……はずだが。
改めて国王陛下の顔を眺める。
彫りが深く先ほどの謁見の場では真剣な表情であったが、今は穏やかな表情をしている。
年齢は俺の親父より少し上だろうか。
整った顔から若い頃は随分と美形だったのだろうな、と思った時ふと同じ部屋にいる友人のほうを振り向いた。
「クロード、おまえ、もしかして……」
「あー、すまんユージン。今まで黙ってたんだが」
「クロードくんって王子様だったんだ!」
「えっ! そうだったのですか!」
スミレとミゲルも大きく口を開いて驚いている。
クロードは竜の国で地位のある家の生まれだとは聞いていたが……王族だったのか。
「クロードは私の息子だ。妾との子故、対外的には伏せてあるがな。国内であれば多くの者が知っていることだ」
「そうでしたか」
国王自らが認めた。
クロードは王族だった。
(そう思うと、リュケイオン魔法学園では馴れ馴れしすぎたか?)
などと考えていたのがクロードに伝わったらしい。
「急に態度を変えるなよ? 親友」
トン! と軽く胸を叩かれた。
「じゃあ、気にしないでおくよ」
俺は答えた。
「ところでユージンよ。一つ尋ねたいのだが、我が国の筆頭騎士であるクロードの協力を得て何をするつもりだ? 反対はしないつもりだが、内容は聞いておきたい」
国王が俺に向かって真剣な視線を向けた。
「はい。ところで第一騎士様の封書はご覧になりましたか?」
俺は質問に答える前に、一つ確認をすることがあった。
「あぁ、読んだとも。天頂の塔の封印が解けたため、迷宮産の武器や魔道具の輸出を再開したいという話だったが……。おそらくそれは本題ではないだろう。迷宮都市からの使者とクロードの面談の時間を設けて欲しいという内容だった」
「そうですね。第一騎士様に俺からそう書いてもらうようお願いしましたから」
「クレア・ランスロッド殿には蒼海連邦としては過去に大魔獣の撃退計画で助けてもらった恩がある。まぁ、君程ではないが」
国王が軽く笑った。
そして、すぐ真面目な表情に戻る。
「暗黒竜を撃退した英雄ユージン。君の目的は何だね?」
「俺たちはこれから聖国へ向かいます。そこで運命の巫女様に会いに行きます」
俺が答えると国王陛下は大きく目を開き、クロードは「やっぱりな」と小さく呟いた。
「八人の聖女の長と!? いや、八人の聖女に上下関係はないが……。だが、それは難しいだろう。今の聖国が帝国出身の君を受け入れるとは到底…………、いや、だからクロードが必要なわけか」
「はい。ミゲルや聖女サラと親交があるスミレでも無理でしょう。竜の国の筆頭騎士が使者として出向き、かつまだ大陸でもあまり情報が回っていない『天頂の塔』で採れる魔道具や武器を輸出する約束を取り付けたとなれば、聖国は無視できないはずです」
俺は国王へ告げた。
「天頂の塔で生み出される魔道具は、量産のものとはレベルが違う……。今回の戦争で多くの武器が失われている。劣勢に立たされている聖国側は、最終迷宮の武器が帝国へ流れることは絶対に避けたいはずだ。使者は必ず通されるであろうな。運命の巫女殿と会いたいといえば、会ってくれる可能性は高い」
「ユージン、この案はおまえが考えたのか?」
クロードの声色から「裏に誰がいる?」という質問だと理解したが。
「ああ、俺が考えた」
と答えた。
「そうか」
それ以上は突っ込まれなかった。
「だが、会ってどうする? そもそもの目的を、私はまだ聞いていない」
国王陛下の視線は厳しいままだ。
息子を危険に晒すかもしれない話だ。
曖昧には誤魔化せないだろう。
「運命の巫女様とお話するのは二つです。一つは聖女サラの助力を得ること」
「リュケイオン魔法学園時代の君の仲間だな。彼女の力が必要なわけか。もう一つは?」
「戦争を一時的に止めてもらうことです」
「…………」
俺の言葉に国王が黙る。
が、その言葉を真に受けたわけではないのは、目を見ればわかった。
「そんな戯言を運命の巫女殿が受け入れると? 双方に50万人以上の戦死者が出て、なお続いている南の大陸史上でももっとも大規模かつ凄惨な大陸戦争だぞ? 天頂の塔で封印されていた君にはピンときていないのかもしれないが……」
国王が苦々しく告げる。
クロードとミゲルの表情が暗い。
「っ!?」
スミレが驚いた顔で口を抑えた。
おそらく迷宮都市にずっといたスミレには正確な情報は伝わってなかったのだろう。
迷宮都市は、帝国、聖国どちらにも属さない中立国家だ。
正しい戦死者数がわかるはずがない。
……俺は母さんに聞いていたので知っていたが。
現在、帝国軍は神聖同盟の国々を多く占領し、聖国の聖都へと迫っている。
が、天然の要塞であるタルシス山脈と、住処を転々としている大魔獣『闇鳥』のせいで帝国の侵攻は大きく遅れている。
また、占領国での反乱も相次いで、帝国は戦力を分散さざるを得ない状況だ。
ただ、聖国の状況はもっと悪い。
神聖騎士団はほぼ主力が壊滅しているらしく、現在は若い騎士のみでなんとか組織を維持できている状態らしい。
蒼海連邦からの援軍や傭兵を頼りになんとか帝国の侵攻を食い止めているそうだ。
(俺がなにか言った程度で戦争が止まるわけがない……)
国王陛下の言葉はもっともだ。
だから、俺は次の言葉を言った。
「オリアンヌ様にはこう提案します。聖国の次に俺が出向くのは帝国であると」
俺の言葉に国王は、眉間に皺を寄せた。
「君と……アイリ皇帝の関係は知っている。クロードから聞いているからな。だが、それは三年も前の話だ。父である前皇帝を暗殺され、この戦争の指示をしているアイリ皇帝を君は説得できるのか? そもそも会うことすら難しいのではないか?」
国王は厳しい口調で尋ねてくる。
当然だろう。
俺だって、アイリが説得できるとは思っていない。
あいつは、人の言うことを聞かないからな。
「違います、国王陛下。説得はしません」
「なんだと? ではどうするのだ?」
「拉致します」
「………………………………今、なんと?」
俺の言葉に、国王の目が大きく見開いた。
「アイリ皇帝を帝都から拉致します。だから戦争が一時的に止まるんです。そのように運命の巫女様に提案します」
「あはははははっ! おい、ユージン! やっぱり、お前の考えた作戦だな、これは! バカの考える作戦だ!」
それまで黙っていたクロードが大きな声で笑った。
「バカはないだろ。一応、頑張って考えたんだよ」
俺が言うと、クロードはさらに笑った。
ちなみにスミレとミゲルは、青い顔で固まっている。
そういえばスミレにも細かい話をしてなかったな。
誰が聞いているかわからないから、なかなかできなかったのもあるが。
「ば、馬鹿なことを! そんな話を運命の巫女殿が信じるはずが……」
国王が慌てた声で否定しようとするのを。
「大丈夫ですよ。オリアンヌ様は未来が見えます。その場で判断してくれますよ」
俺が言うと、国王は絶句した。
「…………君はこの馬鹿げた作戦が成功すると確信していると?」
「クロードが俺を帝都まで運んでくれたら、あとは一人でやります。暗黒竜や魔王を相手にするよりは楽な仕事です」
「だそうだ、父上。俺の親友は馬鹿なやつだろ?」
俺の言葉にクロードが付け加えた。
自分で言っておいてなんだが、かなり酷い作戦だとは思うのだが……。
クロードは賛成してくれたらしい。
「見た目からもっと賢い男だと思ったのだが……。クロードの言った通り、蛮勇の英雄だったようだな……」
大きくため息を吐かれた。
俺は静かに次の言葉を待った。
「わかった。暗黒竜を撃退するという奇跡を起こした英雄の言葉だ。まだ、完全に信じることはできぬが戦争が少しでも止まることは南の大陸のすべての民の悲願だ。いいだろう。クロードと共に戦争を止めてくるが良い」
「ありがとうございます、国王陛下」
俺は頭を下げ、お礼を言った。
こうして竜の国の筆頭騎士――クロードを仲間にすることができた。
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次回の更新は、6月22日(日)です。
■感想返し:
>ミゲルくん可愛すぎて危険が危ない
→男の娘召喚士。良いキャラデザインになりました。
>ユージンの剣の腕前すごいことになってますね
→もっと強くなってますよー。
これは前座です。
■作者コメント
今回のイラスト紹介はリリー・ホワイトウィンド。
可愛い……。水色髪枠のツンデレヒロインです。
5巻の表紙は発売まで掲載します。
■その他
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