171話 ユージンは、竜の国へ向かう
◇ミゲルの視点◇
……バサ……バサ
と僕の召喚した竜の羽ばたく音が深い霧の中に響く。
視界が悪いけど、竜は方向感覚が優れているので迷うようなことはない。
「ユージン様、スミレさん。竜の背は飛空船に比べるとかなり揺れると思いますが、大丈夫ですか?」
僕が聞くと。
「うん、大丈夫だよ。ミゲルくん」
「問題ないよ、ミゲル」
スミレさんとユージン様から落ち着いた返事があった。
僕たちは飛空船の定期便がないコースを使って、竜の国を目指している。
途中、無人島に寄って何度か竜を休ませつつ、丸一日かけて移動するかなりの強行スケジュールだ。
「慣れてない人に竜での長距離移動はかなり辛いと思いますが……」
僕は二人に忠告したんだけど。
「俺は大丈夫だから、スミレが厳しそうなら休憩のタイミングを増やそうか」
「私は前に花冠騎士団で飛竜に乗って三日三晩、暴れてるハグレ魔物を追いかけて討伐するって任務があったから、それに比べるとミゲルくんの竜は揺れが少ないし平気だと思うよ」
「そ、そうですか……」
お二人の回答は問題なし、というものだった。
(でも、実際は無理してるかも……)
と思ったのだが。
「ふわぁ……、ちょっと眠くなってきたなぁ」
「俺に寄りかかっていいよ。支えておくから」
「えへへ……、じゃあ甘えちゃおうかなー」
スミレさんがユージン様に寄りかかって眠っている。
「すー……、すー……」
本当に眠っている。
(竜の背に乗ったまま寝るなんて、なんて神経が図太い人なんだ……)
僕の村でも同じことができる人はほぼいない。
スミレさんは凄いなぁ、と感心する。
スミレさんを支えているユージン様は霧で真っ白の周囲を、ぼんやりと眺めている。
久しぶりに見るその横顔は、記憶にあるよりも精悍で僕はちょっとドキドキした。
「魔物が多いな……」
ぽつりとユージン様が言った。
「えっ?」
僕は周囲を慌てて見回すが、特に魔物の姿は見えない。
「ああ、悪い。近くにって意味じゃなくて、半径5キロ内に千匹くらいの魔物の気配がするから多いなって言ったんだ。でも、これはほとんどが海の中の魔物だろうな」
「そ、そんなことまでわかるんですか?」
「一応な。竜に乗っていると普通の魔物は近寄ってこないから便利だな。海の中の魔物ですら離れていってる」
(すごい……)
天頂の塔で封印されている三年間、修行をした結果らしいけどどんな修行をしたらそうなれるんだろう?
「ところで、ユージン様は天頂の塔ではどのような……」
僕が質問をしようとすると。
「待った! こっちに近づいてくる魔物の群れがいる。……多いな。100は超えてる」
「えっ! どちらからですか! 方向を変えます」
「いや厳しいだろうな。こっちを捕捉してる。ミゲル、スミレを任せる。俺が魔物の対処をするよ」
「で、でも! ここは空の上ですよ。僕やスミレさんも一緒に手伝ったほうが……」
「騒がしくして蒼海連邦の巡回部隊に見つかるほうがまずい。なるべく静かに、手早く終わらせよう」
ユージン様はすっと立ち上がり、スミレさんを僕に預けようとして。
「ゆーくん、魔物が近づいてきてるね」
スミレさんがぱっと目を覚まして杖を構える。
「ああ、俺が対処するからスミレは待機で頼む」
「うん、わかったよ」
ユージン様とスミレさんは自然にやりとりしている。
(僕にはまだ魔物が近づいていることすら気づいてないのに……)
本当にこの視界の悪い霧の中で魔物の群れが来ているのだろうか?
もしかしたら、お二人の勘違いじゃ……とも訝しんでいると。
――キャキャキャ!
という高い笑い声と。
ヒュォン! という甲高い風切り音がいくつも霧の中から現れる。
その魔物は人間の頭部と鳥の身体を持っていた。
気がつくと取り囲まれていた。
(そうだ……。このあたりにはこいつらの巣が最近できたと船乗りに聞いてたじゃないか……)
「ユージン様! 海鳥女の群れです!! 黒人魚が居なくなった元黒海の島々を中心に勢力を広げていて、魔物なのに連携をして狩りをするやっかいなやつらです」
僕は叫んだ。
海鳥女は人肉を好む。
さらに見た目と違って獰猛で、自分より大きな魔物も群れで狩りに来る。
くそっ! きちんと迂回できていれば。
「へぇ……シーハーピーは天頂の塔にいなかったな」
ユージン様はゆっくりと竜の背から尾のほうへ歩く。
飛行中の竜の上はかなり揺れる。
が、ユージン様の身体は一切、揺れていない。
腰に挿してある二本の剣のうち、白いほうに手をかけてゆったりと魔物たちを眺めている。
「シャアーー!!」
海鳥女の一体が、ユージン様のちょうど真上の死角から突っ込んでくる。
「危な……」
僕が言いかけた時。
「…………」
突っ込んできていたはずの海鳥女が、ゆっくりと僕らの横を通り過ぎ落下していった。
ボチャン、とかすかに海にものが落ちる音が聞こえた。
(え……?)
何が起きた?
ユージン様は剣の柄に手をかけたまま。
刃は見せていない。
「キー!!」
「キェエエエ!」
状況が把握できるぬまま、次々に襲い掛かってくる海鳥女たち。
「ユージン様! 竜は小回りが聞きません。しかも背に乗せている僕らのせいで回避行動がっ……」
そう大声で告げた時。
………………ポチャン
………………ポチャン
………………ポチャン
次々に海鳥女が勝手に落下していき、海に消えた。
(あ、あれ……?)
何が起きているのか、わからない。
気がつくと周囲を飛び回っていた海鳥女の数が半数近くに減っている。
「いやー、すごいねー。ゆーくん。剣筋が全然見えないよー」
スミレさんの言葉でようやく事態を把握する。
「スミレさん! これ……ユージン様が魔物を斬ってるんですか!?」
「え? さっきから斬ってるじゃん? 私も半分くらいしか目で追えないけど」
「…………」
僕にはまったく見えなかった。
「あ、あの……ユージン様」
「ん? どうしたんだ、ミゲル」
ユージン様が振り返る。
「あ……」
見えた。
正確には、ユージン様の剣は見えない。
剣を抜くところすら見えない。
が、ちょうど視線の先。
こちらに向かってこようとしていた海鳥女の『頭』と『胴』が離れるのが見えた。
確かに……斬られていた。
「いえ……、なんでもありません。大丈夫です」
「もうすぐ終わるよ」
まるで草むしりをしてくるかのように気軽に言うユージン様の言葉の通り。
竜も含めて僕らはかすり傷ひとつ負わず、魔物の群れは全滅した。
◇ユージンの視点◇
「この先が竜の国の領空です。見張りの竜騎士たちが巡回していますから、見つからずに侵入することは不可能です」
ミゲルの言葉に俺とスミレは頷いた。
丸一日かけて俺たちは竜の国の見張りからギリギリ見つからない場所にある無人島にたどり着き、今は休息をとっている。
水平線の奥に微かに大きな島が見える。
あれが竜の国だろう。
そして、その周囲を飛んでいるのは、飛竜と竜騎士たちだ。
「いっぱいいるねー」
「そうだな」
スミレの言葉に頷く。
飛んでいる数が多い。
明らかに見張りとして過剰なのは、新人の竜騎士は飛行訓練としてローテーションでずっと島の周囲を飛ばされるんだと以前クロードに聞いた。
「どうしますか? ユージン様」
ミゲルが上目遣いで聞いてくる。
「ありがとう、ミゲル。ここまで連れてくてくれて。スミレ、あの封書は持ってるよな?」
「うん! 迷宮都市の第一騎士さんに書いてもらったっていう手紙でしょ? ここにあるよ」
スミレが内ポケットから一通の封書を取り出す。
そこには、『クレア・ランスロット』の著名が記してあった。
「ミゲル。ここからは正面から竜の国に向かってくれ。スミレには迷宮都市からの伝令として入国してもらう。ミゲルに移動を頼んだのは、一番早い移動手段だからということにしよう」
「ユージン様はどうするんですか?」
「俺は蒼海連邦に入った時と同じく、スミレの護衛者として付き添うよ。一応、顔は隠しておく」
そう言って、俺はフードを被り、口元を布で隠した。
「怪しいですよ……ユージン様」
「うん、ゆーくん。変だよ」
「だめか……?」
フードは止めて、帽子を深めに被ることにした。
そして、ミゲルの竜に乗り俺たちは堂々と竜の国へと向かった。
◇
「遠路はるばるご苦労であった、第一騎士殿の使者スミレ様! そして友好国グレタの召喚士よ! 国王陛下がお越しになるまでしばし、ごゆるりとなされよ!」
俺たちは、竜の国の王城『ドラッヘンブルク』の謁見の間に通されている。
竜の国の入国は思ったよりスムーズだった。
召喚魔法使いのミゲルの名前は知られているようで、最初から客人としての扱いだった。
さらにスミレがクレアさんの著名入り封書を見せると、すぐにバタバタと慌ただしくなった。
すぐに上級竜騎士がやってきて、俺たちの案内をしてくれた。
数日は待たされることを覚悟していたが、すぐに国王陛下がお会いになるということだった。
俺たちは城下町を通り、王城へと案内された。
城下町と言っても、帝都のような巨大な建物は少なく庭のある一軒家が立ち並んでいる。
人口はそれほど多くなさそうだ。
珍しいのはすべての家の庭で『飛竜』が飼われていることだろうか。
竜の国では、飛竜に乗れない者はいないのだろう。
(ここがクロードの故郷か……)
俺は城下町の風景を見ながら、かつてリュケイオン魔法学園時代に剣の訓練時の会話を思い出した。
「なぁ、ユージン。いつかグレンフレアの帝都に行ってみたいんだよ。案内してくれるだろ?」
「ああ、任せてくれ。俺も竜の国を見てみたいな」
「帝国に比べると田舎だぞ? 遊ぶところもないしさ」
「人より飛竜のほうが多いって聞いたが、本当か?」
「なわけねーだろ! せいぜい一家に一匹だよ」
「それでも十分多いと思うが……」
あの時は本当か? と疑ったものだが、クロードの話は本当だった。
そんなことを思い出しているうちに、俺たちは王城へと入った。
城は無骨な作りで、王城というより巨大な砦のようだった。
待たされている間、俺は周囲を観察した。
謁見の間はそれほど大きくなく、300人は入れる帝国のものと比べると三分の一以下だ。
「国王陛下! ご入場!」
大きな声が響く。
スミレとミゲルが慌てて頭を下げ、俺もそれに倣った。
竜の国の国王は、オレンジの髪と髭の壮年の男だった。
「面をあげよ」
と言われ、スミレとミゲルは顔を上げたようだ。
が、俺はそのまま地面を向いていた。
(クロードがいる)
国王の右後ろ。
護衛としてだろうか?
顔を見られるわけにはいかないので、俺は跪いたままでいた。
俺はあくまでスミレの護衛の立場。
特におかしな対応ではないはずだ。
「ふむ、面をあげよと言ったはずだが」
国王が言った。
(これ……俺のことだよな?)
ただの使者の護衛にそんなことを言うか。
妙だと思いつつ、俺は仕方なく顔を上げた。
クロードは何か気づいたようだったが、何も言わなかった。
竜の国の国王は、俺たちを見回し言った。
「よくぞ来てくれた。花冠騎士団の指扇スミレ殿。それからグレタ国の筆頭召喚士ミゲル殿」
ここで国王が俺のほうを見た。
「そして、暗黒竜を撃退した帝国の勇者ユージン・サンタフィールド。竜の国は君たちを歓迎しよう」
国王陛下がにやりと笑った。
俺のことがバレていた。
■大切なお願い
『面白かった!』『続きが読みたい!』と思った読者様。
ページ下の「ポイントを入れて作者を応援~」から、評価『★★★★★』をお願いします!
次回の更新は、6月15日(日)です。
■感想返し:
>同級生たちも「なんで戦争なんてことになった」と思いながら、やりたくもない戦争に参加しているんですかね
→人による感じですね。
原因は皇帝の暗殺なので、前皇帝を慕っていた人は……。
>スミレちゃんが新しい性癖の扉を…
→ご主人さま呼びが気に入ったみたいですね。
■作者コメント
ミゲルくんの容姿がきになる人が多かったようなので、5巻のキャラデザを載せますね。
みなさんの脳内イメージとは合致しましたか??
あとこちらが表紙です。
今回はメインヒロインが一周したので、エリ―です。
■その他
感想は全て読んでおりますが、返信する時が無く申し訳ありません
更新状況やら、たまにネタバレをエックスでつぶやいてます。
ご興味があれば、フォローしてくださいませ。
大崎のアカウント: https://x.com/Isle_Osaki