169話 ユージンとスミレは見送られる
◇スミレの視点◇
「なに!? もう迷宮都市をでるのかい、ユージンくん!」
私とゆーくんがイゾルデ団長の執務室へ報告に行くと、大きな声で驚かれた。
「はい。それで急な話で申し訳無いのですが、スミレのことをお借りしたく……」
ゆーくんが申し訳無さそうに言った。
――この戦争を止めたいんだ
そう宣言したゆーくんは、最初に第一騎士クレアさんの所へ。
次にイゾルデ団長のところへ報告に来たのだった。
クレアさんも団長と同じく驚いていたけど、ゆーくんを止めようとはしなかった。
「スミレくんの気持ちはどうなんだい?」
イゾルデ団長が私の目を見ていった。
「私は……ゆーくんと一緒にいたいです」
三年間、イゾルデ団長にはお世話になった。
けどこれ以上ゆーくんと離れ離れにはなりたくなかった。
私の返事を聞くと、イゾルデ団長は「ふっ」と小さく微笑む。
「スミレくんの気持ちはわかったよ。天頂の塔の封印が解かれて、これから忙しくなる時に貴重な人手を失うのは痛いけど、団員の気持ちが第一だからね。スミレくん、身体に気をつけるんだよ」
「……ありがとうございます!! 団長!」
「ありがとうございます、イゾルデさん」
私とゆーくんは大きく頭を下げて、お礼を言った。
三年間所属した花冠騎士団。
気がつけば、異世界にやってきて一番長く活動していた場所だった。
「ところで出発はいつの予定だい? まさか今夜立つなんていわないだろう? 小規模ではあるけど、スミレくんとユージンくんの壮行会くらいはさせてほしいからね」
イゾルデ団長が寂しそうに微笑んだ。
「まずは蒼海連邦のある国を目指す計画なので、飛空船が出る三日後の予定です」
とゆーくんが説明した。
今後の予定については、事前に私も教えてもらっている。
「三日後か。わかった。急ではあるが、明日には花冠騎士団の団員に声をかけておこう。いいかな?」
「はい、ありがとうございます、イゾルデ団長!」
私はぺこりともう一度頭を下げた。
◇翌日の夜◇
「あの~……イゾルデ団長?」
「あー、うん。スミレくん。言いたいことはわかる」
私とゆーくんの壮行会を『小さな酒場を貸し切って行う』と聞いたいたのだけど。
実際に言ってみると、何故か迷宮組合の『大ホール』がまるまる会場になっていた。
参加者は数百人。
迷宮都市の旧・十二騎士の皆さんや迷宮組合の職員さん。
そして天頂の塔が再開したことで、探索者に戻った人たちなど大勢の人々で溢れかえっていた。
(なんだか、凄い大事になってる!)
「団長が集めたんですか?」
「まさか、この場所を仕切ってるのは第一騎士様だよ。スミレくんとユージンくんが旅に出ると知って大至急手配してくれたんだ」
「クレアさんが……」
ふと見ると、会場の奥でクレアさんとゆーくんが熱心に何か話し込んでいる。
最近は厳しい表情をしていることが多かった第一騎士さん。
が、天頂の塔の封印が解けてからは、少し穏やかな表情になったと思う。
(んー? というか、ちょっと距離近くないかな?)
ゆーくんが何かを喋ると「あははっ」とクレアさんが笑ってゆーくんの肩を叩いている。
ゆーくんも嫌がるでもなし、楽しそうだ。
(ま、まさかクレアさんとゆーくんの間にフラグが!)
ゆーくん、年上が守備範囲なのはよーく知ってるけど!
ダメだよ、ゆーくん!
恋人は、異世界人と魔王さんと聖女ちゃんと皇帝ちゃんで渋滞を起こしてるんだから!
増員はゆるさないよ!
私が二人の間に割り込むか、判断に迷っていると。
「第一騎士様があんなに楽しそうなのは久しぶりだ。ユーサー王が亡くなられてからはずっと塞ぎ込んでおられたから」
イゾルデ団長の寂しそうな声で我に返った。
そうだった。
「クレアさんは……ユーサー学園長のことが……」
「ああ、仕える主、以上に想い慕っておられた。恋人……のような関係だったかどうかまでは、私も知らないが」
「それは……つらいですね」
この三年、迷宮都市で大変な思いをした人は多くいると思う。
私だって大変だった。
けど、一番苦労をしてきた中の一人は間違いなく第一騎士さんだと思う。
ユーサー学園長が不在で、迷宮都市の産業の中心である天頂の塔が封印されて。
それでもなんとか迷宮都市の運営を維持してきた。
(邪魔はしちゃダメかな……)
けど、何の会話をしているのかは気になる。
ゆーくんも楽しそうだし。
私がクレアさんとゆーくんがいるテーブルに近づこうとすると。
「スミレさーん! どうして、迷宮都市を出ちゃうんですかー。寂しいですよー!」
赤い顔のアマリリスさんに抱きつかれた。
思えばアマリリスさんとも長い付き合いだ。
本来は、ゆーくんの専属職員だったのに。
「アマリリスさん、飲み過ぎですよ」
私が苦笑すると。
「だってー! ユージンさんもスミレさんも出ていっちゃうなんて!」
アマリリスさんはますます大声で騒ぐ。
それを聞きつけたのか。
「スミレさん! なんで迷宮都市を出ちゃうんですか!」
「そうですよ! 天頂の塔の探索がやっとできるようになったのに!」
「俺たちと一緒に冒険しましょうよ!」
若い探索者の人たちまで寄ってきた。
えっと、確かこの前の神獣が出た時にサポートした探索隊の人たちだったかな?
他にも何度か、一緒の戦闘に参加した探索隊だったはず。
「ごめんなさい、私はどうしても行かないといけないから」
というと、若い冒険者の子たちの一人ががっくりとうなだれていた。
そ、そこまで落ち込むことかな?
(スミレさん、スミレさん)
隣のアマリリスさんが小声で話しかけてきた。
(どうしたんです?)
(あの落ち込んでる子、実はスミレさんが好きでいつか強くなって告白する! って言ってたんですよ)
(ええ~~! でも、私にはゆーくんがいるし)
そんなに会話した記憶もないけどなー。
(スミレさんは、花冠騎士団の一番人気ですからねー)
(いやいやいや! そんなんじゃないですよ。というか、誰がそんなこと言ってるんですか)
(迷宮組合のロビーで飲んだくれてた元探索隊たちがよく女騎士に順位付けてましたよ)
(…………最悪じゃないですか)
確かに、なんか妙な視線を感じることはあった。
まぁ、天頂の塔が封印されてた時は待機が長いし暇だったのだろうけど。
あんまり知りたくない話だったなー、なんて考えていると。
「スミレちゃん! 二日後に出発とか早すぎるよ!」
「また花冠騎士団に戻ってきますよね!」
「待ってるから! ずっと!」
同僚の団員たちもやってきた。
この子たちは、ここ二、三年で入ってきた私の同期か後輩の団員たち。
若い騎士団員は、みんな『神の試練』に慣れてなくて、最初の頃は私がサポートしてあげてた。
私もそこまで戦闘慣れしてるわけじゃないけど、私の魔法使いの師匠が神獣と同じくらい怖い魔王だったから、落ち着いて対処できたんだと思う。
結果、かなり慕われている。
「スミレちゃん~、寂しいよー」
「うぅ……、いなくならないでください……」
「みんな……」
涙で目を潤ませた皆の顔をみて、私も涙腺が緩んだ。
この三年の思い出が蘇る。
戦闘面では私はサポートしたけど、ゆーくんがいなくなって落ち込んでいたときこの子たちに何度も愚痴を聞いてもらった。
精神面で助けてもらったのは私のほうだ。
多分、私一人じゃ耐えられなかったと思う。
「また……戻って来るから」
「ぜったいだよ!」
「スミレちゃん!」
「みんな!」
そう言って団員のみんなと抱き合って泣いた。
その後、大規模な壮行会が終わったあと花冠騎士団のみんなと二次会があってそこでもまたみんなで泣いた。
その後、泣きすぎて飲みすぎた私をゆーくんが迎えに来てくれた。
◇
「……大丈夫か? スミレ」
「う、うーん。ゆーくん、みず取ってー」
「ほら、コップ」
「飲ませて~」
「溢さないようにな」
ゆーくんが介抱してくれる。
魔王さんの部屋で。
「ちょっと、ユージン。酔っぱらい連れてくるんじゃないわよ」
エリーさんが呆れたように言いつつ、コップに水を注いでくれた。
「しばらく迷宮都市を離れるからさ。挨拶しておきたいって、スミレが。勿論、俺も」
「じゃあ、ユージンだけでもいいでしょ。スミレの顔はここ三年で見飽きてるのよ」
そんな言葉が聞こえた。
「かっちーん! 私の唇を散々弄んでおいて、よくそんなことが言えるね、エリ―さん!」
「ちょっと、酒臭いわよ! 抱きついてくるんじゃないの、酔っ払い!」
私がエリーさんにダル絡みしていると。
「変だな……。さっき大回復をかけたから、酔いも覚めるはずなのに……」
ゆーくんのつぶやきが聞こえた。
確かに、さっき回復魔法をかけてもらった。
なんで酔ったままなんだろ?
「スミレは炎の神人族だから、天使族より上位存在なのよ。ユージンの魔法を拒否できるってわけ」
「なんで拒否を……?」
「酔いたい気分なんでしょ」
「……そうか」
ゆーくんが複雑な表情をしている。
えー、私が拒否したの?
うーん、無意識かなー。
よくわかんないなー。
「ほら、スミレ。水飲んだならさっさと寝なさい」
「えー、そしたらゆーくんとえっちなことするつもりでしょー」
「いいから、とっとと寝なさい。反転魔法・強制睡眠」
「……エリー……さ……ず……る……い」
私の意識はそのまま暗転した。
◇二日後◇
「じゃあ、行ってくるね。エリーさん」
「悪いな、エリー。またしばらく会えなくなるけど」
私とゆーくんは第七の封印牢のエリーさんの部屋にいる。
「ま、今のユージンとスミレなら大丈夫だと思うけど一応、気をつけなさいよ」
エリーさんはちょっとだけ不機嫌そうに言った。
(なんだか申し訳ないな……)
エリーさんも三年間、ゆーくんを待ってたわけで。
だけど第七の封印牢を離れられないエリーさんは、またゆーくんと離れ離れになっちゃう。
そんな私の気持ちを察してか。
「ねー、ユージン♡」
「エリー?」
猫のようにそろりとゆーくんの近くにやってきたエリーさんが、素早く首に手を回す。
「ん」
「っ!?」
そのままゆーくんの唇が奪われた。
「え……あっ……ちょっと………………」
眼の前でエリーさんとゆーくんが長いキスをしている。
(と、止めるべき? でも、しばらくエリーさんはゆーくんと会えないし)
とあわあわと迷っているうちに、エリ―さんがゆーくんから離れた。
ほっと、していると。
「ほら、寂しそうにしてるから」
「ちょっ!」
エリーさんが私にまでキスをしてきた。
だから、どうしてゆーくんの前で!
ゆーくんが複雑な表情でこっちを見てるし!
「じゃあね、スミレ☆」
「勝手に魔力連結しないでよ!」
「今日のスミレの魔力は、75点ってところかしら」
「なんか低い! やり直して!」
こうしてあまり湿っぽくならず、私たちはエリーさんから見送られた。
◇
現在、『蒼海連邦』行きの貨物飛行船に私たちは乗っている。
天頂の塔が封印されて以来、迷宮都市への行き来する人は激減したので、昔使った定期便はなくなっている。
蒼海連邦に行くには商会が運営している交易用の飛空船に相乗りさせてもらうしか方法はない。
手配はゆーくんが、アマリリスさん経由で迷宮組合に交渉してくれたみたい。
運賃はかなり高かったみたいだけど、全部ユージンくんが支払ってくれた。
私とゆーくんは相部屋で、しかもかなり狭い。
もとは、荷物保管用の部屋を一室、無理やり客室にしてくれたみたい。
お世辞にも快適とは言えない部屋で、私とゆーくんは荷物を置いてすぐに飛空船のデッキへでた。
幸い天気は良くて、風が気持ちいい。
これから約一週間の長い飛空船旅になる。
「ねぇ、ゆーくん」
「どうした、スミレ。船酔いか? 回復魔法かけようか?」
「ううん、大丈夫。ところでこれから私たちって蒼海連邦のどの国に行くのかな? クロードくんの居る竜の国? それとも前に行った黄金の国かな?」
と質問した。
ゆーくんからは、蒼海連邦 → 聖国 → 帝国 の順番に回ると聞いている。
ただ、詳しい段取りまではまだ聞けていない。
旅の準備とお世話になった人への挨拶まわりでずっとこの三日間はばたばたしてた。
「まずは今起きている戦争の情報収集がしたい。迷宮都市だと新しい情報が入ってなかった。竜の国は蒼海連邦でも最大の軍事国家だ。情報は持ってるだろうけど、俺のような帝国の人間がウロウロしているとすぐ怪しまれる。黄金の国も同じだな。情報収集するなら、もう少し中心から離れた国のほうがいいな」
「そっか……。クロードくんと会うのも難しいよね」
現在の帝国と聖国の戦争。
それに蒼海連邦が参加しているのは、かつての帝国侵略戦争時代の名残りらしい。
アイリちゃんの曽祖父の鮮血皇帝と呼ばれたヨハン皇帝の時代。
帝国の侵略戦争に対抗するために『聖国』と『蒼海連邦』の間で結ばれた軍事同盟。
その同盟に引きずられて、蒼海連邦は仕方なく戦争に参加している……という噂。
ただ、迷宮都市にいてそれが本当なのかどうか、真意はわかっていない。
もしかすると同盟以外の隠れた理由があるのかもしれない。
それをゆーくんは確かめたいらしい。
「クロードにも会いに行くよ。ただ、その前に寄る所がある」
「それはどこ?」
私が聞くと、ゆーくんは短く答えた。
「蒼海連邦・二等国家『グレタ島』。そこでミゲルと会う約束をしてる」
ゆーくんはさらりと言った。
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次回の更新は、6月1日(日)です。
■感想返し:
>スミレちゃんが手紙を送るみたいだけど、躯の契約のおかげでサラ達にユージンが戻ってきたことは伝わってますよね?
>手紙を送るならクロード達の方が良くないか?
→三年のタイムラグと、距離が遠すぎておそらく気づいてないかと。
ユージンの父に関しては、のちのち判明します。
■作者コメント
昨日の信者ゼロの更新に続き2日連続更新です。
なかなか大変です……。
あと最近はエックスが夜に不安定で、告知がうまくできなくて困る。
■その他
感想は全て読んでおりますが、返信する時が無く申し訳ありません
更新状況やら、たまにネタバレをエックスでつぶやいてます。
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