167話 三年後
――帝国と聖国・蒼海連邦の戦争
スミレの言葉を聞いて、一瞬思考がついていかなかった。
「皇帝陛下が侵略戦争を開始した……? いや、しかしそんな短絡的な方ではない……。そもそも戦争なんて次期皇帝のアイリが大反対するはずなのに……どうして?」
思わず早口で呟いた。
少なくとも大魔獣との戦いで援軍を送り合うほどには、友好的だったはずだ。
なのに何が起きたんだ……?
「スミレ。ユージンはウラシマタロウなんだから、ここ三年の出来事を話してあげなさいよ」
「確かにそうだね。順番に説明しないと混乱させちゃうよね」
(ウラシマタロウ? ………………って誰だ?)
エリーとスミレは知ってる男みたいだ。
そんな名前の男は学園にいなかったはずだけど。
いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「水でも飲みなさい。長い話になるし」
エリーが気遣うように言う。
記憶の中で、エリ―がそんな態度をとるのはそうとうに深刻な事態の時だけだった。
「うん、じゃあ説明するね。……ゆーくんは驚くと思うんだけど……」
スミレが俺の目をみて、躊躇うように口ごもる。
(驚かないで……じゃなく、驚くことは確定……か)
どんな衝撃的なことを言われるのかと身構える。
が、無駄だった。
次のスミレの言葉で、俺は頭が真っ白になった。
「一年前……先代の皇帝陛下が暗殺されて、アイリちゃんが皇帝になったの。だから戦争を指示したのはアイリちゃんなんだよ……」
スミレは非常に辛そうに言った。
俺は言葉を失った。
◇
「…………ここ三年の大きな出来事は、だいたい理解した」
スミレから説明を聞いて、俺は心を落ち着けるためにグラスに入った水を飲み干した。
(……ただ、聞いた今でも信じられないが)
もしスミレとエリーが「冗談だよ☆ 信じちゃった?」と言えばそっちを信じたくなるだろう。
が、二人の表情から全て真実なのだと理解した。
ことの経緯はこうだ。
ここ三年でのもっとも大きな出来事の一つは、北の大陸での大魔王の復活。
そして、西の大陸の『光の勇者』に大魔王が討たれたことだ。
それまでは南の大陸の各国も、協力的な関係だったらしい。
つまり俺が知っている状況だ。
それが変わったのが、大魔王が倒されてしばらく後。
先代皇帝陛下は、クリュセ平原を大々的に開発することを宣言した。
クリュセ平原は、帝国領土ではあるが長らく『大魔獣ハーゲンティ』が封印されていた地で、ずっと手つかずだった。
大魔獣の縄張りには人は住んでおらず、その周囲に小さな村落や国境沿いの砦が点在するだけ。
大魔王がいなくなり、帝国の発展のための政策としては妥当だろう。
ただ、問題は大魔獣の縄張り周辺にあった村落の民たちだった。
彼らは地理的に帝都から離れており、間に大魔獣の縄張りあったこともあって、商業的なやりとりを帝国よりも神聖同盟の商人たち……つまり聖国とのつながりが強かった。
それらの村々には、女神教会の司祭が常駐しており、怪我や病気を癒やしていたらしい。
帝国は信仰の自由を認めているため、それ自体は問題ではない。
ただ、クリュセ平原の開発計画が命じされたとき、それらの村々の民が『一斉に』聖国への移住を開始した。
『国外逃亡』は、帝国法で認められていないので違法行為になる。
とはいえ、辺境の村の民が移住するだけのよくある話。
しかし各村の民の大半が聖国へ移住するとなるとクリュセ平原の開発計画に大きな影響が出てしまい、皇帝陛下の耳にまで届いた。
激怒した皇帝は、移住しようとした民を捕らえ『改宗』を命じた。
各村にあった運命の女神様を信仰する教会を、全て帝国の主要信仰である太陽の女神様の教会へと強制的に変更。
今度はそれに聖国が反発した。
「帝国が認める信仰の自由は口先だけだったのか。聖国は運命の女神様を信ずる同志を見捨てない」という旨の『八人の聖女』の言葉があったとか、なかったとか。
これによって帝国と聖国の間で緊張間が高まり、皇帝陛下は神聖同盟との国境沿いに『防衛としてはやや過剰な戦力の砦の建築』を命じた。
同時に聖国側でも神聖騎士団の駐屯砦の増築を開始。
もともとは帝国領に封印されている大魔獣ハーゲンティの監視砦だったそうだ。
皮肉にも大魔獣がいなくなったあとで戦力が追加された。
しばらく緊張状態が続いたそうだが、戦争になるほどではなかった。
ただ、民の国外逃亡は続き。
帝国・聖国の国境沿いの睨み合いも続いた。
きっかけは、先代皇帝陛下が辺境の村を視察に来た時に事件がおきた。
皇帝陛下を歓迎する宴の料理に毒が盛られていた。
毒は致死性の高いものではなかったらしいが、運悪く皇帝陛下が過去に同じ毒を盛られたことがあり体質的に免疫を持っていたことから毒が過剰に反応し、急死してしまった。
毒を盛った下手人は、『女神教会の司祭』。
毒見役でもあった。
そして「裏で手を引いたのは聖国の八人の聖女である」と帝国は発表した。
勿論、聖国はそれを否定。
帝国内では『先代皇帝の仇討ちを』という声が高まり、若きアイリ皇帝はその声を無視できなかった。
蒼海連邦はなんとか戦争を回避しようと、両国をなだめていたようだが、帝国が聖国へ宣戦布告。
聖国側も宣戦布告を行った。
それから約一年。
戦争は今も続いている。
「…………はぁ」
水の飲んで少し落ち着いた。
どれも信じたくない話ばかりだったが、納得はできた。
あと気になるのは最後の一つ……。
「スミレ、俺の親父については……」
親父は先代皇帝陛下の剣であり盾だった。
その主君が暗殺されたということは……。
「ゆーくんのお父さんのことは、迷宮都市まであまり情報が入ってこないんだけど。噂によると先代の皇帝陛下に毒を盛った犯人を捕まえたあと、行方不明だって聞いたよ……」
教えてくれたスミレの顔は暗かった。
「……そうか。わかった」
おそらく暗殺を命じた者を探しに行ったのだろう。
親父が主君の仇を、他人に任せるとは思えない。
「ユージン、大丈夫?」
「ゆーくん、顔色が悪いよ」
エリーとスミレが心配そうにこちらを見る。
きっと酷い顔をしているのだろう。
「ごめん、ちょっと外に出るよ。また戻ってくる」
俺は二人に言った。
「えっ!? じゃあ、私も一緒に……」
「スミレ。今は一人にさせてあげなさい」
付いてこようとするスミレをエリーが止めた。
心配してくれたのは嬉しいが、一人になりたい気分だったので助かった。
これから向かう場所は、スミレと一緒ではいけない。
なおも心配そうなスミレに無理に笑いかけ、俺は第七の封印牢をでた。
懐かしのリュケイオン魔法学園の校舎後はほとんどが更地になって、見る影もない。
その奥に迷宮都市の建物が並んでいるが、以前よりも数が少なくなっている気がする。
(変わったな……)
三年の変化は大きい。
天頂の塔が封印されているため、迷宮都市の人口は随分減ったとスミレから聞いている。
俺はなんとも言えない気持ちで、もとリュケイオン魔法学園の訓練場跡を抜けた。
訓練場の奥は小さな森が広がっており、魔法薬用の薬草栽培場や生物部が飼育する家畜がいたはず。
が、かつてのように整備されておらず森は荒れ果てていた。
(こっちだったかな)
森の中を進むと、ぽつんと小さな建物が見えてきた。
女神教会の礼拝堂だ。
もともと無人の礼拝堂で、あまり管理はされていなかったため見るからにボロボロになっている。
今は訪れる人もいないのだろう。
扉を開くと。
……ギギギ……ギギ
と蝶番の擦れる音が響いた。
中は埃っぽい。
誰も来ないとは思うが、俺は念の為『施錠』の魔法をかけた。
小さな礼拝堂の奥には、運命の女神様の象が立っている。
その前に、俺はいくつかの魔石を置いた。
天頂の塔で獲得したものだ。
売ればおそらく数百万Gになる高価な魔石だが……、それよりも必要なことがあった。
――✕✕✕✕✕、✕✕✕✕✕
――✕✕✕✕✕、✕✕✕✕✕
――✕✕✕✕✕、✕✕✕✕✕……
この三年間で学んだ、天界の天使語で詠唱する。
天使語は、迷宮主に教わった。
天界への定期報告は、天使語で行わないといけないらしい。
こんなにすぐに役立つとは思わなかった。
ほどなくして、狭い礼拝堂内に光が満ちる。
女神様の象の前にならべた魔石がゆっくりと溶けていく。
天界への交信に成功した。
光が人の形になった。
小柄な人影と、背中にある小さな光の羽。
てっきり声が聞ければと思っての魔法だったが、当人が駆けつけてくれたらしい。
「母さん」
俺は自分の母へ声をかけた。
「…………ユージン、会いたかったわ」
久しぶりに会う母は、優しく……しかし悲しそうに微笑んだ。
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>なるほど、三年間迷宮内で迷宮主とあんなことやこんなことをしていたのか。
→三年間の迷宮内のことは、のちのち判明します。
>エリーの封印が解かれていても脱走しなかった理由は
→封印が解かれていたわけじゃないですね。
あくまでユージン目線で「もしかして封印解けてる?」と思っただけです。
エリーの思惑はあとでわかります。
■作者コメント
5巻の作業が……楽しいけど忙しい!!
■その他
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