166話 ユージンは、帰還する
「ゆーくん……ずっと……会いたかった」
スミレに強く抱きしめられた。
少し身長が伸びているのか、以前より頭の位置が高い。
「……俺もだよ、スミレ」
俺はスミレの背中に腕を回し身体を抱き寄せた。
スミレの体温が熱い。
炎の神人族の特徴で、感情が昂った時体温が上がるスミレの体質が懐かしい
「ユージンくん! よく無事で帰ってきてくれた!」
先ほどから視線を送ってきていたのは、第七騎士のイゾルデさんだ。
勿論、会うのは三年ぶりだ。
「お久しぶりです。なんとか戻ってくることができました」
「元気そうでなによりだよ。……戻ってすぐのところ申し訳ないのだが、我々は天頂の塔がどうなっているかわかっていない。まずは第一騎士様に報告をあげて欲しいのだか、どうだろう? 我々は1階層を調査しておく」
「イゾルデさん!? ゆーく……ユージンくんは封印されていた天頂の塔から戻ったばかりなんですよ! 少しくらい休んでからでも……」
「いや、必要なことだよ。今からクレアさんに会いに行きます。低層階なら安全ですよ。えっと、それで第一騎士さんのいる場所は……」
ざっと辺りを確認する。
随分と風景が変わっている。
建物が少なく、人も少ない。
かつての俺の知っている迷宮都市の景観ではなかった。
(活気が無くなった……か?)
俺の気のせいかもしれないが。
「私が案内するよ! ゆーくん! いいですよね? イゾルデ団長」
「そうだな。君が適任だろう。ユージンくんを第一騎士様の元へ案内の任務。スミレくんに任せたよ」
「はい! 花冠騎士団、指扇スミレ! 承りました!」
スミレが胸に手を当てて、ポーズを決めている。
(花冠騎士団は、イゾルデさんが率いる騎士団の名前のはず。スミレはそこに所属しているのか)
「こっちだよ! ゆーくん」
スミレに案内され俺は、懐かしい迷宮都市を歩く。
歩きながら近況報告……と言うなの質問攻めにあった。
「ねえ、ゆーくんは天頂の塔だとどうやって生活してたの? 野営道具なんて持っていってなかったよね?」
「普通に迷宮内の魔物を狩って、食べ物を確保して……寝泊まりは魔物がでない100階層や200階層かな。迷宮昇降機が稼働してなかったから移動が大変だったよ」
ちなみに100階層の管理天使のリータさんは天界へ避難していた。
200階層も同様だ。
天頂の塔が平常に戻ったから、そろそろ戻っているはずだ。
リータさんとも三年会っていない。
「昇降機動いてなかったんだ!?」
スミレが驚きの声をあげる。
「迷宮全体が赤い竜に壊されてたからね。それを迷宮主が復旧しながら封印をかけ続けてたんだ。俺は主にその護衛役かな。迷宮主は落ち着きがないから、大変だったよ」
「迷宮主さんとずっと一緒にいたの……?」
「赤い竜が暴れてた頃は、俺一人だとすぐに殺されてたからね。基本は一緒に行動してたかな。封印が安定してからは別行動も多かったよ。迷宮主が一階層づつ封印に綻びがないかチェックして、全階層見終わったのがついさっきだよ」
「そ、そうだったんだ……。大変……だったね」
「ああ……。そうだな」
改めて長い期間だった。
人間より寿命の長い迷宮主アネモイ・バベルすら「今まで生きてて一番辛い三年だった」と言ってたから、俺の感覚は間違ってないのだろう。
迷宮主の場合は自分のやらかしのせいで、というのもあると思うが。
現在の迷宮主は無事に『赤い竜』の完全送還を確認したので、1000階層にあるという自分の部屋で寝ているのだろう。
三年間寝てないと言ってたし。
(まぁ、俺も最初の一年くらい寝れなかったんだけどな)
あの時は、マジで辛かった。
迷宮主と二人で、じっと耐え続けていた。
天使化してないと、精神が耐えられなかった。
身体はもっと耐えられなかっただろうが。
という話をすると、スミレの顔が引きつっていた。
天使化の話はできないので、半分冗談と受け取られたようだが。
そんな思い出話をしているうちに、目的地にやってきた。
「ここは……」
スミレに案内されて到着したのは迷宮組合の建物だった。
「元・迷宮組合の本部だよ。迷宮組合は解散になったから今は迷宮騎士団の詰め所なの」
「迷宮騎士団?」
「元・十二騎士の人たちがこの街を維持するために作った自警団……かな。十二騎士のうち半分は赤い竜に殺されちゃったから……残った人たちで再結成したのが迷宮騎士団」
「…………そうか」
三年前、赤い竜の被害の大きさを俺は知らないまま天頂の塔に封じられた。
迷宮都市の守護者、十二騎士団が半壊してたのか……。
「失礼しますー! クレアさん、いますかー!!」
スミレが元気よく扉を開く。
以前は探索者で溢れていた迷宮組合の広間は、がらんとしている。
ぽつぽつと、探索者らしき人たちがいる。
飲んだくれている人が半分くらい。
床で寝ている人も少なくない。
退廃的な空気の場所だった。
スミレが全く気にしてないところを見ると、いつものことなのだろう。
受付にもほとんど人がいない。
暇そうにしていた受付嬢の一人がこちらへやってきた。
「スミレさん、クレア様なら2階の執務室にいると思いますが、アポ無しは……………………………………えっ?」
やってきた受付嬢は、知り合いだった。
俺の顔を見て固まっている。
なので、俺から話しかけた。
「お久しぶりです、アマリリスさん」
「ゆ、ユージンさん!? うそ!! 本物!?」
かつて迷宮組合で俺の専属担当になってくれた人だった。
「本物ですよー。というわけで、ゆーくんをクレアさんのところに連れていきますねー。いいですよね?」
「も、もちろんです! ユージンさんが戻ってきたということは、天頂の塔が……」
「封印が解けて、中に入れますよ。今はイゾルデ団長が調査しているはずです」
「わかりました!! 他の団員に知らせますね!」
「お願いしますー。じゃあ、行こうか。ゆーくん」
「ああ、アマリリスさんも騎士団に入ってるんだな」
迷宮組合が解散したと聞いたから、都市を去ったとばかり思っていた。
「アマリリスさんは騎士団向けの仕事の受付をしてくれてるよ。迷宮都市にくる商人さんたちの護衛とか。でもあんまり仕事がないってぼやいてたから……天頂の塔に入れるようになって、きっと喜んでると思う」
「そうか。……ならよかった」
知り合いが元気な姿を見れるのは、うれしい。
天頂の塔では、魔物と迷宮主しか相手がいなかったから。
階段を上り二階へ向かう。
一番奥の部屋が、クレア団長の執務室らしい。
……コンコン! とスミレがノックした。
「誰かな?」
「花冠騎士団のスミレです。緊急の用件で参りました」
「緊急か……。わかったよ。入りたまえ」
「失礼しますー」
スミレに続いて俺はドアから入る。
クレアさんは執務机で何かの書類に目を通していた。
忙しいようで、こちらに視線も向けない。
「しかし、重要な用件であれば団長のイゾルデくんが来るべきだと思うが…………スミレくん、用件を聞……」
ここで初めて視線を上げ、俺の顔を見てさきほどのアマリリスさんと同じように固まった。
いや、アマリリスさん以上に目を見開いている。
「お久しぶりです、クレ……」
「ユージンくん!!!!!!!!」
一瞬で、隣に移動したクレアさんにがしっと両肩を掴まれる。
ちょっと痛い。
「さきほど、戻ってきました」
「………………よかった。まさか三年も天頂の塔に閉じ込められるとは……。代わりに私が行くべきと何度後悔したことか……」
そう言うクレアさんの声と肩が震えていた。
かなり心配をかけていたらしい。
(クレアさん……少しやつれたな……)
若々しく美しかった迷宮都市の『王の剣』。
ユーサー学園長がいなくなったあと、崩壊しかけた迷宮都市をなんとか維持してきた苦労は計り知れない。
やつれているのは心配だけど、俺の姿を見て涙ぐんでいるクレアさんに余計な言葉はかけなかった。
その後、スミレと俺で状況を説明した。
現在、天頂の塔の封印は解かれ何者も拒まない最終迷宮へと戻っている。
『神の試練』も、問題ないはずだ。
天使さんたちが戻ってくれば。
「話はわかった。報告ありがとう、スミレくん。そしてユージンくん、改めて君と再会できたことを心から嬉しく思う」
「はい、俺もです」
「今日はもう休むだろう? スミレくん、彼へ団員の適当な空き部屋を案内してもらえるかな? 第一騎士の名前を出せば……」
「お気遣いありがとうございます。でも、このあとまだ行くところがありますから」
俺が言うと、クレアさんが苦笑した。
「慌ただしいね、君は。では、何か困ったことがあればいつでも尋ねてきてよいからね」
優しい言葉をかけてもらった俺は、お礼を言って部屋を出た。
(さて……と。じゃあ、向かうか)
軽く伸びをする。
視線を感じて、隣を見るとスミレが何か言いたげな目でこっちを見ていた。
「スミレ?」
「やっぱりエリーさんのところは忘れずに行くんだね~。もし忘れてたら、私がリマインドしようと思ったけど」
「忘れたらあとが怖いからな」
「ふーん……」
と言ったあと無言になった。
なんか気まずい。
ただ、あとから付いてくるので一緒にくるようだ。
さっき聞いた話だと、俺がいない間は魔王に魔法を師事していたみたいだから、関係性は悪くないのだと思うが。
久しぶりの第七の封印牢だ。
さて、封印の一次解除も久しぶりだ。
詠唱はなんだっけ? と思い出そうとしていると。
「コンコン」とスミレが封印牢の扉をノックした。
……ズズズズズズ、と扉が少しだけ開く。
「ゆーくん、行くよー」
「あ、ああ……」
今、スミレは何をやった?
封印の一次解除を、ノックで代用したのか?
そんなこと、俺もできないんだが……。
スミレの結界魔法の腕が三年前と別次元になってる。
暗い階段を降りて、いつもの瘴気と悪霊であふれる地下牢を歩く。
一番奥にある魔王の部屋までやってきた。
「エリーさん、連れて来たよー」
「はやく、入りなさい」
扉が勝手に開いた。
(………………は?)
今、スミレは何にもしていない。
扉を開けたのは、…………おそらくエリーだ。
(魔王の封印……解けてないか?)
確か、封印の第七牢は定期的にユーサー学園長がメンテナンスをしていた。
ユーサー学園長の亡き今……。
「どうしたの? ゆーくん。行くよ?」
「あ、ああ。行くよ」
恐る恐るスミレに続く。
三年ぶりに訪れる、魔王エリーニュスが封じられている……はずの地下牢。
「遅いわよ」
千年前に南の大陸全てを支配した、堕天の王エリーニュス。
流れ星のような銀髪と漆黒の翼を持つ、美しい堕天使。
ベッドで足を組み、紅玉のように赤い瞳がこちらを射抜く。
その美貌と迫力で一瞬、歩を止めると。
「ゆーくん、どーん☆」
スミレから背中を押された。
「っ!? スミレ!?」
前に倒れそうになったら。
「ほら、きなさい」
エリーに腕を捕まれ、そのままベッドに押し倒された。
なんか、二人の連携がスムーズ過ぎないか?
三年ぶりのエリーの部屋の天井を眺める。
上から嗜虐的な笑みを浮かべるエリーとスミレに覗き込まれた。
「ねぇ、スミレ。こいつ、三年ぶりのくせに冷静で腹が立つわね」
「ねー、私なんてずっと身体が熱いのに。ゆーくんはいつもクールだなー」
「服を剥ぎ取るわよ」
「りょーかいー☆」
「ちょ、待っ」
「「待たない」」
声が揃っている。
連携が完璧過ぎないか!?
「ユージン♡」
「ゆーくん♡」
二人の目が……獲物を前にした獣だ。
三年ぶりに再会したエリーとスミレ。
二人に俺は『蹂躙』された。
◇
「そーいえば、ユージン。少し背が伸びた? あと筋肉ついたわね」
「そーかな? 身長は変わらないような……。でも、確かに前より筋肉あるね」
エリーとスミレが世間話をしている。
……おまえら、人の身体を好き勝手して、のんびり雑談するな。
(まぁ、でも。しゃーないか)
二人を三年、放置してしまったのだ。
それは俺の責任だ。
再会の挨拶は、少々激しかったが二人が元気でよかった。
そこで気になっていることを尋ねた。
「ところで、サラとアイリは? 迷宮都市にはいないのか?」
もし居たら、スミレが案内してくれたはずだ。
だからきっと、二人は国に戻っているのだろうと予想した。
「……………………」
「……………………」
スミレの表情が暗くなった。
エリーですら、気まずそうな表情をしている。
あれ?
何か変なことを聞いたか?
いや、そんなことはないと思うけど。
「スミレ? エリー?」
改めて、二人に尋ねる。
口を開いたのはスミレだった。
「ゆーくん、落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「……なにかあったのか?」
サラとアイリが仲違いするようなことがあったんだろうか。
三年、会ってない間に何があったのかを知っておかないと。
……けど、次のスミレの言葉は全く予想してないものだった。
それだけはない、と思っていたから。
すぐに言葉の意味を理解できなかった。
「今、グレンフレア帝国と、聖国・蒼海連邦の連合軍は戦争をしてるの」
暗い声で辛そうに、スミレが告げた。
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次回の更新は、5月11日(日)です。
■感想返し:
>スミレなのに百合の花がとか訳が分らなくも無い読者が多そうだ!
→上手いことを言われてしまった。
>エリー、何だかんだと言っても世話焼きだよな。
→おねーさんキャラですからね。
つい世話を焼いちゃう。
■作者コメント
えっくすでつぶやきました通り、6月25日に『攻撃力ゼロから始める剣聖譚5』が発売予定です。
https://blog.over-lap.co.jp/shoei_2505/
現在、山場なのでガンバリマス。
■その他
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