165話 スミレの日常
◇スミレの視点◇
「遅いわよ、スミレ」
魔王さんがベッドに腰掛け、すらりと長い脚を組んだままこっちに文句を言う。
「これでも急いできたんだよ! 毎回、急に呼び出すんだから」
私も文句を言い返した。
「はやくこっちにきなさい」
私の言い分はスルーしてぽんぽんと、エリ―さんが座っているベッドの隣を叩く。
身勝手な女だなぁー。
でも魔王だし。
そりゃ、身勝手だよね。
「エリーさんの好きな葡萄酒とチーズとパン。あと市場でフルーツを買ってきたよ」
私はここに来るついでに買っておいた籠に入った食べ物を差し出す。
「そーいうのはあとよ。ほら」
エリーさんが私の腕を引く。
「きゃっ。引っ張らないでよー、もう~」
無理やりベッドに腰掛けさせられた。
……ギシ、とベッドが軋む。
銀髪の妖艶な美女が私をニヤニヤ見つめている。
同性の私も羨むほどの美貌。
私はこの三年で外見が成長したけど、エリ―さんはまったく変化がない。
完成された容姿。
が、今は整った顔がすこし怪訝な表情をしている。
「スミレちょっと、痩せた? ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ。というか、最近少し太ったからダイエットしてるくらいだし」
騎士団のみんなって体力お化けで、その分消費が激しいのか食事量が多い。
私もつられて食べすぎてしまう。
「えぇー、スミレはもっと肉付きをよくしたほうがいいって、ぽっちゃり系ヒロインを目指しなさいよ」
「やだよ! だったらエリーさんが目指せばいいでしょ」
「ざんね~ん☆ 天使は太ることも痩せることもできないのー。ゴメンねー」
「くっ……ずるい!」
生まれた時から美人なのに、それがずっと変わらないなんて!
「それより……久しぶりだから…………もらうわよ? スミレ」
私を見つめるエリーさんが、妖しく上唇を舐める。
結局、こうなるよね……。
「はぁ~……、手早くしてよ」
私はため息を吐いて、ダランと身体の力を抜いた。
「それは、私の気分しだいね☆」
そう言いながらエリーさんが私の頬に手を添え、整った顔を近づけてくる。
(毎回、この瞬間は慣れないなぁ……)
腹が立つけど、ドキドキしてしまう。
長い銀髪が私の顔にかかり、そして…………唇を重ねられる。
次の瞬間、身体が熱くなり魔力が吸い取られるのを感じた。
――ゆーくんが不在のため、魔王さんへ魔力を提供する生物部代理。
現在、花冠騎士団と並行して務める私の大事な仕事の一つだ。
◇
「ふぅ~、今日のスミレの魔力はまぁまぁね。評価:☆3.1」
「しばくよっ!?」
十数分にわたり魔力連結されたあげく、あまりの言い草に私がキレる。
するとエリーさんは「んー」と少し考える仕草をして、私の頬に手を置く。
「魔力ありがとう☆ 世界一可愛いわよ、スミレ♡」
無駄にイケボで決め顔をされた。
「そんなこと思ってないくせに! 騙されないから!」
「……めんどくさい女ねー、スミレって。ユージンも苦労してたでしょうねー」
「ゆーくんはいつも私に優しかったし」
「まー、あの男はねー。どの女にもいい顔するから」
「そんなこと! そんな…………うーん? そうかも」
否定できなかった。
「それより、今日は仕事終わったんでしょ? 神獣朱雀ちゃんとの戦いお疲れ様、スミレ」
そう言いながらエリーさんが2つのグラスに葡萄酒を注ぐ。
「視てたの?」
ここって外界とのすべてを遮断する最強の結界が施された第七の封印牢じゃないの?
「魔力感知よ。神獣や炎の神人族の気配はわかりやすいから」
「ふーん……、ありがと」
私はエリーさんからワインが注がれたグラスを受け取った。
コツン、とグラスを軽くぶつける。
ちびりと濃い赤ワインを飲む。
疲れもあってか、お酒が回るのはやい。
「今年のはイマイチねー」
ベッドに座って足をブラブラさせながら、すでにワイングラスを空にしていた。
ペースはやいなー。
せっかくここまできたんだから酔っ払っちゃう前に、色々聞いておこう。
「ねー、エリーさん」
「なに? おかわり?」
「ちがくて。今日、神獣と戦った時のことなんだけど……」
「よくできてたんじゃない? 本来複数人で対応しないといけない『戦術防衛結界』を一人で張ってたから、ほかが攻撃に専念できてたでしょ」
まるで見てきたかのように言う。
「うん、騎士団の子たちや探索者さんにも褒められたんだけど……」
「よかったじゃない」
「でも、ゆーくんみたいに無詠唱で結界魔法を使えるようにならなくてもいいのかな? そうすれば攻撃にも参加しながら、結界も瞬時に張れるようになるし」
「あのねー、スミレ。前にも言ったでしょ? ユージンの結界魔法が無詠唱なのは範囲が狭いから。さらにいうならユージンは前衛かつ単独で突撃するタイプだから、無詠唱じゃなきゃ話にならないの。かたや、スミレは攻撃でも防御でも基本は後方からの支援。攻撃は外せば終わりだけど、結界魔法は基本無駄にならない。しかもスミレの魔力は無限だから結界強度をずっと維持できる。巨大結界魔法なんて強度と安定性が全てなんだから、しっかり詠唱して発動させたほうがお得なのよ」
「うーん、そっかー。わかったよ」
私は素直に頷いた。
リュケイオン魔法学園がなくなったので、これまで魔法を教わっていた授業もなくなった。
この三年、魔法についてはエリーさんから学んでいる。
花冠騎士団にも魔法使いはいるのだけど、みんな剣と魔法を組み合わせた魔法剣士タイプで、私のように魔法使い専門の人はいない。
なにより、私の魔力が桁違いらしくて「教えるの無理だよ!」と言われてしまった。
というわけで、自称『天界で女神様の教育係』だったというエリーさんに教わることになった。
その対価として、お酒や食べ物を差し入れしたり魔力をあげたりしている。
魔力の受け渡し方法は…………さっきのアレなんだけど。
「スミレ、今結界魔法使ってないでしょ? 24時間、常に結界魔法使い続けなさい。そうすれば魔法熟練度が上がってもっとうまく扱えるようになるから」
「えー、休憩中はしなくてもよくない?」
「ユージンはやってたわよ」
「もー、わかったよ」
ゆーくんの名前を出されると弱い。
三年前、もっと私が強かったら……と後悔してきたから。
ぐいっと、私はグラスを空にした。
「お? エンジンかかってきたかー? ほらー、飲んで飲んで」
エリーさんが私のグラスに二杯目を注ぐ。
エンジンってこっちの世界になくない?
エリーさんはたまに、地球用語を使う。
多分、私が懐かしいのをわかってて。
「今日はそんなに飲まないからね」
「そんなこと言って、本当は寂しくて愚痴を聞いてほしいんでしょー? お姉さんに言ってみなさい。慰めてあげるから」
ぐっ……、読まれてる。
エリーさんは、人の心を読んで誘惑するのが本当に上手い。
「じゃあ、もう少しだけ……」
「よーし! 今日は飲み明かすぞー」
「だから、そんなに飲まないって!」
私は言ったけど。
結局、私はエリーさんに溜まっていた愚痴をいっぱい言って、散々飲まされて酔ってしまって、気がつくと寝てしまっていた。
◇
「………………………………あれ?」
目を覚ますと自分の部屋じゃなかった。
(えっと、確かエリーさんの所に差し入れを持ってきて……魔力を分けて……そのあと)
徐々に意識がはっきりしてくる。
「おはよう、スミレ」
隣から声をかけられた。
銀髪の美人がすぐ隣で寝ていた。
エリーさんのベッドで寝落ちしちゃったみたい。
「…………おはよう……エリーさん」
うぅ……、頭いたい。
飲み過ぎちゃったなー。
って、あれ?
「おはよう!? もしかして寝過ごした!?」
今日は非番ではあるけど、強い神獣や天頂の塔から抜け出した魔物が出現すれば呼び出されることもある。
私が焦って戻ろうとすると。
「大丈夫よ、外は平和だから。スミレの呼び出しはなかったわ」
エリーさんが当然のように言った。
「なんでわかるの?」
「ま、私って優秀だから? これでも天界だと一目置かれてたし」
誤魔化された。
何度も言うけど、ここは迷宮都市におけるもっとも厳重な封印が施された第七の封印牢。
外界の様子がわかるはずがない。
……のだけど。
魔王さんは当然のように外の様子を把握している。
もしかすると私よりも詳しく。
(本当に魔王さんって、封印されてるのかな?)
第七の封印牢の他の神話生物に比べて、明らかにエリーさんだけ自由だ。
それが最近、気になっていることだった。
怖いので口にはしないけど。
私は大きな姿鏡の前で、寝癖と衣類の乱れを正す。
とりあえず、部屋に戻って着替えようかな、と思っていると。
「スミレ、天頂の塔に行ってみなさい」
真剣な声でエリーさんに言われた。
「えー、なんで?」
私は不満の声を上げた。
天頂の塔は、私の部屋とは反対側なので遠回りしないといけない。
どうせ誰も入れないのに、わざわざ行く理由がない。
けど、次の言葉でそんな気持ちは吹っ飛んだ。
「多分……天頂の塔の封印がそろそろ解けるわ」
私は目を見開いた。
「それって……!!」
「ユージンが戻ってくるってこと」
その言葉で胸が苦しいほど鼓動が速まった。
と、同時に不安が押し寄せる。
ユージンくんが天頂の塔に閉じ込められて、約三年。
彼は無事なんだろうか。
そんな私の表情を読んだのか。
「心配しなくていいわ、スミレ。私たちはユージンと魔法の契約で繋がってるもの。ユージンが死ねば、必ずわかる。アイツは無事よ」
「うん、そうだね」
私は頷いた。
そう。
ゆーくんは約束してくれた。
絶対に戻ってくるって。
だから私はゆーくんを信じてる。
「じゃあ、天頂の塔に行ってくるね、エリーさん」
「いってらっしゃい。あとであのバカをここに連れてきなさい」
「うん、絶対につれてくる」
約束すると、私は封印の第七牢を出た。
その足で、天頂の塔の入口へと向かう。
三年前から大きな扉で封印されている最終迷宮の入口。
私がそこに到着すると、人だかりがあった。
その中に、顔見知りの花冠騎士団の女の子を発見する。
「ねぇ、何かあったの?」
「スミレちゃん! どこいたの? 実は今朝から天頂の塔の封印の様子がおかしいの。私はその見張り」
「封印が……?」
見ると入口の扉の隙間から光が漏れ出ている。
そんなのを見るのは、ここ三年で初めてだった。
その光が徐々に強くなっていく。
……カチャン、 となにかが外れる音がした。
……ズ。
扉が一瞬、震えた。
気のせいと思ったけど、違った。
……ズ…………ズズ…………………………ズズズ
確かに扉が開いている。
「封印が解かれる……?」
「私、イゾルデ団長を呼んでくる! スミレちゃんはここで結界魔法を張っておいて!」
「了解! まかせて」
私は小さく頷いた。
天頂の塔の封印が解かれ、魔物が大量に出てくる可能性もある。
だから結界魔法を張っておく。
素早く詠唱して、この場にいる全員を包み込む結界を構築する。
その間にも、扉はゆっくりゆっくりと開いていく。
けど、私は不安と期待を胸に扉を見つめ続けた。
…………ズズズ…………ズズズ、と地面を擦る鈍い音を立てながら大きな扉が動く。
『赤い竜』に迷宮都市が蹂躙されたあの日。
三年前から一度も開かなかった扉。
それがゆっくりと開き…………扉の間から人影が見えた。
知っている顔。
ずっと会いたかった人。
記憶にある顔より少し凛々しくなっていた。
「……………………ゆーくん」
涙が出た。
扉をでたゆーくんは、周囲を少し見回し「スミレ!」私に気がつくと一瞬で眼の前にやってきた。
「ゆーくん!!!」
私は迷わず抱きついた。
力強く、でも優しく抱きしめてくれた。
「ごめん、遅くなった」
「うん…………おかえり」
こうして私は三年ぶりに好きな人に再会できた。
■大切なお願い
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次回の更新は、5月4日(日)です。
■感想返し:
>いつのまにか最終章! まあ、剣聖譚なので『剣聖』編が来たら終わりなのかもしれませんが・・・。
>まだまだ読みたいです!!!
→そう言っていただけて光栄です。
>『剣聖』と『精霊使い』のクロスオーバーで
→クロスオーバーは、本編が完結してからです。
■作者コメント
読者&作者視点だと2週間ぶりですが、スミレ視点だと3年ぶりの再会です。
4月25日にゼロ剣マンガ版の2巻が発売されました!
表紙はスミレです。
描き下ろしショート小説もありますよ!
■その他
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