164話 スミレの日記
◇スミレの視点◇
「おーい! 神獣が出たぞー!!」
「今回は何だ!?」
「朱雀だ! 東の大陸の神獣だってよ!」
「炎属性の神獣だな。この時間の担当の騎士団は誰だ!?」
「イゾルデ団長の『花冠騎士団』だ。
「ラッキーだな! スミレさんがいる花冠騎士団か」
「はやくよべ! 俺たちだけじゃ、力不足だ」
「信号魔法を打ち上げた! すぐにきてくれるはずだ!」
元・探索隊の皆さんの大きな声の会話が聞こえ、私はそちらへ急いだ。
「スミレ、来ました!! 防火の結界、張りますね!」
私は杖に魔力を込めて、呪文を唱える。
ゆーくんのように無詠唱とはいかないけど、私の周囲を中心にゆっくりと淡いオレンジ色の大きな結界が展開された。
「すげー結界だ! スミレさん!」
「とんでもない魔力だな、相変わらず」
「ありがとう! 助かったよ、スミレさん!」
「これなら安心して戦える」
口々にお礼を言われる。
「他の花冠騎士団のみんなもすぐ来ると思います! まずは神獣の様子をみましょう!」
そういうと元・探索隊のみなさんは素直に頷いてくれた。
――ヒュオォオオオ……ッ!!
周囲に大きな鳴き声が響いた。
赤い巨大な鳥が上空を舞っている。
ハラハラと降ってくるのは、桜吹雪のように見えるけど全てが朱雀の翼が放つ火花だった。
今のところ朱雀は高い位置からこっちを見下ろしているだけ。
(うーん、すぐには攻撃してこないのかな……?)
迂闊に神獣を刺激してはいけないので、私たちは注意深く見張っていた。
「すまない、遅くなった。スミレくん、状況は!?」
数分とせず、団長のイゾルデさんがやってきた。
周りに仲間の騎士たちも集まっている。
「今回の天頂の塔ゼロ階層『神の試練』の相手は神獣『朱雀』です。今のところ空から火花を降らせてくるくらいで、攻撃らしい攻撃はまったく……。ここにいるメンバーには防火の結界を張りました」
「ありがとう。ここからは私が指揮をとる、いいな!」
「「「「「はい!」」」」」
私含め全員が短く返事をする。
「スミレちゃん、待たせちゃってごめんね?」
「いえ、平気です!」
女性の副団長さんが声をかけてくれた。
第七騎士イゾルデ・トリスタンさんが率いる『花冠騎士団』は10名にも満たない小さな騎士団だ。
かつては、それぞれの十二騎士には30名近い団員がいる騎士団が組織されていたいう話なんだけど、三年前の『赤い竜』事件によって、大幅に組織は縮小となった。
天頂の塔は、三年が経った今でも封印され誰も入ることができない。
つまりはゆーくんは今も戻ってきていない……。
現在の迷宮都市は、天頂の塔という最大の資源を失い迷宮組合も解散している。
そのため、かつては数千人以上いた探索者たちは、ほとんどが職を失ってしまった。
私もその中の一人だったんだけど、ゆーくんと親しかったイゾルデさんが声をかけてくれた。
なんでもゆーくんが神獣ケルベロスやヒュドラと戦ったあとの素材を売却した資産を、イゾルデさんが管理していたみたいで「ユージンくんはスミレくんの保護者だった。なら、この資産を使わせてもらっても問題ないだろう」って。
おかげでお金の心配はしなくてすんだのだけど、何もせずゆーくんを待っているだけなのも心苦しかったので、迷宮都市の復旧を目指しているイゾルデさんの騎士団に入れてもらうことになった。
天頂の塔が封印された今、迷宮都市の主な収入源は無作為に発生する『神の試練』によって現れる、神獣から取れる素材だ。
迷宮都市が壊滅する原因になった地上での神の試練が、皮肉にも迷宮都市の貴重な収入源になっている。
勿論、また赤い竜のような悪意をもった神獣が現れる可能性もある。
けど、迷宮都市が生き残るには他に方法がなかった。
そんな方法でしか、都市機能の維持ができない迷宮都市を見限った者は多く、住民は以前の十分の一以下になっている。
かつて南の大陸でもっとも優秀な人材が集まると言われた、最終迷宮のある都市国家と魔法学園。
その栄華は見る影もない。
ユーサー王の代行である第一騎士クレアさんは最近元気がない。
たまにユーサー王の姿に変身して、変わりない姿を見せているけど住人の人たちも気づいていると思う。
本当のユーサー学園長はもう……。
「いまだ!! 一斉に放て!」
「「「「「はい!!!!」」」」」
イゾルデ団長の指揮のもと、一斉に魔法の矢が放たれた。
十数本の閃光が、朱雀の尾羽を切り裂く。
私は別の役割があるので待機している。
――カァアアーーーン!!
朱雀がさっきとは違う大きな鳴き声をあげた。
空が輝いた。
そして、ゴオオオオオ!と巨大な数百個の火の玉が上空から降り注ぐ。
「スミレくん! いけるか!?」
「はい、大丈夫です!」
あらかじめ詠唱しておいた魔法を発動する。
「聖炎の守護!!!」
巨大な赤い壁が現れ、朱雀が放つ火の玉を防ぐ。
精密な魔力操作の苦手な私は、花冠騎士団の結界魔法使いの役割を担っている。
本来なら巨大な結界を広範囲に展開するのは、魔力効率が悪いらしいのだけど炎の神人族の私なら魔力の枯渇の心配がない。
それに……結界魔法の勉強をしている時、ゆーくんのことを思い出せて嬉しかった。
本当ならゆーくんから直接教わりたかったけど。
でも、ゆーくんは真面目だから「スミレに結界魔法を教えるなら俺よりもっと適任がいるよ」とか言って、別の先生を探したりするんだろうな、きっと。
……戦闘中でも、ついゆーくんのことを思い出してしまう。
その後、なんどか遠距離からの攻撃と防御を繰り返し。
朱雀は黄金の魔法陣と共に消えていった。
「よし! 作戦は終了だ! 負傷者は名乗り出ろ! 手当する!」
「今回の成果は朱雀の尾羽が13個ですね! 強力な魔法武器の素材になる」
「高く売れそうだな」
「勝手に懐に入れるなよ」
「いれるわけないだろ!」
「これで街の商売に活気がでるといいけど」
そんな会話が聞こえた。
今、迷宮都市に残っている人たちはかつての繁栄が忘れられない人たち。
そして、本当に迷宮都市が好きな人たちだ。
「スミレくん、お疲れだった。防衛を一手に引き受けてくれてありがとう。おかげで多くの神獣素材が手に入った。キミの報酬は多めに……」
「それはいいですって、みんなと同じ額で。いつも言ってるじゃないですか」
「そうか……。わかった。事後処理はやっておくから、先に上がっていいよ」
「はーい、ではお疲れ様でした! 花冠騎士団・指扇スミレ、準待機に入ります!」
「うん、お疲れ様」
私はイゾルデ団長に敬礼をして、騎士団寮の自室へと向かった。
◇
「ふぅ……」
部屋に戻った私は一息ついた。
一眠りしようかな、と思ったけど神獣との戦いで気持ちが高ぶって眠れそうにない。
こういう時は……。
「日記でも書こうかな」
私はゆーくんがいなくなった日から書き続けている日記帳を広げた。
赤い竜事件以降、リュケイオン魔法学園はなくなってしまった。
だから授業を受けることはできない。
戦闘訓練は、花冠騎士団のみんなが教えてくれる。
でも勉強を教えてくれる人はいないし、その時間もない。
だからせめて、この世界の文字を書くことだけでも勉強しようと思って私は日記を書き続けている。
私はパラパラと、過去の日記をめくった。
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ゆーくんがいなくなってから、しばらくは大変だった。
ユーサー学園長はいないし、天頂の塔は封印されて誰も入れなくなった。
そして、封印前に天頂の塔にいた人は未だ誰も戻ってきていない。
三年経った。
すでに天頂の塔に取り残された人は、誰も生きていないという見方が有力だ。
けど……。
「ユウは絶対に戻って来るわ!」
「ユージンが死ぬわけ無いでしょ」
「そ、そうだよね!」
アイリちゃんとサラちゃんはゆーくんの生存を疑っていなかった。
もちろん、私も。
しばらくはレオナちゃんやテレシアさん、あと仲良くなったカミッラさんとも一緒にゆーくんを待っていた。
天頂の塔に入れなくなったことで、探索者の数はどんどん減っていったけど私たちは迷宮都市に残り続けた。
そのうち、定期的に現れる神獣の素材を売買する迷宮都市の運営が確立。
やっと落ち着いてきた矢先、またも大事件がおきた。
千年前に世界を支配していたという『大魔王』が復活したらしい。
その知らせに、次期皇帝という立場からアイリちゃんが帝都への帰還を命じられた。
ほぼ同時期に次期聖女のサラちゃんも。
「スミレ! 帝都にきてユウを待ちましょう! 不自由はさせないわ」
「スミレちゃん、私と聖都にいきましょう」
二人から誘われたけど、私は迷宮都市に残ることを選んだ。
ゆーくんが待っててと言ったから。
一番近くで帰りを待ちたい。
それから不安な日々が続いたけど、無事に大魔王は倒されたらしい。
一瞬だけ、大魔王の攻撃によって世界中の人間の意識が奪われたりしたらしいのだけど、私にはその時の記憶はない。
ちなみに大魔王を倒したのは『光の勇者』様らしい。
異世界人ということで、名前も伝わってきたけど記憶にはなかった。
というより、私は前世の記憶をほぼ持っていない。
自分の名前と出身が東京であること、あとは家族の顔と名前くらい。
「スミレくん、会いに行かなくてもいいのか?」
イゾルデ団長から聞かれた時。
「大丈夫です。私はユージンくんと約束してますから」
と答えた。
記憶にない異世界の人ではなく、私は一番大切な人との約束を優先したい。
それからも、長い月日がたった。
ゆーくんがいなくなって、三年が過ぎて。
私はまだ待っている。
ずっと待てる。
けど、不安にもなる。
もしかしたら、ゆーくんはもう……。
その時だった。
――ミレ………………さい!
頭の中に念話とノイズが聞こえた。
キーン、と耳鳴りがする。
よく聞き取れない。
けど、誰かはわかる。
あの女だ。
(もう~、相変わらず急だなぁー)
ため息を吐いた。
とはいえ、実は私も誰かと会話したい気分だった。
花冠騎士団のみんなは親しくしてくれるけど、どうしても仕事の同僚という気持ちが拭えない。
会話をすると、「迷宮都市の今後は……」とか「次の神獣が出たら……」みたいな話になっちゃう。
そうじゃなくて、なんでもない雑談がしたかった。
かつてサラちゃんや、レオナちゃん、アイリちゃんとしたみたいな。
今はみんな祖国に帰ってしまっている。
(……寂しい)
そんな私の気持ちを察してくれたんだろうか?
私は部屋を出て、天頂の塔のほうへ向かう。
途中、リュケイオン魔法学園の跡地の横を通り過ぎた。
瓦礫は片付けられているけど、柵がしてあって人は入れない。
未だ再開の目処はまったくない。
そっちをあまり見ないようにしながら、私は大きな黒い扉の前に辿り着いた。
魔法で封印された扉だけど、わずかに瘴気が漏れ出ている。
扉の近くには虫一匹どころか、草すら生えていない。
私は『一次解除』の呪文を唱え、扉を少しだけ開いて中に入る。
すぐに扉を締めた。
黒い扉の奥は地下へと続く階段がある。
足元にだけ、魔法のランタンが僅かな光量で階段を照らしている。
ゆっくりと階段を降りる。
階段の先は長い洞窟のようになっていて、両端にいくつもの牢屋が並んでいる。
私はなるべく牢屋のほうには視線を向けないようにして、奥へと歩を進めた。
……クスクス……クスクス
……キャッ! …………キャッ!
……カカカ……クク……
……テケ……リリ……
……ゴーー……ゴーー…………
不気味な声(?)が、真っ暗な牢屋の奥から聞こえてくる。
何度きてもここだけは気味が悪い。
第七の封印牢。
ユーサー学園長が趣味で集めた危険な魔法生物、神話生物たちが封印されている迷宮都市て一番危険場所。
管理をしていた生物部のメンバーは、今は殆ど残っていない。
(まぁ、第七に入れるのはゆーくんと学園長だけだったらしいけど)
現在、ここに入れるのは私だけ。
なのでたまにやってきて問題がないかのチェックをしている。
今日は、呼ばれたからなんだけどね。
目的地は第七の封印牢の最奥。
その檻の名札には、こう記してある。
――『堕天の魔王』
私はゆっくりと瘴気の溢れる檻の中に足を踏み入れた。
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次回の更新は、4月27日(日)です。
4月25日は、信者ゼロの更新とゼロ剣コミック2巻の発売です。
■感想返し:
>グレイプニルを使える傍迷惑な神様と言えばロキでしょうね
→名前を伏せた意味はあまりなかったですね。
この世界でのロキ様は(悪)知恵の女神様です。
>しかし、エリー何してんだ?手も足も出ない?
→ここは理由があってですね。
エリーのもと仕えていたのは木の女神フレイア。
ロキとフレイアは因縁深いので色々あったようで。
エリ―さんは女神ロキが苦手のようです。
■作者コメント
ジークアクス2話を見ながら執筆中。
最終章です。
じっくり楽しみながら書いています。
しばらく掲載。発売は4月25日
■その他
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