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162話 赤い竜 その2


(こ、これは……)


 到着した天頂の塔(バベル)の入口前広場。


 そこはむせ返る血の匂いと破壊の跡で満ちていた。


 絨毯のように広がる赤い血。


 飛び散った腕や足。


 周囲には崩れた建物と瓦礫の山。


 どうみても死んでいる者が、幾人も転がっている。


(……結界魔法・心鋼)


 俺は結界魔法で、無理やり心を落ち着けた。


「う……」

 スミレが口を抑えて吐きそうになっている。


 サラがスミレの肩を抱き、アイリは険しい表情で剣を構えている。


 アイリの視線の先は、破壊の主である神獣『赤い竜』が()る。


 赤い竜は静かに佇んでいる。


 七つの頭は全ての両目を閉じ、まるで巨大な石像のようだ。


「ねぇ、ユウ。今なら攻撃できるんじゃ……」

「まったく動かないのは妙だな」

 アイリの言う通り神獣からは危険な気配はしない。


 その時、近くに「タン!」と音を立てて人影が上空から降りてきた。


 オレンジの髪に赤い槍を持った男――英雄科(クラスメイト)のクロード・パーシヴァルだった。


「ユージン!」

「クロード! 何があったんだ?」

 ふと空を見ると飛竜が飛び去っていくのは見える。


 どうやらクロードは飛竜に乗って近くにいたらしい。


「あの神獣(化け物)にやられた……。十二騎士団、S級探索者、そしてユーサー王も……」

「学園長も!?」

 正直、どんな危険でもユーサー学園長だけはなんとかすると思っていた。

 だがこの惨状では……。


「一撃で……ここに集結していた部隊が壊滅した。俺は飛竜に騎乗して待機していたから逃れることができたが……地上にいたみんなは……」

 クロードが悔しげに言った。


「撤退は……しなかったのか」

「できるわけないだろ! 俺だけがどの面下げて……」

「悪い。失言だった」

 クロードは責任感がある男だ。

 一人で逃げたりはしない。


「ユージン、どうするの……?」

 普段は自分から意見を出すサラですら、頭が回っていない様子だ。


「そうだな……まずは手分けして息のある人を見つけて救助と治療を……」

 なんとか思いついたのは、人員を増やすことだった。

 ここにいる数名でできることはない。


 その時。


 シュイン、と空中に魔法陣が浮かぶ。


 そこから三人の人物が現れた。


「お、よしよし。必要なメンバーは揃っているな」


 場違いなほど落ち着いた声の主は。


「ユーサー学園長! 無事だったんですね!」

 スミレがほっとした声で叫ぶ。


「君たちも無事でよかった」

 二人目は第一騎士クレア・ランスロット様。


「………………………………」

 そして、今回の事件の元凶、迷宮主アネモイ・バベルだった。


 なにか言ってやりたかったが、憔悴した顔でずっと俯いている。

 言ったところで言葉は届かなそうだ。


「ユーサー王、ご指示を」

「学園長、俺が力になれることはありますか?」

 クレアさんと俺が尋ねると、ユーサー学園長は俺たちを見回した。


「時間がないため、手短に説明しよう」


 俺たちは頷き、次の言葉を待つ。




「この迷宮都市は……10分後に()()()()




 学園長の口から予想もしない言葉が、発せられた。


「「「「!?」」」」」


 その場にいた全員の顔が驚愕に歪む。


「ど、どういうこと!」

 全員の疑問を代弁したのは、迷宮主だった。


 唯一この場で落ち着いているユーサー学園長は、上を向き澄んだ青空に視線を向けた。


天頂の塔(バベル)を管理する運命の女神(イリア)様……、もしくは天界を統べる太陽の女神(アルテナ)様の命令か……。10分後にこの場所へ神級魔法である『雷霆』が降り注ぎ、赤い竜もろとも迷宮都市は消滅する。(いにしえ)の神獣『赤い竜』を野放しにできないという天界の決定と思われるが……残念ながら詳しいことは私の『予知魔法』ではわからぬ。そこまでの精度はない」


「で、でも天使(リータ)さんが女神様に相談するって!」

「そうよ! そんな横暴がまかり通るわけが……」

 スミレとアイリが口々に叫ぶ。


 迷宮主は青い顔をして小さく震えている。


「スミレくん、アイリくん。実のところ女神様はそこまで慈悲深くは……、おっとサラくんの前では失言だったな」

「いえ……、堕落した民に試練と罰を与えるのも女神教会の教えです。……とはいえ、街ごと消し去るというのはいくらなんでも」

 サラの声も震えていた。


「天界はそれだけこの事態を重く見ているということだ。だが、展開が早すぎる……あまりにも。民が避難をする時間もない」

 学園長の声は静かで……しかし重かった。


「学園長、なにか打ち手があるんですよね?」

 俺は重い空気を破って聞く。


「ある」

 短く返ってきた言葉に安堵する。


 ユーサー学園長は、小さな赤い人影のほうを向いた。


「迷宮主アネモイ殿」

「……」

 ユーサー学園長の声掛けに返事はなかった。


 相変わらず青い顔で俯いている。


「……申し訳ありませんでしたな」

「………………え?」

 意外にもユーサー学園長からでたのは、謝罪の言葉だった。


「私の天頂の塔の攻略方針が安全優先だったため、天頂の塔の攻略速度が落ちてしまった。今代の迷宮主の方針と異なっているのに気づいておきながら、学園生徒や探索者の命を第一に考え、最終迷宮の攻略と探索者の成長がゆっくりしたものになり……結果、迷宮主の望まぬ状況になった。本来であれば、迷宮都市の責任者として迷宮主アネモイ殿ともっと会話(コミュニケーション)をすべきであった。申し訳ない」


 学園長が頭を下げ、迷宮主が戸惑っている。


「民の安全を守るのは王として当然でしょう!」

「学園長は間違ってないと思いますよ」

 第一騎士クレア様とクロードは、ユーサー学園長の擁護をした。


 迷宮都市の住人は、誰もがユーサー王を統治に異論をもっていない。


 もちろん俺も。


「だが、この事態を引き起こした責任はある。責任者は責任をとらねばな」

 そういって全員を安心させるように不敵に笑った。


「で、でも……どうやって」

 落ち着いた態度のユーサー学園長と不安そうにおどおどしている迷宮主が対照的だった。


「現在の赤い竜は、天頂の塔の『神の試練(デウスディシプリン)』システムによって地上へ顕現できている。それを切り離そうとしているため今は大人しいが……、あと10分……いや正確には7分か。天頂の塔から制約が無くなり、完全に自由になった赤い竜は地上へ大いなる災いをもたらす。その前に、神界規定に則り『緊急事態発令』で『雷霆』が降り注ぐわけだが……、それを防ぐには赤い竜に元の場所に帰ってもらわねばならない」


「だからそれができないって話で……」


「迷宮主殿、赤い竜が天頂の塔の内部に戻すことができれば封印ができるのではないですか?」


「そ、それは……確かに、天頂の塔の中なら迷宮主の力が十全に発揮できる。外に出さないくらいのことはできるかもしれないけど……」


「しかし、十二騎士全員と迷宮探索者が揃っていた時ですら、一撃であの怪物に敗北しました。この人数で赤い竜を天頂の塔に戻すことなど……」

 第一騎士クレアさんの表情は暗い。


 落ち込む第一騎士の肩をぽんと、ユーサー学園長が叩く。


「そこは私がなんとかしよう」

「本当に……できるのですか?」

 クロードが小さく呟いた。


 それがユーサー学園長の耳の届いたのだろう。


()()()()()()……できる」


 ユーサー学園長はぽつりと言った


「なら! 私もお供します!」

 迷わず第一騎士クレアさんが言う。

 

「いや、それは駄目だクレアくん。キミには私のいなくなったあとの迷宮都市の取りまとめを頼みたい。天頂の塔がしばらく使えぬ状態では苦労をかけると思うが、他に頼める者はいない。キミにしかできないことだ」


「し、しかし……」

 クレアさんは納得いってない様子だ。


「迷宮都市の王と次席がそろっていなくなれば、民が路頭に迷う。そうだな……確かクレアくんは妖精魔法で『変身』が得意だったな。できればたまに『ユーサー王(わたし)』の姿で民の前に現れて欲しい。王が健在と思えば、民も安心するだろう。どうかな?」


 ユーサー学園長は優しい表情で、諭すようにクレアさんに語る。


 第一騎士さんの迷った表情が、覚悟を決めたものに変わった。


「……お任せください、ユーサー王。第一騎士クレア・ランスロットの名にかけて拝命しました」

 クレアさんが跪き、力強く頷いた。


「うむ、任せた。それから……」

 ユーサー学園長が、アイリやサラの方を向く。


「アイリくん、サラくん、クロード。君たちが治める、もしくは活躍する帝国、聖国、蒼海連邦を見れぬのは心残りだが……、変わらぬ繁栄を願っているよ。おっと、私が不在なことは胸に留めてくれるとありがたいのだが……まぁ、命令できる立場ではないからこれはお願いかな」


「……わかりました。ユーサー陛下。誰にも言いません」

「ユーサー王、これまで……お世話になりました」

「ユーサー先生……俺は、この学園で貴方に出会え光栄でした」

 アイリとサラとクロードが真剣な表情で答えた。


 三人の返事を聞き、ユーサー学園長が微笑む。


 そして、スミレに視線を向ける。


「スミレくん。古代神人族の異世界転生者という奇跡のような希少人物をもっと観察しておきたかったが……、残念ながら時間切れのようだ。これからも元気に過ごしてほしい。ああ、それから火の大精霊(サラマンダー)のローブはスミレくんにあげよう。前々から自分のもの扱いしていたようだから、今更だったかな? どのみちスミレくん以外には着れないからな」


「が、学園長~、も、もっと良い事いってくださいよぉ……」

 スミレは泣いていた。


「ユージン」

「はい」

 ユーサー学園長が俺の目を見て言った。


「封印の第七牢やら他にも色々と面倒事を頼んできたが……、最後に一つ『頼み』がある」

「…………なんでしょう?」


 入学初日。

 魔王の世話係を打診された時のことを思い出す。


 無茶振りをされたが……おかげで成長ができた。

 ユーサー学園長からの恩は計り知れない。


 最後の頼みとあれば、それが何であろうと断る理由はない。


「このあと苦難の道が続くと思うが……()()()()

「……それが頼みですか?」


 えらくふわっとした頼みだ。

 全く具体的じゃない。


「ああ、そうだ」

「わかりました。どんな苦難にも負けず、前に進みます」

 俺は学園長の目を見ながら頷いた。

 

 学園長の青い目の奥には、銀色の魔法陣が見える


 未来予知ができるユーサー学園長の魔眼には、何が映っているのだろうか。



「では、皆は少し離れておくように。これから()()危険な魔法を使う」

 そう言いつつ、ユーサー学園長はすでに俺たちから距離を取っている。


 ユーサー学園長の言う『少し』危険な魔法は、ほとんどの場合が神話時代の魔法実験を指す。


 言われるがままに、俺たちは距離を取った。


 ユーサー学園長は何事かを呟き、小さな魔法陣が空中に現れ、そこから煤けた魔法のランプがことんと、学園長の手に収まった。


 以前に神獣ヒュドラと戦う時に見せたやつだ。


 ブルリ、と金属のはずのランプが生き物のように震えた。




 ――ざわり、と空気が変わる。



 

 ズズズズズ、とランプの周囲を黒い魔力と瘴気、そして魔力とは違うナニカの力が渦巻いている。


 チクリと、視線を感じた。


 いつの間にか赤い竜がこちらを見ている。


 さきほどまで俺たちを一切見ていなかったはずが。


(……はぁ、使っちゃうのかー。まぁ、他に手段がないかぁ……)


 魔王(エリー)の諦めたような声が脳内に響いた。


(エリー、あれはなんなんだ?)

 彼女は知ってるようだ。


(すぐにわかるわ。ユージンは大丈夫だと思うけど、『アレ』を見てお友達は気が触れないように注意しておきなさい)

(気が触れる……?)


 エリーが不穏なことを言う。


 その間にもユーサ―学園長は、聞いたことがない言葉をずっと呟いている。


 やがて呪文の詠唱らしきものが終わり、ユーサー学園長は煤けたランプをゆっくりと手で擦った。


 ランプから黒い霧のようなものが漏れ出ている。


 瘴気が濃い。

 

 そして黒い霧が人の形となって浮かび上がった。


 どこからともなく声が響いた。




 ――キミがボクを呼んだのかい?




 心臓が鷲掴みにされるような不思議で悍ましい声だった。


「ゆ、ユウ……」

 アイリが苦しそうに胸を抑えている。


「こっちに」

 俺は幼馴染を抱き寄せた。

 周囲の結界魔法でマシになるはずだ。




「はい、ユーサー・メリクリウス・ペンドラゴンがアナタ様をお呼びしました」




 ――つまりボクに叶えてほしい『ネガイ』があるということかな?




 美しいのに不気味という、不思議な声はどこからともなく聞こえてくる。


「サラちゃん!?」

「だ、だいじょうぶ……」

 少し離れた位置で、サラが聖剣を杖のようにしてなんとか立っている。

 スミレは……比較的平気のようだ。



「その通りです。私には『ネガイ』があります、魔神様」


 この場の誰もが平静を保てない状況で、ユーサー学園長が淡々と話す。




 ――では『ネガイ』の『タイカ』を聞こうか




 ユーサー学園長が魔神と呼ぶそれが尋ねる。


(……対価?)


 俺が疑問を口にする前に。



「私の持つ全てを」



 ユーサー学園長は全く躊躇わず、そう告げた。

■大切なお願い

『面白かった!』『続きが読みたい!』と思った読者様。

 ページ下の「ポイントを入れて作者を応援~」から、評価『★★★★★』をお願いします!



次回の更新は、4月13日(日)です。



■感想返し:

>アネモイさんはここから入れる保険ありますか???


→ないですね(迫真)


>アネモイがお咎め無しという展開だけ止めて下さい。


→流石にお咎めあると思いますね。。。



■作者コメント

 えっくすでお知らせした通り、4月25日にゼロ剣のコミック2巻が発売します。

 表紙のスミレが可愛い!


挿絵(By みてみん)


■その他

 感想は全て読んでおりますが、返信する時間が無く申し訳ありません


 更新状況やら、たまにネタバレをTwitterでつぶやいてます。

 ご興味があれば、フォローしてくださいませ。


 大崎のアカウント: https://twitter.com/Isle_Osaki


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― 新着の感想 ―
時間軸的にマコトが会ったユーサー王は本人だったのかクレアさんだったのかどっちなんだろ? それともここからユーサー王無事に済むのかな?
あっちの方はマコトが最初の拠点出るまで1年掛かってるから時系列的にはこっちのが前のことになると思うし、あっちの書籍版でマコトがユーサー王に会ってることからこの時点では無事なのは既に決定してますよね。
ウーサー王は謝る必要はなかった。確かに、ウーサーの「安全第一」の方針は探索を少し遅らせた。しかし、現在および以前の災害は主にアネモイの無謀さと不注意なルール変更によるものだった。また、天使の管理者は勤…
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