161話 赤い竜 その1
リュケイオン魔法学園の校舎が消し飛んでいた。
「「…………」」
俺とアイリは呆然とその光景を見つめる。
「……ん」
気絶していたスミレが目を覚ました。
「ゆーくん、アイリちゃん……どうな……」
そして俺たちと同じように絶句する。
しばし無言が場を支配して、俺は大事なことを思い出した。
サラは生徒会のメンバーと一緒に学園校舎から生徒の避難誘導をしていたはずだ。
その校舎は、全て崩壊している。
――サラ! 無事か! いるなら返事を……!
念話で呼びかけるが返事はない。
(まさか……)
(ユージン、落ち着きなさい)
魔王の声が脳内に届いた。
(曲りなりにも聖剣の適合者が簡単には死なないわよ。慈悲の聖剣には持ち主が瀕死になった時に生命維持の機能もついいてたはずだし。多分、ユージンの念話の届く範囲外にいるんでしょ)
(そう……なのか?)
初めて聞く話だが。
(私は天界の加護がついた聖剣の性能は全て把握してる。だから安心なさい)
(ありがとう、エリ―。少し落ち着いたよ)
冷静になって考える。
サラの魔力はスミレのようには多くはないので目立たない。
魔力感知をするならサラ自身より、サラが持っている聖剣のほうがいい。
(聖剣を魔力検知して…………いた!)
移動しているようなので、本人も無事なはずだ。
サラ本人の魔力は距離が遠すぎて検知できなかった。
「アイリ、スミレ。サラと合流しよう」
「サラちゃんは大丈夫なの!?」
「でも、どこにいるのか……」
「場所は見つかった。こっちだ」
「え?」「どうやったの?」
驚いている二人には移動中に説明した。
学園ほどではないが、迷宮都市の街も大きく神獣の攻撃の被害にあっている。
街の様子は嵐と地震が同時にやってきたあとのようだ。
途中、赤い竜の咆哮によって吹き飛ばされて怪我をした人を回復魔法で治しつつ進む。
足を痛めて動けない人。
瓦礫に埋もれている人。
気絶している人、
アイリも俺ほどではないが、回復魔法を使えるので怪我人を癒やしている。
スミレは回復魔法が使えないが、俺の魔力の補填に協力してくれた。
移動中だけで、二十人以上の人を救助したと思う。
助けた人には大いに感謝されたが、助けられない人もいた。
つまり……すでに亡くなっている人々だ。
この被害は神獣による『神の試練』のものだから、天頂の塔のルールに従い『復活の雫』が使える可能性は高い。
が、果たして数は足りるのだろうか。
そもそも、本当に復活ができるのか……。
今回の神の試練は何もかもが例外的だ。
「ゆーくん……」
「大変なことになったわね……」
「……ああ」
スミレとアイリの言葉に、俺は短く答えた。
崩れた街の間をかけていくうちに、被害の少ない街並みにたどり着いた。
人影はない。
おそらくすでにほとんど避難のために移動しているのだろう。
さらに都市の外壁を目指すと、迷宮都市の外門が見えてきた。
そこには大勢の人々が詰めかけていた。
「早く街から離れてください!」
「神獣の第二の攻撃がくる可能性があります!」
「荷物はあとで! とにかく急いで!」
迷宮職員たちが避難誘導している。
「う、嘘だろ……さっきのが続くのか!?」
「子どもたちは!? 誰か見てないか!?」
「まだ死にたくないッ!」
迷宮都市に住んでいるのは全員が探索者ではない。
商人や職人、戦闘能力の低い者も多い。
彼らは皆必死の形相で逃げている。
人が多く知り合いの顔を判別するのは困難だ。
(サラの持つ聖剣の魔力は……あっちか!)
魔力検知で仲間を探す。
街の外には出ていないようだ。
人混みを避けるため、俺たちは家の屋根に登って道を進んだ。
徐々に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「みんな! 落ち着いて行動しなさい! 攻撃がきたら、頭を低くして結界魔法! わかった!」
「「「「「「はい!」」」」」」
サラの声だ。
生徒たちを街の外へ誘導しているようだ。
サラ以外に、生徒会メンバーが生徒たちを案内している。
「サラ!」
俺は空歩で、サラの近くに屋根から着地した。
「ユージン!? 無事だったの! そっちはどうだったの!?」
サラが目を丸くする。
「天頂の塔の近くで神獣が暴れてる。リュケイオン魔法学園の校舎は全て吹き飛んだ。サラを探しに来たんだけど、無事でよかった……」
「心配してくれたんだ……うれしい!!」
「サ…………」
サラに抱きつかれ、そのままキスをされた。
「……っと、そんな場合じゃないわね」
すぐにサラは冷静になったようで身体を離した。
「ユウ!!」
「ゆーくん!!」
アイリとスミレが追いついてきた。
口調からさっきのキスはしっかり見られていたようだが、それ以上の追求はなかった。
「サラ会長! 生徒の避難は完了しました!」
「次はどうしますか!?」
生徒会執行部のメンバーがサラに報告をしている。
「なら、生徒会メンバーも街の外に避難しなさい」
「サラ会長は!?」
「私はユージンたちと行動するわ。同じ探索隊だから」
「そんな!」
サラは俺たちとくると言っている。
けど……。
「サラ。アイリやスミレと一緒に迷宮都市の外に避難してくれないか?」
次期聖女のサラや、次期皇帝のアイリ、魔力が大きいが戦闘技能は高くないスミレをもう一度神獣の近くへ連れて行くのは気が引けた。
できれば迷宮都市の外へ出てほしいという考えだったが。
「いやよ、ユージン」
「ユウ、馬鹿言わないで」
「やだよ、ゆーくん」
誰一人俺の提案に従ってくれなかった。
(やーい、全員に反対されてるー)
(うるさいな)
魔王にまで茶化された。
スミレ、サラ、アイリの表情を確認する。
三人の真剣な目を見て、説得は困難だと感じた。
「わかった、俺たちはS級の探索隊だ。避難を指示されているのはB級以下。神獣『赤い竜』のもとに向かおう」
三人は強い目をして小さく頷いた。
「スミレは俺の近くに。サラとアイリはなるべく一緒に行動してくれ」
「理由は?」
アイリが俺に尋ねた。
「スミレは結界魔法が使えないからと、俺は魔力の補填のためにもスミレの側にいたほうがいい。サラの聖剣には、持ち主を守護する能力があるからアイリの盾役を頼む。ただ、危険な気配の察知はアイリのほうが得意なはずだから、サラをカバーしてくれ」
「わかったわ」
アイリが納得した顔で言った。
「あの……ユージン。聖剣の能力は聖国の国家機密なんだけど……」
「エリーに聞いた」
「じゃあ、仕方ないわね」
サラがため息を吐く。
「あと、誰か一人でも行動不能になったら撤退する。どんな重傷でも即死じゃない限り、俺の『蘇生』魔法で回復させる。ただし、魔力の都合で一度だけだ。スミレから借りた魔法では蘇生魔法は使えない。いいか?」
「……う、うん」
スミレの顔が少し引きつった。
「ゆーくん、『復活の雫』は?」
「今回はあてにしない。ここは天頂の塔の外だ。使えない可能性がある」
「そ、そっか……」
スミレの声が少し震えている。
「アイリ、サラ。絶対に無茶をするな」
「ええ」「わかってる」
二人の声が普段より固い。
それでも、誰も『逃げたい』とは言わなかった。
「行こう」
俺たちは再び神獣『赤い竜』のいる天頂の塔の入口へと向かった。
◇
迷宮都市の中央へ急ぐ。
一番、警戒をしているのは『赤い竜』による『咆哮』の攻撃だ。
赤い竜は『第一の神罰の炎』と言っていた。
なら第二、第三の攻撃があると読んでいたのだが、特にない。
大きな戦闘の音や、光も見えない。
「思ったより静かね」
アイリが呟いた。
「私は出現した神獣を見ていないのだけど……どんなやつだったの?」
「でーーーっかい、赤い竜だよ! サラちゃん」
「終末の赤い竜だ」
スミレと俺の言葉に、サラの顔が引きつる。
「そんなのが……召喚されたの!?」
「いや、召喚されてない。勝手にやってきた」
「…………は?」
移動しながらサラに説明した。
「最悪ね……、全部、迷宮主のせいじゃない」
サラが毒づいた。
「天使さんが、天界に報告へ行ってくれた。それでなんとか収まるといいんだけど……」
「じゃあ、私たちはそれまで時間を稼ぐのが目標ね」
「多分、それしかない」
そんな会話をしながら天頂の塔が近づいてきた。
瓦礫となったリュケイオン魔法学園の校舎跡を駆けていく。
遠目にもはっきりと七つの頭を持つ赤い竜の巨体が見える。
その近くにユーサー学園長や、十二騎士団がいるはずだ。
徐々に、その姿も見えてくる。
――この時の俺は、何だかんだ楽観していたのだと思う。
ユーサー学園長は、451階を記録している伝説的な探索者。
歴代最強と名高い、迷宮都市の守護者『十二騎士団』。
さらには俺たちよりも先に200階層を突破した歴戦の『S級探索者』たち。
いくら900階層の神獣とはいえ、そう簡単に負けはしない。
そう思っていた。
天頂の塔、1階層入口前。
「「「「…………」」」」
到着した俺たちは、一言も発せなかった。
迷宮都市の最強集団が…………壊滅していた。
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次回の更新は、4月6日(日)です。
■感想返し:
>校舎の窓ガラス割るなんてレベルの問題でない卒業
→校舎ごと無くなりました。
>無理ゲーってレベルじゃねぇ…
>神獣の暴走ならこれはもう神の介入が必要なのでは?
赤い竜「900階層まで誰も来ないし暇やな……」
赤い竜「あれ? なんか抜け道できてる? 行ってみるか」
赤い竜「地上に来れたわ……。でも神界規定あるから干渉できんし……」
赤い竜「もしかして……試練ってことにしたら、地上で暴れてもおk?」
暴走じゃなくて、天頂の塔の手続き通りです。
変なルールを設定した管理者=迷宮主のせいですね。
■作者コメント
この章はそろそろ終わりですかねー。
■その他
感想は全て読んでおりますが、返信する時間が無く申し訳ありません
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