158話 ユージンは、目撃する
100階層では――親友が天使さんに押し倒されていた。
「あの……リータちゃん? 俺には恋人が……」
「知ってるすよー、二人いるんでしょ? じゃあ、三人目に立候補するんで♡」
普段は明るく天真爛漫な天使さんが、誘惑するような笑みを浮かべる。
一方のクロードは、困惑した表情を浮かべていた。
まさか、こんなふうに天使さんに言い寄られるとは予想もしていなかったのだろう。
俺は隣の堕天使のほうに視線をむける。
(よし! いけ! その調子よ!)
口パクでそう言っているエリー。
(おまえの差し金か?)
トントン、と肩を叩いて小声でエリーに聞く。
(ちょっと、今いいところなの! 邪魔しないで!)
怒られた。
仕方ない大人しくしておくか。
俺は会話を続けるクロードとリータさんに視線を戻した。
「いや、俺はただ、リータちゃんが最近忙しそうだったから、少し休んだほうがいいって言っただけで……」
いかにもクロードがいいそうなセリフだ。
「そうそう天使の仕事は忙しすぎるすよー。だ、か、ら、癒やして欲しいなーって☆」
クロードに流し目を送るリータさん。
リータさんの手がクロードの頬に伸びる。
クロードの顔はまだ戸惑っているだけだが、避けようとはしなかった。
ゆっくりとリータさんの顔がクロードの顔に近づき……。
(これ以上はダメだな)
そう判断すると、俺は隣にいる魔王の手を掴んだ。
(ちょっと! なにするのよ! ここからがいいところなのに!)
(見ちゃ悪いだろ)
抵抗する魔王を俺は強引に引っ張る。
――クロードくん……好き
――リータちゃん……
そんな声が聞こえながら、俺とエリーはその場から離れた。
◇
「ちょっとー! どーして見ないのよ!」
「二人に悪いだろ」
エリーの腕を引っ張って声が届かないくらいの距離まできた。
「まったくユージンてば真面目ねー。ところでなにかここに用事があったんじゃないの?」
「ああ、ユーサー学園長からこれを渡すように頼まれて」
と書類の束を魔王に見せた。
エリーがそれをパラパラとめくる。
「ふーん……、天頂の塔の異変か……なるほどね」
少しだけ真剣な表情で書類を眺める魔王。
「エリーは天頂の塔の異変についてどう思う?」
ユーサー学園長からは100階層の管理者であるリータさんへ伝えるように言われたが、エリーの意見も気になる。
なんせリータさんの先輩天使だ。
「そうねー、私は天頂の塔の建設や管理の担当になったことはないから予想だけど……」
エリーはなにかを思い出すように言葉をきった。
「天頂の塔は迷宮主の意向で仕様が大きく変わる最終迷宮なのは理解してる?」
「ああ、前任の迷宮主と今の迷宮主アネモイとは考え方が大きく違っているとは聞いてる」
前任の迷宮主は、ユーサー学園長と同じ探索者の安全優先。
今代の迷宮主は、『神の試練』への積極的な参加を望んでいる。
「そうそう、迷宮主の希望に従って天頂の塔はその姿を変える。だから異変はその影響もあるとは思うんだけど……。天頂の塔は迷宮主に100%従うわけではない、という点がやっかいなところね」
「そうなのか……? 迷宮主なのに?」
と言われて、俺は思い出した。
かつて迷宮主が召喚した神獣ヒュドラを制御できてなかった事件を。
「天頂の塔の迷宮主は何度も代替わりしてる。天頂の塔の建築は神話時代だから」
「随分と長いんだな」
学園の迷宮学では、天頂の塔の成り立ちは不明とされている。
人類史には記録が残っていない。
「この惑星に封印されている精霊のめが……邪神の魔力を再利用することで成り立ってるから。無駄に昔からあるのよねー。天頂の塔全体が巨大な神器みたいなものだから、若い迷宮主が完璧に管理するなんて無理ってわけ」
「……それは大丈夫なのか?」
迷宮主のアネモイさんは、結構やらかしそうな印象があるが。
「その辺を各階層の管理天使からサポートしてほしいって、この書類には書いてあるわね」
「結局、リータさんの仕事がさらに増えるわけか……」
100階層の天使の仕事は激務になっている。
今頃、クロードと『休憩』している頃だと思う。
しっかり休息を取ってほしい。
そんなことを考えていると。
……ふわ、と白い腕が俺の首に回った。
「エリ……」
俺がなにか言う前にエリーの口に、唇を重ねられた。
長いキスのあと。
「ねぇ、ユージン」
「……急だな」
「どうせ、リータがおわるまで暇でしょ?」
「まぁ、そうなんだけど」
「じゃあ、いいでしょ☆」
エリーに押し倒される。
俺は無言でエリーの背中に手を回し、抱き寄せた。
(午後の授業、あとで誰かにノートを借りよう)
心の中でため息を吐いた。
◇
「あれ? ユージンと……エリーさん、なんでこんな所に?」
俺とエリーが雑談していると、クロードとリータさんがやってきた。
クロードの腕にリータさんの細い腕が絡んでいる。
完全に――恋人同士の距離感だった。
「エリー先輩! やりましたよ!」
リータさんが指でVを作る。
「おっけー! 私の教えが生きたわね。上手くできてたわよ!」
エリーが親指を立てて返事をするのを聞いて、クロードの顔が若干引きつった。
「……え?」
「おめでとう、クロード」
とりあえず祝いの言葉を送った。
クロードの目が大きく見開いた。
「ユージン!? 見てたのか!?」
クロードに詰め寄られた。
説明を求められ、俺とエリーは途中からは見てないことを伝えた。
「あの……ユージン。このことは……」
「スミレやサラには言わないよ」
「そ、そうか……」
「でも、どうせバレると思うぞ」
「……そうだな」
「俺も隠し通せた試しがない」
俺とクロードは顔を見合わせたのち、天を仰いだ。
すこし離れた所から、会話が聞こえてきた。
「リータ、いい? クロードの服にこっそり羽を忍ばせておくのよ? そうやって匂わせるのが大事なの」
「なるほど! 勉強になるっす、エリー先輩」
「リータちゃん!?」
クロードが慌てて振り向く。
「おい、エリー。ろくでもないことを教えるな」
以前、俺の服に黒い羽があったのもわざとか。
それからユーサー学園長に頼まれた書類をリータさんへ手渡した。
予想通り「えー……また、仕事が増えるっすよ」とげんなりされていた。
「まぁまぁ、リータちゃん」
とクロードがなだめていたので、任せることにした。
俺は学園に戻り、エリーは「寝るわ」と行って第七の封印牢へ戻って行った。
ちなみに、予想通りクロードの新しい恋人のことはすぐにレオナやテレシアさんにバレていた。
厳しい追求にあっているらしい。
ついでに、スミレやサラから
「ゆーくん、知ってたの!?」
「ユージン、白状しなさい!」
二人から取り調べを受けた。
幼馴染だけは「さすがユウの友達ね。天使様に手を出すなんて」とよくわからない感心をしていた。
――それからしばらくは平穏な日々が続いた。
スミレの魔法修行に付き合い。
サラやアイリの剣の訓練相手をしていると、リリー・ホワイトウィンドも参加してきた。
クロードからは、なぜか恋愛相談を受ける。
エリーは気分屋で、いつも突然呼び出しをされる。
先日、剣術部と合同で戦った神獣『麒麟』の角は競売にかけられるらしい。
見事200階層突破の立役者となったロベール部長は聖国に戻り神聖騎士団長候補となったようで、学園を『卒業』するという噂だ。
当人に会った時に聞いてみると、あと半年ほどで学園の卒業試験を受け聖国に戻るらしい。
その前に剣の訓練相手になってほしい、とお願いしたところ快諾してもらえた。
ユーサー学園長とは、先日から会っていない。
忙しく何かを研究しているらしい。
◇ある朝◇
朝日がまだ登ったばかりの早朝。
「ジリリリリリリリ!!!!!!!」
大きなベルの音が、迷宮都市中に響いた。
――緊急警報! 緊急警報!
寮の自室まで迷宮組合からのアナウンスが聞こえる。
――迷宮都市にいる探索者は、いますぐ天頂の塔へ集合してください! 繰り返します……
何かが起きたらしい。
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■感想返し:
>天使の皆さんも普通にそういう欲求はあるんだなぁ、と
→エリーニュスはもともと天界のエリート天使です。
あとユージンの母のライラさんも天使なので、そういう欲求は普通にありますね。
>なるほど、その三大最終試験が女体化
女体化はない……はずです。
今のところ予定はないです。
いや……でも、無しではない……か?(さっそく迷い)
■作者コメント
現在5巻の原稿執筆中&信者ゼロの13巻も。
ちょうどいいくらいの忙しさ。
(再掲)3月25日に信者ゼロのコミック9巻が発売
■その他
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