155話 ユージンは、天の贈品を受け取る
――挑戦者の勝利です。おめでとうございます。
その天使の声が響くと同時に、こちらへ大勢が駆け寄ってくる気配を感じた。
「部長!」
「やりましたね!」
「流石です!!」
「部長の剣、見えなかったですよ!」
ロベール部長が剣術部の部員たちに取り囲まれている。
「ユウ!」
こちらには幼馴染が抱きついてきた。
一拍遅れて。
「ゆーくん!」「ユージン!」
スミレとサラも俺に抱きついてきた……ちょっと。いや、かなり窮屈になった。
「ちょっと、スミレ、サラ。順番でしょ」
「えー、やだ。ゆーくん、かっこよかったよ~☆」
「じゃあ、貴女が最後ね、アイリ」
「なんでよ! 早いもの勝ちよ!」
「なぁ、三人とも離れてく……」
「「「だめ」」」
離れてはもらえなかった。
「ユージンちゃん、モテてるねー」
「あんたの後輩、帝国のお姫様と聖国の聖女と異世界人を囲ってるのヤバわね」
「若いっていいね~~」
カルロ先輩たちの会話が聞こえてきた。
その時、周囲を黄金の光が照らした。
巨大な魔法陣が光を放っている。
魔法陣の中央にいる神獣『麒麟』の姿がうっすらと透けていく。
召喚元の場所へと戻るのだろう。
麒麟はこちらを静かに見下ろしたままだ。
俺は、一歩前に出て「手合わせ、ありがとうございました」と言い頭を下げた。
(…………見事デシタネ、勇敢ナ剣士タチヨ)
脳内に優しい声が響いた。
神獣と目が合った。
その瞳は驚くほど優しい。
ふわっと淡い光が周囲を照らし、200階層『神の試練』の神獣麒麟は消え去った。
(もしかしたら、神獣はかなり優しく試練を課してくれたのかもな)
そう感じた。
東の大陸では温厚な神獣として祭られているし。
「ねぇ、ユウ。このあとはどうするの?」
俺に抱きついたままのアイリが尋ねる。
「たしか200階層の天使様が現れるはずで……」
俺がそう言った時。
……パチ……パチ……パチ
気の抜けた拍手が響いた。
「……はーい、探索者の皆さん~~おつかれさまでした~~」
ふわりと宙から降りてきたのは、身体より大きなシャツを着た青髪の天使様だった。
外見年齢は、100階層の天使リータさんと同じくらいだろうか。
ただ、天使様は年齢不詳なので外見はあてにならない。
「いや~、見事な勝利でしたね~。久しぶりの200階層突破、うれしいですよ~~」
喋り方も服装もゆるい天使様だ。
こちらまで少し気が緩んだ。
「!?」
ぱっ、とサラが俺から離れて天使様に向かって跪く。
隣を見るとロベール部長以下、剣術部員も同じだ。
ロベール部長は聖国出身だから女神教会の信徒なんだろう。
少し遅れて俺もそれに倣う。
ちらっとスミレとアイリを見ると、戸惑った様子だ。
スミレはふだんエリーやリータさんと気軽に話しているから、そこまで天使様を特別視してないのだろうけど、一応周囲に合わせている。
アイリは次期皇帝という立場から、容易に頭を下げるべきか迷ってるようだ。
「……あー、大丈夫ですよー。かしこまらずに~。楽にしていいでですから~」
アイリの心情を察してか、天使さんが声をかけてくれる。
その時、青髪の天使さんがぱっとこちらに顔を向ける。
必然的に目があった。
「ユージン・サンタフィールドです、天使様」
反射的に挨拶をした。
「はいー、知ってますよー。ユージンくんのことは天界でも噂になってますから~。私は200階層の管理をしているマリエルと申します~。よろしくですー」
ニッコリと天使様が微笑む。
そして俺たちのほうをぐるりと見回した。
「では、ここにいる皆さんは無事に『神の試練』を突破しましたから、『天の贈品』の時間ですよー。えい☆」
天使さんが右手を掲げる。
……ズズズズズズズ
と、俺たちのいる周囲から黄金の木々が生えてきた。
地面や草原も黄金色に輝き、木々には鮮やかに輝く宝石や魔石の実がなっている。
見回す限りの幻想的な空間。
100階層でも見た光景だが、2回目でも圧倒される。
(いや、100階層の時よりも明らかに黄金や魔石の質が上だ)
上の階層ほど、与えられる褒美も価値の高いものになるのだろう。
俺たちが息を飲んでいると、天使さんの後ろに青く輝く泉が現れた。
濃密な魔力の光を放つその泉にあるのはただの水であるはずがなく……。
(ねーねー、ゆーくん。あの泉って)
スミレが小声で尋ねてくる。
(スミレ、あの泉は……)
俺が小声で教えようとすると。
「スミレさん、こちらは200階層の『天の贈品』である『生命の泉』ですね~~。どんな病気や怪我も癒やし、死者をも復活させる効果を持ちます~~」
俺たちの会話が聞こえていた天使さんが先に答えてくれた。
「死者って……あれ? もしかして前にレオナちゃんが生き返った『復活の雫』って……」
スミレは思い至ったらしい。
「そうよ、スミレちゃん。100階層以下の探索者たちが命を落としてしまった時に使っている復活の雫は、200階層の『生命の泉』の水を薄めたものなの」
サラが解説する。
「へぇー!! そうだったんだ!」
「まぁ、私も直接見るのは初めてなのだけど……」
「帝国が管理している霊薬をも遥かに凌ぐ効果を持つ天頂の塔の『神薬』と言われている『生命の泉』。これが……」
アイリも真剣な表情でそれを見つめている。
その時。
パン! と天使さんが手を叩いた。
「さて、ではここにいる皆さんへお尋ねします~~。200階層を突破したご褒美として『黄金の森』にある黄金、宝石、魔石は自由に持ち帰っていただいてかまいません~~。持ち帰る量に上限は設けますが、各人が一生苦労しないだけの財産となるでしょう~~~」
天使さんが用意していたかのような言い回しで説明する。
きっと何度も言ってきた言葉なのだろう。
「もしくは~~、ここにある『生命の泉』を得ることで、さらに上層……300階層を目指すか~~~。勇敢なる探索者のみなさん、選択してください~~~!」
ぴしっ! と天使さんが生命の泉を指差す。
(この辺は100階層の時と同じか)
あの時の俺たちの探索隊は、全員が上層を目指すと答えた。
俺とスミレとサラは、上層を目指すための武器や防具を手に入れた。
しかし……
「俺は黄金だ! これだけあれば……」
「よし! これで俺は実家の兄貴たちを見返せる!」
「200階層突破なら、即騎士団長採用だろうからな!」
「俺はやったんだ!!」
剣術部員たちの会話が聞こえてきた。
どうやら彼らはみなここで天頂の塔の攻略は終了するらしい。
(せっかく200階層を突破したのに……)
もったいないな、と俺は思う。
それにきっと……。
「迷宮主さんは、がっかりするだろうな」
ぽつりと独り言が口からでた。
「ゆーくん? 何か言った?」
スミレが聞いていたようだ。
「いや、なんでもないよ」
俺は誤魔化した。
色々とやらかしている迷宮主アネモイ・バベルはトラブルメーカーではあるが、少なくとも探索者がより上層へ挑戦してくれるよう知恵を絞っている。
今回の200階層突破は、そのおかげだ。
けど、結局はほとんどが200階層で探索をやめてしまうのだとしたら、きっと落胆するだろう。
そんなことを考えていると、こっちに歩いて来る人物がいた。
「ロベール部長。あなたはどうするんですか?」
先ほど共闘した剣士だった。
「私も200階層で探索は終了だ。そろそろ聖国に戻り神聖騎士団に入るよう聖マトローナ様から仰せつかっている」
「聖女マトローナ様……、たしか以前学園祭にきていた御方ですね」
顔と名前くらいしかしらないが。
「あー……、ロベールさんはマトローナ様の派閥に入られるのですね」
隣のサラが微妙な表情になった。
「はばつ?」
スミレが不思議そうな顔をしている。
「サラくんは確か運命の巫女様の陣営だったね」
「はい……私を聖女に推薦してくださったのがオリアンヌ様ですから」
「そうか……、聖国に戻ると気軽に会話もできなくなるな」
「えぇ、八人の聖女様ももっと仲良くしてくださるとうれしいのですが……」
「ははは、無理だろう。そんなことは歴史上一度もなかったのだから」
「笑い事ではありませんよ、ロベールさん……」
ロベール部長はからからと笑い、サラは悩ましそうな表情をしている。
(なんだか聖国って、大変そーだね)
スミレがぼそっと呟く。
(みたいだな)
(帝国はそんなことないわよ、スミレ!)
アイリが会話に割り込んできた。
帝国は皇帝の権力が絶対だからなぁ。
派閥みたなものはない。
「ユージンくんは上を目指すのだな」
「そうですね。スミレと一緒に500階層を目指します」
「そうか、少し羨ましいよ。今日は君と一緒に戦えてよかった」
そう言ってロベール部長は、剣術部員たちのところへ戻っていった。
(ロベール部長は、本当はもっと上層を目指したいのかもな)
けど聖国のお偉方からそれは許されないと。
剣術部の人たちは全員が、黄金を希望。
カルロ先輩やレベッカ先輩は、俺たちと同じく『生命の泉』を希望した。
ちなみに、幼馴染も『生命の泉』を希望。
アイリは、これ以上上層を目指すわけではないが、俺たちと一緒がよかったらしい。
『生命の泉』は、特殊な魔法瓶に入れないと保管できないらしく容器込みで天使さんが用意してくれた。
キラキラと魔力の光を放つ葡萄酒の瓶くらいの大きさの魔法の容器。
それを各一名に渡される。
天使さんから説明があった。
「こちらの生命の泉の水の効果はさっき言った通りです~。飲めば病気や怪我が完全に回復して、死者に振りかけると生き返ります。天頂の塔の中にいる限り効果は継続しますが、天頂の塔から離れるほど効果が薄まっていきます。注意してくださいねー」
とのことらしい。
ちなみに死体がないと生き返ることができないのは、復活の雫と同じ。
なので魔物に食われた者は生き返らない。
「そっかー。じゃあ、サラちゃんやアイリちゃんの実家には持って帰れないんだね」
スミレが言うと。
「そうね。あくまで天頂の塔の攻略サポートの『天の贈品』と言われているわ」
サラが頷いた。
天使さんにお礼を言い、俺たちは迷宮昇降機で1階層へ降り、その場で解散となった。
いつもならスミレやサラが俺の部屋に押しかけてきたりするのだけど、今日は遠慮してくれた。
多分、神獣との戦いで疲れた顔をしていたからだろう。
珍しく魔王からの呼び出しもない。
幼馴染は、何か企んでそうな表情だった。
(多分、あとで押しかけてくるつもりだな……)
まぁ、その時はどうするか考えよう。
寮の自室に戻った俺は、ベッドに倒れると一瞬で睡魔に襲われた。
◇
――夢を見た。
どこまでも広がる黄金の草原。
空は不思議な七色に輝いている。
昼間に見た200階層の黄金の森に近いイメージだが、それよりも遥かに神秘的な空間だった。
(ただの夢……じゃないよな?)
一瞬、魔王の仕業かと思ったが、彼女の趣味とは少し違う。
周囲を観察していると、こちらを見下ろす小さな人影があった。
外見年齢は十二、三歳くらい。
小柄な体型の背中からは真っ白な羽が生えている。
つまり天使様なわけで。
俺は跪くでもなく、呆気にとられて目の前の天使を見ていた。
天使様は腕組みをして、やや不機嫌そうだ。
こちらを見下ろしたまま、口を開かない。
だから、俺から話しかけるしかなかった。
「あの……母さん?」
それは以前、帝国の小さな教会で少しの間だけ再会をした自分の母だった。
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