151話 ユージンは、神獣と戦う
現れた神獣は見上げるほど巨大な四足歩行の獣だった。
漆黒の鱗に黄金の髭とたてがみ。
獣の周囲には赤い炎が雲のように漂っている。
頭部は竜のようにも見えるが、巨大な馬のような輪郭は、既知のどの竜とも異なっていた。
「タン!」と巨体とは似つかわしくない動きで軽やかに地面を蹴ると神獣の身体がふわりと宙を舞った。
さらに「タン!」と、なにもない空中を蹴った。
まるでそこに地面があるかのように、空を駆けている。
「ゆーくん、あれって……」
「神獣『麒麟』だ」
「きりん……?」
スミレの言葉に俺は短く答えた。
「全員、散れ! 作戦通りに!」
ロベール部長の号令で、各々が動き始める。
「スミレ、サラ! こっちよ」
「うん!」
「わかってる!」
アイリがスミレとサラを連れて、神獣と距離を取る。
ロベール部長率いる剣術部も同様だ。
レベッカ先輩、エイダ先輩はすでに姿が見えないところをみると空間転移で移動したのかもしれない。
カルロ先輩の姿もなかった。
となると当然、その場には俺が取り残されることになる。
これは事前に決めていた作戦通り。
事前にどんな神獣が召喚されるかわからない神の試練では、一番危ないのが『初撃』だ。
そのため、今回のメンバーの中で結界魔法と回復魔法に特化している俺が囮役を買って出た。
俺は200階層の神の試練の相手に紅く輝く天剣を構えた。
「…………」
黄金のたてがみの神獣は、静かにこちらを見下ろしている。
凄まじい威圧感を放ちながらも、威厳あるその姿は神秘的であった。
その姿を見上げながら、俺は場違いにも少なからず感動していた。
(まさか麒麟と戦う機会が得られるとは……)
以前に英雄科のクラスメイトたちと共に戦った神獣『白虎』。
白虎は東の大陸で四神獣と呼ばれ崇められている。
東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武。
それら四神獣の長が神獣『麒麟』であり、東の大陸のおける最上位の神獣の一体だ。
弐天円鳴流においても『雷の型』麒麟は眼前の神獣にちなんでいる。
東の大陸の民にとっては、特別な神獣だ。
(親父にいい土産話ができたな)
小さく笑みがこぼれた。
いや、もしかしたら中継装置によってこの戦いの様子を見ているかもしれない。
だとしたら、さぞ羨ましがっていることだろう。
美しい神獣はこちらを見下ろしたまま動かない。
こっちから仕掛けたほうがいいか? と迷っていた時。
――キュォオオオオーーン!!
麒麟が高い声で吠えた。
同時に凄まじい突風が吹き荒れる。
(来た!!)
神獣が暴風を無視して優雅に空中をこちらへ駆けてくる。
その巨体ゆえ数歩でこちらへ届く。
まずは相手の出方を伺うため、俺は余裕を持って神獣の体当たりを避けた…………はずだった。
ゴウ!!!
と麒麟が着地した瞬間、地面から爆炎が広がった。
「くっ!」
俺は結界魔法で身体を防ぎつつ、迫る炎を魔法剣で斬った。
さらに距離を取ろうと後ろへ大きく下がった時。
(……げ)
脳裏に落雷に撃たれる自分の姿が視えた。
「空歩!!」
瞬時の判断で避ける方向を変える。
ドン!!!!
という音とともに、さっき自分が移動しようとした場所に雷が落ちた。
(あ、危なかった……)
天使の予測能力がなければ、さっきので気絶していたかもしれない。
タン! と地面を蹴る音がする。
すでに麒麟は空中へと移動している。
(一撃離脱するタイプか……)
神獣にしては堅実な戦い方だと感心しつつも、剣士にとってはやりにくい相手だ。
俺は息を整え、次の攻撃に備えようとした時。
「ユージンくん! 交代だ! いくぞ! 堅虎の陣!」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
ロベール部長の掛け声とともに、剣術部員たちが一斉に動く。
訓練された統制のとれた動きだ。
本来は俺の囮の時間はもっと長いはずだったが、さっき俺が落雷をぎりぎり回避した姿をみて早めに介入してきたのだろう。
実際、このまま一人で囮を続けるのは厳しかったように思うのでありがたかった。
「火魔法・不死鳥」
「光の刃!!」
王級魔法を撃ったのはレベッカ先輩、魔法の刃はサラの放ったものだ。
その時、ぐい! と後ろから腕を捕まれ俺の身体が宙に浮いた。
「ほら、ユージンくんは一度休憩~」
声の主は魔道具開発部のエイダ部長だったが、俺を掴んでいるのはまるで巨人のような手だった。
振り返ると巨大な鎧? のようなものを着込んだエイダ部長が俺を掴んで神獣から離れるように移動していた。
「エイダ部長、これは?」
「魔装鎧っていううちの部の試作品だよ。ボク自身は強い魔法が使えないんだけど、この魔装鎧に魔力を貯蔵しておいたり、強力な魔法を組み込んでおくことができるんだ」
「……凄いですね。帝国でも似たようなものを開発中と聞いてますが、まだ実戦には程遠いですよ」
「ふふふ、実は帝国軍からのオファーも来ていてね。そうなれば、ユージンくんとはお仲間だね。おっと、ボクはレベッカちゃんとカルロくんと一緒に行動するからそろそろ離れるよ。じゃあ、お互い健闘を」
俺を掴んでいる手が、ぱっと、離された。
「ありがとうございます、エイダ部長」
俺がお礼を言うと、すぐそばにはスミレとアイリが立っていた。
二人は『神の試練』の序盤は、予備戦力として戦闘に参加しない方針になっている。
「ゆーくん! 魔力の補充は!?」
「ああ、頼むスミレ」
「うん!」
スミレが俺の手を握ると、魔力が注ぎ込まれてくる。
先程の麒麟の攻撃を防ぐときに失った魔力が満たされていく。
スミレから魔力を受け取りながらも、神獣と戦う剣術部の様子を観察する。
麒麟の攻撃は、決して苛烈ではない。
爆発を伴う体当たりと、無作為の落雷。
しかし、自由に空中を駆け回る麒麟に攻撃をしかけるのに苦労している。
その時、地上から一斉に白い紐のようなものが神獣に向かって放たれ巻き付いた。
「ユウ! あれって!?」
「カルロ先輩の使役している女蜘蛛女王たちの糸だ」
炎を纏った麒麟ではあるが、魔力で補強された女蜘蛛女王の糸は簡単には焼き切れないようで、神獣の自由を奪っている。
「いまだ! 猛虎の陣!」
「「「「「「はっ!」」」」」」
ロベール部長の号令で、剣術部員たちが一斉に神獣に斬りかかる。
意外だったのは、ロベール部長は先陣を切るのでなく剣術部員の指揮とフォローが主だった。
剣術部の戦い方を間近でみたのは初めてだったが、一朝一夕では身につかない練度だ。
個でも強いが、全体では更に強い。
これがリュケイオン魔法学園の戦闘系の部活のトップである剣術部の強みなのだろう。
しかし……。
「まずい!!」
剣術部の一人が落雷に撃たれた。
結界魔法を事前に張っていたようだが、防ぎきれず倒れている。
今から俺が駆けつけても、間に合うか微妙なタイミングだ。
「大丈夫かい!?」
そこへレベッカ先輩が空間転移で現れ倒れた部員を回収していった。
それを見て安心しつつ、俺も自分の役目を再認識する。
遊軍として加勢しないと。
「スミレ、魔力をありがとう。行ってくるよ」
「頑張って! ゆーくん!」
「気をつけてね、ユウ! スミレのことは私が守るから!」
「ああ、頼む」
そういうと俺は再び、戦線に復帰した。
◇
(まずいな……)
怪我人をレベッカ先輩が回収、俺の回復魔法やエイダ部長の改造回復薬で怪我人を癒やし、空中を飛び回る神獣の動きをカルロ先輩の使役する魔物が足止めする。
サラは遠距離からの神獣の気を逸らす役割を上手くこなしている。
その間に剣術部員が一斉に攻撃をしかけるという即席にしては、うまく連携ができている。
実際、麒麟の身体には少なくない斬り傷が刻まれている。
にも関わらず、神獣の動きはまったく変わっていない。
空中から体当たりと適当に降らせる落雷。
すでに半刻は経っただろうか。
今の攻撃は、神獣にとって脅威ではないのだろう。
俺以外のメンバーも焦りの表情が出ているのに気づいた。
このままだと時間切れで、神の試練は失敗に終わる。
戦闘に参加していないスミレとアイリも加勢する方法もあるだろうけど、スミレの魔法は威力は絶大だが精度が悪い。
スミレにとって目で追うのがやっとの今の戦いのサポートをするのは困難だろう。
アイリなら問題なく戦闘に参加できるだろうけど、剣術の腕は剣術部の一軍の平均レベル。
一人くらいの戦力追加で、どうにかなるとは思えない。
俺は剣術部の指揮をとっているロベール部長に近づいた。
「ロベール部長」
俺が話しかけると。
「ユージンくんか……」
その顔は普段通りの冷静な表情だったが、声からはわずかな焦燥がにじみ出ていた。
「相談があります」
「わかっている。そろそろ撤退を視野に入れないと……残念だが」
ロベール部長は、今回の勝利を危ぶんでいるようだった。
が、俺の考えは違った。
「提案があります、ロベール部長」
俺は試してみたいことがあった。
今回の神の試練は、俺は主に戦いを外から見ていた。
前線で剣術部を率いて戦うロベール部長よりも客観的に観察ができていたと思う。
だからこそ、俺は提案したい考えがあった。
「聞こう、ユージンくん」
声に落ち着きが戻ったロベール部長に、俺は自分の考えを説明した。
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>そういえば200階層の試練の管理天使はリータさんとは別の人ですか?
→別の天使ですね。
>エロゲでよくある、1~2枚そういうシーンがあったりするだけのサブヒロイン! 場合によっては1回致すような感じのキャラ!
→ラッキースケベがあるかもしれない程度のサブヒロイン(攻略対象外)ですね。
>嫉妬深いヒロインを数釣りすぎ問題、そろそろ刺されてくれw
→ユージンが包丁で刺されても秒で回復します。
そもそも結界で刺さらないまであります。
強い。
■作者コメント
お知らせ!
祝☆ゼロ剣の5巻の続刊が決定しましたー!!
リリー・ホワイトウィンドがイラスト化だー(私の中で。まだ編集さんの許可は取っていない)
というわけで執筆モードに入ります。
■その他
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