149話 ユージンは、幼馴染と語る その2
リュケイオン魔法学園の中庭には、湧き水からできた小さな池とその周囲を鮮やかな花が咲き誇る庭園が広がっている。
園芸部に管理されている通称『常春の庭』だ。
地上にある草木と違い迷宮産の花はどれも強い魔素を持っており、年中枯れることはない。
その中でも美しい花を選んで園芸部員たちが前衛的な庭に仕上げている。
アーチ状になっている花と蔦の門をくぐる。
甘い匂いが鼻に届いた。
横を見ると呑蓮花という紫の大きな花びらの中央が皿のようになっていて、花の蜜が溜まっていた。
甘い匂いはそこからのようだ。
そこへ小鳥がやってきて、花の蜜をとろうとクチバシを蜜に入れた時……
バクン!!!
とすごいスピードで花びらが閉じた。
人の頭部ほどもある大きな蕾の中で、しばらくバタバタと小鳥がもがく音が聞こえたがやがて静かになる。
その後ゆっくりと花が開くと、小鳥の姿は消えていた。
数枚の羽だけを残して。
(怖っ……)
迷宮産の食虫植物と記憶していたが、小動物まで丸呑みにするらしい。
花には手を触れないようにしよう。
改めて庭園を見回す。
・血のように鮮やかな真紅の夢薔薇。
・太陽のようにギラギラと輝く黄金の向日葵。
・風に揺れ美しい音色を響かせる大きな白霧の鈴蘭。
どれも見惚れるほど美しい。
が、なぜかそれらが罠にかかる獲物を待ち構えているような錯覚を感じた。
実際、夢薔薇の棘には毒があるし、白霧の鈴蘭の音には軽い幻聴作用があったはずだ。
なんで園芸部はこんな植物ばっかり集めたんだろう?
そういえば、以前にサラが園芸部部長はかなりの変人だという話をしていた気がする。
(幼馴染を探そう)
庭園の奥へと進む。
中央の小池の周囲には、いくつかベンチが並んでいる。
授業中だというのに、何組かの男女の生徒がベンチに座って楽しそうに喋っている。
その中に一人で座っている女子生徒を発見した。
金髪碧眼の女の子は、ぼーっとしているようで、こっちには気づいていない。
俺はゆっくりと近づき隣に座る。
「アイリ」
幼馴染の名前を呼んだ。
「……ユウ! なんで!? ……カミッラ、あの子ってば」
アイリは最初俺の顔を見て驚いた表情になったが、すぐに何かを悟ったようで諦めた顔になった。
「で、何のようなの? ユウ」
アイリは不機嫌そうに唇を尖らせる。
「身体の調子はどうだ?」
「なんともないわ。ユウだってわかってるでしょ」
「まぁ、な」
俺が魔法で治したわけだし。
身体に異常がないことは知っている。
ああ、そうだ。
これを言わないと。
「アイリ、100階層の突破おめでとう」
「……ありがと」
俺の言葉に、幼馴染は少しだけ嬉しそうな表情になり、すぐまた真顔の戻った。
「……」
「……」
その後無言になり、俺とアイリは中央の池を二人で眺める。
この場所は学園の恋人同士が集まるデートスポットとしては有名で、澄んだ湧き水からできた池を色とりどりの花が取り囲み雅な風景を演出している。
チチチチ……、という小鳥のさえずりが聞こえた。
さっきの呑蓮花に食べられないといいけど……。
そんな心配をしていると。
「ねぇ、ユウ」
アイリが話しかけてきた。
「なに?」
「私って弱い? 200階層の神の試練についていったら足手まといになるかしら……」
幼馴染がこれほどわかりやすく弱音を吐くのを初めて聞いた。
「アイリは弱くないよ。100階層ではどうだったか見てないけど、神獣白虎との戦いだとサラと連携して危なげなく戦ってただろ」
「でも! それはユウやサラが助けてくれたからであって……。昨日のユウとの勝負じゃ、手も足もでなかったし……ユウは剣すら使わないし……」
昨日の件を引きずっているようだ。
アイリのやつ、俺の白魔力の性質を忘れているな……。
「あのなアイリ。俺の白魔力を木剣に纏わせるとぐにゃぐにゃになって剣として使えなくなるんだよ。だから、白刃取りをしたのは苦肉の策だ」
「えっ……そ、そういえばそうだったわね。えっと……じゃあ、私って別に弱くない?」
「ああ、弱くないし、弐天円鳴流の奥義『神狼』については、俺よりもキレがあったんじゃないかな。親父は好んで使ってるけど、俺は苦手だから」
「そうなの? 私は結構好きだけど」
アイリがきょとんとした顔を向ける。
さっきまでの落ち込んでいた表情が薄れている。
「俺は相手の出方を見てから反撃で攻めるようにしているから、一撃必殺の神狼の使い所が難しんだよ」
俺が答えるとアイリが怪訝な表情になった。
「ユウって昔からそうだったかしら。帝国軍士官学校の時は、自分からガンガン攻めていくタイプだったでしょ?」
アイリに指摘されて思い出す。
「確かに……そうだったな。今の戦い方になったのは、リュケイオン魔法学園にきてからだ」
すっかり以前のことは記憶から抜けていた。
「そっか……ユウは変わった。いえ、成長したのね……」
アイリがふっと、寂しそうな表情になった。
「アイリも変わったよ。前より強くなったし…………綺麗になった」
我ながらキザな言葉を選んだと思ったが、クロードからはアイリに優しい言葉をかけろと言われたので、それを実践してみた。
これで元気になってくれたら……と思ったのだが。
「あと、ユウは昔より女ったらしになったわ」
アイリから返ってきたのは冷たい視線だった。
(あれー?)
(ユージンには似合わないセリフだったわね)
(駄目だったか?)
(私に同じことを言ったら蹴ってあげる)
魔王にまでダメ出しされた。
「アイリに元気になってほしかったんだよ」
「じゃあ、素直にそう言えばいいでしょ…………ありがと」
ベンチの隣に座っていたアイリがこちらに寄ってきた。
もともと手を伸ばせば届く距離だったところから、身体をぴったりとくっつけてくる。
そのまま俺の肩に頭を乗せて寄りかかってきた。
(これは……)
次にとるべき行動は、俺でもわかる。
アイリの肩に手を回し、抱き寄せた。
「…………」
アイリは何にも言わない。
何かを訴えるような目で見つめてくるだけだ。
俺は少し迷った末――アイリにキスをした。
以前、アイリにされたのとは逆。
自分からだ。
(あーあ、四人目かー)
魔王のぼやきが、頭の中に響いた。
ちょっと静かに。
「ユウ……」
アイリが頬を赤らめ、俺の身体に腕を回して抱きついてくる。
(えっと……)
いかん、いつものように流されてしまいそうだ。
俺も抱きしめ返すべきか、迷っていると……。
「あっ♡ 駄目だよ……こんなところで」
「いいって、みんなしてるんだからさ」
少し離れた位置からそんな声が聞こえてきた。
「「!?」」
俺とアイリは顔を見合わせる。
どうやら隣のベンチにいる男女の生徒の声のようだ。
俺とアイリが座っているベンチの間には、低木と花々によってギリギリ見えないようになっている。
何をしているのかわからないが……ガサガサという、衣擦れの音が聞こえたる。
そして、時折聞こえる何かを我慢するような声。
ギシギシ、というベンチの軋む音が響く。
(おいおい……、昼間からお盛んだな……)
「あ、あの……ユウ……」
隣をみると、幼馴染が真っ赤な顔をしていた。
「どうした? アイリ」
「と、隣の人たちって……一体、何をして……」
何ってそりゃ……と言いかけてやめた。
アイリはその辺の知識が、疎かった気がする。
「場所を変えようか」
「……うん」
俺は真っ赤な顔のアイリの手を引いて、恋人たちの逢引場をあとにした。
授業に戻ってもよかったが、中途半端な時間だったのでその日の講義は全て休んだ。
その日はずっと幼馴染と一緒にいた。
おかげでアイリの機嫌と調子はよくなった……と思う。
その代わり…………不機嫌となった三人への説明はとてもとても大変だった。
◇200階層『神の試練』挑戦当日◇
「みんな、今日はよく集まってくれた。まずは感謝を伝えたい」
剣術部のロベール・クラウン部長が、俺やスミレ、サラを含む合同チームの面々へ声をかけた。
全員が真剣な表情をしている。
ロベール部長の近くにいるのは剣術部一軍を始めとした、そうそうたる顔ぶれだ。
剣術部の他にも名のしれた魔法使いの生徒の顔も見える。
どうやらロベール部長は、臨時部隊の募集にあたって手広く声をかけたらしい。
それだけ本気ということだ。
学生で200階層を突破した探索隊は、歴史上を見ても多くない。
成功例は限りなく少ない。
「では、出発しようか」
ロベール部長の号令で、合同チームは『200階層』へと向かう迷宮昇降機へと乗り込んだ。
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■感想返し:
>バリアは頑丈で、体や他のものにそれを塗ることができるのに、なぜ木刀にバリアを張って壊れないようにしなかったのでしょうか。
→天使の魔力の特性で、武器にユージンの魔力を纏わせると、ふにゃふにゃのスポンジの剣(攻撃力ゼロ)になります。
盾とか鎧もユージンの魔力を通すとエアバッグみたいになります。やわらかい盾。
>アイリ面倒くさいですのぉ
>幼馴染が負けるラブコメ
→アイリは面倒な女ですが、ゼロ剣のヒロインは全員一癖あるので問題なしです。
エリーもスミレもサラも面倒な女。
■作者コメント
あけましておめでとうございます~。
今年もゼロ剣をよろしくお願いします。
前回のタイトルは「語ってない」という感想があったので今回はがっつり語らせました。
■その他
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