148話 ユージンは、幼馴染と語る
――生徒会執行部を中心とする連合チームの100階層を突破した。
そんな噂話が聞こえてきた時、俺は素直によかったと思った。
あとで幼馴染に会いに行って「おめでとう」を言おうと思っていた。
しかし。
――生徒会執行部の主戦力の一人、アイリ皇女様が神獣によって大怪我を負ったらしい。
その話を耳にした瞬間、俺は駆け出していた。
◇
ガラッ!! と勢いよく保健室のドアを開く。
室内には多くの人々が詰めかけていた。
件の100階層『神の試練』の探索隊のメンバーだろうか?
探索者の怪我人が運び込まれることが多いため、リュケイオン魔法学園の保健室は広い。
ベッドの数は、たしか50床以上。
使用中のベッドはカーテンで仕切られており、誰がいるのかわからない。
(魔力感知……)
俺は幼馴染の魔力を探した。
特徴的な七色全ての魔力を所持している幼馴染は、すぐに見つかる。
保健室の一番奥の大きなベッド――重症人が運び込まれるベッドだ。
ベッドに寝かされているのは、両腕、首、頭部と右目に包帯を巻かれた痛々しい幼馴染の姿だった。
「アイリ!!」
俺が駆け寄ると、アイリの近くにいた保健室の先生がこっちを振り向いた。
顔見知りのクロエ女医だ。
「ああ、ユージンくんか。いいところに来てくれた。アイリ皇女殿下に霊薬を使おうと思ったのだが、自分より他のメンバーを優先するように言って聞かないんだ。私としてはまずは皇女様に完治していただきたいのだがね」
「特別扱いは不要よ! 私よりも大きな怪我を負ったメンバーが他にいるでしょう!」
「他の重症人は集中治療室にいるよ。誰かれ構わず霊薬を使用するわけにもいかないからね。ある程度の治療費は学園持ちだが、流石に最高回復薬のエリクサー代金となると怪我人自身にも一部負担となるから、本人確認が必要だ。それとは別に、英雄科の生徒は最優先で治療するように学園規則で決まっている。だから素直に霊薬を飲んでほしいのだが……」
「要らないわ!」
アイリが治療を拒否している。
保健室の先生たちが困った顔をしている。
要はエリクサーを使わなければいいんだろう。
「俺がアイリを治しますよ」
「ちょ、ちょっと! 素人が勝手なことをしては……」
俺が申し出るとクロエ先生とは別の保健室の先生が止めに入った。
初めて見る先生だ。
「いいんだ。ユージンくんなら問題ない。じゃあ、任せるよ」
クロエ先生が俺に許可を出してくれた。
「はい」
俺は小さく頷き、詠唱を一部省略して唱える。
「ちょ、ちょっと、待って、ユウ! 私は平気だから……」
――回復魔法・蘇生
俺はアイリの言葉を待たず魔法を発動させた。
聖なる光が幼馴染の身体を包む。
アイリの怪我が一瞬で癒えた。
念の為、魔力感知でアイリの身体に異常がないことをチェックする。
「せ、聖級魔法の蘇生……? 我が母国、聖国ですら数名しか使い手がいないと言われる魔法を学生が……」
知らない先生が目を見開いている。
「な、だから問題ないと言ったろ? ユージンくんには卒業後に学園の医師になってもらいたいくらいだよ」
「いやいやいや、おかしいですって。ねぇ、君! さっき魔法の詠唱を簡略化してなかったかい!?」
「はい、しました。そのほうがはやく発動できるので」
「聖級魔法だよ!? 無理だって! あんな短い呪文で聖級魔法を発動する魔法使いなんてこの世に存在しな……」
「ユーサー王は全ての聖級魔法が無詠唱ですよ」
「ユーサー学園長は、聖級魔法の二重とか三重発動もできますよ」
クロエ先生と俺が同時につっこむ。
「…………へ?」
初めて見る先生は、大きく口を開いたまま固まっている。
そうか。こちらの先生は見覚えがないと思ったけど新人なんだな。
ユーサー学園長を知っていれば、俺の魔法なんてまだまだだと分かるだろう。
固まったままの新人の先生の隣で、クロエ先生が俺のほうに向き直った。
「さて……さきほど、身体検査魔法でチェックしたところアイリ皇女様の怪我は完治しているようだから適当なタイミングで帰ってくれて構わないよ。ユージンくん、念の為アイリ様に付き添ってもらっていいかな?」
「わかりました。アイリ、どうする? すぐ帰るか、暫くここで休むか」
「…………」
俺がアイリに聞くと返事がない。
口を『へ』の字にして、むっつりと黙っている。
どうもご機嫌が麗しくない。
アイリの怪我が完治したため、クロエ先生ともう一人の先生は別の生徒の様子を見に去っていった。
幼馴染は無言のまま、腕や頭の包帯を解いている。
(機嫌が直るまで待つか……)
俺がアイリが寝ているベッドの端に腰かけようとしたところ。
「帰る」
アイリは突然ベッドから飛び降り、早足で保健室の出口へ向かった。
気まぐれなお姫様だ。
俺はアイリを見失わないよう追いかけた。
「クロエ先生、失礼します」
「おう。助かったよ、ユージン。来年は保健委員をやらないか?」
「生物部で手一杯ですよ」
「残念だ」
クロエ先生の毎度の誘いをいつものように断り、俺は保健室を出た。
「…………」
アイリは無言でずんずん歩いていく。
てっきり寮の部屋に帰るか、生徒会棟に向かうのかと思ったがどちらでもなかった。
やってきたのは第二訓練場だった。
訓練場の端に、使い込まれた木剣や木槍が十数本立てかけてある。
アイリがそのうちの一本を手にとり、もう一本を俺に投げつけた。
ぱし、と空中で木剣を受け取る。
「アイリ?」
「ユウ、勝負して」
アイリは既に木剣を構えている。
「アイリは大怪我してたんだぞ。休んでおかないと……」
「もう治ってる。いいから! 一回だけ!」
そのまま仕掛けてきそうな気迫だ。
(こうなったらこっちの意見を聞かないからなぁ……)
長い付き合いで嫌と言うほどわかっている。
仕方ない、無理ない程度に付き合うか。
「わかったよ」
俺がゆっくりと剣を構えようとすると。
「風の型・飛燕」
完璧な不意打ちだった。
弐天円鳴流の飛ぶ斬撃技だ。
アイリの木剣から風の斬撃が放たれる。
と同時に、アイリ自身が突っ込んできた。
2方向からの同時攻撃。
一方を防げば、もう一方に切られる。
迂闊に結界魔法で防げば、相手にさらに攻撃の機会を与える。
やっかいな攻撃ではあったが、俺にはすでに天使魔法『予測』によってこの映像を数秒前に見ていた。
アイリの音速の突きを木剣で受け流しつつ、風の斬撃をぎりぎりで躱す。
ついでに「ちょい」と踏み込み足と逆の足に右足を引っ掛けた。
「きゃっ!」
短い悲鳴と、そのまま顔面から転びそうになったアイリは木剣を持ったまま器用に受け身を取った。
体勢を崩してから慌てて剣を構えるのに、おそらく2秒はかかってないだろう。
つまり――遅すぎる。
「ほい、終わり」
俺の木剣を幼馴染のほっぺに「ぽん」と当てた。
アイリは呆然としている。
そしてゆっくりを俺の方を見上げる。
「…………」
ギリ、と歯ぎしりの音が聞こえた。
「じゃあ、アイリもう寮に戻って休……」
「もう一回よ!」
素早く俺から距離をとって構えるアイリ。
一回だけのはずでは?
えー、これ永遠に終わらないやつだ。
どうしよう。
わざと負けるか?
でも過去にわざと負けた時は、演技を100%見抜かれてる上に、アイリが怒るのも100%なんだよな……。
「…………」
俺が考え事をしている間にも、アイリは普段よりも低い姿勢で木剣を構えている。
その構えには見覚えがあった。
「雷の型・神狼!」
弐天円鳴流の奥義の一つ。
俺の親父が好んでよく使う技だ。
アイリの全身全霊の一撃が迫る。
先程のように受け流すことはできない。
こっちの木剣ごと腕までへし折られるだろう。
仕方なく俺は自分の木剣を手放し、両手を空ける。
結界魔法を発動させる時間はないが、封印の第七牢へ入る時のクセで俺は常時弱い結界で全身を覆っている。
(ま、なんとかなるだろ)
雷速で迫るアイリの剣を俺は、両手で「ぱしっ!」と挟んだ。
(白刃取りとは渋いことするじゃない、ユージン)
さすがに魔王のちゃちゃ入れに答える余裕はない。
掴んだ木剣を両腕でひねり、アイリから奪い取った。
「え?」
アイリは、気がつくと手から木剣が消えていることに呆然としている。
俺はアイリから奪った剣を左手に持ち、自分が落とした木剣を素早く右手で拾う。
これで俺は両手に剣を持ち、アイリは素手になった。
「勝負あり、 でいいか?」
「…………」
俺が尋ねたが返事はなかった。
キッ! と俺を睨んできた目にはいっぱいの涙が浮かんでいた。
「アイリ……」
「っ!」
「ちょ、待っ」
どこかへ駆け出そうとするアイリの腕を掴む。
「離してよ! ユウ!」
「離したら逃げるだろ」
「放っておいてよ、私のことは!」
「いや、でも……」
先生に頼まれたし、さっきまで怪我人だったアイリを放置するわけには……。
なおも暴れる幼馴染をどうするか困っていると。
――なんだ、なんだ?
――痴話喧嘩か?
――あれ? あの二人って英雄科の……
――あの美人、グレンフレア帝国の皇女様じゃん
――相手の男……あいつってサラ会長と付き合ってなかったっけ?
――違うよ、異世界人のスミレって清楚系の可愛い女の子が恋人だよ
――知らないのか? 両方と付き合ってるんだってさ。爆発しろ
――マジかよ!? 死ねばいいのに。で、追加で帝国のお姫様まで手を出した……と?
――節操なさすぎだろ。
――頭イカれてんな。
人が集まってきた。
……なにか俺への言われようがひどいだけど。
(そう? ほとんど事実じゃない?)
うるさいぞ、魔王。
野次馬がこれ以上増える前に退散したいのだが、アイリは今も暴れている。
その時。
「はーい、ユージンくん。あとは私が引き継ぐね。アイリ様、寮に帰りますよー」
どこからともなく現れたアイリの護衛兼諜報員のカミッラ。
いつから観察していたのかは知らないが、助かった。
「頼む」
「頼まれました」
カミッラがアイリと腕を組み、俺は幼馴染の手を離した。
アイリは大人しくカミッラに連れられ、寮の方へ帰っていった。
野次馬たちは帰っていく。
(あー、100階層突破おめでとう、って言いそびれたな)
まぁ、どうせ英雄科のクラスメイトなんだ。
明日にでも言えばいいか。
そう思い、俺も自分の部屋へと戻った。
◇
翌日、アイリは英雄科のクラスへこなかった。
体調不良らしい。
実際、神獣と戦って大怪我をしていたわけだし間違ってはないが……。
(蘇生で完璧に治したはずなんだけどなー)
空いているアイリの席をぼんやり眺めながら、魔法歴史の教科書のページをめくる。
本来はユーサー学園長直々の迷宮歴の講義のはずだが、学園長は多忙につき自習の時間だ。
ユーサー学園長が担当している授業は、半分くらいの確率で自習なのでいつものことでもある。
「アイリちゃん、体調不良って大丈夫かなー」
後ろの席のスミレが心配そうに呟いた。
「なんでも、神の試練のあとに訓練場でとある生徒と剣の勝負をしてボコボコにされたらしいぞ。な、ユージン」
俺の前の席にいるクロードがいい加減なことを言う。
おい、それはどこ情報だ?
「私のところにはユージンとアイリが、第二訓練場で痴話喧嘩してるって噂が届いたわ」
スミレの隣の席のサラが、俺の方をちらっとみて言った。
「痴話喧嘩だったの?」
スミレの視線が鋭い。
「私は現場にいたわよ」
さらにリリー・ホワイトウインドまで口を挟んできた。
おまえ、席は離れてたはずだろ。
「ねぇ、どんな感じだったの? リリー」
「えっとね、サラ様。アイリ皇女は本気で勝負を仕掛けてたけど、ユージンは足をひっかけたり、白刃取りをしたりで完全に遊んでたわね。最後はアイリ皇女が泣きながらお付きの女の子に慰められて帰っていったわ」
「「「…………」」」
スミレとサラとクロードが俺をドン引きした目で見てきた。
「いや、待てリリー。その説明には悪意がある」
「そう?」
そのきょとんとした目をやめろ。
「遊んでたんじゃなくて、怪我人だったから気を使ってだな」
「でも、さすがに剣士の勝負でまったく剣を使わずにあしらうんじゃ、アイリ皇女も傷つくんじゃない?」
「…………」
言われるとその通りかもしれない。
ただ、そもそもなんで急に勝負を挑んできたんだ?
その問いには、サラが答えた。
「アイリははやく100階層の神の試練を突破してユージンと一緒に戦いたいって張り切ってたから。でも、ちょっと張り切り過ぎて神獣相手に一人で前に出過ぎてしまったの。本当は私もサポートしたかったのだけど、あくまで後方支援だからでしゃばれなくて……」
サラが申し訳無さそうに言った。
「そっかぁ。なぁ、ユージン、頑張ったアイリ皇女殿下になんて言ったんだ?」
クロードの質問に言葉に詰まる。
あの時のアイリは機嫌が悪くて何も言えなかった。
「特に何も……」
「えーー! 駄目だよ、ゆーくん。ちゃんとアイリちゃんを褒めてあげなきゃ!」
スミレが身を乗り出して、俺の肩を揺らす。
「そうねー、落ち込んでたアイリをさらに剣術でわからせるなんて……もっと優しくしてあげたら?」
「おいおい、ユージン。いつものお前はそんな冷たい男じゃないだろ?」
サラやクロードまでも非難めいた口調だった。
……俺が悪いのか?
どうやらそうらしい。
「わかったよ、じゃあ放課後に……」
「ちがうよ、ゆーくん! 今からだよ!」
ぱん! とスミレに背中を叩かれる。
「でも、多分アイリは寮にいるし男の俺は入れな……」
「そこは私におまかせをー。昨日からずっと部屋に引きこもってるアイリ様を気分転換の名目で、外に連れ出しますね。ユージンくん、30分後に中庭の庭園のベンチで待ち合わせましょうー!」
「なんで、ここにいるんだ? カミッラ」
何故かクラスが違うアイリの護衛のカミッラまで、会話に入り込んできた。
「細かいことはいいじゃないですか。では!」
しゅたっと、クラスから出ていくカミッラ。
あいつ気配をまったく悟らせず……。
実は諜報員のスキルがかなり高いのか。
「いってらっしゃい、ゆーくん」
「ユーサー王には私たちから事情を話しておくわ」
スミレとサラに背中を押される。
幼馴染の元気がないから励ましにいくという理由で講義の欠席でいいんだろうか? と思ったが、英雄科の生徒は各国の要人の関係者であることが多いため、政治的な理由での欠席が許可されている。
グレンフレア帝国の皇位継承権第一位との関係修繕、ということなら多分大丈夫だろう。
そもそもユーサー学園長は、細かいことは一切気にしない人だし。
「わかった。行ってくるよ」
「おう、ユージン。優しく抱きしめてやれ。ついでに抱いてや……痛てぇっ!!」
馬鹿なことを口走るクロードを、サラとスミレが蹴っている。
馬鹿なやつだ。
「ゆーくん、抱きしめるのは許すよ。それ以上はNG!」
「許すのはキスまでね。わかった? ユージン」
「しないから」
スミレとサラから奇妙な言葉を投げかけられつつ、俺はアイリが待つはずの中庭の庭園へと向かった。
かけるべき言葉は、まだ思いついていない。
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次回の更新は、来年の1月5日(日)です。
■感想返し:
>・ゼロ剣4巻買いました!
→本当にありがとうございます!!
>次の攻略相手は迷宮主か…
→なにげにユージンへの好感度が割と高いんですよね……。
■作者コメント
立ち読みで見られる挿絵のリータさんです。
ユージン母もですが、天使ってロリっぽいのが多い……?
<立ち読み&カラー絵>
https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824010216&vid=&cat=BNK&swrd=
今回はアイリが面倒くさい回。
こじらせた幼馴染は面倒な女になりがち。
次回はどうなるのか。
ユージンはアイリを抱くのか!?
答えは年明けに。
■その他
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