147話 ユージンは、異変を知る
「ふわぁ……」
俺はテントの中で目を覚ました。
昨日、迷宮昇降機の近くで野営をしてそのまま寝てしまった。
ここは121階層。
第一騎士クレア様に稽古をつけてもらったあと、つい力を試したくなって120階層の階層主に挑んだところ問題なく倒すことができた。
訓練の成果だろう。
倒した階層主は、鉄牙土竜。
鋼の牙と爪を持つ巨大なモグラだった。
土の中に隠れてこちらを奇襲してくる攻撃はやっかいだったが、天使の魔力感知と予測能力によって奇襲をカウンターすることで倒すことができた。
その後は、無理をせず野営をしてひと休みしたところ疲れが溜まっていたのか朝まで寝てしまったわけだ。
特に空腹は感じなかったが、朝なので持ってきていた探索用携帯食を取り出した。
長い棒状のクッキーで、大量の白花蜜を混ぜ込んであり非常に甘ったるい。
俺は甘すぎる味が少し苦手だが、スミレやサラは好きだと言っていた。
カリ、と一口噛る。
口の中に甘い蜂蜜の香りが広がり、同時に空腹が襲ってきた。
(天使化の影響で、空腹も感じなくなってたのか……)
食べておいてよかった。
簡単な朝食を済ませ、テントを魔法の収納バッグへ戻す。
121階層の奥へ進むと開けた草原の先に魔物の集落らしき場所が見えてきた。
警戒を怠らず木や岩の陰に隠れながらゆっくりと集落に近づく。
が、拍子抜けしたことにその集落に魔物の気配はなかった。
「何もいないのか……?」
念の為魔力感知で魔物が隠れている気配を探るが、鼠などの小動物がいるだけで集落の主はどこにもいなかった。
せっかくなので木と土でできた家屋を見て回る。
ゴブリンかオークの集落かと思ったが、それに比べると使っている道具が複雑なものが多い。
刃物や調理器具が、まるで人間のもののようだった。
机や椅子まである。
「まさか人間の集落……? いやそれはないか」
探索者が迷宮の中に集落を作るはずがない。
だが、俺の知ってる知識のどの魔物の集落とも異なっている。
うーむ、と考え込んでいると。
「これは迷宮人の集落だな。だが住人は引っ越した跡のようだ」
「っ!?」
突然後ろから声が聞こえた。
ぱっと振り返り天剣を構える。
そこに立っていたのは、濃緋色のローブに立派なヒゲを携えた壮年の魔法使いだった。
「ユーサー学園長? こんなところでどうしたんですか?」
迷宮内で出会ったのは、はじめてかもしれない。
「メディアくんから天頂の塔の魔物の様子がおかしいと聞いてね。気になって調べているのだよ」
よく見るとユーサー学園長の手には、魔法で書き込んだ魔物たちのイラストの紙束があった。
どうやら今回の探索で調べた魔物らしい。
ゆうに100枚以上ありそうだ。
「俺もメディア部長に頼まれました。何もわかりませんでしたけど」
「そうでもないさ。ほら、この迷宮人の集落だが非常に珍しい。普通はこのように住んでいた痕跡を残さないことが多い迷宮人の集落が丸々残っている。何か異常な事態が発生しているのは間違いない」
「はぁ、なるほど……。俺が初めて迷宮人の集落を見たのはそういう理由なんですね」
「そもそも迷宮人の集落はもっと上層にあるはずなのだが……121階層という低層に集落があるのはなぜか……。そして痕跡を隠さずに消え去った迷宮人……謎は深まるばかりだな」
ふむふむと、ユーサー学園長は楽しそうに集落のモノを物色している。
手伝ったほうがいいのだろうか? とも思ったが、俺が変にかき回すほうが迷惑になりそうだ。
学園長の調査が終わるまで、俺は周辺の監視と剣の訓練でもしようかと周囲を見回していると。
……ズズズズズズズズ
地面が、いや天頂の塔が大きく揺れた。
「地震ですか……揺れが長いですね」
「うむ、しかし妙だな」
ユーサーが眉間にシワを寄せる
「何がです?」
「気づかぬか、ユージンよ。この揺れは地上からではないぞ。上層から震動が伝わっている」
「え?」
言われた意識をして、しかし俺にはその違いがわからなかった。
「奇妙な地震だ。上層からの揺れ。これも初のパターンだな。400階層から下ってきたが異常が見られるのは下の階層のほうだ。まだ、どのような異常が起きているのか全容が掴めぬな」
「学園長は400階層から調査してたんですか!?」
驚いて尋ねた。
「うむ、てっきり上層で何かが起きていると踏んだのだがそちらは普段と変わらぬ様子だった。むしろ100階層に近づいていくにつれ普段と様子が異なっている。どのみちこれほどの規模の異常事態だ。おそらくあの『迷宮主』の仕業であろうが……」
「ユーサー学園長。俺は迷宮主に会いましたけど、奇妙な魔物が出現する件は彼女も知らないみたいでしたよ」
「何……? 迷宮主が天頂の塔の異常に気づいていない……だと。ユージンよ、それは確かか?」
「嘘をついている可能性はありますが……。俺の目の前で迷宮主に襲いかかる魔物がいました。迷宮主によって即殺されましたけど」
「迷宮主に逆らう魔物……? 迷宮の秩序が壊れ始めている……?」
俺の言葉にいよいよ学園長が、深く考えるように腕を組み一点を睨んでいる。
その時だった。
「あんた……何してるの? 良くもノコノコ現れたわね!」
頭上から声が降ってきた。
真っ赤な血のようなローブを着た少女が空中に浮いて、こちらを見下ろしている。
噂の迷宮主が登場した。
全身に凄まじい魔力を纏わせ、ユーサー学園長を睨んでいる。
「おっと、これはいかんな。鬼に見つかってしまったか。ユージンよ、良き情報であった。調査の結果は私からメディアくんに話しておこう。では、またな」
と言ってユーサー学園長は空間転移で姿を消した。
取り残されたのは俺と迷宮主だけ。
(え? 俺は放置?)
怒気と殺気を振りまいている迷宮主がかなり怖いんですが。
魔力量でいえば、全力の炎の神人族や妖精の魔力を纏った第一騎士様よりもさらに膨大。
神の試練で出会った神獣級だ。
「あら? ユージン・サンタフィールドじゃない」
「ど、どうも」
怒れる迷宮主は、俺の顔を見ると意外にもすっと表情が普通に戻った。
というより機嫌が良さそうな顔になった。
「視てたわよー。120階層も難なく突破したわね! いいじゃない、次は200階層に挑むらしいわね! この調子でガンガン挑戦しなさい」
朗らかな笑みを浮かべ、俺の側まで降りてきて肩をバシバシ叩く。
さっきまでの不機嫌さが嘘のようだ。
迷宮主さん、何故か俺には友好的なんだよな。
「えっと、アネモイさん。いくつか質問が」
せっかくなので話をしてみよう。
「ん? 攻略の情報とかは教えないわよ?」
「そうではないですが。まず、どうしてユーサー学園長にはあんなに怒ってるんです?」
俺が聞くと、再び迷宮主の表情が険しくなった。
「前に言わなかったかしら? ユーサーは、探索者時代に迷宮破壊やら天頂の塔の外からの上層突破やら、ルール違反をゆうに100回は繰り返してる違反探索者なのよ。しかも、前任の迷宮主に賄賂を送って全て違反を見逃してもらってるし。本来なら迷宮主は探索者に直接攻撃ができないんだけど、違反探索者は別よ。いつか、ルール違反の罪を償わさせてやるわ!」
ぐぐぐ……、と拳を握りしめる迷宮主さん。
そういえば、そんな話を聞いた気がする。
(ユーサー学園長、探索者時代はやんちゃだったんだなー)
俺は落ち着いた学園長の姿か、民に慕われつつも厳格な迷宮都市の王様の様子しか見ていないから意外だ。
それはそうとして。
「でも、今は天頂の塔でおきてる異常事態を調べてるんですよ。見逃してもらえませんか?」
「異常事態? 何が起きてるのよ?」
俺はさきほどの地震。
迷宮人の集落の話。
そして、行動が奇妙な魔物の話をした。
「うーん、確かに妙ね。私は特に何もしてないけど」
迷宮主さんが腕組みをして首をかしげている。
俺には演技には見えなかった。
本当に何も知らなさそうだ。
情報は増えなかったな。
聞ける話としてはこんなところだろうか。
「じゃあ、俺はそろそろ探索に戻りますね」
「ええ、気をつけなさい。200階層突破も期待してるわよ」
応援の言葉をかけてくる迷宮主さん。
どうにも調子が狂う。
「随分優しいですね」
「そりゃ、そうでしょ。私はユージン・サンタフィールドを応援してるんだから」
「えっと、期待していただけるのは嬉しいんですが、そもそもなぜ俺なんです?」
俺の最高記録はまだ120階層。
俺より上位の探索者はもっとたくさんいる。
応援するならもっとふさわしい者がいるはずだが。
そう思って疑問を投げた。
「そりゃ現在の探索者で500階層を目指してるのってユージン・サンタフィールドだけだもの」
「え?」
迷宮主さんの言葉に一瞬驚くが、その後納得した。
確かに俺以外に500階層を目指しているという探索者に会ったことはない。
500年破られたことがない記録であるし、無理に500階層を目指さずとも100階層を突破すればどこの国でも重宝される。
一生食い扶持には困らない。
にしても驚いたのは。
「俺たち以外に500階層目指す探索者って居ないんですね」
少し位は他にもいるとおもっていた。
俺が言うと、迷宮主さんが忌々しげに表情を歪める。
「それもこれもユーサーのせいよ! 魔法学園やら迷宮組合で情報を共有して、とにかく慎重に探索をするように教育しているせいで、記録更新者が現れなくなったじゃない! 私が迷宮主になってから、10位以内の記録が更新されたのはたった一人よ!? 100年間でたった一人! おかしいでしょ! こんなんじゃ、私を最終迷宮の迷宮主に任命してくださった女神様の期待に応えられないじゃない!」
「10位以内の記録者って、メディア部長のことですね。確か50年前くらいでしたか」
部長の前の記録更新は、メリッサ先輩のお母さんであるロザリー先輩だったはずだ。
その記録更新は100年以上前だったはず。
そう考えると記録更新の頻度は、本当に少ない。
「そうよ! メディアは、身体が弱くで探索はめったにできないって言うし……。それは仕方ないんだけど、とにかく『神の試練』の挑戦数が少なすぎるの。だから、1階層のお試し『神の試練』を開始したし、迷宮昇降機の仕様を変えて上層まで行きやすくしたし……」
「そう聞くと迷宮主さんも大変ですね」
「そうなのよ! わかってくれる!」
がしっと両肩を掴まれ、間近から顔を覗き込まれる。
見た目は少女なのだが、周囲を纏う魔力は神獣クラスなので肩を掴まれるとそのまま押し倒されそうで非常に怖い。
「じゃ、じゃあ、200階層の『神の試練』がんばりますね」
「そうよ! それまでにつまらない怪我をするんじゃないわよ!」
そう言って迷宮主さんは、空間転移らしき魔法で姿を消した。
121階層には俺だけが取り残される。
(それにしても……、500階層を目指している探索者がまさか俺たちだけだったとは)
そりゃ、迷宮主さんからの期待も熱いわけだ。
俺にやけに友好的な理由がわかった。
今度、スミレとサラにも教えてあげよう。
そんなことを思いながら、俺は天頂の塔を単独で探索した。
無論、休みも挟みながら。
結果、125階層まで記録を伸ばすことができた。
携帯食料が尽きたため、俺は迷宮昇降機へ向かった。
そして1階層まで降りる。
1階層に降りると、そこでは多くの探索者たちが集まっていた。
これから天頂の塔に登る探索者や、俺と同じように探索を終えた部隊など人々で溢れている。
そこで俺の耳に届いたのは幼馴染を含む、『生徒会執行部』『体術部二軍』『白魔法研究会』の合同チームが、無事に100階層の『神の試練』を突破したという噂話だった。
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次回の更新は、12月29日(日)です。
■感想返し:
>おい、おい!!天使化の影響忘れてねぇか?休めや⁉︎
→一応、覚えていたみたいです
>第一席様は割とポンコツ、と
→ポンコツではないです!
できるお姉さんキャラです。
■作者コメント
アネモイのイラストラフです。
この絵だと不気味な迷宮主っぽくなってますが、そこそこ苦労してます。
攻撃力ゼロから始める剣聖譚 4
<特典情報>
https://blog.over-lap.co.jp/tokuten_kougekiryoku04/
<カラー絵と立ち読み> はこちら
エリーのえっちなイラストは、なろうに貼るのが怖い(BANされそう)
https://over-lap.co.jp/%e6%94%bb%e6%92%83%e5%8a%9b%e3%82%bc%e3%83%ad%e3%81%8b%e3%82%89%e5%a7%8b%e3%82%81%e3%82%8b%e5%89%a3%e8%81%96%e8%ad%9a+4%e3%80%80%ef%bd%9e%e5%b9%bc%e9%a6%b4%e6%9f%93%e3%81%ae%e7%9a%87%e5%a5%b3%e3%81%ab%e6%8d%a8%e3%81%a6%e3%82%89%e3%82%8c%e9%ad%94%e6%b3%95%e5%ad%a6%e5%9c%92%e3%81%ab%e5%85%a5%e5%ad%a6%e3%81%97%e3%81%9f%e3%82%89%e3%80%81%e9%ad%94%e7%8e%8b%e3%81%a8%e5%a5%91%e7%b4%84%e3%81%99%e3%82%8b%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%9f%ef%bd%9e/product/0/9784824010216/?cat=BNK&swrd=
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