146話 ユージンは、第一騎士と語る
第一騎士クレア・ランスロット様――別名、迷宮都市の『王の剣』。
長く美しい金髪と銀の軽鎧が、妖精たちの魔力の影響かキラキラと輝いている。
第一騎士様の美貌と相まって、その容姿はまるで天界の天使様のよう……いや、むしろ100階層の担当天使リータさんや、エリーとの関係のことになると口うるさい母さんよりも神聖な雰囲気を発してる。
迷宮都市の最高責任者であるユーサー王が不在の時は、王代行の権限を持っている第一騎士様は実に気軽な笑顔でこちらへ話しかけてきた。
「クレア様は訓練ですか?」
「様は不要だよ、ユージンくん」
「いえ、しかし……」
「不要だ」
笑顔のまま有無を言わさぬ口調だった。
「えっと、クレアさん」
「よろしい」
ニッコリと微笑む第一騎士様。
「ユージンくんも訓練かな。であれば、せっかくだし手合わせしないかい?」
「クレア様……クレアさんとですか? 俺なんかでよろしいんですか?」
「神獣ヒュドラの首を切り落としたユージンくんの剣技には興味があったんだ」
「……そうおっしゃるのであれば」
俺は白い天剣を構えた。
魔力を通すことで、白刃が光を放つ。
「それではこちらも……おいで可愛い妖精たち」
いつの間にか抜かれた魔法剣が淡い緑の魔力を纏っている。
クレア様が小さく聞き取れない言葉を発すると、その輝きがどんどん増していく。
妖精語で話しているのだろう。
第一騎士様の周囲には、目視できるほどの濃密な魔力が渦巻いている。
(この魔力量……炎の神人族を越えてるぞ……)
個人の魔力量でスミレに匹敵するものはいないだろうけど、妖精の魔力を使うとここまでになるのか。
「こないのかい?」
第一騎士様がわくわくした顔で、魔法剣を構えている。
「では、胸を借ります」
俺は剣を構えると同時に、「ダン!」と土を蹴った。
弐天円鳴流・空歩でクレア様の後ろへ回り込む。
クレア様の視線は、俺に追いついていない。
(いける)
俺が背後から仕掛けようとした時。
ブワっ! と魔力を帯びた暴風に襲われた。
「くっ!」
体勢は崩さなかったが、攻撃をしかけるタイミングを崩された。
「おや、それが帝の剣が使っているという東の大陸の技かい? なるほど速いね」
クレア様は余裕の表情だ。
そして、俺はさっきの暴風に心当たりがあった。
「風の結界……ですか」
「その通り。妖精たちが勝手に結界魔法を使ってくれます」
「それは便利です……ね!」
会話に答えつつ、突きを放つ。
「神秘の妖精の舞」
第一騎士様が軽く剣を振るった。
次の瞬間、魔力の刃が渦を巻いて周囲に拡散された。
(攻防一体の魔法の刃の結界……!?)
妖精たちの力を借り、膨大な魔力が扱えるクレア様だからできる贅沢な技だ。
俺には扱えない。
が、参考にはなった。
(炎の神人族にはこういう攻撃が合ってるかもな)
俺は魔法の刃を弾きつつ、そんなことを考えていた。
「苦も無く防ぐとはやるね。じゃあ、次はこいつだ――降り注ぐ妖精の槍」
(げ)
第一騎士様の背後に数百の光の槍が現れる。
これは避けるのも、剣で弾くのも無理そうだ。
「結界魔法・光の大盾」
俺は迷わず結界魔法を発動させた。
次の瞬間、数百の光の槍が頭上に降り注いできた。
◇クレア・ランスロットの視点◇
(大したものですね)
私は目の前の魔法学園英雄科の魔法剣士の少年の実力を評価しました。
私の攻撃を軽やかに、躱し、弾き、受け流すユージンくん。
もちろん、加減はしてあります。
どの攻撃魔法についても、当たっても大した怪我はしない威力に抑えている。
(しかし、かすり傷一つ与えられないとは…………むっ!?)
ユージンくんの姿が消えた。
しかし、彼の位置は妖精たちが教えてくれる。
「ゴウ!!」と突風が、頭上に向かって吹き上がった。
「くっ」という小さなうめき声が聞こえる。
空中で風の結界を食らったようだが、器用に体勢を整えて自然に着地している。
着地と同時に構えてあり、隙もない。
そしてこちらをまっすぐ見る目は……
(まるで獲物を狙う狼の眼ですね)
さっき会話をしていた時は人の良さそうな好青年だったのが剣を持つと性格が変わるらしい。
(構えが変わった?)
背後、頭上と二回の死角攻撃に失敗して次に来るのは……。
――キヲツケテ
妖精たちが警告する。
そしてユージンくんの剣の切っ先が指しているのは。
(私の首!)
ユージンくんの剣技は、東の大陸で名を馳せた剣聖と同じ流派。
現グレンフレア皇帝の右腕『帝の剣』も同じ剣技だという。
次の攻撃はさっきまでのものとは別物だ、という確信があった。
ならば――「|XXXXXXXXXXX《ちからを貸して妖精たち》]
こちらも手を抜いては無作法でしょう。
私の持つ妖精剣に魔力を集める。
高濃度の魔力によって、刀身は光となっている。
(……くる)
ユージンくんは攻撃に移る気配をほぼ感じさせない。
が、勘のよい妖精たちが攻撃のタイミングを教えてくれる。
「弐天円鳴流……」
「妖精魔法……」
私が魔法を発動させようとした、その時。
「だめですー!! 今すぐやめてくださいー!!」
私たちの間に入ってくる者がいた。
「アマリリスさん?」
「駄目じゃないですか、ユージンくん。何をやってるんですか!?」
ユージンくんの知り合いのようだ。
確か比較的新しい組合職員で名前は、アマリリス・フィオーレくんだったかな。
「見ての通り、クレアさんに稽古をつけてもらってるんですけど」
「く、クレアさん!? 『王の剣』クレア様になんて口の利き方を!?」
「いいんだ。呼び名は私がお願いをしたから」
「……そうなのですか?」
私がフォローするとアマリリスくんは、怪訝そうながらも納得してくれたようだ。
と思ったら、今度は私の方にズイッと詰め寄ってきた。
「クレア様! 迷宮組合の訓練場での大規模妖精魔法は禁止のルールとなっているはずですが?」
(……しまった)
熱くなって忘れていました。
改めて訓練場を見回すと、地面はえぐれ、穴だらけになったひどい有様。
「えっと……直しますね」
「そうしていただけると助かります。修復を依頼するにも、今の迷宮組合は予算がかつかつなので」
そうでした。
迷宮主の気まぐれな規則変更に対応するため、迷宮職員の増員を行っている。
そのため今の迷宮組合は金欠になっている。
てっとり早い金策は、天頂の塔へと挑み階層主を倒して『宝』を得ること。
現在、12騎士団の面々も、天頂の塔攻略の準備をしているはず。
「ところでユージンくんは、迷宮組合に何か用事があったんですよね?」
「おや、そうなのかい?」
てっきり私と同じように訓練かと思ったが、そうではないらしい。
「そうですね。お二人がもし何かご存知なら教えていただきたいんですが……」
とユージンくんは、天頂の塔の魔物の中に奇妙な魔物が混じっていることについて話し始めた。
魔物使いに従わぬ魔物。
迷宮主にすら牙を剥く狂った魔物。
どれも初めて聞く話です。
「アマリリスくん。何か知っているかな?」
「いいえ、クレア様。迷宮組合内ではほとんど問題視されていません。しかし、気になりますね」
「同感だね。迷宮主すら把握してないという点が特に」
「ここ最近の問題は、ほぼ全てに迷宮主アネモイ・バベルが絡んでますからね」
うーん、と私とアマリリスくんは腕組みをして考え込んだ。
「そうですか……、じゃあ俺は天頂の塔に向いますね」
「「えっ!?」」
私とアマリリスくんは同時に驚いた声を上げた。
「どうかしました?」
「疲れてないのかい? さっきの手合わせで随分、魔法剣や魔法を使ったように思ったけど」
「そうですよ、ユージンくん! クレア様は熱くなると手加減を忘れちゃんですから! こんな訓練場を無茶苦茶にするほどの妖精魔法を連発されて、そのまま最終迷宮に向かうなんて無茶です」
「…………」
私って迷宮職員からそんな風に思われたいたんですか。
もっと……こう冷静な第一騎士を自認してたんですが。
「そういえば、確かにちょっと疲れましたね。では、訓練場の修復をお手伝いしてから一休みしますね」
そう言ってユージンくんは、全く疲れを感じさせない足取りで訓練場の修復に取り掛かった。
「いや、それは申し訳ないから訓練場のことは私にまかせて」
「回復魔法とかモノを直すのは得意なんですよ」
と言ってユージンくんは、率先して訓練場を修復している。
こうなると彼だけに任せるわけにはいかないので、私とアマリリスくんも慌てて手伝う。
私とアマリリスくんは、作業をしながら小声で会話した。
「不思議な男だね、彼は」
「ですよねー。今日はたくさんいる彼女さんを誰も連れてないみたいですけど」
「そういえば、そんなことをユーサー王も言っていたような……」
「ああ見えてかなりの女たらしですよ。異世界転生人と神聖同盟の次期聖女とグレンフレア帝国の皇位継承権第一位が狙ってますからねー、彼のことを」
「最後の話は知らなかったな。噂のアイリ皇女殿下も彼に夢中とは」
「幼馴染らしいですよ。なんでもユージンくんを追いかけてきたとか」
「詳しいね」
「迷宮職員ですから」
えへん、と胸を張るアマリリスくん。
迷宮職員は関係ないんじゃないかな? と思ったが指摘はしなかった。
何事も情報があるに越したことはない。
結局、2時間ほどして訓練場は元の姿に戻った。
「終わりましたね」
「すまないね、手伝ってもらって」
「俺も一緒に訓練したんだから当然ですよ」
「訓練場を壊した要因は、99%クレア様の妖精魔法ですけど」
ぼそりとアマリリスくんが余計なことを言う。
まぁ、何もしてないのに手伝わされた彼女にとっては嫌味の一つも言いたくなるだろう。
「あー、疲れた! お風呂入りたいー」
アマリリスくんが大きく伸びをした。
「じゃあ、迷宮組合の隣にある大浴場にでもいくかい? 時間的にそろそろ業務が終わるだろう?」
私が提案すると。
「大浴場って高給取りの上位探索者をメイン顧客にしてるんで高いんですよねー。一般職員の給与じゃ、気軽には行けなくて~」
ちら、ちらっと私を見つめるアマリリスくん。
きちんと話すのは今日が初めてのはずだけど、いい性格をしている。
嫌いじゃない。
「私が奢るよ。ついでに食事もね」
「わーい! やったー☆」
そこまで素直に喜ばれると奢りがいがある。
「ユージンくんも一緒にどうだい? 食事でも」
私が彼にも声をかけると。
「俺はこれから天頂の塔でキャンプをして、仮眠をとってから探索に行くので今日は遠慮しておきますね」
「「……え?」」
私とアマリリスくんは、ぎょっとして彼の顔を見た。
「家に帰るんじゃなくて?」
「ユージンくん、元気過ぎじゃないですか」
「うーん、そうですかね」
そう答える彼の顔には、確かに疲労は感じられない。
「では、行ってきます。クレアさん、訓練ありがとうございました。アマリリスさん、何か天頂の塔のことで新しい情報がわかれば教えください」
そう言って軽い足取りで去っていった。
私とアマリリスくんは、その後姿を見送るだけだった。
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次回の更新は、12月22日(日)です。
■感想返し:
>え、クレアさんも落とすの?(風評被害)
→クレアさんはヒロインではない(はず)です。
>表紙のアイリ可愛すぎる
表紙のアイリが見られてとても満足です。
本当は3巻の表紙をアイリにしたかったんですが、サラに譲りました。
■作者コメント
4巻イラストキャラのクレア・ランスロット第一騎士様です。
学生にしか見えませんが、年齢は20代後半(独身)です。
地面の赤いのは、迷宮主アネモイのドレスです。
次回にイラストをご紹介しますね。
■その他
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