144話 ユージンは、仲間を誘う
(200階層の神の試練か……)
ロベール部長の言葉では、7日後に挑戦らしいのでそれほど時間の猶予はない。
体調を万全に整え、武器や防具の点検を念入りにしておくくらいだろう。
なによりまずは仲間には伝えないといけない。
「スミレとサラを探すか」
俺は独りごちた。
サラは生徒会で忙しいだろうし、スミレは今日『あの場所』だと聞いている。
というわけで、俺は第七の封印牢へと向かった。
◇
地下の封印牢は昼でも暗い。
太陽の光が一切届かないから。
周囲からは不吉な笑い声や、不気味な生物の鳴き声が絶えず聞こえてくる。
いつきても陰気なところだ。
なのだが……。
「だからー! そうじゃないってー!」
「わっかんないよー、エリーさん!」
「スミレは炎の神人族なんだから、人間と同じように魔法を使っちゃ駄目なの。いい? もっと手足のように魔法を使いなさい」
「呪文の詠唱は?」
「不要よ!忘れなさい」
「ええー、せっかく授業で習ったのにー」
「初心者の頃はいいの。でも、これから天頂の塔の上層を目指すんでしょ? ちんたらやってたら間に合わないわよ」
「うえーん、エリーさん厳しいー」
暗い地下牢に似つかわしくない、明るい会話が聞こえてきた。
魔王とスミレの声だ。
――ガチャン
と音を立てて、俺は最奥の牢屋へと入った。
エリーとスミレがぱっと振り返る。
「邪魔するよ」
「あら、ユージン」
「ゆーくん、どうしたの? こんなとこに」
「……こんなところ?」
「痛い! 痛い! うそです、エリーさん!!」
スミレがエリーに、拳で頭をぐりぐりとされている。
あれ、痛いんだよなぁ。
「スミレ、魔法の修行は……大変みたいだな」
「そーなんだよ! 前はわかりやすかったのに、最近のエリーさんは言うことが難しくて」
スミレは魔王から魔法を習っている。
学園の魔法の授業も受けているのだが、エリ―曰くスミレには合っていないらしい。
「それだけスミレの魔法技術が上達したってことよ。少なくとも『聖級』魔法くらいは無詠唱でぽんぽん扱えないと、次のステップに進めないわよ」
「聖級魔法を……無詠唱で連発?」
それは人類の最高地点なのでは?
一応、俺も『蘇生』という聖級魔法を扱えるが一回で魔力切れになる。
連続発動できる魔力量があるスミレの規格外さが伺えた。
ただ、道のりは遠そうではあるが。
現在のスミレは強力な魔法の発動に数分はかかる。
だからこそ無詠唱の訓練なのだろう。
「ところでゆーくんは、なにをしに……はっ! まさかエリーさんとえっちなことを……」
「えっ!? そうなの? もうー、はやく言ってよー♡ ほら、小娘、さっさと帰りなさい」
「いや、違うけど」
スミレとエリーは何を言ってるんだ。
――俺は二人に事情を説明した。
「200階層の神の試練かー。ゆーくんが参加するなら私も出ようっと」
「そっか、スミレも出てくれるか」
俺はほっと息をした。
天剣により一人で戦えるようになったとはいえ、俺の魔力量は一般人のそれだ。
神獣と戦うには、スミレの魔法剣があるとないとでは大きく違う。
「ま、今のあんたたちなら200階層くらいなら問題ないでしょ」
「ほんとか?」
エリーが簡単に言ってくれる。
しかし、その言葉は心強かった。
「じゃあ、7日後の神の試練に向けて防具の買い出しにいこうよ、ゆーく……」
「はーい、スミレ☆ 魔法の訓練が辛いからって逃げないのー。居残りよ」
「ええっー、今日はもう十分でしょー、ゆーくんと帰る!」
「そんなこと言ってユージンに迫る気でしょ。読めてるのよ」
「別にいーじゃん、私はゆーくんの彼女なんだし!」
「スミレは愛人枠よ。ユージン、夜はこっちに来なさい♡」
「あっ、ズルい! だったら夜まで居座ってやるから」
「はぁっ!? 夜は帰りなさいよ、小娘」
エリーとスミレが、ぎゃーぎゃー言い合いながら掴み合っている。
すっかり仲良くなったようだ。
「エリー、スミレ。またあとで来るよ」
「「絶対」」
「よ!」「だよ!」
俺は二人に手を振って、地下牢をあとにした。
「ほら、もう一回やってみなさい。詠唱をやめて、イメージもしない。呼吸するように魔法を使うの」
「だからイメージしちゃうんだってー」
「それだと人間レベルの魔法になっちゃうわよ」
「ぬーん、難しいー」
愚痴りつつも、魔法の訓練を再開するようだ。
最近はスミレの魔法もメキメキ上達しているというから、7日後を楽しみにしておこう。
(次は生徒会棟か。会長室にいるといいけど)
多忙なサラは一箇所にとどまっていないことが多い。
まぁ、居なければ探せばいいだけだ。
と俺は気楽な気持ちで生徒会棟へ向かった。
◇
(あれ? そういえば、俺って生徒会のメンバーに嫌われてなかったっけ?)
随分と久しぶりに来たので忘れていた。
現在、俺は『生徒会執行部』と書かれた大きな扉の前で立っている。
生徒会のみならず、リュケイオン魔法学園の生徒に人気があるサラとずっと懇意にしていたせいか、俺は生徒会の大半の面子からよく思われてはいない。
(中に入ると絡まれそうだな……)
話が通じるテレシアさんあたりがいれば、サラを呼んできてもらえるんだけど……。
どうしようか、と迷っていると。
「あら? ユウじゃない。私に会いに来たの?」
ぽんと肩を叩かれた。
肩を叩かれる直前まで、後ろに近づかれたことに気づかなかった。
わざわざ気配を消して近づいてきたらしい。
こんな酔狂なことをするのと、俺をその愛称で呼ぶのは。
「アイリ? どうしてここに?」
俺の幼馴染にして、次期皇帝のアイリ・グレンフレア第七皇女だった。
「だって私は生徒会メンバーだもの。そりゃ、いるでしょ」
「そっか。そういえば今は生徒会執行部だったな」
最初に聞いたときは驚いた。
まさかアイリが生徒会に入るとは。
ただ、天頂の塔での修行をしたいアイリと探索者の救助依頼を受けている生徒会活動は、アイリの希望と合致していたようで、率先して救助活動をこなして探索記録を更新していると聞いている。
「ふーん、その顔は私に会いに来たわけじゃないのね」
すぐに俺の顔を読む幼馴染が、唇を尖らせた。
「あ、ああ。サラに会いに来たんだけど」
「じゃあ会長室ね。一緒に行きましょう」
アイリは俺の手を掴み、「ばーん!」とドアを勢いよく開く。
中にいた生徒会メンバーがこっちを振り向いた。
アイリに対しては好意的な笑顔。
俺に対しては……なにやら含むところがありそうな表情のものがちらほら。
しかし、露骨に絡んでくるものはいなかった。
きっと隣にいる時期皇帝の威光だろう。
持つべきは、偉い幼馴染だ。
「会長はいる?」
「いますよ、アイリさん。会長室で書類確認中です」
「ありがと」
アイリは短くお礼を言って、階段を上がっていく。
俺はそのあとに続いた。
階段を上がって短い廊下を進むと、ドアの前に『会長室』とかかっている。
コンコン! とアイリがドアをノックした。
「どうぞ」
と中から声がする。
「失礼するわ」
とアイリが入り、俺もそれに続いた。
中に入ると執務机に大量の紙の束が重ねてあり、そこにはサラとテレシアさんが並んで書類チェックをしていた。
「アイリ……何の用……って、えっ!? ユージン?」
サラが仕事をとめ、目を丸くした。
「悪い、立て込んでる所」
「それはいいんだけど。どうしたのこんなところに?」
「サラ会長、こんなところはないでしょう?」
サラの言葉を、ちくりとテレシアさんが注意した。
(スミレと同じ言葉を言うんだな)
最近、スミレとサラは一緒にいることが多いから口調が移ったんだろうか。
「ちょっとサラに相談があって」
「席を外しましょうか? ユージンくん」
「いや、隠すようなことじゃないからそのままで大丈夫だよ」
と言い、俺はロベール部長からの提案をサラに説明した。
――説明を終えて。
「……なるほど。剣術部のロベール・クラウン先輩の依頼で、200階層の神の試練ね。わかった、私も出るわ」
「サラは生徒会の仕事が忙しそうだけど大丈夫か?」
俺は書類の山に囲まれているサラを心配した。
「仕方ないでしょ。ロベール先輩は聖国の次期神聖騎士団長とも言われている人よ。次期聖女が助力しないとあとあとそれを指摘されそうだし……」
「それは……大変だな」
しがらみ案件だった。
が、確かに簡単に無視できるしがらみでもない。
聖国の民ではない俺が、とやかくいうのは野暮だろう。
(これでいつもの探索隊メンバーは揃ったな)
安心した。
あとは作戦を事前に考えておかないと。
ロベール部長からは、好きに動いていいと言われているが一度すり合わせをしたほうがいいだろう。
剣術部の部室ってどこだったかな。
なんて考えていると。
「ねぇねぇ! ユウ!」
アイリが目を輝かせて、俺の服の袖をひっぱった。
(あ、……まずい)
アイリの興奮した表情を見て一瞬で悟る。
このあとの言葉は予想がつく。
幼馴染に話を聞かせたのは失敗だった。
が、生徒会まで連れてきてくれたのはアイリだ。
だから、これは避けられない運命なのかもしれない。
「200階層の神の試練! 私も連れてって!」
その顔は、かつて俺に勝つまで挑むと言った幼き頃の幼馴染と同じ表情だった。
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次回の更新は、12月8日(日)です。
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→皆様、優しいお言葉ありがとうございます。
■作者コメント
前回は更新が遅延&短い文章で失礼しました。
一応、復活しました。
先週は忘年会後に疲れが溜まっていたのか、体調を崩しました。
12月も忘年会が多いので体調管理気をつけます。
あとゼロ剣4巻の表紙が、アマゾンのオーバーラップ文庫ランキングだとちらっと出ている気がしますね。
私は何も見ていませんが。
※12月2日(月)には、公式から発表あると思います。
■その他
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