142話 ユージンは、指摘される
「ユージン、ずいぶんと天使化が進んだわね」
「……え? てんしか?」
魔王の言葉を思わず聞き返す。
聞き捨てできない。
「そ。自覚もあるんじゃないの? 何か身体の変化に気づかない?」
言われて俺には心当たりがあった。
「最近……あまり疲れなくなったりとか」
「他には?」
「それくらいかな」
俺が答えると。
「あまり空腹感を覚えなくなったり、睡眠時間が短くても眠くなくなった、ってことはない?」
「……言われてみると」
自覚的ではなかったが、そんな気がする。
「やっぱりねー」
魔王が「うーん」と身体を伸ばしながら言った。
「なぁ、エリー。天使化ってどうなるんだ?」
「んー、天使族の使命を思い出してみなさい」
エリーに聞かれ、俺は昔教わった言葉を思い出す。
「確か……地上の民の監視と保護……だよな?」
「正解。『保護』の力はユージンが良く知ってる『白魔力』特化の体質ね。専用武器がないと、他者への攻撃ができない」
「ああ」
それはよく知ってる。
「もう一つの『監視』のための力。天使は『不眠』『不食』『不休』で活動ができる」
「…………え?」
エリーの言葉に耳を疑う。
不眠に不食、……不休?
「天使は神に命じられるとどんな場所にも適応しないといけない。数年単位の監視任務もざらだし。いちいち食事なんて取ってられないでしょ」
「いや……でも、エリーやリータさんは食事をしてるじゃ……」
俺はエリーに一週間に一度食事を持っていってるし、リータさんがお茶を飲む様子をよく見ている。
「まあ、エリー先輩や私は趣味で食事はするっすよ。でも、必須ではないっすね」
リータさんがあっさりと言った。
「しゅ、趣味……なんですか」
衝撃の事実だった。
天使の食事は、趣味だった。
「にしもてちょっと意外よねー。ユージンの天使化がここまで進むなんて」
「ユージンくんは半天使っすよね。やっぱりライラ先輩の血の影響っすかね」
「そうじゃない? ライラ先輩、色んな女神様から信頼されてるし、難しい交渉役とか任命されることも多いから天界での立場も私がいた頃よりさらに上がってるでしょうし。それがユージンにも影響してるんでしょ」
「正直、ライラ先輩クラスの人が今でも現場出てくるのって珍しいっすよね?」
「そうよー、とっくに隠居して悠々自適に暮らせるのに、わざわざ担当女神を変えてまで働いてるし。変わった人」
「後輩の面倒見もいいし、いい人ですよねー。怒ったら怖いっすけど」
「ほんとよ。私だって任務の時、何回怒られたか。鬼天使よ、鬼天使」
「……そんな怖い先輩の息子に手を出すエリー先輩のほうがヤバいっすけどね」
「あのー、ちょっといいですか」
「ん?」
「どーしたっすか?」
話が脱線しかかっていたので、俺は二人に声をかけた。
「結局、天使化をしたら何かまずいことってあるんですか?」
不眠・不食で活動できるというのは、かなり人間ばなれしているとは思うが考えようによっては便利だ。
天頂の塔の探索にもうまく活用できるだろう、と思ったのだが。
「うーん、ユージン的にはあまりよくないかも」
「そうっすねー、おすすめしませんね」
「……なんでだ? エリー」
理由を尋ねた。
「あのね、ユージン。天使って成長ができないの」
「天使の力は予め女神様によって定められてますからね。任務を達成することにより、力を得ることはできますが人間みたいに修行して強くなるってことはできないっすね」
「…………え?」
成長が……できない?
じゃあ、ここ最近の剣の訓練が全部無駄だったってことか。
「そんな顔しないの、ユージン」
よっぽど悲観的な表情だったのか、エリーが俺の額をコン、とつついて微笑んだ。
「いや……でも」
これ以上成長できない、というのは俺にとって剣士としての終わりを意味する。
「天使化を防ぐ……というか人間寄りに戻るのは簡単よ」
「どうすればいいんだ!」
俺が身を乗り出して聞くと。
「毎日ご飯を食べて、毎日寝る。あとは適度に休むこと」
「……それだけ?」
「ちゃんと人間らしい生活をしなさい。そうすれば天使化は進まないはずだから」
「……わかった」
要するに非人間的な生活をすると、人間を辞めてしまうらしい。
(……スミレとアイリは、疲れたって帰ったもんな)
あれが普通の人間の反応なんだろう。
「今日は寮に帰って休むよ」
「えー、帰っちゃうのー? ちょっと、あっちで休憩しよー」
エリーが腕を絡めてくる。
「先輩~、まだ手伝ってくれる約束分終わってないっすよー」
リータさんが半眼を向けてくる。
「いいじゃないー、ちょっとくらいー」
「駄目っす! 先輩は一度抜けるとなかなか戻ってこないんで!」
とりあえず、これ以上ここにいてはリータさんの仕事の邪魔になるようだ。
「じゃあな、エリー。あとで第七の封印牢に会いに行くよ」
「ぜったいよー! 忘れたら許さないわよー!」
「あーあ、エリー先輩はいいっすねー。年下の可愛い彼氏がいて」
「あんたもはやくだれかいい男でも捕まえなさいって」
「じゃあ、エリー先輩が紹介してくださいよー」
「封印されてる私が紹介できるわけないでしょ!」
「天頂の塔勤務で出会いなんて期待できる訳ないっすよー!!」
そんな声を聞きながら俺は、天頂の塔100階層をあとにした。
◇
「よっ、ユージン、今帰りか?」
「クロードか。これから寮に戻るところだよ。おまえは?」
帰り道にクロードと出会った。
「俺はこれから探索だな。ついでに100階層に寄ってから行こうと思うんだが、最近リータちゃん忙しそうだから迷惑かなー」
というクロードはいつものように手土産を持っていた。
マメな男だ。
「あー、確かに忙しそ……」
と言いかけて気づく。
出会いがないってぼやいていたし、クロードのことは気に入ってるみたいだし行けば喜ぶだろう。
でも、クロードはレオナやテレシアの恋人だし、ティファーニア王女という婚約者もいる。
果たしてリータさんと仲良くなるのを応援していいものか?
でも、リータさんも仕事が大変そうだったし……。
「ユージン?」
クロードが訝しげな表情をこちらに向ける。
「……ま、まぁ、差し入れでも持って会いに行けば喜んでくれると思うよ」
「そっか。じゃあ、そうするよ」
と言ってクロードは天頂の塔に向かって去っていった。
(うーん)
これでよかったのだろうか。
回答がでぬまま、俺は寮に戻ってベッドに倒れ込んだ。
気が付かなかっただけで、どうやらかなり疲れていたらしい。
あっという間に睡魔に襲われ、いつもより長く眠りについた。
◇
目を覚ますと昼近くだった。
……空腹は感じない。
が、昨日のエリーの話だときちんと食事は取っておいたほうがいい。
人間らしく。
今日の授業は午後からだ。
その前に何か食べておこう。
さて、どこに行くか?
(学園の食堂でいいか)
特に食べたいものがなかった俺は、無難な場所にした。
◇リュケイオン魔法学園・大食堂◇
まだ、昼休み前なので食堂は比較的空いている。
俺は日替わり定食を頼み、適当なテーブル席に座った。
日替わり定食のメニューは、
・星菜と霧樹の実のサラダ
・真珠茸のスープ
・角ウサギの炙り
・火麦パン
・黄金蜂蜜のゼリー
だった。
一口食べると、急な空腹が襲ってきた。
(天使化が進むと空腹にも気付けないのか……)
改めて気をつけようと思う。
ゆっくりと味わって食べる。
大丈夫。ちゃんと美味しく食べられている。
そうして、半分くらいを食べ終えた頃。
「ここ、いいかな?」
「え? どうぞ」
周囲は空いているのに、わざわざ目の前の席に座る人物がいた。
長身で鍛え上げられた身体に、刃のような闘気。
にもかかわらず、直前まで気付けなかった。
「ロベール部長、どうかしました?」
「少し君と話がしたくてね」
目の前の相手は、リュケイオン魔法学園における最大派閥『剣術部』のロベール・クラウン部長だった。
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次回の更新は、11月24日(日)です。
※翌日は信者ゼロの更新です。
連続更新か……。
■感想返し:
>キメラくんの素材、ほったらかし? 勿体ないお化けが出るぞ?
→迷いましたが、ユージンが倒したわけじゃないですからね……。
迷宮の土へと還りました。
>・久しぶりのリータちゃんだ!相変わらず可愛い!
→リータちゃんは結構好きなキャラです。
幸せになってほしい。
そろそろ200階層の天使にも出てもらわないと。
■作者コメント
コミックガルドで信者ゼロの第43話が公開されています。
https://comic-gardo.com/episode/2550912964485221597
11月は締切が多くて忙しい……。
■その他
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