141話 天頂の塔の異変 その2
「「「キア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」」」
三つの獣頭から発せられる鳴き声が入り混じり不協和音となる。
獅子、山羊、熊の頭を持つ混成魔獣。
体躯は竜の成体をベースにしているのだろう。
見上げるほどの巨体だ。
尻尾には大きな大蛇が鎌首を上げている。
鈍重そうな外見と裏腹に、かなりのスピードでこちらへと迫る。
混成魔獣が襲いかかろうとしている先にいるのは、――最終迷宮の主であるアネモイ・バベル。
狙われている迷宮主は、逃げるでもなく怯えるでもなく、怪訝な表情をして腕組みしている。
(弐天円鳴流・空歩!!)
混成魔獣が振り上げた前足がぎりぎり迷宮主に届く手前に間に合った。
「結界魔法・光の大盾」
ガン!!!
という衝撃が全身を襲う。
キメラの振り下ろされた前足を光の大盾で受けた。
後ろにいる迷宮主は相変わらず、ぼんやり突っ立っているだけだ。
「「「キア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」」」
再び混成魔獣が吠える。
狙っているのは迷宮主のようだ。
(狂った魔物が迷宮主の仕業の線はなくなったかな?)
演技の可能性もあるが、この迷宮主はそんなまどろっこしいことはしない気がする。
にしても、反撃したいが現在の俺は両手で結界魔法を使っているため、剣が構えられない。
一度距離を取って仕切り直しようにも、うしろの迷宮主を放置していいものか迷った。
そもそも階層主へ挑戦する宣言もしていない。
倒してしまってもいいのだろうか?
(んー? どうしようかな?)
考えている最中も混成魔獣の攻撃は続いている。
迷った俺は、迷宮主さんへお伺いを立てることにした。
「あの、アネモイさん。この階層主? と戦えば120階層を突破になるんですよね?」
「…………」
尋ねてみたが返事がない。
「あのー」
「……不快ね。私に逆らうなんて」
さきほどの機嫌が良かった声から一変、不機嫌度がMAXになった。
「迷宮魔法・棘の鎖」
迷宮主の声と共に、金属の棘がついた鎖が地面から現れ、キメラの身体に巻き付いた。
「「「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」」」
先ほどとは違う苦しげな絶叫をキメラが上げる。
キメラの皮膚に棘が刺さり全身から赤黒い血が流れて地面を染めている。
放っておいても失血死しそうではあったが。
「迷宮魔法・血濁の断頭台…………死になさい」
迷宮主が告げる。
空中から突然赤い刃が現れ、キメラの首を落とした。
ゴロン、と大きな獣の頭が三つ転がっている。
(迷宮魔法……初めて見た)
発動までが恐ろしく早い。
迷宮主が魔法名を告げると同時に、キメラの身体は棘の鎖で拘束されていた。
赤い刃が空中から降ってくるのも、瞬きをするほどの一瞬だった。
(俺なら避けられたか……?)
初見なら間違いなく無理だ。
そして、あの棘の鎖は初見で回避できないと詰む。
「どーしたの? ユージン・サンタフィールド」
俺が考え込んでいたのに気づいたのか、迷宮主がこちらに尋ねてきた。
俺はさっきまで考えていたことを一旦忘れ、別の話題を返した。
「さっきの混成魔獣は階層主だったんですかね?」
「そうね。本来の階層主である双頭の大蛇は死んじゃってたし、そういうことになるのかしら」
「で、俺の代わりに迷宮主さんが倒しちゃいましたけど、これってどうなります?」
「……あ」
俺の指摘に迷宮主が口を抑える。
気づいてなかったらしい。
「確か階層主って一度倒すと一日から二日は出現しませんよね? その間は上層への階段も無くなりますし」
「ご、ごめんなさい」
珍しく素直に謝られた。
神獣ヒュドラでやらかした時ですら、不貞腐れてただけだったのに。
流石に自分から階層主に挑戦するように促しておいて、横から獲物を奪った罪悪感はあるようだ。
「別にいいですよ」
もともとボスの挑戦にこだわっていたわけではない。
部長から頼まれていた調査の一つ『迷宮主への確認』はできた。
今日の探索はこれで終了かなー、と大きく伸びをしていると。
「ちょっと待ちなさい、ユージン・サンタフィールド。あんたって既に神獣と4回戦ってるのよね?」
「神獣三体と魔王一人ですね」
「細かいことはいいのよ。よし! あんたならもう200階層に挑戦しても問題なさそうね。ちょっと、こっちに来なさい」
と強引に腕を引き寄せられた。
そして、探索者バッジを「コツン」と指で叩く。
すると、パン! と小さな音と淡い光をバッジが発した。
「今なにを……?」
俺が質問をした時。
――ユージン・サンタフィールドは200階層の『神の試練』の挑戦権を得ました
「は?」
天使の声が無機質な声で告げた。
「あの……、これっていいんですか?」
――あのー、これはいいんでしょうか?
俺の声と、天使の声が被った。
声から誰かはわからないが、きっとリータさんではない200階層の管理をする天使さんなのだろう。
「いーのよ、迷宮主の私がルールなんだから! じゃあ、さっさと200階層に行って挑戦しなさいよ! わかった、ユージン・サンタフィールド!」
「ちょっと、待ってください!
好き勝手言って、迷宮主が去ろうとするので俺は慌てて彼女の小さな腕を掴んだ。
「なによ、手間が省けてよいでしょ?」
「なんかズルをしたようで落ち着かないというか……」
「真面目ねー、あんた。正直、さっきにキメラ相手でも余裕があったんだからこんな低層階でとろとろするんじゃないわよ。いい? 次は迷宮昇降機でさっさと200階層に行きなさい」
「俺だけ行けても同じ隊のメンバーが200階層に行けないですが」
「それも大丈夫よ。近々天頂の塔のルールを変えるつもりだから。同じ隊のメンバーが持ってる一番上層の記録まで、迷宮昇降機で上がれるようにするわ」
「……それは……大丈夫ですか?」
不正や事故が多発しそうな……。
「大丈夫よ、心配性ねー☆ じゃーね」
といいながら迷宮主は霧のように消えた。
残ったのはキメラの死骸だけだ。
「帰るか……」
俺は迷宮昇降機に乗り込んだ。
すると押せるボタンが倍ちかく増えている。
本当に200階層まで行けるようになっていた。
(むちゃくちゃだな、あの迷宮主……)
やりたい放題だ。
それだけ高階層へ探索者を上がらせたいのだろうが。
あまりいい方法とは思えないが。
俺は天頂の塔の1階層行きのボタンを押そうとして、思いとどまり100階層のボタンを押した。
(もしかしたら天使さんなら、異常な魔物のことを知ってるかも……)
最後に、話だけ聞いて帰ろう。
◇
「うわーん、また天頂の塔のルール変えろってー! 何回目っすかー、あのクソ迷宮主!」
100階層に入った瞬間、目に入ったのは大量の書類に囲まれた天使さんだった。
(タイミングが悪かったみたいだ……)
リータさんの言葉使いが乱れている。
お疲れのようだ。
「ちょっと、思いつきでルールを変えすぎね、あの迷宮主。運命の女神ちゃんに上申しておいたら?」
頬杖をついて一枚の書類を眺めているのは、魔王だった。
またリータさんの仕事を手伝っているらしい。
俺が近づくと、ぱっとエリーがこっちを振り向いた。
「あら? ユージン。どうしたの?」
「悪い、取り込み中みたいだから出直すよ」
「いいのいいのー、ちょっと疲れて休憩しよっかなーって思ってたから。こっちいらっしゃい♡」
「エリー先輩~、今日締め切りの分がまだ終わってないっすよー」
リータさんが低い声で、釘を刺す。
「な、なによー。ちょっとくらいいいでしょ?」
「ユージンくんと二人で抜け出してなにするつもりですかー! 一人だけズルいっすよ! 私だってストレス溜まってるんすよ―」
「だ、だめよ! ユージンは私のだから貸さないわよ!」
「……先輩の男を盗ろうとは思わないっすけど」
「最近よく会いにくる槍使いの男の子は?」
「あの子、彼女がいますよー」
「寝盗っちゃえ☆」
「だめっすよー、それは~」
これは天使の会話なんだろうか?
いや、片方は堕天使だったわ。
じゃあ、いいのか。
いや、よくない。
「忙しそうだからまた今度に……」
あまり聞いてよい会話でもなさそうなので、俺が去ろうとした時。
「あら? こっち来なさい、ユージン」
「急に引っ張るなって」
腕を掴まれ、抱き寄せられた。
「…………」
じっと真剣な目で見られる。
「エリー?」
赤い目に見つめられ、少し居心地悪くしていると。
「ユージン………………随分と天使化が進んだわね」
ぽつりと、エリーが言った。
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次回の更新は、11月17日(日)です。
■感想返し:
>・アネモイが可愛く思えてきた
→情報公開。4巻のイラストキャラの一人がアネモイさんです。
・アネモイが言ってた階層スキップって実装されなかったのかな?
→現在、天使さんたちが頑張って実装中です。
■作者コメント
今夜の更新が終わったから、4巻のSS書かなきゃ……
■その他
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