140話 天頂の塔の異変 その1
「結局、天頂の塔の探索をするのは俺一人か……」
迷宮昇降機から降りた俺はひとりごちた。
スミレとアイリは、探索には参加しなかった。
「無理だって! ゆーくん。もうクタクタだよー」
「ユウ……あんたの体力どうなってんの……?」
二人からは変人扱いをされてしまった。
まだ、体力が余っていた俺だけが天頂の塔へとやってきた。
俺が現在いるのは119階層。
迷宮昇降機で来られる最高階層。
以前、スミレやサラと一緒に来て階層主に挑戦する手前で止まっていた。
100階層以上は、出現する魔物が無作為なので、色々な魔物を探して他の階層に行かなくていい。
あと迷宮主は99階層以下が好きではないはずだ。
復活の雫で命の安全が保証されている状況を、迷宮主アネモイ・バベルは嫌っている。
だから姿を現すなら100階層以上だろうと予想した。
119階層は広い草原と廃墟が広がっている。
身を隠す場所は多いが、俺はあえて見通しのよい広場を歩いた。
当然、すぐに魔物に見つかるわけで。
ドス! ドス! ドス! という足音と共に。
「ガアアアアアアア!」
牛頭巨人が、巨大な斧を振り下ろしてくる。
それを俺は避けつつ、弐天円鳴流の技で首を落とした。
「…………」
その背後から音もなく忍び寄ってきた暗殺者ゾンビの攻撃をかわし、同じく首を刎ねる。
(今のところ変な魔物はいないな……。できれば部長が言った狂った竜に会えればいいんだけど)
色々な魔物と遭遇しているが、まだ竜とは出会っていない。
かれこれ3時間ほど119階層をぶらぶらしている。
探索というよりは修行に近い。
わざと目立つ場所をうろついて、襲ってくる魔物を返り討ちにする。
(それにしてもあまり疲れないな……)
もともと帝国軍士官学校で鍛えられ、体力はあるほうだと自覚しているが最近はそれに磨きがかかっている。
いくら動いても疲労を感じない。
(なにか身体がおかしいのか……?)
保健室の先生に診てもらったが、身体に異常はなかった。
体力があるのはいいことだし不便を感じているわけじゃないんだけど、ちょっと不気味だ。
今度学園長に相談してもいいかもしれない。
その時だった。
「ねぇ、どうして階層主に挑戦しないの? ユージン・サンタフィールド」
からかうような子供っぽい口調。
それでいて声に乗った膨大な魔力が、それだけでこちらを威圧してくる。
最終迷宮の主にして、歩く災害――アネモイ・バベルだ。
(目当ての一人目が見つかったな)
声をかけられると、厄介事に巻き込まれる可能性が非常に高い。
いつもなら出会った不運を嘆くのだが、今回は都合がよい。
「単独でボスとは戦わないよ」
俺はひとまず冷静なふりをして簡潔に返事をした。
「慎重なのはいいことよ。けど、あんたなら120階層程度のボスに今さら臆したりはしないでしょう? いったいいくつの神獣を撃退したと思っているの」
クスクスと手に口を当てて上品に笑う迷宮主さん。
今日は機嫌が良さそうだ。
「一人で倒したわけじゃない。みんなと力を合わせてだよ」
「でも階層主くらいなら一人でも余裕でしょ。あんたみたいな力のある探索者がこんな低層階でいつまでも遊んでるんじゃないわよ。さっき見てたけど余裕そうだったじゃない」
バンバン! と気安く俺の背中を叩いてくる迷宮主さん。
(んー、俺に階層主へ挑戦してほしいってことか……)
勝手にボスに挑戦するとスミレやサラに怒られそうではあるが……。
ここで相手の希望に沿っておいたほうが、色々聞き出しやすいかもしれない。
「じゃあ、挑戦してみますけどまずいと思ったら逃げますからね」
「えっ!? いいの? よく言ったわ! それでこそよ!」
迷宮主さんが破顔する。
俺はすでに見つけてあった120階層への階段へと向かった。
少し後ろから、とてとてと迷宮主さんもついてくる。
こうしてみるとあけどない子供にしか見えない。
ご機嫌そうに鼻歌を歌っている。
(よし、さり気なく聞いてみるか)
「ところで最近はまた何か面白いことをはじめたみたいですね」
確証があるわけではないが、カマをかけてみる。
喋りたがりな迷宮主だ。
そう言えばきっと……
「あら? 耳が早いわね。もう知ってるの? そうなのよ、天頂の塔の『神獣召喚』のタイミングに手を入れようと思ってて。あんたが20階層で地獄の番犬と戦った時みたいに、100階層や200階層以外でも神獣を召喚してあげたら、もっと探索者の質が上がるんじゃないかしら」
「それはやめておいたほうが……」
とんでもないことを言い出したぞ? この迷宮主。
「なんでよ?」
「準備もできてないのに『神の試練』を受けても失敗して、自信を無くすだけじゃないですか?」
「別にそれで自信を無くすならそれだけのやつってことでしょ? 真の探索者なら、きっと奮起してくれるはずよ!」
「随分と乱暴な選別だと思いますが……」
この迷宮主には、丁寧に教え導くという概念はないらしい。
学園長とは真逆だ。
「だって、現にあんたは上手くいってるじゃない」
「お、俺ですか?」
「そうよ! この短期間で4体の神獣と戦っていずれも勝利を収めている! この調子でガンガン成長しなさい。同じような探索者をいっぱい作れば、天頂の塔の制覇も明るいわね!」
「……はぁ」
魔王は神獣じゃないぞ? とか。
俺を参考にされても困るんだが? とか。
色々と言いたいことはあったが、迷宮主の答えは俺の期待するものじゃなかった。
「他に天頂の塔の魔物にいつもと違う強い魔物を紛れさせたりしてないですか?」
結局さりげなくでなく、ストレートに聞いてみることにした。
「魔物? どんなやつよ?」
「えっと、普段いる竜より強い竜とか」
「知らないわね」
即座に否定された。
もちろん、嘘をついている可能性はある。
「そうですか」
けど、それを俺に確認する術はない。
ただ、なんとなく迷宮主の仕業だとしたら自分から得意げに話す気がした。
とすると、部長が言っていた『奇妙な竜』は、迷宮主とは別件なのかもしれない。
考えて事をしているうちに、階段を登りきり120階層へと到着した。
――開けた草原にぽつぽつと見える崩れかかった廃墟。
景色としては119階層とあまり変わりない。
が、120階層に足を踏み入れた瞬間に俺は顔をしかめた。
空気に濃い血の匂いが混じっている。
(なんだ……?)
階層主の領域では戦闘は起きない。
階層主しか強い魔物はいないためだ。
血の匂いがするはずがない。
強いて言えば、階層主が食事中である可能性はあるが、ここまでの血の臭いがするだろうか。
「妙ね……」
後ろから迷宮主さんの声が聞こえてきた。
いや、あんたはこの迷宮の主だろ。
とツッコミたくなったが、それよりも周囲を警戒する。
二週間くらい前に、中継装置から確認した限り120階層の現在の階層主は、『炎の双頭大蛇』。
全身が赤い鱗で覆われた馬を丸呑みしてしまえるほどの大蛇の魔物だ。
中継装置では、ベテランの探索部隊が惜しいところで敗走する様子が映っていた。
かなりの巨体だったので、すぐに見つかると踏んでいたのだが。
(…………これは?)
しばらく120階層を散策した俺は、『それ』を発見した。
――頭を喰われた『炎の双頭大蛇』の死骸を。
血の匂いの元はこれだった。
その階層の絶対者であるはずの階層主。
それが死んでいる。
非常に見覚えのある光景だ。
俺はぱっと、後ろを振り返る。
「迷宮主さん。もしかして、変則的な神獣召喚をもうやりました?」
「ち、ちがうわよ! これからってところなの! いま、他の天使たちにも意見を募っているところなんだから!」
20階層の時の、地獄の番犬が召喚された時は迷宮主さんが噛んでいたらしいが、今回はその線はなし。
「となると……階層主の交代か」
「多分……ね」
極稀に起こる階層主を他の階層主が倒してしまう事態。
せっかくの中継装置で得た事前情報が使えなくなってしまった。
さて、新しい階層主はどこにいるのか……、改めて120階層を歩き回るか……と思っていた時。
――キイィィィ…………キイィィィ…………
という、聞くだけで心を不快にさせるような鳴き声がこちらへ近づいてきた。
「…………」
俺は白刀を抜き、音のするほうへ構えた。
……ブブブブブブブブブブブブブブブ
巨大な羽音が響く。
『それ』は奇妙な外観だった。
竜のような体躯。
しかし、首の上についているのは『獅子』と『山羊』と『熊』の三頭。
手足には鷲のような鈎爪が付いている。
背に生えているのは、虫のような羽根だ。
「異質同体……?」
様々な魔物が混じった醜悪な姿。
かつての戦争で登場し、現在では製造を禁止されている異質同体の生成。
実際に見るのは始めてだ。
天頂の塔には異質同体も出現するのか。
驚きつつも俺は白刀を構え、探索者バッジに語りかける。
階層主は姿を現した。
ならば、挑戦を宣言しないといけない。
「ユージン・サンタフィールドは階層主に挑……」
その時だった。
「キャアアアアアアアアアアアアアアア」
不快な鳴き声を上げながら、階層主が迷宮主に襲いかかった。
「…………は?」
迷宮主が、ぽかんと口を開く。
(こいつだ!!)
竜であるのに神龍の血を引く部長に襲いかかった狂った個体。
そして、天頂の塔の魔物であるにも関わらず迷宮主に襲いかかる魔物。
やはり天頂の塔で異常が起きている。
が、まずは俺は迷宮主に襲いかかった狂った魔物を倒すため、魔物のほうへ向かった。
■大切なお願い
『面白かった!』『続きが読みたい!』と思った読者様。
ページ下の「ポイントを入れて作者を応援~」から、評価『★★★★★』をお願いします!
次回の更新は、11月10日(日)です。
■感想返し:
>なるほど、危険生物枠は納得
>スミレも暴走するとああなるのか…?
→暴走したら、スミレのほうがやばいです。
部長……神龍の血が僅かに混じっている。
スミレ……炎の神人族に転生。神の血が濃い。
>抱きついた状態で噛みつくという事は、前腕じゃなく上腕という事かな?
そうですね。上腕あたりです。
ユージンが部長の頭を抑えているようなイメージです。
■作者コメント
『攻撃力ゼロから始める剣聖譚4』12月25日発売予定です。
学園祭編ですよー。
情報元はこちら。
https://blog.over-lap.co.jp/shoei_2411/
■その他
感想は全て読んでおりますが、返信する時間が無く申し訳ありません
更新状況やら、たまにネタバレをTwitterでつぶやいてます。
ご興味があれば、フォローしてくださいませ。
大崎のアカウント: https://twitter.com/Isle_Osaki