139話 生物部 その3
◇スミレの視点◇
――メディア・パーカー。
天頂の塔の記録保持者・第十位。
一位から九位までは百年以上記録が動いていない中、比較的最近現れた記録更新者。
(そっか、生物部の部長さんだったんだ……)
歴史に名を残す偉大な探索者さんは、意外に線の細いおっとりした女性だった。
ただし、部屋の中はかなり散らかっていて。
机には開きっぱなしのノートと、たくさんのメモ書き。
本棚に収まりきらないたくさんの魔導書が、床にも積み上げられている。
いかにも魔法研究者って感じの部屋。
私がよく行く学園長室に似た雰囲気があった。
「わざわざこんな辺ぴな所まで来てくれてありがとう。片付いていない部屋で申し訳ないけど、適当にくつろいでほしい。ただ、ボクの側には近づかないよう注意してもらえるかな。生まれつき身体に『呪い』を持っていてね。万が一、それが移ってしまうのが怖い」
「「……!?」」
声には出さないものの、私とアイリちゃんは呪いという言葉にわずかに身体を強張らせた。
「そんなに緊張しなくていいよ。もし移っても俺が『呪い祓い』するから」
ゆーくんが私たちにあっさりと言った。
「あぁ、そうなのね。祓える程度の軽い呪いならよかった」
「なあんだ~、てっきりすごく重い呪いかと思ったよー」
アイリちゃんと私がほっとした声を出すと。
「一応、常人がかかると数時間で死んでしまう呪いなんだけどね」
メディアさんがぼそっと呟いた。
「「……」」
再び私とアイリちゃんは何も言えなくなる。
「あんまり二人を脅さないでくださいよ。心配ないよ、スミレ、アイリ。部長の身体に長時間触れたり噛まれたりしなければ呪いが移ることはないから。部長、台所借りますね。紅茶を淹れますがいいですよね」
あぁ、そうなんだ。
……噛まれるってなに?
「ユージンくん、もてなしもできなくて悪いね」
「いえいえ、部長は休んでいてください」
ゆーくんがテキパキと火を沸かして、ティーカップを用意している。
「ゆーくん、手伝うよ」
「ユウ、手伝うわ」
私とアイリちゃんが同時に立ち上がる。
そして顔を見合わせる。
「アイリちゃん、私がやるよ?」
「スミレこそ疲れてるでしょ」
と牽制し合っていると。
「お茶入ったよ」
ゆーくんが全部終えてしまった。
部屋の真ん中にある丸テーブルにお茶を並べる。
部長のメディアさんだけは、ベッド脇にある小さなテーブルの上にティーカップをおいた。
(ゆーくん、手慣れてるなー)
ここによく来るのかな?
私はゆーくんが淹れてくれたお茶を口元に運ぶと、ふわりと蜂蜜のような甘い香りがした。
こくん、と熱いお茶を口に含むと身体がぽかぽかしてきた。
長い間歩いてきた疲労が取れてきた気がする。
「ねぇ、ユウ。このお茶ってなんて名前?」
「雪薫衣草のお茶だよ。それに命の樹の葉っぱを少し足してブレンドしてるんでしたっけ、部長」
「うん、そうだね。あとは黄金蜂蜜を入れるのが僕の好みなんだ」
「っ!? ……けほっ」
アイリちゃんが、飲んでいる紅茶を吹き出しそうになってむせている。
「だ、大丈夫? アイリちゃん」
「何てものを飲ませるの!?」
「アイリ、どうしたんだ?」
「口に合わなかったかな?」
ゆーくんと部長さんがきょとんとしている。
「十年に一度しか花を咲かせない雪薫衣草と、市場にほとんど流通してない幻の植物『命の樹の葉』のブレンドの茶葉に、入手難度『S』の黄金蜂蜜って。このカップ一杯で百万Gくらいするじゃないの!?」
「ええええええっ!!」
アイリちゃんの言葉に今度は私が驚く。
そんな高価なお茶なの!?
「末端価格ってそれくらいなんだっけ? ユージンくん」
「最近物価があがりましたからね、部長」
「そうなんだ? 何かあったのかい?」
「北の大陸では大魔王が復活するってもっぱらの噂ですから。みんな財を溜め込んでるんですよ」
部長さんとゆーくんだけは涼しい顔で、一杯百万Gのお茶を飲んでいる。
「……」
「……」
騒いでいるアイリちゃんと私がおかしい気がして、仕方なく二人にならってお茶を飲んだ。
値段を聞いたあとだと、味わって飲もうとしてむしろ味がしなかった。
◇
「それで部長。話ってなんですか?」
ティータイムで一息ついたあと、ゆーくんが尋ねた。
そうそう、ゆーくんが呼ばれたから来たんだよね。
私たちはメディアさんが口を開くのを待った。
「ユージンくんはボクが竜の魔物使いであることは知ってるよね」
「もちろんですよ。神龍の血を引く竜人って聞いた時は驚きましたが」
(えええええっ!)
なんかさらっと、凄いこと言ってない?
隣のアイリちゃんが絶句している。
「神龍の血を引くおかげで、天頂の塔の竜たちは僕には敵対してこない。そのせいで迷宮探索は、僕にとっては味気ないんだけど……」
「贅沢な悩みですね」
ゆーくんの言う通り。
最終迷宮で最強の魔物の一角は、まちがいなく竜だ。
竜と戦わなくてすむなら、攻略も一気に捗るだろう。
「ところがね。最近、僕を襲ってくる竜が現れたんだ」
「……神龍の血の威圧が効かないってことですか?」
「それが詳細がわからないんだよ。僕はあまり長く探索ができないからね。月に一回、薬草や魔石の採取に天頂の塔に行くくらいだから」
「学園長なら何か知ってるんじゃないですか?」
私が尋ねると。
「それがね。学園長にも相談したいんだけど、最近いそがしいみたいで」
「迷宮主が問題行動を起こしてますからね」
「僕はその迷宮主が怪しいと睨んでる」
「まぁ、何かやらかすなら彼女でしょうね」
「……確かに」
ゆーくんが頷くのを見て、私も同じ意見だった。
この前も九首悪神竜の封印を解いて、大変なことになったし。
「ユージンくんは迷宮主と話す機会が多いって聞いたよ。それとなく探りを入れてくれないかな?」
「なぜか絡まれる事が多いんですよね。わかりました、調査してみます」
「ありがとう、助かるよ」
「部長の頼みですから」
話がまとまったみたい。
ゆーくんは部長さんの依頼を引き受けたけど、それってあの迷宮主さんに会いに行くってことだよね。
私は苦手だから、嫌だな―と思っていると。
「一つ質問してもいいかしら」
ずっと黙っていたアイリちゃんが口を開いた。
「なんだい? 帝国の皇女様」
「神龍の血を引く貴女が、どうして呪いにかかったりするの?」
それは私も気になってた!
アイリちゃんの言葉に、部長さんは困ったような笑みを浮かべた。
「それはね…………厄介な話になるんだ。先祖代々、僕の一族は神龍の血を神聖なものとして扱い、一族の長は繁栄してきた。それでも徐々に血は薄まってきてたんだけど、僕の代で『神龍の血』が覚醒してしまってね。おかげで、どんな竜でも僕の前では平伏すのだけど神龍の血に人間の身体が耐えられずに、呪いにかかった状態になってるんだ。自分の身体なのに情けないことだよ」
「そう……」
アイリちゃんが気の毒そうな表情になる。
私も何も言えなかった。
「でも学園長が調合した薬のおかげで楽になってるんですよね?」
ゆーくんがフォローした。
「あくまで一時的な措置でね。それでも学園長にはとても感謝してるよ。定期的に身体を検査されるのだけは、今でも恥ずかしいけどね」
「俺も昔されましたよ。裸で何時間もいるのが辛いんですよね」
「……僕はさすがに服は着てるよ?」
「ただ最近は俺のことは調べられなくなりましたね。代わりに学園長が興味を持ってるのが、そっちにいるスミレですよ」
会話の矛先が私に向いた。
メディアさんの視線もこっちに向く。
(っ!!)
普通にこっちを見てるだけのはずなのに、息が止まるような威圧感。
とてつもなく大きな肉食獣に見られている感じ。
それでいて外見は穏やかそうな雰囲気のメディアさんとのギャップが凄い。
「指扇スミレくんのことは、学園長から聞いているよ。何でも異世界からやってきて炎の神人族に転生をしたんだとか。確かに凄い魔力だね」
「よ、よろしくお願いします。一応、私生物部に所属してまして……」
「うん、よろしくね、スミレくん。僕らは同じ『危険生物』枠だね」
「……え?」
メディアさんにおかしなことを言われた。
ぱっとゆーくんを振り返る。
「どういうこと!?」
「部長、変なことをスミレに言ったらダメですよ。本気にするじゃないですか」
「変なことじゃないさ。神龍の血を引く僕や古代神人族のスミレくんが暴走をすれば、迷宮都市が滅びる可能性だってあるだろうからさ」
「ぼ、暴走なんてしません!」
「僕だって同じ気持ちだよ。ただね……、どうしても『神の力』というのは人に身では手に余る……。先祖代々引き継いだ力ですら少し『血が覚醒』したら呪われてしまったし、スミレくんは元は人間なのに炎の神人族という神の器に魂が入っている。その不一致には気をつけたほうがいいよ」
「そう……ですか」
私は納得いかない思いを抱えつつも、頷いた。
だってメディアさんは私よりも遥かに熟練者の探索者で、おそらく魔法にも精通してて。
そして私と同じ『人外』の存在だから。
忠告は真剣に受け取ろうと思った。
「大丈夫よ、スミレ。貴女は大丈夫よ。だって私と一緒に居るときだってずっと普通だもの。暴走したりしないわ」
アイリちゃんが私の肩を叩いて慰めてくれた。
「うん、ありがとう。アイリちゃん」
「万一、暴走しても俺が止めるからさ」
とゆーくんが言ってくれた。
って、あれ?
ん?
もしかして、ゆーくんは私が暴走するかもって思ってる?
「…………」
「…………スミレ?」
私がじーっと睨むと、ゆーくんには伝わってないっぽい。
「やれやれ、献身的な彼氏と優しい友達がいて羨ましいね。僕にも誰かいい人が現れ……………………げほっ! げほっ! …………けほっ!」
「部長! 大丈夫ですか!」
普通に話していたメディアさんが急に咳き込んだ。
だけじゃなくて、わずかに吐血してる!?
慌ててゆーくんが駆け寄って、メディアさんの身体を支えた。
私とアイリちゃんも心配で前にでようとして…………
「あ、あれ……?」
「…………え」
身体が急に寒くなった。
足が震えてまっすぐ立てない。
隣を見るとアイリちゃんが真っ青な顔をしている。
私の歯ががちがちと鳴った。
(こ、怖い……)
さっきまで普通に話していたのに。
メディアさんのことが怖くなった。
目が合った時の比じゃない。
まるで、竜の口の中にいるような……。
「ぐっ……、すまない。……こんな……時に……発作が……起きてしまって……」
恐ろしいほどの威圧感と恐怖心を与えてくるメディアさん自身はとても苦しそうだった。
これが『神龍の呪い』……?
私とアイリちゃんがへたり込んでしまっている中。
「部長、一回いつものをしたほうがいいんじゃないですか? 神龍の『飢餓衝動』ですよね?」
ゆーくんだけは冷静だった。
いつも通り過ぎて怖いくらい。
「……いいの……かい? 二人が……見てるけど」
「気にしている場合じゃないでしょう」
「……わかった……よ」
よくわからないまま、二人の会話を聞いていると。
「……ん」
突然、メディアさんがゆーくんの腕に噛みついた。
「「えええっ!!!!」」
その行動に恐怖心も忘れて大声を上げてしまった。
隣のアイリちゃんも同じみたい。
(な、何やってるの! ゆーくん)
声にならない声を上げる。
メディアさんは、がっちりと爪を立ててゆーくんの身体にしがみつき、二の腕あたりに噛みついている。
なんか……ちょっと……はたから見ると恋人同士みたい……な。
そしてしばらくすると、さきほどまでの威圧感がすーっと引いていった。
ゆっくりとメディアさんがゆーくんの腕から口を離す。
ゆーくんの腕には、痛々しい歯型……というより鋭い牙に噛まれた跡が残っていた。
「大回復」
それをゆーくんが回復魔法で、一瞬で治す。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
メディアさんが赤い顔をして、荒い息をしている。
「落ち着きました?」
「あぁ、久しぶりだったから焦ったよ。まったく神龍の『飢餓衝動』は突然だから。そにしてもユージンくんの腕は落ち着くよ」
「かなり痛いんですけどね」
「ごめんよ、興奮すると加減ができなくて」
ゆーくんと部長さんは、世間話モードになっている。
さっきまでのがうそみたい。
(いや、でも……さっきのってわりとよくあるのかな?)
呪いのため仕方ないとはいえ。
なーんか、ゆーくんが部長さんに抱きしめられてちょっと怪しい雰囲気だったなぁー。
うーん、モヤモヤする。
と思っていたら、隣のアイリちゃんが私の十倍位不機嫌な顔になってた。
それから少しだけ会話して、私たちや部長さんの家を出た。
家を出たあとの帰り道をゆっくりと歩く。
学園寮へと天頂の塔への分かれ道に着いた。
はぁ~、今日は疲れたな―。
寮でお風呂に入って、あとはゆっくり休もう、とか考えていた時。
「じゃあ、天頂の塔に行こうか」
「「えっ!?」」
ゆーくんは最終迷宮への探索を提案してきた。
うそでしょ!?
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次回の更新は、11月3日(日)です。
■感想返し:
>まーたヒロインが2人も増えた
→部長はヒロインじゃないですー。
>某任◯堂法務部は異世界まで出張ってこないからヨシ!
→怒られたらすぐ消します。
■作者コメント
部長さん、いつかイラスト化してほしい。
■その他
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