138話 生物部 その2
◇スミレの視点◇
第六の封印牢に入ってすぐ目に入るのは、視界を遮る密林だった。
「スミレ、アイリ。こっちだよ」
ゆーくんは躊躇なく、密林へと入っていく。
一応、ちょっとした道があるのだけど生い茂る草木のせいですぐにゆーくんの姿が見えなくなりそう。
「アイリちゃん、行こっか?」
「うん。そうね、スミレ」
私とアイリちゃんは身を寄せ合ってゆーくんのあとに続いた。
……グルルル
遠くから何か巨大な生き物の唸り声が聞こえてくる。
……ドシン、……ドシン、という大きな足音もどこからか聞こえる。
私たちが歩いているのは、ギリギリ人が通れる獣道。
そこをゆーくんは軽い足取りで進んでいく。
私とアイリちゃんは、周囲をきょろきょろしつつ恐る恐る着いていく。
「……ねぇ、ユウ」
隣を歩く皇女ちゃんがゆーくんに話しかけた。
「どうした、アイリ?」
「この建物の中で何を飼ってるの?」
そっか、アイリちゃんは知らないんだよね。
「竜だよ。第六の封印牢は竜の巣だから」
「ど、ドラゴン!?」
ゆーくんの言葉に、アイリちゃんが目を丸くする。
私はあらかじめ聞いていたので知ってた。
けど、実際入ってみて思う。
(ここ天頂の塔より怖くない!?)
私だって100階層を突破した探索者。
一応、竜と戦ったことだって何回かある。
けど第六の封印牢に入った瞬間の緊張感は、天頂の塔のどの階層の時より上だった。
「ゆーくん、第六の封印牢って何体くらい竜がいるの?」
私が聞くと。
「確か27体くらいだったかな。番の竜が2組いるからもしかすると子がいる場合はもっと多いよ」
「「にじゅうなな!?」」
私とアイリちゃんは同時に大声を上げた。
そして慌てて二人で口を抑える。
幸い、大声に反応して竜がくることはなかった。
「人工的にこれだけの竜を一箇所に集めることが可能なの……? 竜は縄張り意識が強い生物なのに」
アイリちゃんの独り言が聞こえる。
異世界人の私だけじゃなくても、やっぱり第六の封印牢はおかしな場所みたい。
しばらくゆーくんについて行ったあと。
「ここからは歩きやすいよ」
「「…………え?」」
ゆーくんの言う通り、開けた場所に出た。
青々とした草原と大きな池。
そこは竜たちの水飲み場のようで、大小……いや全て巨体な様々な種類の竜たちがくつろいでいた。
「う……そ……でしょ? どうして、地竜と水竜、翼竜が争いもせずに普通に生活してるのっ!?」
アイリちゃんが立ちすくんでいる。
「それって普通じゃないの?」
「ありえないわよ! てっきり同一種の竜の巣だと思ってたのに。全て違う種類の竜がこんな狭い場所で仲良く暮らすなんて……」
その時だった。
ビュオオオオオ!!
という風切音と共に。
ドン!!!!
という大きく地面を揺らしながら巨大な影が私たちのすぐ側に降り立った。
真っ黒な鱗に、黄金の翼を持つ竜。
学園の授業『魔物学』で習ったことがある。
えっと、この竜は第一種災害指定の竜のひとつで、たしか名前は……
「……雷竜」
「スミレ! 下がりなさい!」
「う、うん!」
アイリちゃんに言われ、私は慌てて杖を構えながらゆっくりと後退する。
アイリちゃんは剣を構え、魔法剣を発動している。
雷竜は翼竜の中でも気性が荒く、縄張りに入ってきた者に容赦なく襲いかかると言われている。
竜の眼が獲物を品定めするように私たちを見回し、ゆっくりと巨大な頭を下げて……。
「久しぶりだなー、元気だったか。ピカリュー」
「…………ぐるるる♪」
ゆーくんが雷竜の顔を撫でていた。
「「…………え?」」
私とアイリちゃんがぽかんとする。
獰猛なはずの雷竜は、ネコのようにゆーくんに甘えている。
「あのー、ゆーくん」
「ねぇ、ユウ」
「どうしたんだ? ふたりとも。ここの竜はみんな大人しいから襲われる心配はないよ」
「先に言ってよ!」
「言わなかったっけ?」
私とアイリちゃんは、構えていた武器をおろした。
はぁ、緊張して損しちゃった。
私とアイリちゃんはゆーくんに懐いている竜に近づくと……。
……ぐるるるるる
威嚇された。
「あ、あれ? なんか怖い声だしてる」
「ねぇ、ユウ。この竜私たちを敵視してるんですけど」
私とアイリちゃんは、雷竜から距離を取った。
「おーい、ピカリュー。この二人は俺の仲間だからな。敵じゃないぞー」
と言ってぺちぺちと竜の顔を叩くゆーくん。
…………がる
竜はゆーくんには何をされても大人しい。
そして、さっきから私はひとつだけ気になることがあった。
「ねぇ、ゆーくん」
「どうかした? スミレ」
「その竜の名前ってさ」
「ピカリューのこと?」
いかつい外見に対して随分と可愛らしい名前。
というより某任○堂のキャラっぽい名前が……。
「この名前って誰がつけたの? ゆーくんじゃないでしょ? 部長さん?」
もしかして部長さんって私と同じ異世界人なんじゃ!? と期待に胸を膨らませて聞いたら。
「ピカリューの名前? ユーサー学園長だよ」
「学園長かー」
部長さんじゃなかった。
にしても、なんでこんな名前にしたんだろ。
いくら学園長でもポ○モンのことは知らないだろうし。
「随分と可愛らしい名前ね。由来はあるの?」
「んー、学園長いわく雷属性の竜だから『ピカチュー」と『カイリュー』の名前からつけたって意味わかんないこと言ってたな」
「ぴかちゅー……にかいりゅー? 聞いたことない魔物ね」
「だろ。どこにいる魔物ですか? って聞いたんだけど、意味深に笑うだけで教えてくれなくてさ」
「希少な魔物なのかしら」
「まぁ、学園長の知識量は想像もつかないからなぁ」
「…………」
私はゆーくんとアイリちゃんの会話を呆然と聞いていた。
(学園長、絶対にポ○モン知ってんじゃん!)
学園長って別に異世界人じゃないよね?
なんで地球のゲームのことまで精通してるの!?
(まぁ、でもきっと地球からポ○モンの攻略本でも召喚したとか、そんなオチだと思うけど)
ユーサー学園長はとにかく好奇心がとどまることを知らなくて。
暇さえあれば研究室に籠もって、未知の魔道具やら未発見の異世界生物の観察や研究をしている。
ちなみに炎の神人族も研究対象の一つ。
もう慣れたけどね。
「ねー! もう行くわよ、ユウ! その竜、ずっとこっちを睨んでるし」
「うーん、変だなぁー。ピカリューは普段は大人しい竜なんだけど……」
ゆーくんは首を傾げている。
でも、私はその雷竜ちゃんを見ていてピンときた。
「ねー、ゆーくん。もしかしてその雷竜ちゃんってメスじゃない??」
「うん、そうだよ。よくわかったね」
やっぱりね……。
「わかったよ、アイリちゃん。その雷竜ちゃんは私やアイリちゃんに嫉妬してるんだよ」
「えっ!? そうなの?」
「……そうなのか?」
アイリちゃんとゆーくんがびっくりした顔をする。
私は改めて雷竜の目を見る。
やけに湿度の高い目でこちらを睨んでくる。
たまーにサラちゃんやエリ―さんが私に向ける視線を同じような空気を感じるんだよねー。
「ほら、目的地にいくよー」
「そうね、先に進みましょう、ユウ」
私とアイリちゃんは雷竜ちゃんから距離をとりつつ先に進む。
「じゃあ、また今度な」
ゆーくんが雷竜ちゃんに別れを伝えていると「くるる……」と寂しそうに竜が鳴いている。
「はぁ……、竜にまでモテるなんて。ユウも難儀な男ね」
アイリちゃんがやれやれと苦笑している。
でも、私にとってはあまり笑えなくて。
「アイリちゃん、油断するとダメだよ。雷竜って古竜種でもあるから魔法が上手くなると人間の姿になることだってできるらしいよ。しかも人間と子どもだって作れるんだから」
「え? 嘘でしょ、スミレ」
「本当だよ。リュケイオン魔法学園には竜を親にもつ竜人族だって何人かいるし」
私も学園に入ったばかりの頃は驚いた。
エルフやドワーフの人だけじゃなくて、この学園は本当に色んな種族の人たちがいる。
「で、でもいくらユウでも竜女に迫られたって手を出したりはしないはず……」
「…………」
「えっ!? なんで黙るの!?」
魔王さんに迫られて身体の関係を持ってるゆーくんにとって、まったく安心材料にならない。
これはアイリちゃんには言えないんだけど。
「おい、スミレ、アイリ。無駄話してないで行くぞ」
ずっと喋っていた私とアイリちゃんの腕を掴んでゆーくんが引っ張った。
多分、ゆーくんも魔王さんのことを思い浮かべたんだろうなー。
◇
「やっと着いたー……」
「なにここ? 外から見たよりも中のほうが広くない?」
目的地に到着したのは、かれこれ1時間以上歩いた。
アイリちゃんの言う通り、どうやら空間魔法で見た目より内部は広くなっていた。
これも学園長の設計なんだろうなー。
「じゃあ、行こうか。あれが部長のいる家だから」
ゆーくんの指差す方向にあるのは、レンガ造りのお洒落な一軒家。
周囲には花壇があって、可愛らしい花が咲いている。
竜の巣には似つかわしくない普通の家だった。
見た目だけは。
「「…………」」
家に近づくにつれて、私とアイリちゃんの歩が遅くなった。
ゆーくんだけが気軽な足取りで進んでいく。
気がつくとアイリちゃんが私の手を握っていて、私はその手をぎゅーっと強く握りしめていた。
お互いの手から汗が止まらない。
可愛らしい家から発せられる魔力と闘気がえげつない。
さっきの雷竜ちゃんと比べると、ひよことライオンくらい違う。
この家に住んでるのって、誰?
ひょっこり、神獣や魔王が出てきても驚かないほどの威圧感。
「スミレ、アイリ?」
ゆーくんがこっちを振り向く。
けど私たちは、口を開かない。
「そんなに怯えなくて大丈夫だよ。今日は魔力が大人しいから寝てるんじゃないかな、部長」
(これでっ!?)
私とアイリちゃんは顔を見合わせる。
その間にもゆーくんが先に進むので、私たちは慌ててあとに続いた。
家のドアの前にやってくる。
「部長。ユージンです」
ゆーくんがドアをノックした。
すると、それまで小さな家から発せられていた威圧感がすーっと引いた。
「ん…………ユージンくんか。わざわざ来てくれたんだね。ありがとう、入っていいよ」
家の中から女の人の声がした。
「失礼します」
「おじゃましまーす」
「失礼するわ」
私とアイリちゃんはゆーくんに続いて、ゆっくりと家に入った。
ドアを開いて玄関を抜けてリビングらしき部屋に入ると、白いワンピースを着た長い髪の綺麗な女性がベッドで寝ている。
もしかして、この人が……?
「やぁ、ユージンくん。そちらの可愛らしい子はどなたかな?」
可憐な見た目とちょっと違和感のある男っぽい口調。
「は、はじめまして! 指扇スミレと言います!」
「はじめまして、アイリ・グレンフレアよ」
私とアイリちゃんが名乗る。
「おや、君たちの名前は知っているよ。おっと名乗るが遅くなったね。ボクはメディア・パーカー。身体が弱くでベッドから立ち上がれないので寝たままですまないね。一応、生物部の部長をやっているよ」
やっぱりこの人が部長さんなんだ。
さっきの威圧感は、この人から?
でも、今の穏やかな口調からは全然怖さは感じないし。
見た目もいかにもか細い美女って外見。
「貴女が……会えて光栄だわ。偉大な探索者メディア・パーカーさん」
アイリちゃんの態度が一変した。
ここで気づく。
部長の名前に聞き覚えがあった。
ゆーくんから聞いてはいたんだけど、フルネームはしらなかった。
名字を聞いて気づく。
アイリちゃんの態度が変わった理由も。
南の大陸においてもっとも尊敬をされるのは天頂の塔の記録保持者。
天頂の塔の1階層。
記録保持者の石碑の上から10番目にある名前――それがメディア・パーカー部長と同じ名前だった。
■大切なお願い
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次回の更新は、10月27日(日)です。
■感想返し:
>スミレちゃんまだまだ素材型なのね
→魔法は強力ですけど、扱いは素人って感じです。
>生物部管理の封印牢、てっきりダンジョンみたいな階層構造だと思っていたんですが、今回の描写からすると別々の場所に独立して存在しているようですね
はい、全てばらばらです。
もともとはユーサー学園長が研究用に使っていた場所が生物部管轄になりました。
内部は年々広くなっています(学園長の魔法で)
■作者コメント
>・部長さん、書籍では一巻の時点で登場していたけど、web版でもついに登場ですね。次の話が更新される前に、一巻を読み直してこようかな……
→はい、本当はもっと生物部メンバーをたくさん登場させたかったんですが、現在はクラスメイトを出すので手一杯です。学園モノはキャラが多くて難しい。部長は本編でもどうしても出したかったので、今回登場していただきました。
■その他
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