135話 英雄科 その2
◇リリー・ホワイトウィンドの視点◇
――天頂の塔1階層、迷宮昇降機付近に間もなく神獣が出現します。探索者の皆様はご注意ください。
天使様の声が迷宮全体に流れる。
私たちは50階層の階層主を倒したところで、ちょうどこの迷宮昇降機は間もなく1階層に到着する。
(対神獣戦……神の試練、か……)
私はまだ100階層を突破していない。
一度だけ挑戦したことがあるのだけど、結果は残念ながら敗北だった。
それ以来、個々の技量を磨き、部隊の連携力を高め、近々再挑戦をする予定だった。
その仕上げとして、前々から勝負をしてみたかった最近英雄科に入ってきた剣士と勝負をしようと思っていた。
剣士の名前は、ユージン・サンタフィールド。
グレンフレア帝国の『帝の剣』の息子。
入学当初こそ目立たなかったものの、ここ最近で彼の名前を聞かない日はない。
『地獄の番犬』『魔王エリーニュス』『九首悪神竜』という伝説の存在を相手にして『神の試練』を立て続けに突破。
さらに、南の大陸における三大魔獣『巨獣ハーゲンティ』『闇鳥ラウム』『黒人魚ウェパル』のみならず『暗黒竜グラシャ・ラボラス』とまで戦い、勝利もしくは撃退している。
経歴だけ見れば、嘘としか思えないものだ。
詐欺師だってもう少し遠慮した経歴を詐称するだろう。
ただし、それが虚構じゃないことはリュケイオン魔法学園の生徒は知っている。
聖女オリアンヌ様は、次期聖女であるサラ様とユージンの婚姻を他の聖女様の反対を押し切って進めていると言うし、帝国からはよりによって次期皇帝であるアイリ皇女殿下が乗り込んできた。
南の大陸でいまもっとも耳目を集めている男かもしれない。
(見た目は育ちのよさそうな優男なんだけど……)
とても凄い戦歴を持った剣士には見えない。
「リリー・ホワイトウィンド? どうかした?」
ついついユージンの顔を見すぎてしまった。
それをごまかすために、私は質問した。
「あんた、1階層の神獣とは戦うの?」
「んー……、どうしようかな。みんなはどう思う?」
ユージンは即決せず、部隊メンバーの意見を聞くみたい。
「私は戦ってみたいわ! この前の神獣ヒュドラとはまともに戦えなかったし」
勇ましい意見を言うのは、アイリ皇女殿下。
見目麗しいお姫様なのだけど、どうやら好戦的な性格というのが最近わかってきた。
「準備もしていないのに神の試練は危険ですよ。貴方はさっき50階層を突破したばかりでしょう、アイリ」
慎重な意見で反対するのは生徒会長のサラ様。
この方らしい堅実な意見だ。
「スミレはどうしたい?」
「んー、私はゆーくんに合わせるよ」
曖昧な返事をするのは、異世界転生者のスミレさん。
彼女はどうやらあまり戦いが好きじゃないみたい。
「さっき竜死霊と戦ったばかりだし、疲れてないか? 魔力は大丈夫?」
「んー、全然~? むしろ魔法は抑えめにしたからね」
「そ、そうか……」
ユージンが少し驚いた顔になっている。
(50階層を焼け野原にしておいて、物足りなかったの……?)
私の顔はきっと引きつっていると思う。
ドラゴンゾンビは、少しくらいの傷なら再生してしまう。
そのため倒すには、大技で一気に決める必要があった。
私たちがある程度弱らせたところを、スミレさんに火魔法『不死鳥』を使ってもらった。
そしたらドラゴンゾンビの10倍くらいの大きさの炎の鳥が出現した。
翼を広げると空を焼き尽くすような炎の巨鳥だった。
炎の鳥は期待通りドラゴンゾンビを焼き尽くし、それどころか50階層にある全ての木々と草を焼き尽くし、地面を炭と化してしまった。
(あれで抑えてたの……?)
私は恐ろしくなって寒気がした。
スミレさんが好戦的な性格でなくて、本当に良かったと思う。
「リリーはどうする?」
「わたし……?」
こっちにも話を振られた。
彼らとは違う探索隊だからてっきり無視されると思っていたけど。
「貴方たちが戦うなら手伝うわよ」
と答えた。
どのみち、神獣とは100階層で戦う必要がある。
ならここで腕試しするには丁度よい、と思っての発言だった。
「そうか……うーん」
ユージンは少し考える仕草をして。
神獣と戦うのにはっきりと反対しているのはサラ様だけ。
だからてっきり戦うつもりなのだと思ったけど。
「じゃあ、俺たちだけだと不安だから他部隊と合流できたら『神の試練』に挑戦しようか」
という消極的な案だった。
意外に慎重なのね、と思った。
「ユウが決めたなら仕方ないわね」
「ま、それならいいわよ」
「りょうかーい、ゆーくん」
(あぁ……、探索隊メンバーの意見をすり合わせたのね……)
なんせ次期皇帝と次期聖女様のいる部隊だ。
気苦労が多そうで大変ね。
でも、個人的には部隊の隊長なんだったら、メンバーの意見に左右されるんじゃなくて自分の意見を押し通す隊長のほうが私は好きだけど。
ユージン・サンタフィールドはあまり男らしくないわね。
なんて思っているうちに迷宮昇降機が1階層に到着した。
昇降機の扉が開く。
本来、1階層には大勢の探索者たちが集まっていることが多いのだけど、神獣召喚のアナウンスを受けてかほとんど人は残っていなかった。
そして残っているものは、見知った顔――つまり英雄科が多かった。
「おーい、ユージン。お前らも戦うのかー」
こっちに笑顔でやってきたのは、明るい橙色の髪に青い軽鎧の軽薄な男。
同じ英雄科のクロード・パーシヴァルでした。
「クロードも挑戦するのか」
「ああ、あいつらと一緒にな」
と言って視線を向けた先にいたのは、同じクラスのソラン・ストームブレイカーとレオンハート・アークフェザー。
どうやら蒼海連邦の戦士たちで集まっているみたいですね。
うーん、聖国の人はいないんでしょうか。
「あら、リリーも神獣と戦うんですか?」
「アリーナ! 貴女も来てくれたんですね」
「いえ、帰ろうと思ったら巻き込まれてですね……」
「サラ様も戦うみたいよ」
「えっ、それは……残らないとまずいですね」
よし、ひとり確保したわ。
「ところで、今回の神の試練の相手は誰なんでしょうね?」
「そうね、それがはっきりしないと作戦も立てられませんし」
「おーい! 出たぞー!」
「「「「「「「!?」」」」」」」」
大きな声で、皆の視線が一斉に一箇所に向く。
1階層の中心付近に七色の魔法陣が輝いている。
その中から出現したのは――
巨大な『白い虎』だった。
さきほど戦った竜死霊の二周りは大きい。
それでいて静かに、こちらを見下ろしている。
白い虎の周囲でバリバリと鳴っているのは、雷魔法でしょうか。
雷を纏う白い虎?
「アリーナ、あの神獣を知っていますか?」
「いえ、初めて見ますね。教科書に乗っていたことがあるような気がしますが……」
「あれは『白虎』だよ。東の大陸で祀られている神獣だよ」
気がつくと隣にいたユージン・サンタフィールドが教えてくれた。
「詳しいわね」
「出身地の神獣だからな」
「え? あんた帝国の出身じゃ……」
私が疑問を聞こうとした時。
――1階層にいる探索者たち。あなた方は『神の試練』に挑むということで間違いありませんか?
天使様の声が尋ねてきた。
これまで散々、警告はされてきた。
それでも残っている者たち。
ならば、当然。
「「私たちは、神獣『白虎』へ『神の試練』を申し込むわ!!」」
宣言する声がハモった。
みるとアイリ皇女殿下とサラ様が剣を勇ましく向けている。
――『神の試練』への挑戦を受理しました。探索者のみなさま、健闘を祈ります。
アナウンスが天頂の塔の1階層内に響いた。
「おい、クロード。帝国と聖国に宣言を取られたぞ」
「別にいいだろ? 討ち取るのを俺たちでやれば」
「クロードの言う通りだよ、ソラン。勇者なら口ではなく、武で示さなければ」
そう言いながら、蒼海連邦の三人組はすでに神獣に向かっている。
って、いけないこのままだと出遅れる。
「私も向かうわ! アリーナ、サポートお願い!」
「ええっ! いきなりっ!? 運命の女神様……神聖騎士リリーにご加護を……聖なる衣!』
アリーナの補助魔法によって、私は光に包まれる。
聖なる衣は防御効果上昇、自動回復付与、状態異常防御、身体能力がアップする神聖騎士団の切り札の一つ。
これが使える聖職者は、聖国でも多くない。
身体が軽くなった私は、神獣に向かって駆け出す。
ちらっとユージンの方を見ると、後ろに下がってスミレさんを護っている。
神獣戦にはあまり積極的じゃないみたい。
(なんだか……拍子抜けね)
もっと勇ましいところを見せてくれると思っていたのに。
私は正直、ユージン・サンタフィールドに対する興味を失っていた。
もう勝負の話は、いいかなーなんて思った。
私は蒼海連邦の三人に追いついた。
「リリーちゃん、速いね」
軽口を叩いてくるのは、クロード・パーシヴァル。
「抜け駆けはさせないわよ」
「残念ながら一番槍は俺たちじゃないみたいだけどな」
「え?」
私たちを飛び越えて、神獣に向かう影があった。
「弐天円鳴流・『風の型』飛燕」
青い斬撃が白虎に向かうと同時に。
「聖剣魔法・光の刃」
白い刃が飛んだ。
攻撃をしたのは……
「アイリちゃんとサラちゃんかー。ずるだよなー、あの足の速さ」
「な、なんで私たちの前にいるの!?」
私たちより後ろにいたはずなのに。
「ユージンが使ってる剣術の『空歩』って移動技らしいぞ。二人とも使えるんだってさ」
「なにそれ! ずるい」
「もっとも、さっきの二人の攻撃はあまり効果がないみたいだな」
確かに白虎の硬そうな毛と、周囲に纏う魔力によって防がれている。
…………ぐるるるる……
低い唸り声が耳に届く。
バリバリ……という雷魔法の音が大きくなる。
「ガアア!!」
と大きく咆哮した。
カッ! という一瞬の光が周囲を照らし、身体が少ししびれた。
周囲を見ると、何名か倒れているものがいる。
「全方位に向けた雷魔法か……。迂闊に近づけないな」
「あなたは平気だったのね」
倒れてないクロードに関心した。
ちなみに、私はアリーナがかけてくれた聖なる衣の魔法のおかげで助かった。
「ユージンに習った結界魔法のおかげだな。でも、完全には防げなかった」
「あいつどれだけ人に教えてるのよ……」
ちょっと呆れつつ、私はチャンスだと思った。
さっきの雷魔法を警戒して、全員が白虎から距離を取っている。
私は神聖騎士団に貸与されている『天明剣』を構える。
「神聖騎士剣術・『一の刃』!!」
私は白虎の前足を、駆け抜けざまに斬りつけた。
ザン!! という音と、白虎の毛と肉を切り裂いた感触が伝わる。
振り返ると白虎の前足から、赤い血が流れている。
(よし!)
私の剣は、神獣に通じている。
前の神の試練のような無様はもう晒さない。
そう確信した時。
「ガアア!!」
と再び白虎が吠えた。
(雷魔法がくる!)
さっきくらいの威力なら、聖なる衣が防いでくれるはず。
念の為、自分自身でも結界魔法を使う。
これで鉄壁になったはず。
(さぁ、来なさい)
と思った私の目に入ったのは、思いがけない景色だった。
白虎の後ろに、数百、数千の槍が浮いている。
「リリーちゃん! 逃げろ!! 白虎は雷魔法だけじゃなく、金属魔法も扱う!」
焦った声で叫ぶのは、クロード・パーシヴァルだった。
(に、逃げなきゃ!)
私は慌てて白虎から距離を取ろうとするが。
槍が放たれるほうが早かった。
逃げ場の無い鉄の槍が雨のように降ってくる。
聖なる衣は、魔法防御は強いけど物理攻撃にはそこまでじゃない。
(あ……これ、死んだ)
と思った。
逃げ場がない、この状況。
目前に迫る鉄の槍に貫かれた私は死ぬだろう。
(あー、失敗したぁ……、痛くないといいんだけど……)
アリーナ、あとで私を『復活の雫』で生き返らせてね。
お金は払うから。
私は目を閉じた。
そして、意識を失って………………
……なかった。
(あれ?)
私、死んでない?
指が動く。
身体が痛くない。
恐る恐る目を開くと。
「大丈夫か? リリー・ホワイトウィンド」
「ユージン・サンタフィールド!? えっ! だって、あんたずっと後ろのほうに居たんじゃ……」
「なんか、危なそうだったから結界魔法で防いだよ」
みると私たちの周囲には、鉄の槍が針ネズミのように刺さっている。
私たちのところだけ、ぽっかりと穴になっている。
凄まじい結界魔法の強度だ。
そして私が何よりも驚いたのが。
「あの距離を? 一瞬で」
「まぁ、これくらいの近さなら」
まじでどーなってんの、あんたの流派の移動術。
…………ぐるるる
白虎の唸り声が聞こえた。
こっちを見ている。
警戒した目で。
「ねぇ、一回距離をとったほうがいいんじゃ……」
どんな攻撃がくるかわからないし、と言おうとして私は口を噤んだ。
「雷と鉄を操る神獣か……、いいね」
さっきまでとはまったく違う、獰猛な目をしたユージンが神獣を見て楽しそうに笑っていた。
さっき私を心配していた優男はいない。
真っ直ぐに神獣『白虎』だけを見ている。
つまり臨戦態勢となった。
(こいつ……戦う時はこんな顔になるんだ……)
真紅に輝く剣を美しく構えるユージンの姿に、いつしか私は見惚れていた。
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『面白かった!』『続きが読みたい!』と思った読者様。
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次回の更新は、10月06日(日)です。
■感想返し:
>順調にユージンの女たらしが広がっていく(笑)
うーん、天然たらしユージン。
>アイリに負けイン要素がありすぎると思いました。
もともと負けヒロインにするプロットもありました。
ユージンに捨てられるパターン。
■作者コメント
信者ゼロの女神サマと始める異世界攻略
https://comic-gardo.com/episode/2550689798750559035
第42話「高月マコトは、大賢者に再会する」
公開されてますよー。
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