134話 英雄科 その1
「よーし! 今日は天頂の塔で実践訓練だ! 階層は99階層まで選択自由。事前に向かう階層は申請しておくように」
体育の教師からの言葉だ。
普通科の時には、迷宮での訓練というのはなかった。
英雄科では、かなり自由に行動してよいっぽい。
それだけ強さに信頼があるということか。
「よーし! 頑張ろうね、ゆーくん!」
「どこの階層にする? ユージン」
声をかけてくるのは同じ探索隊のスミレとサラだ。
「そうだな、できれば100階層以上がよかったけどそれはダメみたいだし……」
「ユージン! 100階層以上は授業では探索禁止だ! 『復活の雫』が使える99階層以下は絶対だぞ!」
俺の独り言が聞こえたのか、体育教師に釘を刺された。
「わかってますよ、先生」
「ならよし!」
隣を見るとスミレとサラが笑っている。
なんだよ、別に問題児扱いされているわけじゃないぞ。
「ねーねー、ユウ。私、50階層に行きたいんだけど」
俺の服を引っ張るのは、最近転校してきた幼馴染だ。
「50階層ってことは、階層主か。俺はいいけど、スミレとサラはどう思う?」
「ゆーくんがいいなら、いいよー」
「別に構わないわ」
「決まりだな」
二人の了承が得られたので、俺たちは迷宮昇降機で50階層へ向かう。
その時、こっちに駆け寄ってくる人影があった。
「ねぇ、ユージン・サンタフィールド。私も一緒に行っていいかしら?」
やや形式張った口調で、話しかけてきたのは 長い髪を一つくくりにした、白マントの女剣士。
白い軽鎧に聖国の国章は神聖騎士団の正装だ。
「リリー・ホワイトウィンド。どうしたんだ?」
彼女は自分の所属する探索隊があるはずだが。
「どうしたんじゃないでしょ! 次の訓練で剣術勝負するって話だったじゃない! いつまで待たせる気!?」
「そういえばそうだったな」
忘れてたわけじゃないんだが。
リュケイオン魔法学園に戻ってから、ずっとバタバタしていたから時間が取れなかった。
「でもこれから俺たちは50階層のボスに挑むんだけど」
「あんたなら余裕でしょ! ボス倒したあとに私と勝負よ!」
ぴしっと指さされた。
仮にも50階層の階層主と戦うのに、その油断はよくないとは思いつつ……。
「わかったよ。じゃあ、ボスを倒したあとで相手するよ」
「よーし! じゃあ、いくわよ!」
ずんずんとリリーが先に歩いていく。
元気だなぁ、と思いつつあとに続こうとして
(……?)
首に後ろあたりに、刺すような視線を感じた。
「「「…………」」」
スミレとサラとアイリが、こっちを睨んでいた。
「あ、あれ……? ダメだったか?」
リリーとの約束は個人的なものだったから、勝手に決めてしまった。
今回の体育の課題は、どこの階層に行ってもいいのでリリーが50階層に来るというなら俺が止める話でもないし、と思ったのだが。
「べつに~~~ゆーくんの好きにすればー」
「ユージンが誰と約束しようと勝手だけどー」
「ねぇ、あの女だれよ、ユウ。剣の勝負ってなに!? 私以外の剣のライバルまでいるの!?」
(俺は選択肢を失敗したみたいだ)
(むしろなんで成功したと思ったのよ)
魔王にまでツッコまれる。
迷宮昇降機の中は、とても気まずかった。
スミレとサラは、俺を無視して二人で話しているし。
アイリはリリーに「ねぇ、あなたの剣術の流派は?」と威圧的な態度で聞いている。
が、空気を重くしている肝心のリリーはまったく気づいてないようで。
「私は神聖騎士団の標準剣術ですよ、アイリ皇女殿下。お話できて光栄です」
「そう、私も貴女と話ができてうれしいわ。ところでユウとの関係は……」
「アイリ皇女殿下は何の剣術を使うんですか?」
「私? 私はユウと同門だから『弐天円鳴流』よ。もっとも最近はさぼり気味で……」
「へぇ! そうなのですね! じゃあ、あとで一戦お願いできますか?」
「ちょっと、リリー。いくらなんでも突然過ぎて、それは失礼でしょう」
こっちの会話を聞いていたらしい、サラが間に入った。
「別にいいわよ、サラ」
「そうなの? アイリ」
「じゃあ、お願いしますね! アイリ皇女殿下」
「ええ、よろしくね、リリー」
話がまとまったようだ。
その時、つんつんと背中を指でつつかれた。
(ねー、ゆーくん。サラちゃんとアイリちゃんが仲良くなってない?)
(この前3人で探索した時にお互い呼び捨てでいいって、なったみたいだ。あとはアイリが生徒会に入ったから話す機会が多いんだろ)
(ふーん……)
スミレがちょっと面白くなさそうに唇を尖らせている。
スミレが不在の時の話だから、仲間はずれにされたと感じたのかもしれない。
(それより魔王に魔法を教わってるんだろ? 調子はどうだ)
(いい感じだよー。50階層で見せてあげるね)
(楽しみにしてるよ)
そんな会話を小声でしていると、スミレの機嫌がなおったようだった。
「ねぇ、ユウ。さっきからこそこそとスミレと何を内緒話してるの?」
アイリがこっちに話しかけてきた。
「スミレちゃん、また抜け駆けしてる?」
「いつのまに後ろに回り込んだの!?」
サラがスミレの真後ろに回り込み、耳元で囁いていた。
「最近、ユージンに弐天円鳴流の空歩を教えてもらったんだよね。これって便利」
「ちょっとぉ! いつの間に二人で会ってたの! そっちこそ抜け駆けしてるじゃん!」
「別にいいでしょ! えっちなことはしてないんだから」
「うそだー。ぜったい何かしてるよ!」
「ふーん、そんなこと疑うってことはスミレちゃんこそ、隠れて何かしてるみたいね?」
「してませんけどー。むしろエリーさんとゆーくんが会うのを防いでたくらいだし」
「それこそ私聞いてなかったんだけど! いつの間にあの女と仲良くしてるのよ!」
「別にいいでしょー。サラちゃんに1から100まで報告する必要なんてないし!」
「生意気ね、スミレちゃん。一度わからせないといけないみたいね?」
「やってみればー? サラちゃんが逆にわからせられちゃうんじゃないかなー?」
言い合いをしながら、スミレとサラが掴み合っている。
いつも通りなので、俺は何も言わない。
「と、止めなくていいの?」
アイリがおろおろしている。
「いつものことだから」
「そうね、サラ様とスミレさんの喧嘩はじゃれ合ってるだけだから」
「そうなのね……」
そんな会話しているうちに、迷宮昇降機が50階層に到着した。
「着いたぞ、スミレ、サラ」
「「はーい」」
スミレとサラが喧嘩をやめる。
50階層に出ると、全員の口数が減った。
どこかに階層主がいるはずだ。
本来なら50階層から竜が出現するため、ボスも竜であることが多いが最近は迷宮主が敵の出現設定を変えているせいで過去の知識が役に立たない。
俺は上空に大きな影が無いか注意深く観察したが、特に見当たらない。
(竜じゃないのか……)
竜なら空から強襲されるのが怖い。
「ねぇ、ユウ。階層主はどこかしら?」
「探してみよう。ボスが隠れるってことはないはずだから……」
そう言いかけた時。
……カッ! ……カッ! ……カッ! ……カッ! ……カッ!
遠くから何かが笑うような、ものがぶつかるような奇妙な音が響いた。
俺たちは顔を見合わせる。
階層主だろうか?
音のする方にゆっくり近づいていくと。
……シュー……シュー……シュー……シュー……シュー
という奇妙な息遣いが聞こえた。
聞いたことのない生物の声だ。
見晴らしの悪い林を抜け、開けた所に出た時『醜悪な姿をした魔物』が出現した。
「ゆーくん……なにあれ?」
「動く死体だろうな……たぶん」
スミレの問に俺は答えた。
「大きいわね……。あんな大きなゾンビ初めて見るわ」
「なるほど、変な音は骨がぶつかる音だったのね」
「呼吸はしてるんですね。意味ないのに」
サラとアイリとリリーの呟くのが聞こえた。
(竜死霊……こいつがボスで間違いなさそうだな)
竜の死骸に悪霊が取り憑いた魔物。
ゾンビは生前よりも弱くなっていることが多いらしいが、魔物の放つ瘴気と魔力による威圧感は先日20階層で戦った竜よりも上だ。
しかも通常の魔物と違い、心臓や首が弱点にならない。
厄介なボスだ。
「……どうやって戦えばいいのかしら」
アイリが戸惑っている。
帝国領、特に帝都周辺ではゾンビがほぼでない。
アイリは戦った経験が少ないのだろう。
「大丈夫よ、私の聖剣なら切れるから」
サラが輝く宝剣を構える。
「私の炎も効果あると思うよ」
スミレの持つ杖が、赤魔力で光を放っている。
二人の声にアイリは少し考える素振りを見せ、俺の方をちらっと見た。
「わかったわ! じゃあ、二人にも手伝ってもらう」
先日、一人で先走ったことを思い出したのだろう。
今度は、みんなの力で戦おうとアイリは言った。
「アイリ・グレンフレアは、50階層の階層主へ挑戦するわ」
アイリが宣言する。
――俺たちは力を合わせて『竜死霊』を討伐した。
◇帰りの迷宮昇降機の中で◇
「思ったより、手こずったわね」
「でも、特にみんな怪我なく終わったよ、アイリちゃん」
「そうね、スミレとサラのおかげね」
「一応、怪我人に備えたけど無駄に終わったな」
今回も俺はアイリとサラのサポートに回った。
リリーは、遠距離から攻撃しつつスミレの護衛をしてくれた。
「じゃあ、1階に戻ったら勝負ね。ユージン・サンタフィールド!」
リリーが俺を指さした。
ちなみに50階層は、スミレが焼け野原にしてしまったので訓練するのは諦めた。
「わかったよ。俺とリリーはあまり身体を動かしてないし、1回勝負だけな」
「ええー、10番勝負にしましょうよ」
「体力ないんじゃなかったっけ?」
「あれから鍛えたの!」
ボスと戦った直後なのに、リリー・ホワイトウィンドが元気だ。
仕方ない、相手をするしかないかと思っていた時。
――緊急アナウンスです! 5分後に天頂の塔の一階に『神獣』が現れます!
迷宮昇降機内に『天使の声』が響く。
――迷宮主からの『臨時試練』です。
――迷宮昇降機の近くにいる探索者で、挑戦をする者は集まってください。
そんなアナウンスだった。
俺たちは顔を見合わせた。
「迷宮昇降機の近く……ってこれから行く所じゃないの!?」
アイリが叫ぶ。
不運なことに、ちょうど俺たちが向かっている先に神獣が現れるという通達だった。
■大切なお願い
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次回の更新は、9月29日(日)です。
9/25は信者ゼロを更新しますよ。
■感想返し:
>「あれ? 声が違う?」「この声って?」と思う人は他にいなかったんだろうか?
>エリーの声って階層主戦でも聞かれてるから、判る人は判ると思うけど?
天頂の塔のアナウンスは、ボイスチェンジャーされてるので誰かはわからないです。
あくまで口調だけで推察してます。
>アイリとサラの口喧嘩がとても面白いことです。
→ゼロ剣のヒロインはみな『喧嘩はするけどそこそこ仲いい』を目指してます。
■作者コメント
負けイン、面白いですね。
あとしかのこのこのここしたんたん。
■その他
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