133話 次期皇帝と次期聖女
「アイリ! サラ! いったん、隠れるぞ!」
「わかったわ! ユージン」
「えっ!? 戦わないの?」
俺の提案に素直に頷くサラと、戸惑うアイリ。
「いいから、こっちだアイリ」
「わ、わかったって……」
俺はアイリの手を引っ張って、木々の影に身を潜めた。
――頑張ってね~、ユージン・サンタフィールド
迷宮主のからかうような声が耳に届き、少し苛つく気分を振り払った。
竜はまだ俺たちに気づいていない。
ならまずは『見』だ。
遠目にわかるのは竜の大きさ。
大型の船ほどもある体躯は、まちがいなく成竜のものだ。
大きな翼に赤い鱗が特徴的な竜。
外見はわかりやすい。
「火竜か……」
「南の大陸ではあまり見ない種ね」
「北の大陸に多く生息するんだっけ?」
サラとアイリの言葉に、俺は頷く。
獰猛で好戦的。
家畜、人、魔物なんでも食う雑食の竜。
性格は直進的で眼の前の獲物には迷わず襲いかかる事が多い。
竜種は全体として知能の高い生物ではあるが、その中では比較的単純な思考の竜種だと言われている。
それでも空を飛び、上空から炎の息吹で街一個を焼き払うこともある生きた災害のような存在。
「帝国で出現したら、一個師団で挑む相手ね……」
アイリの見立てに俺も同感だった。
こちらは三人。
しかもここはまだ20階層。
無理をする場面ではない。
メンバーを揃えて出直したっていい。
「じゃ、行ってくるわ」
が、幼馴染は気にすることなく火竜のほうへまるで散歩をするかのように歩いていく。
「ちょ、ちょっと!」
サラは慌てるが、止めても無駄と知っている俺はアイリに続いた。
「ユウは付き合ってくれるの?」
「止めても無駄なんだろ?」
「ええ。だってユウはもう100階層を超えてるんでしょ? だったら私も急がなきゃ」
「俺は2年以上かかったんだよ。アイリはこっちに来たばかりだろ」
「大丈夫よ。中継装置を通して天頂の塔はよく見ていたから」
「そうか。帝国軍からも天頂の塔の様子は確認できるんだっけ?」
「そうよ。諜報部には中継装置を24時間監視している部隊もいるし」
道理でアイリは迷宮の魔物への対応が早いと思った。
(あれ……もしかして、俺がスミレと約束していたあの時も見られていたりするんだろうか……?)
そう思うとちょっと恥ずかしい。
「ユウ、火竜が私たちに気付いたわ」
「もうすぐ階層主の領域だ。宣言を忘れるなよ」
「勿論、わかってる」
アイリが探索者バッジに向かって宣言する。
「アイリ・グレンフレアは、20階層の階層主へ挑戦するわ」
――探索者アイリの挑戦を受理したわ。まぁ、頑張りなさい
(ん?)
てっきり100階層の管理天使のリータさんかと思ったが、口調が違う。
機械的な声色のせいで誰ものかはわからないが、あの言い方は……もしかして。
その時、トン、と軽やかな足取りで誰かが並んだ。
聖剣を構えているサラだ。
「あら、貴女も付き合ってくれるの?」
「ここまで一緒に来たついでです」
「流石は聖国の聖女様、優しいのね」
「そうよ。たとえわがままな帝国の皇女様でもね」
「誰がわがままよ」
「自覚ないの?」
アイリとサラが軽口を叩き合っている。
余裕はありそうだ。
俺は二人に提案した。
「アイリ、俺が囮になるから隙を狙って仕掛けてくれ。サラは竜の翼を頼む」
「「!?」」
俺の提案に一瞬、驚いた顔をする二人だが。
「わかったわ、ユウ」
「了解、ユージン」
どちらもすぐ納得したようで、ぱっと竜の側面へと回り込む。
俺はまだ剣も構えず、火竜の真正面に突っ立ったままだ。
(さてさて……)
火竜の攻撃でもっとも怖いのは炎のブレスだ。
その威力は『王級』魔法にすら匹敵し、岩をも溶かす。
が、普段俺やサラと一緒にいるのは炎の神人族のスミレ。
たまに暴発する彼女の魔法の威力は、常に『聖級』上位である。
火竜の息吹なら、俺が囮になるのが最適だ。
ガアアアアアアアア!!!!
火竜が咆哮した。
竜の咆哮は、それだけで他の生物を威圧し恐怖で動けなくする。
火竜の目には、俺が恐怖で動けなくなったように見えたのかもしれない。
「シャアアアアア!」
火竜が俺を丸呑みしようと、大きく開いた口が迫る。
(一回位、炎のブレスを吐かせて疲れさせようと思ったんだけどうまくはいかないな)
俺は両側から巨大な牙が迫り、口が閉じる間際に『弐天円鳴流・空歩』で逃れる。
「グ……ル…………」
獲物を逃した火竜が忌々しそうに俺を見下ろした。
先に動けなくしようと思ったのか、長い鈎爪のついた前足が疾風のよう迫る。
「結界魔法・巨人の盾」
魔法で作った身長よりも高い巨大な盾が出現する。
俺は深く腰を落とし、竜の攻撃を受けた。
ガン!!!
という鈍い音と大きな衝撃を受ける。
吹き飛ばされそうになるのを、なんとかこらえた。
結界魔法の『巨人の盾』は、頑丈で重い魔法だ。
戦争で騎馬が突っ込んできた時でも、防げる魔法。
が、流石に竜の一撃は効いた。
魔法の大盾はひび割れ、二撃目は持ちそうにない。
「聖剣魔法・光の刃・三閃!!!」
「ギャアアアアア!!!」
竜の悲鳴が上がる。
俺に気を取られていた火竜の翼が、サラの放つ三本の光の剣によって貫かれた。
これで火竜は空に逃げることはできない。
ギロリ、と火竜がサラを睨む。
階層主の目標が切り替わった。
「………………」
火竜の喉元が大きく膨らみ、魔力が集まっているのがわかる。
「サラ! 炎のブレスが来るぞ!」
「わかってる!!」
距離が近すぎて避けられないと判断したサラが、聖剣を使った結界魔法で防ごうとする。
俺はそれをサポートするためにサラのほうへ向かい……。
「弐天円鳴流・『風の型』窮鼠」
アイリの放った突きが、竜種の弱点である『逆鱗』を貫いていた。
「ギア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッーーーーーーーーーー!!」
断末魔が響いた。
「……ガ…………ア…………ァ…………」
火竜の声が徐々に弱まり、ドシンと血を吐きながら倒れ動かなくなった。
スタン! とアイリは剣を引き抜き竜の巨体の下敷きになる前に、華麗に着地する。
――おめでとうー、階層主は無事に撃破されたわよー
無機質かつ、やる気のないゆるい声が響いた。
(やっぱりこの声……エリーだよな?)
どうやらリータさんの手伝いをしているらしい。
ついに天頂の塔のアナウンスまで魔王がやるようになったのか。
「ありがとう、二人とも。おかげで楽に階層主を倒せたわ」
アイリが笑顔でこっちへ駆け寄ってきた。
「お疲れアイリ。一撃とは恐れ入ったよ」
本当は倒し方がやや危なっかしかったが、ここでそれを言うのは野暮だと思った。
が、ここにはそれを言うおせっかいな生徒会長がいた。
「ちょっと、アイリ皇女様。せっかくユージンと私が竜の気を引いてたのに、炎のブレスを吐く直前の火竜に突っ込むってどいういうことなの!! もっと安全に攻撃する方法なんていくらでもあったでしょう!」
サラの言葉はもっともだった。
「だって、火竜がブレスを吐く直前だったじゃない! 一撃で仕留めるのが一番だと思ったのよ。炎の息吹をくらってたのは貴女とユウなのよ!」
アイリの言葉もわかる。
「ねぇ、ユージン!」
「ねぇ、ユウ!」
二人がこっちを向いた。
「「どっちが正しいと思う!」」
同時に聞かれた。
……答えづらいことを。
「…………」
俺は少しだけ迷った末。
「アイリはもっと俺たちを信用していいと思うよ。俺は囮を引き受けたし、サラも竜の気を引くってわかってて攻撃をしかけたんだから」
「……ふーん、ユウはそっちの肩を持つんだ」
アイリの機嫌が悪くなった。
さて、どうやってなだめるか。
「アイリ、学園手帳に書いてある『探索家の心得』の5条を読んでみて」
「えぇ~、なによ面倒くさいわね。……んー、探索家の心得、その5:敵を恐れよ ってこれのこと?」
「天頂の塔は長い迷宮だから、慎重さを求められる。この学園に来たならこっちの流儀に従おう」
「ふーん、なるほどね。帝国軍人の『敵を恐れるな。帝国のために戦って死ね』って教えとは真逆ね」
「え”……帝国軍ってそうなの……?」
サラが嫌そうな顔をしている。
そうなんだ、実は。
ゴリゴリの軍事国家だから。
「まぁ、わかったわよ。もっとチームを信じて連携しろってことね」
「そういうこと」
アイリは納得してくれたようだ。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「そうね、ボスも倒せたことだし」
「疲れたわ」
俺たちは迷宮昇降機へと乗り込んだ。
時間が遅いこともあって、途中で乗り込んでくる人もなくゆっくりと天頂の塔を降りていく。
「今日はありがとう。付き合ってくれて、ユウ……と聖女様」
「サラでいいわよ。そもそもまだ聖女じゃないし」
「なら、私もお姫様じゃなくてアイリって呼んでいいわ」
「「…………」」
サラとアイリが、微妙な表情で見つめ合う。
「よろしくね、サラ」
「こちらこそ、アイリ」
そう言ったあと、お互いに目をそらした。
照れてるようだ。
ゴウン……ゴウン……と、エレベーターが降りる音だけが響く。
しばらくして、口を開いたのはアイリだった。
「はぁ……にしても、こうやって探索に付き合ってくれる人がなかなか見つからないのよね」
と意外なことをぼやいた。
「そうなのか? アイリが声をかければ、帝国出身者ならいくらでも集まるんじゃないか?」
「それはそうなんだけど……、できればいろんな人たちと組みたいじゃない? 今回みたいに」
「英雄科の連中は……、みんなチームを組んでるからな。というか、俺とスミレとサラの隊に入るんじゃなかったのか?」
「ん? 入るわよ。それは決定だから」
「決定してるんだ……」
初めて聞いたが。
「そうじゃなくて、せっかく帝国を離れてリュケイオン魔法学園に来たんだから色んな人と知り合いたいじゃない? でもなかなか難しくて」
「そりゃ、アイリの立場じゃなぁ……」
気軽に誘うことも、受けることも難しいだろう。
「ふーん、じゃあ生徒会に入れば?」
サラが口を挟んだ。
「え?」
「生徒会執行部は、探索隊の欠員が出た場合の補充なんかも依頼されるからちょうどいいんじゃないかしら」
「生徒会……かぁ」
アイリは考え込むように顎に指を当てた。
「ちなみに、ユウはどこに所属してるの?」
「生物部だよ」
「そこって何をするの? 楽しい?」
「通常は自分が使役する魔物の世話なんだけど……、俺の場合だけ学園長が拾ってきた神話生物やら悪霊やら魔王の住処の確認とか掃除とか。楽しくは…………まぁ、ぼちぼち」
多分、この会話は魔王に聞かれている。
うかつな発言は控えておこう。
「あまり私向きじゃなさそうね」
幸い、アイリは生物部に入る気はなさそうだ。
隣のサラが俺を白けた目で見て俺の脇をひじでつついてきた。
(ユージンは、いつもお楽しみでしょ?)
(それだけが仕事じゃないからな、言っておくけど)
「よし! 生徒会に入るか検討してみるわ」
(あ、これ入るな)
アイリの口調で、俺はすでに幼馴染が決定していることに気づいた。
その予想通り、数日後に次期皇帝は生徒会執行部の新人として入部した。
その後、天頂の塔から21階層までの記録を短期間で更新していった。
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次回の更新は、9月22日(日)です。
■感想返し:
>実は寂しがりなアネモイさん?
>最近、国外シーンばかりだったら構ってもらえなくて寂しかったんじゃないの?
→アネモイさんはユージンに期待をしているので、ちょっかいかけてます。
>帝国の諜報部、エリーのことも調べているんですかねぇ?
→第七の封印牢に入れないので、エリ―のことはほぼわからずです。
■作者コメント
三連休ですね! 来週も三連休!!
■その他
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