129話 新学期
「ふーん、ついに幼馴染ちゃんまで押しかけてきたわけかー。モテるわねー、ユージン」
俺の隣でつまらなそうに、長い銀髪を指でいじっているのは俺と『身体の契約』をしている魔王エリーニュス。
ここはリュケイオン魔法学園の地下深くにある封印の第七牢屋。
その最奥にある魔王エリーニュスの部屋だ。
いつも着ている紫のドレスは、ベッドの下に脱ぎ捨てられている。
真っ白な肌にわずかに汗が浮かんでいるのが見えた。
俺はエリーの言葉に、小さく息を吐いた。
「まさか皇帝陛下がお許しになるとはな……驚いたよ」
幼馴染のアイリがリュケイオン魔法学園にやってきて数日が経っている。
アイリは、南の大陸最大国家であるグレンフレア帝国の皇位継承第一位、つまり次期皇帝だ。
本来なら間違っても生徒としてやってくるような立場ではない。
おかげで学園内は、今でもざわついている。
◇アイリの入学初日◇
「では、アイリ殿のことはユージンに任せようか!」
ユーサー学園長はあっさりとこっちに丸投げをしてきた。
「えっ!?」
「お待ち下さい! ユーサー王!」
「ユーサー学園長!」
俺とサラとスミレは同時に抗議の声を上げようとして。
「無論、他に良い人選の代案があれば聞くが」
ユーサー学園長が答えのわかりきった質問を投げかけてくる。
「「「…………」」」
俺とサラとスミレは顔を見合わせ、同時に悟る。
次期皇帝のアイリを神聖同盟や蒼海連邦の者に任せるのは論外。
帝国出身者なら皇女とお近づきになりたい者はいるだろうが、流石に次期皇帝となれば尻込みする者のほうが多い。
不敬を働ければ、物理的に首が飛ぶ。
グレンフレア帝国の第七皇女様は少々感情的な所があるという噂だ。
そして噂は真実である。
他に適任がいるわけなかった。
「よろしくね☆ ユウ!」
気がつくとすぐ側に移動してきていたアイリが「ニッ」と笑って、俺の隣に座った。
「今さらリュケイオン魔法学園に入学してどうするんだ?」
「あら、歴代皇帝だってリュケイオン魔法学園の卒業者はいるわよ? 別におかしくはないでしょ?」
「それは皇位継承権が低い皇子や皇女が本国から距離をとるために学園に留学をしていたら、不慮の事故が重なってたまたま皇帝になれたケースだろ。少なくとも次期皇帝が学園生徒になったことはない」
幼馴染の言い分を、俺は即座に否定した。
「うっさいわね! 私が決めたことだからいいのよ!」
「……さいですか」
強引に押し切られた。
いつものこと過ぎる。
「ねぇねぇ、私さぁ、まだ教材を買ってないの。ユウのを見せてよ」
「あ、あぁ。これだよ」
俺はアイリに魔法歴史の教本を見せた。
「もう少しそっちに寄っていい」
「どうぞ」
アイリが教科書を覗き込む。
肩がぶつかり、アイリの長い金髪が俺の手にふわりとかかった。
こうしていると帝国軍士官学校のことを思い出す
かすかに花のような香りが鼻に届いた。
これは……『星の薔薇』の香水か……?
昔のアイリは香水なんてつけてなかったけど、少し変わったな。
なんて考えていると。
「……仲良いねー。ゆーくん」
「……そんなにくっつく必要はあるのかしら?」
反対側と後ろから氷のように冷たいスミレとサラの声が響く。
どーすればいいんだ、これ……?
助けを求めるように俺は先日『血の契約』を結んで義兄弟になった親友の方を見ると。
(無理だ! すまん!)
クロードに目で謝られた。
助けろよ。
暗黒竜退治を一緒にした仲だろ。
おかげでここ数日は、学園生活で胃が痛い。
◇
「あはははははははははっ! 大変そうねー、ユージン」
エリーは俺の話を聞いて、実に楽しそうだ。
くそ、魔王め!
「おかげでここ最近のスミレとサラの機嫌が悪くてさ……」
「ふふふ、ざまーみなさい。小娘共」
魔王が意地の悪い顔をしている。
(と言っても、二人の機嫌が悪い一番の原因は……)
「ところでユージン、明日も明後日も夜は私の部屋だからねー。わかってるでしょ?」
「…………わかってるよ」
ここ数日、毎日封印の第七牢にやってきている。
理由は2つ。
英雄科の課題のせいで、しばらく学園を離れていたから。
もう一つは、暗黒竜を倒すための知恵を魔王から学ばせてもらったから。
もともと約束していたこともあり、学園に帰ってきてからはずっとエリーの所に通っている。
昼は幼馴染の面倒をみて、夜は魔王の相手。
そろそろスミレの火魔法で焼かれるか、サラの聖剣で斬られかねない。
◇スミレの視点◇
「ねー、サラちゃん」
「なーに、スミレちゃん」
私は学園の食堂でサラちゃんと昼食をとっていた。
「その火海老のパスタ美味しそうだから、私のと半分交換しない?」
「いいわよ。スミレちゃんの幻水牛のブラウンシチューと交換ね」
私はサラちゃんとお皿を交換する。
ぱくっと一口、食べながら本題を言う。
「最近、ゆーくん冷たくない?」
「帝国のあの女がきて以来ね」
サラちゃんの声が冷たい。
私もきっと似たような声だ。
「とは言ってもユーサー学園長の指示だからねー」
「ユージンのやつは義理堅いから……」
「ゆーくんって学園長の言うことには、絶対逆らわないよね?」
「入学できたのは、学園長が特別試験を設けてくれたからってことで恩を返さないとって思ってるからね」
「ふーん……」
ゆーくんが指扇スミレの面倒を見てくれるようになったもの学園長の指示。
そう考えると悪いことばかりではないのだけど。
カチャン、と音がした。
サラちゃんが食べ終わったお皿に、フォークを置いた音だった。
「わっ! ごめん、私まだ食べ終わってない」
「別にいいわよ。ゆっくり食べれば」
と言われたけど、待たせるのも悪いので慌ててスプーンを口に運ぶ。
学園の食堂は騒がしい。
けど、昼も過ぎた頃だったので混雑のピークは過ぎていた。
その時、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「ねぇ、ユージン! いつになったら私と勝負するのよ!」
「悪い、リリー。いま色々と立て込んでて」
ゆーくんが英雄科のクラスメイトに絡まれていた。
食堂にさっき来たみたい。
「時間できたら、すぐいいなさいよ!」
「わかったよ」
リリーさんは去っていった。
「最近、リリーちゃんってゆーくんとよく話すよね」
「…………そろそろ何か言ったほうがいいかしら?」
サラちゃんの目が怖い。
新たにゆーくんに話しかける声が現れた。
「やぁ、ユージンくん! そろそろ200階層を目指さないのかい? 君に呼ばれるのを待ってるんだけど」
オレンジ色の髪をした美人なエルフの先輩がゆーくんの側に立っている。
学園祭実行委員長だったレベッカさんだ。
「そうしたいのは山々なんですが、時間がなくて……」
「はははっ! 知ってるよ。次期皇帝陛下の女の子の騎士をしてるんだろ? なんなら一緒に迷宮探索をしたっていいよ? 僕の迷宮探索歴は長いからネ☆」
「その時は頼らせていただきます」
「ふふふ、いつでも声をかけてくれたまえ」
レベッカさんは笑顔で去っていった。
「「…………」」
私とサラちゃんは、その様子を静かに見ていた。
そして、ゆーくんに話しかける三番目の人物。
「ユウ! おまたせ! 魔法学園の食堂って本当に広いわね! メニューも豊富だし、お祭りみたい!」
「そのうち慣れるよ」
件の幼馴染ちゃんが現れた。
サラちゃんの表情が険しい。
「スミレちゃん、睨みすぎよ?」
「えっ!?」
サラちゃんに言われて、驚く。
「えっと、私って睨んでた?」
「親の敵を見るみたいな目だったわよ?」
ひえ!
自分じゃ気づかなかった。
「ちなみにサラちゃんも凄い顔してたよ」
「…………知ってる」
私たちは同時にため息を吐いた。
「ゆーくん、最近モテるね」
「本人はどれくらい自覚してるかわからないけど」
「私たちには配慮してくれてるよね?」
「一応、毎日謝りにくるし」
そう。
ゆーくんは真面目なことに、アイリちゃんの面倒を見て時間がとれないことを私やサラちゃんに謝りにくる。
変な所で律儀なのだ。
「でも、夜のほうは黙ってるよ……」
「まぁ、契約のせいで筒抜けだし……」
「「…………」」
私とサラちゃんは顔を見合わせる。
ここ最近、ゆーくんはずっと魔王さんに会いに行ってる。
暗黒竜を追い返した方法は、エリーさんに色々教わったらしい。
その恩があるのだとか。
こっちもユーサー学園長と同じで、恩を返すという行動。
ゆーくんの生真面目がどこまでも出てる。
というわけで、今夜もゆーくんはあの女の所に行くんだろう。
「腹が立つよね」
「ムカつくわね」
サラちゃんと目を合わせて、小さく頷く。
よし! 行動しないと何も変わらない。
私は決心した。
「サラちゃん、私決めたよ!」
私は立ち上がって、宣言した。
「そう、スミレちゃん。ついに決心したのね。アイリ皇女の暗殺を!」
私の想像の斜め下の言葉が返ってきた。
「サラちゃん、…………なにを言ってるの?」
「冗談よ」
「真顔で言われても冗談に聞こえないんだけど」
本当に冗談だよね?
「で、何を決めたの?」
サラちゃんに私の気持ちが伝わってなかった。
なので口にする。
「今から魔王さんに会いに行って、文句言おう!」
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次回は8/26(月)です。
※25日が、信者ゼロの更新のため
■感想返し:
>アイリきたーーー!
>本作の始まりであるすれ違いからよくぞここまで!
→帝国にいると登場させられないので、ちょっと強引でしたが学園生徒になりました。
>エリーに襲われるユージンのシーンがカットされてるなんて!
今回はエリーのシーンからスタートしました。
■作者コメント
新章開始です。
のんびり更新していきます。
■その他
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