128話 五章のエピローグ
「…………ここは?」
目を覚ますと、視界に入ったのは知らない天井だった。
頭がぼーっとする。
まだ寝ぼけているのか、直近の記憶が曖昧だ。
「よぉ、ユージン。お目覚めか?」
すぐ隣のベッドで寝転んだまま声をかけてきたのはクロードだった。
友人の顔を見て思い出す。
「クロード、暗黒竜はどうなった!?」
「帰ったよ」
「かえった? ……倒したわけじゃないのか」
「あいにくと致命傷すら与えられなかったよ。ただ『龍神の槍』の攻撃で相当驚いたんだろうな。俺も気を失ってたから見てないんだが、暗黒竜は凄いスピードで南極のほうへ去っていったらしいぜ」
「そうか……にしても俺とクロード両方が気を失ってよく無事だったな」
「あとで聞いたんだが、ミゲルが俺たちを運んでくれたんだよ。遠くから様子を見て、助けに戻ってきてくれたんだってさ」
「あとでお礼を言わないとな」
「俺から連邦議会に『グレタ島』の召喚魔法使いの協力で暗黒竜を撃退できたって伝えたよ。もしかすると三等国家から引き上げになるかもな」
「そうか」
苦労をしているようだし、何かしら報われたならよかった。
「ところで俺はどれくらい寝てたんだ?」
「ちょうど丸一日ってところだよ。実は俺も一時間くらい前に目を覚ましたばかりでさ。外傷はないが、半日は安静にしてろってさ」
「ふーん、じゃあ素振りでもするか」
「ユージン、お前安静の意味わかってるか?」
そんな雑談をしていると、タタタタ……というこちらへ近づく足音が聞こえ。
バン!!!
と扉が開いた。
「……げ」
小さくクロードがつぶやくのが聞こえた。
「クロード様!? 目が覚めたのですね!」
ひらひらとピンク色のドレスをなびかせる高貴な雰囲気の女性がクロードに抱きついてベッドに押し倒した。
ティファーニア・クリスタル王女殿下だ。
「あぁ、このようなおいたわしい姿に! ですが、すぐに黄金の国で一番の医師に診せますからね! 蒼海連邦ではクロード様の英雄譚でもちきりですわ! 式はいつにしましょうか!? クロード様は蒼海連邦を救った英雄になられたのですから、学園の卒業を待たずともよいですわね! 式場は確保済みですし、招待者リストもほぼできあがりました! 見てください!」
凄い早口でまくしたてる。
この王女様ってこんな性格だっけ?
「あのさ……ティファーニア王女。落ち着いてくれ」
クロードがたじたじになっている。
「まぁ、そんなよそよそしい。昨晩のベッドの上のようにティファと呼んでくださいまし……」
「…………あ、あぁ。ティファ、落ち着いてくれ」
あー、クロードは王女様に手を出してたのか。
暗黒竜との戦いで命を落とす覚悟だったようだし、最後にっていうのはわからなくもないが……。
にしてもこの部屋は俺とクロードの二人部屋なんだが、ティファーニア王女とクロードが盛り上がっているせいでどうにも居心地が悪い。
そっと抜け出そうかな、と思っていたらぱっとこちらを振り向いたティファーニア王女と目が合った。
「まぁ、ユージン様も目が覚めておられたんですね! ちょうどよかったですわ! あの御方もとてもユージン様を心配していらっしゃたので。あら……一緒に来たはずですのに、どちらにおられるのかしら」
「あの御方……?」
そこで気づく。
王女様が入ってきたドアのほうから僅かな視線があった。
黒地に赤の模様が入った帝国の軍服に、よく手入れされた長い金髪。
「アイリ? 何してるんだ?」
幼馴染のアイリだった。
「や、やっほー。身体はどう?」
よくわからないテンションで、アイリが部屋に入ってきた。
「さっき起きたばかりだから、ちょっと身体が鈍ってる。軽く動かしたいな」
といいながらベッドから起きようとすると。
「バカ! 安静にしてろって言われてんでしょ!」
部屋の入口から一瞬で距離を詰められ、俺はアイリに押さえつけられた。
くっ、アイリの弐天円鳴流の空歩に反応できないとは。
やはり身体が鈍っている。
「もう動けるって」
「だめよ! ユウは、そうやってすぐ無茶するんだから!」
逃れようとするが、アイリに身体を押さえつけられて逃げられない。
はたからみると、アイリに抱きしめられているようにしか見えない。
この様子を見られたら誤解されるな、なんて考えていると。
「うそ……ゆーくん」
「ユージン、……やっぱりその女のほうが」
できれば聞き違いで合ってほしかったが、部屋の入口をみるとこちらを見ているスミレとサラの姿があった。
(あーあ)
やめてくれ魔王。
その「終わった」みたいな言い方は。
「ゆーくんを盗らないで!!」
「離れなさい! 過去の女!」
「ちょ、スミレ!? あとそこの聖国の女! 誰が過去の女よ!」
一気に、病室が騒がしくなりその後、病院の医師から目が覚めたなら次の迷宮都市行きの飛空船で帰るように言われた。
どうやら暗黒竜を撃退した英雄ということで、俺とクロードには最も恵まれた病室と医師が担当してもらっていたが、俺はもちろんのこと契約をしたクロードも傷一つない健康体で「何を治せばいい?」状態だったらしい。
連邦には暗黒竜の被害を受けて、多くの怪我人がいて病室がまったく足りていない状態。
ということで、俺とクロードは目を覚ました日の夜には、リュケイオン魔法学園行きの飛空船に乗ることになった。
連邦の国々から、数え切れない感謝状と多くのお礼の品が学園宛に届いたことを知ったのは、だいぶ先のことだった。
◇
俺たちはリュケイオン魔法学園に帰ってきた。
さっき魔法歴史の授業が終わり、今は休み時間だ。
「なんか、学校の授業久しぶりだねー」
「そうね。長い学外課題だったわ」
スミレとサラの会話が聞こえてきた。
「ま、ユージンは今後の学外課題は免除だろうな。十分過ぎる実績を上げたわけだし」
というのはクロードだ。
ティファーニア王女からの熱烈なプロポーズは、学校を卒業して竜の国の竜騎士としての経験を積んでからという話に落ち着いたらしい。
「そっか。もうないのか」
それは残念だ。
今回、聖国や蒼海連邦に初めて足を踏み入れた。
帝国とは違った文化が見れて見聞が広まった。
「残念そうだな、ユージン」
「帝国軍人の立場じゃ、他国には気軽に行けないからな。学園生のうちに色々経験しておきたい」
と俺が言うと「変わってるな」とクロードに笑われた。
「あんたね、これ以上一人で手柄を上げる気なの? まったく帝国の人間は欲深いわね」
突然、会話に割り込まれた。
長い髪を一つくくりにした、白マントの女剣士。
神聖騎士見習いのリリー・ホワイトウィンドだった。
「流石に闇鳥とはもう戦いたくないぞ?」
「本当かしら? ユージンって見かけによらず好戦的だし」
「そんなことないよ。この前は聖都アルシャームをゆっくり散策できなかったから、次はもう少し見回りとかしたいし」
「ふーん、そう。だったら私が案内してあげるわ」
「そりゃ、助かるよ」
と俺が言うと「え……、私がいるんだけど……」というサラの声が聞こえてきた。
「サラ様は聖女としての公務で忙しいでしょうし。感謝しなさいよ! ユージン・サンタフィールド。あと今度の体育の授業で剣術勝負よ!」
「わかった」
ぴしっ! と俺を指さしてリリーは席に戻っていった。
以前はもっと冷たかったのにな。
今回の課題の旅で仲良くなれた。
これも成果の一つだろう。
「…………ゆーくん」
「…………ユージン」
両脇からスミレとサラが、俺の顔を覗き込んでいた。
「どうかした?」
「リリーちゃんと仲良いね?」
「手を出しちゃだめよ」
「だすか!」
どうもスミレとサラは心配性だ。
どう見ても生真面目なリリー・ホワイトウィンドとなにかがあるはずがない。
俺たちに近づいている者たちがいた。
「よお、ユージン。元気そうだな」
「挨拶もなしに連邦を去ることはないだろう」
蒼海連邦のソランとレオンハートだ。
確かに暗黒竜との戦いのあと、二人とは話す機会がなかった。
病院から飛行船に気がつくと搬送されていたせいだが。
「挨拶ができなかったのは悪かったよ。まぁ、学園じゃ同じ英雄科なんだからいつでも会えるだろ」
俺が言うと。
「違うぞ! ユージンの話をしたら『第十二代拳聖』である親父と国王陛下が会いたいと言ってるんだ。次に連邦に来る時は歓迎するからな!」
とソランが言うと。
「待って、ソラン。僕の師匠の『弓の勇者』と国王陛下がユージンに会いたがってるんだ。是非、うちの国にも立ち寄ってほしい」
レオンハートまでそんなことをいい出した。
「わ、わかった。機会があったらな」
拳聖や弓の勇者が会いたいと言ってくれるのは光栄だが、どうも政治の匂いがする。
さらっと『国王陛下』って言ってるけど、本当はそっちが本命だろ?
……面倒ごとからはなるべく距離を置きたい。
「へぇ~、モテてるな、ユージン」
「男にモテてもな」
他人事だからか、クロードがニヤニヤしている。
「そんな余裕でいいのか、クロード」
「竜の国にとってもユージンは恩人だろう。龍神の槍の使い手の命を救ったんだから」
「国に招かなくていいのか?」
ソランとレオンハートの言葉で、ますます政治絡みの面倒さを感じる。
「いいんだよ。俺とユージンは『血の契約』を結んだ仲なんだから。なぁ、ユージン」
「「「「え?」」」」
クロードの言葉にソランとレオンハート。
あとスミレとサラも驚きの声を上げる。
「言っておくが、今回は俺が暗黒竜との戦いでクロードを助けたんだから、次はおまえが助ける番だぞ」
「わかってるって。竜の国の戦士は、約束を必ず守る」
クロードが軽やかに、ただし真剣な声で告げる。
「せいぜい、無理難題を持ってくるからな」
「相手が怖い魔王様じゃなければ、大丈夫だよ」
クロードはエリーが苦手らしい。
勇者候補が魔王が苦手って、それはどーなんだ?
そんなことを考える暇もなく、俺に詰め寄る人物が二人。
「ねぇ、ゆーくん! クロードくんと契約したってどういうこと? ま、まさかクロードくんとも私みたいに……」
「ユージンは男でもいけるタイプだったの!? 聞いてないんだけど」
「…………スミレとサラは何を言ってるんだ?」
血の契約って言っただろ。
人の話はちゃんと聞いてほしい。
俺たちがワイワイと雑談で盛り上がっていた時。
「やぁ、英雄の卵たち! 今日も己を磨いているかな?」
よく通る声が教室内に響く。
入ってきたのは、次の授業の担当教師ではなかった。
暗金髪に深紅のローブ。
獅子のような鋭い瞳の壮年の魔法使い――ユーサー学園長だった。
「学園長、どうしたのですか?」
クラスメイトを代表して、サラが質問した。
学園長はすぐには答えず、教室を見渡し意味ありげな笑みを浮かべる。
その時、ちらっと俺のほうを一瞬面白そうな目で見られた気がした。
(なんだ?)
その答えはすぐに判明した。
「…………え?」
という声は俺の口から漏れたものだったが、スミレやサラからも発せられていた。
リュケイオン魔法学園の英雄科の教室に、一人の人物が入ってきた。
「紹介しよう! 今日からこのクラスに新たな仲間が加わることになった。みんな、仲良くしてほしい」
教室内がざわついている。
そりゃそうだろう。
彼女の顔を知らぬ者は、このクラスにはいない。
煌めく長い金髪に、澄んだ青い瞳。
見たものに圧迫感を与える帝国軍の軍服と比較して、やや可愛らしいリュケイオン魔法学園の制服は意外にも似合っていた。
「では、自己紹介を」
意味のない、形式だけの挨拶を促すユーサー学園長。
「はじめまして、英雄科の皆さん。アイリ・アレウス・グレンフレアです。仲良くしてくださいね☆」
新たなクラスメイトは、グレンフレア帝国の第一位皇位継承者である幼馴染だった。
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■感想返し:
>事後の報告に際して、このやり取りが何度も繰り返されるんだろうなって考えると胸が熱くなりますね!
ですね!
>ユージンがどんどん人間離れしていく
もともと半分人間ではないので。
■作者コメント
みなさま、よい夏季休暇を。
■その他
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