127話 暗黒竜討伐 その2
「……契約?」
「ユージン様、契約の儀式を執り行うのなら専用の場所を用意する必要が……」
「――結界魔法・典礼魔法陣」
俺が魔法を発動すると、周囲に淡く輝く魔法文字がゆっくりと俺たちの周囲を円形に流れる。
「契約の儀式のための魔法陣をこんな簡単に……」
ミゲルくんが驚いた表情を見せるが、これくらいはリュケイオン魔法学園の生徒ならできるものは多い。
「ユージン、契約をしたからどうするってんだ? それで暗黒竜に勝てるわけじゃ……」
「クロードが『龍神の槍』の力を最大まで引き出してくれ。それに返ってくる反動を俺が引き受ける。契約をすることで本来クロードが受けるダメージを俺が肩代わりできるはずだ」
それが魔王に教わった方法。
俺の言葉にクロードとミゲル少年の目が見開く。
「いけません、ユージン様! いくらエリーニュス様と契約したユージン様でも!」
「それは無茶だろ! これまで神槍の力を引き出して使用した者は全員命を落としてる! いくらユージンが結界魔法が得意でも……」
止めようとする二人に俺は首を横に振った。
「詳しくは言えないが、俺は神族の魔法につよい耐性がある。少なくともクロードが一人で龍神の槍を使えば命は無いが、俺なら生き延びられる」
「詳しく言えないのにそれを信じろってのか?」
「そうだ。信じられないか?」
「……」
クロードが迷うように目を彷徨わせる。
俺が神気に耐性があるのは、天使である母の血を引いているから。
けどそれをクロードに言うわけにはいかない。
だから俺の言葉を信じてもらうしかない。
「……わかったよ。ユージンを信じよう」
クロードは小さく息を吐いて、にっと唇を歪めた。
「そう言ってくれると思ってたよ」
俺も薄く笑みを返す。
「で? どうすればいい? 俺は契約魔法の知識はほとんどないからな」
「どこから説明するかな…」
俺が迷っていると。
「契約には『魂』『命』『血』『躰』『言』の5つがあり、先に述べた順に強力です。『魂の契約』は、人間同士では結べませんからその次に強いのは『命の契約』ですね」
すらすらはミゲル少年が説明してくれた。
「じゃあ、俺とユージンは命の契約を結べばいいわけか?」
「いや、命の契約は契約内容のすり合わせに時間がかかり過ぎる。契約効果は強力だけど、どちらかが相手を裏切った罰は命を奪われる重い契約だ。そこまでのは必要じゃない」
俺が言うと、ミゲル少年がハッとした顔になった。
「ま、まさか……!!」
「だから俺たちが結ぶのは……」
「身体の契約ですね!!!」
「「は?」」
俺とクロードが同時に短く声をあげた。
ちょっと待て。
「ユージン様とクロード様はそういうご関係だったんですね! 確かに身体の契約なら締結は簡易ですし、効果の割に破棄の罰もゆるく、使い捨てにはピッタリですね!」
おい、なんてことを言うんだ。
俺とスミレやサラとの契約が不埒な印象になってしまうだろ。
それに身体の契約の前に一個あるだろ。
「ミゲルくん、なぜ血の契約を飛ばした?」
「え? だって、血の契約は兄弟や師弟で結ぶものですよ。長く一緒にいた家族同然の仲間なら血の契約が結べますけど、ユージン様は帝国出身でクロード様は蒼海連邦のご出身ですから難しいのではないですか?」
ミゲル少年の言う通り血の契約は、誰とでも結べるものではない。
しかし。
「大丈夫だろ。クロードとの付き合いも長いし」
「別にユージンとは同じ隊ってわけでもなかったけど大丈夫なのか?」
クロードとは入学当初からの付き合いだ。
それに授業の訓練でもずっと相手をしていた。
最近では、クラスまで一緒になった。
おそらく血の契約の条件は満たしている。
「ま、とりあえずやってみよう。俺の手を握ってくれ」
「お、おう」
俺とクロードは握手をした。
(魔王、魔力を借してほしい)
(はいはい、上手く使いなさいよ)
気軽な返事が脳内に届いた。
「ユージン・サンタフィールドは、クロード・パーシヴァルと契約する」
じわりと、俺とクロードの周囲を重い魔力が覆う。
契約とは呪いに近い。
俺の白魔力では発動しない。
魔王エリーニュスの魔力であれば、かつてカミッラにかけたように一方的に契約をかけることもできるがそれでは効果が薄い。
強い契約には、強い誓約が必要になる。
「クロード、もし俺が困った時には助けてくれるか?」
俺がクロードに問うと、一瞬きょとんとしたが、意味は伝わったようだ。
「ああ、任せろ。だからユージンも俺を助けてくれ」
「勿論だ。一緒に暗黒竜を倒そう」
がしっ! と強く手に力を込める。
「これで契約は……あ、しまった」
「どうした? 失敗したのか?」
「血の契約は、最後に同じ武器を使って身体を傷つけお互いの血を混じらせる必要があるんだが、武器が……」
「その腰の剣じゃダメなんですか?」
ミゲルに聞かれ、俺は首を横に振った。
「剣で少し斬ったくらいじゃ、血が流れることなく勝手に回復するんだよ」
「お前の身体どうなってんだよ……」
クロードに呆れられた。
「自分でもどうかと思う……」
天使の血を自覚してから、さらに白魔力が強くなっている。
怪我をするのにすら一苦労だ。
「ユージン様、龍神の槍の刃にはかつて天界の神々と争った竜の神の牙が使われていると言われています。この刃なら!」
「そうだな……試してみるか。クロード、一緒に槍の刃を握るぞ」
「……仕方ないか」
若干嫌そうながらもクロードは自分の持っている槍の穂先に手を伸ばす。
俺も同じように槍の刃を掴み、強く握りしめた。
「ぐっ!」
「いてーな」
俺とクロードの手からは、赤い血が流れ……それが混じり合って槍の柄を流れた。
……ドクン、と大きく何かが脈打つのが聞こえた。
「血の契約は完了した」
「あんまり何かが変わった感じはしねーな」
「そのうち実感するよ。とりあえず、傷を治そう……大回復」
クロードの傷が一瞬で治る。
俺の手の傷も治そうと思って見たら、すでに傷が消えていた。
槍の刃から手を離して数秒後だ。
――グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
ちょうど、真下では暗黒竜が数隻の戦艦を吹き飛ばし、飛空船を長い尻尾で撃ち落としていた。
連邦軍による砲撃や、竜騎士たちの爆弾投下は続いているが随分と数を減らしている。
「そろそろ仕掛けないとまずいな」
「ミゲル、ここまでありがとう。俺たちから離れてくれ」
「……わかりました、ご武運を。ユージン様、クロード様」
一緒にいたそうであったが、邪魔になると考えたのかミゲル少年は獅子鷲に乗って俺たちと距離をとった。
現在の俺はクロードの飛竜に乗っている。
俺とクロードは、赤い槍を二人で持った。
「龍神の槍の制御は任せた。俺は返ってくる反動のほうを引き受ける」
俺はクロードに告げた。
「わかった」
クロードが小さく頷く。
そして、聞いたことのない言語を口にした。
「XXXXXXXXXXXXXXXX…………XXXXXXXXXXX……XXXXXXXXXXX」
(初めて聞く言葉だ。スミレから教えてもらった異世界言語や第一騎士クレア様の妖精語とも違う……)
気にはなったが、俺はクロードの邪魔をしないよう何も尋ねなかった。
(これは古代の竜語ね。まさか、失伝せずに残っていたなんて)
魔王が教えてくれた。
(竜語?)
初めて聞く。
(竜の神が地上を支配していた頃の名残りよ。女神教会が竜語に関する書物は全て焼き払ったと聞いていたけど、口伝で残していたのかしら。確かにこれなら神器を発動でき……)
エリーの言葉が最後まで聞けなかった。
――キアアアアアアア!!!!!!
大気が悲鳴を上げるような、不快な音が響く。
「ぐっ!」
「くあっ!」
俺とクロードがうめいた。
赤い槍から、おぞましいほどの魔力があふれる。
初めて見た時は、それが瘴気だと思った。
呪われた槍だと勘違いした。
しかしこれは……。
(それが竜の神の神気よ。ユージンの魔力と堕天の王の魔力、全て使いなさい。それでも長くは持たないわ)
言われるまでもなく、身体から力が抜けていくのを感じた。
「……XXXXXXX…………XX……XX…………XX」
クロードは憤怒の形相で、竜語を語り続けている。
俺はクロードに結界魔法と回復魔法をかけ続ける。
同時に俺自身も守る。
カッ!!!!
近くを稲妻が走った。
気がつくと空が分厚い雲に覆われ、嵐のように風が荒れている。
(天候を……変えた?)
龍神の槍の影響らしい。
いたるところで雷が落ち続けている。
この世の光景とは思えない。
(武術大会の時は、本来の力じゃなかったんだな)
この力を開放していたら、俺はきっと勝てなかった。
というか、おそらく闘技場が吹っ飛んでいた。
眼下では、暗黒竜が急激な天候の変化に戸惑っているように思えた。
横殴りの雨が顔面を叩く。
落雷がいたるところに落ちている。
「ユージン……待たせた……」
クロードの苦しげな声が聞こえた。
「やっとか……」
応える俺の声も似たようなものだった。
…………ズズズズズズ
龍神の槍は赤い魔力……いや、竜の神の神気を放っている。
柄を持つ俺の手が焼けるように熱い。
…………グア…………ガオアアアアアアアア!!
暗黒竜がようやくこちらに気づいた。
口を大きく開き、その奥に禍々しい光が見える。
「クロード! どうするんだ!?」
「龍神の槍を、暗黒竜に投げる! 俺の動きに合わせてくれ!」
「わかった!」
短い会話の間にも、暗黒竜の咆哮が今にも放たれようとしている。
そいつを喰らえば、俺もクロードも塵も残らないだろう。
「天龍閃!!!」
クロードは突きの構えから、槍を真下へと投げ落とした。
赤い閃光となって、暗黒竜を貫く。
――ガアアアアアアアア!!!!!!
同時に暗黒竜の咆哮が響き、その口から黒い巨大な閃光がこちらへ迫る。
俺たちの乗っている飛竜が黒い閃光を避けようとするが。
(間に合わない!!)
隣のクロードは、龍神の槍の投擲で全ての力を使い果たしたのか飛竜の背で倒れている。
俺には飛竜は扱えない。
「聖域結界」
俺は持てる全ての魔力で自分たちを覆った。
次の瞬間、周囲が黒く塗りつぶされ、同時に鼓膜が破れるほどの獣の断末魔が響くのを聞きながら俺は意識を失った。
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>いや違うのはわかってるんですけどw
→感想に身体の契約を希望する声多数。
違いますよ?
■作者コメント
次回でこの章は終わりです(多分)
長かった。。
■その他
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