120話 ユージンは、幼馴染から誘われる
「ねぇ、ユウ。伝説の大魔獣をやっつけちゃわない?」
幼馴染が悪戯っぽくウインクする。
この冗談ぽく言う口調と態度。
つまり本気で言っている時のアイリだ。
「いったい、どうするつもりなんだ?」
俺が尋ねると、隣の二人が慌てて話に割り込んできた。
「ちょと、ユージン! 本気!?」
「ゆーくん! あんな怪獣に勝てっこないって!」
サラとスミレに強く反対された。
アイリがちょっと、むっとした顔になる。
「話を聞くだけだからさ」
「ふふん、宰相ちゃんにいい作戦を教えてもらったんだから!」
「へ、へぇー」
宰相閣下をちゃん付けなのか。
恐れ多いな、と思ったが。
アイリは次期皇帝だし、エカテリーナ様は若い宰相だから二人の付き合いはきっと長いだろう。
あえて距離を近くしているのかもしれない。
「それで、作戦ってのは?」
「まぁ、簡単な作戦よ。ユウは黒人魚の討伐作戦に参加してたのよね? だったら、帝国から貸し出した人間人形って知ってるでしょ?」
「ああ、あの危ないやつな。人間そっくりの人形爆弾だろ」
「あれを『千体』持ってきたわ。 ぜんぶ、暗黒竜にぶつけてやりましょう!」
「「「……は?」」」
俺だけでなくスミレとサラも同時に声を上げた。
何を言ってるんだ、幼馴染は。
「あれって一体が一億Gするって聞いたけど」
「生産しているのは帝国よ? そこまでかからないわ。生産価格は秘密☆」
アイリがにこやかに告げる。
「にしても蒼海連邦に支払える余力があるとは思えないわ。黒人魚の討伐作戦の時の100体ですらかなり苦しかったというし……」
サラが言う通りだと俺も思う。
「アイリちゃん、もしかしてただであげちゃうってこと?」
「スミレ、流石にそれはないよ」
俺は否定した。
高額な軍事兵器だ。
それを他国に譲り渡すことはありえない。
「まっさかー。あげたりはしないわ。でも、今回の暗黒竜による被害予想よりギリギリ安くになるくらいの金額で売るつもり」
アイリが悪い顔をする。
「なかなか悪どいな」
「でも悪くないでしょ?」
確かに。
蒼海連邦の小国が蹂躙されるのを眺めているだけよりは、よっぽど建設的だ。
「どうして……それを。暗黒竜の被害予想については、聖女オリアンヌ様が蒼海連邦の一部の者にしか伝えていないはず……」
「ふふ、帝国にも未来予知ができる能力者がいるってしってるでしょ?」
「そうなの? ゆーくん」
「ああ。特に隠してないらしいから言うけど、さっき名前が出たエカテリーナ宰相閣下は運命魔法の使い手で未来予知ができる」
「へぇー! そういえばそんな話をゆーくんから聞いたかも」
ぽんと手をうつスミレを横目に、俺はアイリに尋ねた。
「アイリ、今頃ガルヴァン団長がティファーニア王女にその話を伝えてるってわけか?」
「そうね」
アイリがあっさりと認める。
ふとサラを見ると、難しい顔をしていた。
スミレも気づいたようだ。
「サラちゃん、どうしたの? 怖い顔して」
「……蒼海連邦は帝国に大きな『借り』ができるわね」
その言葉にアイリは、一瞬きょとんとした顔になったあとにフッと笑った。
「そんなに警戒しなくても、帝国は連邦を落としたら次は聖国を、なんて考えてないわよ」
アイリの言葉に、サラは小さく息を吐いた。
「にしては気前が良すぎないかしら? 何か裏の目的があるんじゃないかって、どうしても勘ぐってしまうわ」
「でも、サラちゃん。島に住んでる人の故郷がなくなってしまうよりはずっといいよ」
サラは帝国を疑っていて、素直なスミレは善意として受け取っている。
俺は長年付き添った幼馴染の顔を見て、「なんか隠しているな」と感じた。
「……」
アイリと目があった。
俺の考えが読まれたのかもしれない。
「仕方ないわね、ユウにも疑われてるみたいだし」
アイリが肩をすくめる。
サラとスミレの表情が、より真剣なものになった。
「わたし、人間人形って魔道具が嫌いなの。だから全部使い果たしたいのよね」
「え?」
「そんな理由?」
サラとスミレが理解できない、という表情になる。
が、何となく俺はアイリの考えが読めた。
それを口にする。
「おそらく……人間人形の本来の用途は、『敵国の服装を着せて敵地の人混みで爆発させる』なんだろ? アイリ」
「「!?」」
スミレとサラがぎょっとした表情になる。
「そうよ」
アイリはあっさりと認めた。
「趣味が悪いけど……合理的だ」
「本当に、実に帝国っぽい兵器だわ」
俺とアイリは嘆息する。
「なら、どうして貴女はその合理的な兵器を無くしたいの?」
サラが恐る恐るというふうに尋ねた。
「使えば間違いなく恨みを買うし、帝国の悪名が高まる。生成したのはずっと昔なのだけど、使う機会がないまま帝国軍の魔法兵器倉庫で眠ってたから、これを機会に使い切っちゃおうと思ったのよ。大体、使う場面があるとしたら戦争時でしょうけど、私は戦争は絶対にしないつもりだから」
「昔からアイリは反戦主義だよな」
「そう……なの」
サラの表情が柔らかくなる。
鮮血皇帝といわれた先々代のヨハン皇帝の蛮行を繰り返さないために、先代と現皇帝は大きな戦争は起こしたことがない。
「アイリちゃんは戦争……嫌いなんだね。そうだよね!」
スミレはアイリの言葉を素直に受け取ったようだ。
「当たり前でしょ。ユウの故郷の国は戦争で滅んだって言うし。私は絶対に戦争なんてしないわよ!」
「……そっか」
そう言えば、俺の故郷の話をした時からアイリの戦争嫌いは決定的になったんだった。
今さらそれを思い出し、少し感傷的になった。
「そうね……どのみち決めるのは連邦議会でしょうし……、私がどうこう言えることじゃないわ」
サラもその言葉は素直に受け取れたようだ。
「それで、ユウ! もし帝国の提案が受け入れられたら、また一緒に大魔獣討伐ができるわね!」
アイリが拳を「ぐっ」と握って、不敵な笑みを向けてきた。
「ん?」
「え?」
「は?」
何か変なこといってるぞ、幼馴染が。
「なによ? 三人とも」
俺たちの態度に怪訝な顔をするアイリ。
「アイリは実行部隊には参加できないと思うぞ」
「あのね、アイリ皇女殿下。次期聖女の私が黒人魚の討伐にも参加が許されないのに、無理に決まっているでしょう」
「アイリちゃん、私でもわかるよ。多分、ダメだよ」
「な、なんでよ! 巨獣ハーゲンティの時は一緒に戦ったじゃない!」
「あの時は事情が違うだろ」
アイリの皇位継承権は低かったし、なによりもここは他国だ。
次期皇帝のアイリが実行部隊に参加しようとしたら、蒼海連邦総出で止めるだろう
「ふん! まぁ、みてなさい。ガルヴァン団長を説得して私とユウは参加してやるんだから!」
ぴしっとこちらを指差す幼馴染。
スミレとサラが顔を見合わせている。
(ダメだと思うけどなー)
自信満々な幼馴染を、俺はぼんやりと見つめた。
◇
予想通り、説得どころかこっぴどく叱られたらしい。
当たり前だ。
アイリに同行してきたのが、黄金騎士団長でもっとも古株なガルヴァン団長なのは、アイリが暴走した時の引き止め役ということだろう。
では、俺がどうしてアイリが叱られた話まで把握しているかと言うと。
「てなわけで、アイリ様は通信魔法を通してエカテリーナ宰相閣下に叱られてますねー。蒼海連邦は、帝国が持ってきた提案を受けるかどうか、半日経っても『連邦議会』の結論がでないみたいですけど、意見としては『提案を受ける』方向に傾いているみたいねー」
軽い調子で俺に説明するのは、帝国の諜報部員にしてかつての士官学校の同級生であるカミッラだった。
「というか、アイリが来るなら俺に一報入れておくべきじゃないか?」
「別にアイリ様に危険が迫ってるわけじゃないし、ユージンくんが驚くかなーって」
「なんで驚かせる前提なんだよ」
俺はカミッラに対して、ある魔法をかけている。
幼馴染に危機が訪れた時は、俺に連絡するようにという魔法だ。
なのでアイリが勝手に俺に会いに来る場合には、まったく発動しない。
魔法の発動条件をミスったかもしれない。
ちなみに、今いる場所は俺やスミレ、サラが泊まっている宿の中庭だ。
時刻は夜更け。
剣の素振りをしていたら、カミッラがやってきた。
そして、色々と帝国の内部情報……というか、アイリの状況を教えてくれた。
ちなみに、スミレとサラはもう寝ている。
さっきまで俺の剣の訓練を見ていたが、飽きたらしい。
「じゃあ、私はそろそろ帰ろうかなー。ユージンくんはまだ寝ないの?」
「もう少し修行したら寝るよ」
「そっか、そっか。それは良かった」
「何がだ?」
俺の問には答えず、カミッラは軽やかな足取りで去っていった。
去っていったと思ったのだが、カミッラが行った方向からこちらに近づく気配があった。
(忘れ物でもしたのか?)
と思って、そちらを向くと。
「ねぇ、ユウ。今少し話せる?」
「アイリ?」
夜分遅く。
次期皇帝でありながら、護衛もつけずに 幼馴染がやってきた。
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■感想返し:
>魔王ちゃん、最近影が薄いなぁ。
ちょっと、そこを懸念してます。
■作者コメント
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