117話 最強最古の大魔獣
――暗黒竜グラシャ・ラボラス。
南極大陸を縄張りとする大魔獣。
そして史上最古の大魔獣とも呼ばれている。
発生時期は不明。
古代遺跡の壁画にも暗黒竜らしき絵が残っていたという逸話もあり、それが真実なら神話時代から存在したことになる。
南の大陸の三大魔獣とは一線を画する怪物。
そしてなによりも特徴的なのが……。
「暗黒竜が最後に目撃されたのっていつだっけ?」
「三十年前。俺たちが生まれるずっと前だよ」
俺の質問にクロードが答えた。
暗黒竜の活動期間は短い。
人類史に稀に登場するが、そのほとんどが「遠目に姿を見せた」とか「遠方より暗黒竜の声が響いてきた」という話ばかりだ。
ほとんどの期間、暗黒竜は南極大陸で眠っていると言われてる。
「なんでそれが急にこっちに現れたんだ?」
「わからん。だが、カルディア聖国の運命の巫女様の予知があったと蒼海連邦へ連絡があった。だから、俺たちが偵察に行くんだ」
現在、俺はクロードの飛竜に乗せてもらい、黒海の南端を目指している。
ちなみに、身体の大きいソランはラルフさんの飛竜に乗っている。
そちらの飛竜のほうがクロードのより一回り大きい。
その代わりクロードの飛竜は、竜の国で一番速く飛べるらしい。
「見えてきたな。『赤の灯台』が」
ソランの声が聞こえ、俺は視線を上げると水平線の先に赤い光がまっすぐ天へと伸びていた。
「赤の灯台の光より先は暗黒竜の縄張り。船乗りは、それ以上南に行ってはいけないってのが鉄則になってる」
「へぇ……」
ソランや、ラルフさん、クロードにとっては常識のようだが、俺には初めて聞く事が多く興味深かった。
空は青いが相変わらず海は灰色に濁っている。
ここも黒人魚の縄張りのようだ。
(にしても……随分、海が暗いな……。夜の海みたいに真っ黒だ)
さっきよりも海中の瘴気が濃くなっているのだろうか。
俺が海面を覗き込んでいると。
「ラルフさん! 止まってください、様子がおかしい!」
クロードが大声を出し、飛竜の前進を止めた。
「どうした? クロード」
ラルフさんも大声で尋ねる。
「あそこにあんな島はありましたか?」
「なに?」
「む?」
クロードの指差すのは、赤の灯台の少し右に、 尖った岩が突き出ただけの小さな島があった。
「地図にはない島だな」
「このあたりには海底火山が多い。新しくできた島かもしれん」
ソランとラルフさんの会話が聞こえる。
俺によってはまったく地理感のない場所。
地元の三人の判断に任せるしかないと思った。
俺は改めて灰色の海を見渡す。
(ん?)
クロードたちが議論している島とは別に、見たような小島が目に止まった。
(さっきまでは無かったはず……)
「え?」
「どうした? ユージン」
一つだけではなかった。
俺達を取り囲むように小島がぽつぽつと浮き上がってきて……。
「クロード! ここから離れろ!!! 上へ逃げろ!!」
俺は大声で怒鳴っていた。
「ラルフさん!! ここから逃げましょう!」
クロードは俺の言葉の通り、全力で飛竜を上昇させる。
「わかった!」
ラルフさんも、何も聞かずにそれに従ってくれた。
ぐんぐんと、海面が遠ざかっていく。
そこで俺は見た。
俺は自分たちの真下。
円形に巨大な何かがせり上がってくるのを。
それはおそらく、巨大な生物の口だった。
小島のようにみえたのは、すべて巨大生物の『牙』だった。
俺たちを乗せた二匹の飛竜を、視界に収めきれないくらいの巨大なアギトが両側から迫る。
「ら、ラルフさん!!」
「うぉおおおおおお! 避けるぞ! クロード!」
ラルフさんの飛竜は体格が大きい分やや動きが遅い!
…………ドオオォォォォォォォォォンン!!!!!
と巨大な門が閉まるような音と、次にドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドという水がぶつかる轟音が響いた。
二匹の飛竜はその音を背に、ひたすら前へ飛び続けた。
クロードとラルフさんの飛竜乗りの腕なのか、飛竜たちの生存本能なのか、これほど速く飛ぶ飛竜を見たことがない。
十分に距離をとった、と竜騎士二人が判断したところで旋回し、後ろを見た。
「「「「…………」」」」
その光景を見て、口を開いたものはいなかった。
あまりにも……あまりにも巨大な怪物が海面から姿を表していた。
絶句する四人の中で帝国出身である俺は、『巨獣ハーゲンティ』をよく知っている俺が一番はじめに反応した。
「これが……世界最古の大魔獣…………暗黒竜グラシャ・ラボラスか」
竜の名を冠しているが、これまでに見たどの竜とも似ていない。
針葉樹のような背びれは海竜の特徴だが、海の魔物にしては珍しく巨大な腕を持っている。
背中には翼のようなヒレが八枚以上。
暗黒竜というだけあって、その外鱗は黒い。
全身が海上に出ているわけではないので下半身がどうなっているのかはわからない。
ただ一つだけ言えるのは
「巨獣ハーゲンティよりもでかいな……」
「それ本当か、ユージン」
隣のクロードの声が震えている。
クロードも暗黒竜の実物をみるのは初めてのはずだ。
「ああ、海上に出てる部分だけでも巨獣を超えてる。こんなのがいるんだな……」
「本当に俺の先祖は、あの化け物と戦ったのか……?」
クロードの視線の先は、背負っている赤い槍――『竜神の槍』だ。
かつて暗黒竜の複数ある心臓の一つを潰した、という伝説を持つ神槍だ。
相対した俺は、竜神の槍が『聖剣』に匹敵する神器だと知っている。
それでも視界に収まらない暗黒竜の威圧感に、クロードと同じ感想を抱いた。
異様な外見とは反対に、暗黒竜はキョロキョロと少し愛嬌のある仕草で周囲を見渡している。
暗黒竜の巨躯はゆっくりと海に沈んでいく。
その余波で、海が嵐の様な高波になっている。
静寂が戻った。
「あれが……暗黒竜か……」
ソランがぽつりと呟いだ。
「ラルフさんは見たことがありましたか?」
クロードの問に、ラルフさんは黙って首を横に振った。
「いや、俺だって直接見るのは初めてだ。暗黒竜を見たことがあるってやつとは何度か会ったことがあるが……、たぶん、あいつらは嘘をついてたんだな。ここまでの化け物とは誰も言ってなかった」
「……そうですか」
つまりここにいる四人は、さっきの怪物が暗黒竜グラシャ・ラボラスであるかどうか判断はつかない。
それでも、あの怪物が暗黒竜だと確信した。
あんなものがこの世に複数も存在するはずがない。
「…………我々は旗艦と合流する」
「「「……はい」」」
ラルフさんの言葉に、俺たちは重い口調で返事をした。
◇
「ゆーくん!」
「ただいま、スミレ」
旗艦では多くの人が俺たちの帰りを待っていた。
「ご無事でしたか! ラルフさん!」
「ソラン! よく帰ってきた!」
「クロード! よかった!」
みな、無事を喜びあっている。
俺たちを運んだ二匹の飛竜は、デッキでぐったりとしているのをクロードとラルフさんが水や餌を与えている。
「船首を反転させろ! 至急、この海域を離れるぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
船長の怒鳴り声に、船員が短く答える。
俺が周囲を見回すと、皆の表情が不安におびえている。
「スミレ、みんなはどこまで状況を把握してるんだ?」
「やばいよ! なんか、突然ゴジラみたいな怪獣が現れてさ! ここからでも見えたもん! あれってゆーくんの実家にいた大魔獣より大っきいよね!?」
「ゴジラ……? 怪獣……?」
「あー、えっと! それは私の世界でそう呼ばれてたんであって……」
俺の質問に、スミレが説明に困ったように頬をかく。
それを聞いた俺は、衝撃を受けた。
「スミレがいた世界には、あんな化け物がいたのか!?」
「いないよ、いないって! ゴジラは架空の怪物だから!」
スミレが慌てて首を横に振った。
「神話の怪物ってことか……?」
「うーん、まぁそんな感じかなー」
俺とスミレが会話をしている間にも、船は黒海を離れていく。
その時だった。
ドン!!!!!!!!!!!
という大きな爆発と、巨大な水柱が遠くで上がった。
「あれは……?」
「人間人形にしかけてあった爆発魔法だろうね、スミレちゃん」
クロードがこっちにやってきた。
飛竜のケアは終わったらしい。
「じゃあ、黒人魚女王を討伐できたのか?」
「さあな。仮に討伐できてたとして、もっとやっかいな相手が現れたからな」
俺の質問にクロードは疲れた声で言った。
――ォォォォォオオオオオオオオオオオオオン~
遠くから不気味な、風の音にしては低い……奇妙な音が聞こえてきた。
「船乗りの間じゃ、暗黒竜が腹を空かせた音だと言われてるやつだ……。この音を聞けば船乗りは即帰らないといけないって教わった。今日まで迷信だと思っていたがな……」
船長が非常に忌々しそうに言った。
(暗黒竜は空腹で目を覚ました……?)
理由としては有り得そうな気がする。
わかったところで、どうしようもないが。
その後、黄金の国に戻っても不気味な音は海から響き続けた。
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>最古最強ってあくまで大魔獣の中でかな?
→そうですね。
大魔獣の中の最強です。
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